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元天才選手の俺が女子高校野球部のコーチに!  作者: 柚沙
第5章 高校1年冬
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部活動!




「困ったなぁ…。」



いまさっきまで野球部を辞めると言いに来たのは、1年生の市ヶ谷と奈良原だった。


昨日、一昨日も2年生の4人が野球部を辞めると言いに来た。



練習がキツくて辞めていく人は部活をやっていれば絶対に出てくる。


1年生の2人は練習のキツさと、他の選手との実力差が開いていく一方で心が折られたといった感じだった。



2年生達はそもそも野球への熱が冷めてしまっていて、この冬までは練習もキツくなかったので、サボりながらでも野球を続けてこられた。



この冬トレは相方システムのせいで、安易にサボることが出来なくなってしまった。


どちらかが手を抜いたことがバレると両方が罰を受けることになって、サボればサボるほど辛い練習をやらないといけない事になる。




私は高校野球の監督であるし、高校教師でもある。


出来るだけ野球部として、サボったりしながらでも3年間を過ごしてもらいたいと思っている。


途中で辞めたことを後悔するよりも、手を抜きながらでも3年間を過ごして、将来、あの時に手を抜いたことを後悔してくれた方がいいと考えていた。



2年生は来年の7月には引退するので、それまではどうにか野球部にいてもらいたかった。



そして、次の日。




「お疲れ様です。練習中に呼び出すって珍しいですね。」




「ちょっと東奈くんに伝えておかないといけないことがあってね。」




東奈くんは勘の鈍い子ではない。


これから話すことを何となく予想しているのか、少し厳しい表情を浮かべていた。




「2年生が4人、1年生が2人野球部を辞めたいって相談してきたよ。何となく想像つくだろうけど、練習が厳しいからだと思う。」



「…まぁ、そうですよね。」



「東奈くんはその事についてどう思う?」



「辞めることを引き止めて欲しい人もいると思いますけど、辞めたいなら仕方ないかなと思います。」



「私はね、確かに上を目指して野球をやることはいい事だと思う。けど、部活動は結果を出す為だけじゃないと思うんだよね。」




「教育の観点の話ですよね?自分にはそこまでは考えられないので、もし辞めさせたくなくて練習を楽にしたいというのなら、それには従います。でも、自分の厳しい練習のままで良いという選手がいたら、このままの指導を続けさせてください。」




「特定の選手の練習だけ楽にすると、亀裂が生まれると思うんだけど、そこらへんは東奈くんはどう思ってる?」




「まぁ、変な格差みたいなものは生まれるかもしれないですけど、選手全員で話し合わせて、野球を辞めると言っていない選手でも、自分の練習にはついていけないって人も多いかもしれないので。」




「そうだね。東奈くんの練習は相当厳しいけど、一気にレベルアップさせてることで、強豪校との差を埋めるのは間違ってないと思う。」



「難しい判断ですよね。白星が昔から強豪校なら、悩むこともないと思いますけど、元々弱小寄りの高校が急に、強豪校も顔負けのハードトレーニングを始めたら選手たちもついていけないですよね。」




