いつもの日常!
「今日の天気は晴れ時々曇りになるでしょう。最高気温は…。」
今日は3月10日。
いつものように朝ごはんを食べ、制服に着替え、半分以上頭の中に入ってこないニュースを見ながらソファーで寛いでいた。
「おーい。龍!早く学校行くぞ!」
俺のことを朝彼女のように迎えに来る親友の大迫蓮司。
小学校時代に一緒に野球をやっていたが中学になるとあっさりと野球を辞めて、今はサッカー部でキーパーとしてレギュラーとして活躍していた。
「はいはい。それじゃ行こうか。」
登校してる途中に、あんまり会いたくない人とばったり出会ってしまった。
「あ、龍。おはよ。」
俺の顔を見て、簡単に挨拶をして足早にその場を立ち去ろうとしていた。
「おーい。桔梗さーん。お前、俺のことが見えないのか!」
「………はぁ。それじゃ。」
彼女は俺と蓮司2人の共通の幼なじみの橘桔梗。
彼女も小学生の時に三人で同じチームで一緒に野球をやった。
「桔梗ちゃんは相変わらず蓮司に対しては厳しいというか冷たいというか…。」
「桔梗は照れ隠ししてるんだぜ?好きな人に素直になれない的なやつ?」
「蓮司は勝手な事言わないで。そして、龍いつまでちゃん呼びするの? いい加減恥ずかしいからやめてって言ってるよね?」
「桔梗ちゃん少し背が伸びた?170位にはなったんかな?」
ちゃん呼びのことを完全に無視して、桔梗の身長について触れることにした。
「また人の話を聞いてない……。171になったよ。」
この三人の中では桔梗だけが現在も野球を続けていた。
俺の姉が甲子園に出て、そのままプロ野球に入り、それをテレビで見ていた女の子たちが姉に憧れ野球を始めた。
元々女子野球にもスポットが当たりつつあったが、姉がきっかけで空前の女子野球ブームが訪れていた。
幼なじみの桔梗はよく俺の家に遊び来ていたが、それは半分憧れの姉に会えるからという幼いながらも現金な理由だった。
姉がオフシーズンで家に帰ってくる時は、俺と桔梗と蓮司の3人はよく姉に練習を見てもらったりして、小学生に教えるとは思えないくらい厳しい練習にさせられたりもした。
「龍。光さんは帰ってこないの?」
「最近は帰って来てないなぁ。姉ちゃんが毎日家にいたら俺が家から出て行かないといけなくなるかも。」
桔梗はあからさまに残念そうな顔をしていたが、それについては触れないようにした。
「まぁまぁ。桔梗も龍もこんな所で話しても仕方ないしさ、とりあえず学校に行きながら話そうぜ。」
蓮司は昔から最高のムードメーカーで、小さい時から現在まで一切変わらなかった。
小学生の時も少年野球のキャプテンとしてチームをまとめ上げ、サッカー部でも3年生達から満場一致でキャプテンに任命されていた。
他愛も無い話をしながら歩く姿は、昔とは何も変わらないように見えただろう。
少なくとも俺と蓮司は相変わらず仲のいいままだったけど、蓮司は中学に入った時にあっさりと野球を辞めてしまって、桔梗は蓮司に対して激怒していた。
蓮司は持ち前の明るさでその場を乗り切っていたが、基本的に大人しい桔梗が、あの時は何であんなに怒ったんだろうと思うくらいに怒っていたのをよく覚えている。
3ヶ月前に野球を辞めた俺に対しても本当は文句の一つも言いたいのだろうが、桔梗はその事に一切触れることは無かった。
野球好きでなくても知らない人がいないような姉に追いつくため、俺はここまで努力してきたと自分自身で思っていた。
そんな姉もプロ野球という世界は厳しく、去年戦力外という形だったが、華々しい引退会見を行う姉を間近で見ていた時に、自分の心の中にあった何かが消えてなくなってしまった。
俺は小さい頃から野球以外の全てを諦めるような生活を送っていた。
それこそ血の滲むような努力をしてきたが、練習が辛くて逃げ出したと言われたらハッキリと違うと答えられた。
1番嫌だったのは、なんの相談もなく野球を辞めたことを姉に言うことだった。
野球を辞めたことを姉に伝えると、太陽みたいに明るい姉でも悲しいそうな顔をした。
それでもいつものような笑顔で、龍が決めたことならそれでいいと言ってくれたが、野球を辞めても野球の練習だけはやめることは許されなかった。
俺は従う理由もなかったのにその言いつけだけは守り、野球を辞めたのにキツい練習だけは毎日のように続けていた。
練習内容は姉がプロ野球の時に培った練習方法を一冊のノートにまとめて俺に渡してきた。
毎日毎日投手用の練習と野手用の練習をこなして、それをどう効率化しても三時間はかかるような量だった。
学校から帰ってくると先に投手用練習をこなして、休憩と栄養補給の為に軽食を食べて、残りの野手用の練習をこなした。
そんなルーティンを登校中に思い出してしまって、今日もやらないといけないトレーニングの内容を考えるとテンションが下がってしまった。
「蓮司、龍。またね。」
桔梗は学校に着くと、自分の教室にそそくさと行ってしまった。
「なぁ、龍。みんなから言われると思うけどお前野球もうやらないのか?」
「野球ねー……。絶対にやらないとは言わないけど今はやろうとは思わんね。」
「今はそれでもいいか。ならサッカーやらないか?身体能力凄いしサッカーでもすげぇと思うけど?」
聞きづらいことを聞いてきても、暗い雰囲気にならないようにすぐさま話題を変えてくれた。
その気遣いに有り難さを感じるよりも、こいつの口の上手さにただただ感服した。
その日もいつも通りの学校だった。
特に変わったことも無く、平凡な一日を過ごしていた。
だが、野球がなくなった俺の平凡な日常はある人物に粉々に壊されることになった。