東奈くんはこういうことが起こると最初から分かっていたみたいだった。



詳しく話を聞くと、小学生の時も全国大会優勝させる為に練習が終わった後に、東奈くんが全員をしごきあげたらしい。



その時も最初は自ら上手くなりたいと寄ってきたチームメイトも、あまりのハードな練習について来れなくなっていった。



その時もチームで浮き始めていた東奈くんだったが、親友の大迫くんと桔梗が東奈くんの支えになったみたいだ。



特に桔梗は女子選手として、男子の中で六年生がいる中、五年生からレギュラーを取った。


更に打順も東奈くんとの練習の甲斐があったのか、レギュラーだけでなくクリーンナップを打つようになった。



それを見ていた同世代の男の子達は、流石に女の子に負けられないと尻に火がついたのか、東奈くんのハードトレーニングをこなして全国大会優勝するまでに成長出来た。



その時と決定的に違うのが、東奈くんがチームの中心として選手たちを引っ張ることが出来ないことだった。



指導力も野球への理解度もずば抜けているけど、そもそも選手としての実力があまりにも違いすぎた。



キャッチャーとしてチームを引っ張って、いざとなればピッチャーとしてピンチを抑える。


打者としてはホームランを打ち、7割以上の打率で打線の中心としても頼りにされてきた。



頼りになるチームメイトなのと、厳しい元天才と呼ばれるコーチとでは、選手達から信頼を得るのは難易度が全然違う。




「そこら辺は東奈くんはあんまり気にしなくていいよ。コーチといってもまだまだ高校生なんだから、やりたいようにやってみて。やってること自体は何も間違ってないから。」




「ありがとうございます。自分自身でも色々と考えてみますね。失礼します。」




東奈くんは話が終わると、すぐにグランドに戻って行った。


グランドに東奈くんが戻ると選手の雰囲気一気に変わるようになっていた。


5m以上移動する時は歩くのを禁止して、どんな時でも走って移動することを義務付けられていた。



ペナルティーは基本的にはグランド整備とか、用具の片付けから、ボール磨きとかチームの為になることにしている。



これも相方が巻き込まれるので、早く帰りたくても練習後30分くらいは居残りする羽目になる。




「みんな今日の練習は早めに終わるよー。その代わりにちょっとミーティングするから、今日はみんなで片付けして、部室で待機してて。」




「「分かりました!」」



東奈くんはこのミーティングには参加させられない。


これを聞かせると少なからずショックを受けてしまうだろう。




「みんなに聞いてもらいたいことがあるんだけど、今の練習はかなり厳しいと思う。野球部を辞めたいって選手も何人か出てきてる。」




「え!?誰や!わざわざ野球部辞める必要あらへんで!」



こういう話は香奈が1番気にする話だった。


野球への取組み方は変わってしまったが、チームメイトのことは大事にしているのは分かる。



彼女からすれば、今の練習が本当は選手たちの役に立っているということには気づけていない。



ここにいる選手の中で東奈くんのハードトレーニングが、計画的に選手を育てていることに気づけている選手の方がおかしい。




桔梗だけは前例があるので文句もなく、むしろ自分から率先してトレーニングに打ち込む姿が目立つ。



その姿を見て負けじと練習に励む選手も少なくはなかった。


それでも、2年生は1年生の頑張りを見てもそれが刺激になることはなかった。



良くも悪くも1年生は東奈くんを信用しているので、どんだけ1年生が練習を頑張っていても、東奈が連れてきた選手たちだからと冷ややかな目で見てしまっている。



何も間違ってはいないけど、東奈くんが連れてきた選手でも、それは彼女たちが自分たちで信頼出来ると思ってついて行っている。




「剣崎。怒ってばっかりじゃだめ。私からの提案は1つ。東奈くんが基本的に練習メニューを作ってて、それを私が確認してOKを出してるんだよね。」




「監督があの練習でいいって決めてるんだ…。」


「東奈くんに任せてるのかと…。」




「先に言っておくけど、今の練習よりも、1月の方がキツいし、2月になると最後の追い込みでさらにキツくなると思う。」




ほぼ全員が露骨に嫌そうな顔をしていた。

野球が上手くなりたいという気持ちはあるが、あんなに厳しい練習が続くのは気持ち的もしんどいんだろう。




スポーツをしていたら、どれだけ野球が好きでも雨で練習がなくなったりすれば嬉しいものだ。



楽して野球が上手くなることはあまりないけど、厳しさの中に楽しさがあるのが1番成長出来ると思っている。




「本当はみんな東奈の練習にうんざりしとるんちゃうか?この際、監督にメニュー作り直してもらえばええやんけ。」




「……………。」




出来ることなら練習が楽になるならそれが1番いいはずだ。


人は楽を出来るなら誰でも楽をしたくなる。




「2年生はどう思っとるんや?1年生は東奈の犬や。聞く必要ないわな。桜は男嫌いなんやから監督のメニューがええよな?」




「…私は…東奈くんのメニューをこなすよ。キツくても、しんどくても、私はレギュラーになりたいの。少しでも上手くなりたいから。」




桜はレギュラーを取るためにポジションを何度も変えて、レギュラーを取りかけた時に新たなライバルに負けるというのを繰り返している。



走攻守バランスもいいし、メンタル面も男性恐怖症以外はハートも強い。



顔は野球には関係ないが、あれだけ可憐な選手がグランドにいるだけで注目をされるので、白星高校としてはいい宣伝にもなるだろう。



これはあくまで客観的な話で、ルックスがいいとかで贔屓することは全くない。



東奈くんが私に采配と起用を全て任せてくれているのに、そんなことで試合に使う使わないを決めるのは良くない。




「キャプテンの立場からはどうなんや?」




「うーん。辞めたいってメンバーが出てもおかしくはないと思うし、チームメイト達が辞めていくのは嫌。だから、辞めなくていい選択肢があるならそれを選びたい。」




「ほらやっぱりそうやんけ!聖がこう言っとるんやから、監督に全て任せとけばええんやって!」




「あほらしいわ。」




「おい。西、今なんつった?」




「あほらしいって言ったんですけど?練習についてこられない奴だけが監督の練習メニューにしたらええやないですか。」




「それやと東奈の練習組と、監督の練習組でバラバラになるやろうがい。」




「それの何が悪いんすかね?」




「なにって…。チームスポーツやで?」




「だからなんだって言うんっすかね?チームの為に出来る選手達が楽な練習をすることがチームの為になるとでも?」




「てめぇ!1年のくせに無駄に意見するんじゃねぇぞぉ!!」




「ふん。そんな物言いでチームの為にって言う方が頭おかしいんじゃ。」




流石にここまでヒートアップさせるつもりはなかったので、私は2人を宥めようとしたが遅かった。




バチィン!!




重たい平手打ちが梨花を襲った。


部内でも身長体重共に最大の香奈の平手打ちをくらって、流石の梨花も少しよろけていた。



選手たちもいきなりの平手打ちを止められるわけもなく、驚いた顔をしてどうしたらいいか迷っていた。




殴られた梨花は殴られたままで終わるような性格をしていなかった。


香奈も手が出てしまって、少しはスッキリしたのか2発目を繰り出そうとはしていない。



普通は殴った方を誰もが止めに行くが、殴った相手が梨花だったのが不運だった。



完全にキレてしまったのか、梨花は口元が緩んで笑っていた。




「西っ!!」




私の声が届くわけもなく、低い体勢から一気に香奈に詰め寄って手加減なしのタックルをお見舞いした。



反撃までがあまりにも早すぎて、体重差が10kg以上ある香奈を軽々と突き飛ばした。



尻もちをついた香奈にそのまま抱きつき、そのままマウントポジションを取った。



利き手の右腕を振り上げて、怒りに任せて握った拳を振り下ろした。





「そこまでだ。」




「り、りゅう……?」




梨花の振り下ろした拳は、香奈の顔の寸前で東奈くんが腕を掴んで止めていた。



この場にいるはずのない東奈くんから止められたからか、梨花は急激に怒りが収まっていった。




「怪我治ったばかりだろ?それにこの右腕にはチームの期待も乗ってるんだよ。」




「…す、すまん…。」




東奈くんは怒るどころか最近では見せなくなった優しい顔と声で梨花に問いかけていた。




「ふぅ…。2人とも意見の言い合いは結構だけど、手を出すのはだめ。殴り合いで勝っても負けても何も解決しないでしょ。」




「監督の言う通りだよ。確かに俺の練習がしんどくても野球を辞めるのも馬鹿らしいよ。内容を変更はしないけど、今すべての練習が終わるまで3時間半くらいなのを、2時間半にしようと思う。」




選手たちは東奈くん本人の口から練習が1時間も短縮されることに驚いていた。


そして、ほとんどの選手が内心では喜んでいたはず。




「そこから更に一段階成長したい選手には、俺が個別にメニューを設定して自主練という形にする。それなら個人の自由だしいいと思うけど。」




「西、さっさとどけや。それでええんとちゃう?やりたい奴だけがやればええわ。全員に強制せえへんなら納得できるんちゃうか?」




「う、うん…。それでいいかな。」



「それなら大丈夫だと思う。」




選手たちは東奈くんの提案にすぐに納得することになった。


私も最初からそのやり方を思いついておけば、ここまで香奈と梨花が揉めることがなかったと反省することになった。



選手たちの衝突は精神的に大きく成長出来ると信じていた。


私が高校生の時に光さんに突っかかったからこそ、かけがえのないもの大きなものを手に入れた。




まだ私も未熟で、選手たちはさらに未熟なのだ。


そんな選手たちを大人として引っ張らないといけないし、正しい道を示してあげないといけない。



私は元々そこまで器用じゃなかった。



なんでも大人として完璧にこなすことは間違っていると思ってないけど、出来ることと出来ないことは自ら理解しないといけなかった。




「今日のミーティングはここまで。東奈くんの提案の通りに、テストが終わったら練習を短縮して、居残り練習するかは各々に任せます。西と剣崎は話があるから少し残りなさい。」




「は、はい。」



「わかりました。」



2人とも精神的に落ち着いたのか、この後説教が待っていることを億劫そうにしていた。




「お疲れ様でした。」



東奈くんは全員に軽く頭を下げて、すぐに部室を後にしていった。


梨花を止めてくれたことのお礼をしたかったが、それはまた後日にすることにした。




「私もお先に失礼します。お疲れ様でした。」




その後すぐに桔梗が東奈くんの後を追うように、足早に部室を出ていった。




「あーあ。なつみん、ここで東奈ちゃんを追えないときっきょうには野球も恋愛も勝てないぞー?」




「瑠璃先輩!こんな雰囲気でなんてこと言うんですか!?」




「こんな雰囲気って言われてもなぁー。もう解散なんだし、何話してもオッケーじゃん✩」




瑠璃が凍りきった空気を変えてくれた。


その代わりに夏実が恥ずかしめを受けることになってしまったが。




瑠璃は誰よりも真面目だったからこそ、もう一度野球をやらせてあげたかった。



まさかここまで性格が変わっているとは思わなかったが、チームにとっては瑠璃の野球部復帰は思わぬ副産物となっていた。



しかも瑠璃は東奈くんの練習に完全擁護派として、2年生の中でも浮くはずだったが、明るくなった性格によって孤立することも無くいいクッションになっていた。




「ほらほら!さっさと帰らないとあの怒りん坊の2人と一緒に説教食らうかもよー?」



瑠璃の一声で、選手たちは逃げるように部室を後にしていった。


残った2人にはしっかりと説教をして、お互いにこれ以上は揉めそうな感じはしなかったので、ある程度の所で解放してあげた。



梨花は怒られなれているので、説教が終わるとやっと終わったという感じでいつも通りに部室を出ていった。



香奈の方は久々に私に怒られたせいか、少し落ち込んでいるように見えた。




「香奈が不器用なことは私もよく分かってるし、2年生たちもよく知ってる。それと同じくらい西も不器用ってことを分かってあげて。」




「そうすっね。あいつも元はチームから必要とされなかったんでしたっけ?」




「そうみたいね。詳しいことは私には話してくれないけど、あなたが1年生の時に()()()()にされたことと同じようなことがあったんだと思うわ。」




「………………。」




一波乱あった野球部だったが、大きな問題になる前に東奈くんがチームを救ってくれた。



このままチームは脱落者を出さずに済んだと思われたが、東奈くんの徹底したハードトレーニングは時間短縮くらいでは留まらなかった。



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