俺の歌を聴けっ!
晴風とあらかた文化祭を回り終えると、そろそろ自分達のクラスの出し物に戻らないといけない時間になっていた。
「…楽しかったです。私は一旦お義父さまの元へ帰りますね。」
「ちょっと待ってて。合わせたい人がもう1人いるんだよね。」
「…?」
俺は電話をして目印を教えるとすぐに来ると言っていた。
「おーい!龍兄ちゃーん!」
「来たか。あれ?そちらは?」
「あ、この子?私の入ったチームメイトの子だよ!」
「一真凛です。いつも穂里ちゃんからお話は聞いてます。」
「一さんか。珍しい苗字だから覚えやすいよ。よろしくね。そして穂里のこともよろしくね。」
「あ、はい。それはこちらこそ。」
一さんは小柄な女の子だった。
穂里の隣にいると特に小さく見えたが、海崎先輩を彷彿とさせる堂々とした感じが伝わってきた。
「あ、それで紹介したいのは俺の従兄妹の宍戸穂里。穂里は晴風の1つ下だから、多分後輩になると思って紹介しておこうと思って。」
「宍戸穂里でーす。あなたが晴風さんですか!龍兄ちゃんから話は聞いてます。2年後に2人でバッテリーで組めるように頑張りましょ!」
「…そう言われると悪い気はしないね。なら穂里って呼ばせてもらうね。よろしくね、穂里。」
「はい。よろしくお願いしまーす!晴風さん。」
2人は少ない口数の中でも伝わることがあったみたいだ。
俺の予想では、俺達世代が卒業したらまずエースは晴風でキャッチャーは穂里だろう。
晴風はピッチャーだから、怪我をする可能性もあるから分からないが、穂里がレギュラーを取れていない未来は考えづらい。
「龍兄ちゃんに案内してもらいたかったけど、真凛と文化祭楽しんでくるからばいばーい!」
「失礼します。」
来るのも早かったが、帰るのもとんでもない早さだった。
穂里はこういう文化祭みたいなお祭りが大好きなんだろう。
いつもなら俺に相手をしろと駄々をこねてくるけど、今日は俺のことをそっちのけで楽しもうとしていた。
「…穂里かぁ。」
「あいつはヤバいと思う。身内贔屓が入ったとしてもとんでもない選手になる気がする。」
「…龍さんがそういうならそうなのかもしれないですね。私には明るい女の子にし見えなかったので。」
晴風は本当にそう思ったのだろうか?
ここまで晴風の鋭さを目の当たりにした俺にはそうは思えなかった。
別に穂里のことをどう思っていても晴風の自由だと思ったので、それ以上穂里のことについては言及しなかった。
「…それではまた約束の時間の少し前に顔を出せてもらいますね。」
「そうだね。また後でね。」
校門まで晴風を送っていくと、綺麗なお辞儀をして泊まっている旅館の方へと歩き出していった。
昨日は俺が見えなくなるまで見送ってもらったが、俺は少しだけ晴風の背中を見届けると教室へ戻った。
教室へ戻るとさっきの女の子は誰だと問い詰められたが、来年入学する子だと伝えると一瞬で興味を失ったようだ。
「東奈くん。私と交代みたいだから後はよろしくね。」
「オッケー。夏実は円城寺と回ってくるのか?」
「そうなるね。メイド姿のままってのが恥ずかしいけど、着替えるのも大変だから同じ姿の緒花と行ってきます。」
「楽しんできてね。」
俺は夏実と代わると俺に相談に乗ってもらいたい人達が集まっていた。
その人達の話を聞いてると、あっという間に時間が過ぎていった。
そして、そろそろ俺の事を迎えに来るはずだけど…。
「龍はいる?」
「ん?あっこにいるよ。」
「ありがと。」
受付で柳生と桔梗が素っ気ない会話をして、すぐに俺の前の席に桔梗が座ってきた。
「蓮司のライブ見に行くんだよね?」
「うん。あんな自信満々だったけど、絶対微妙だと思う。蓮司なら下手とかじゃなくてなんとも言えない上手さと思うんだけど。」
「確かになぁ。すげぇ想像出来るわ。」
俺は桔梗の予想に妙に納得してしまった。
俺のクラスは基本的に休みなく、この時間まで一生懸命働いてきた。
ほかのクラスよりも早めに相談カフェを終わらせて、結局クラスの3分の2が蓮司のライブを見に行くことになった。
これだけの人数が見に行くということは、蓮司がクラスの中で愛されているという証拠だろう。
俺と桔梗は蓮司の親友ということで、早めにクラスを抜けて体育館でライブを始める蓮司の元へ向かった。
「今日は軽音部のライブに来てくれてありがとう。トップバッターはこの俺!大迫蓮司だっ!」
体育館に到着するとタイミングバッチリで、蓮司がオープニングトークをしていた。
「蓮司くーん!なんで1人なのー?」
「あちゃー。痛いところ突いてくるねぇ。みんなはさ、心の底ではスターになりたいって思うよね?」
男ならそう思うかもしれないが、女子の多いこの場ではどうなんだろうかという疑問を抱いた。
「でもさ、俺がバンドにいたら俺だけがスターになっちゃうって分かっちゃったんだよね。」
「ナルシストー!」
「自惚れるなー!」
黄色い声援も蓮司の仲のいい女子なんだろう。
蓮司の事なので、予めサクラを用意していてもおかしくは無い。
「ここに居るみんなも本当は俺の歌が下手だと面白いとか、恥かけばいいなとか思ってる人もいると思う。」
蓮司にしては後ろ向きなことを言うなと思いつつ、桔梗をちらりと見ると少しニヤついてるような気がした。
「いい意味で期待を裏切っちゃうと思うけど、とりあえず1曲目!sun flower!」
確か去年辺りに流行った女性のギターソングだったはず。
蓮司の派手さとは対極的なシンプルなフォークギターを弾き始めた。
「おぉ。ちゃんと弾けてる。」
俺は蓮司のギターが結構本格的で思わず声が出てしまった。
もしかすると俺が知らないだけで、蓮司は昔からギターを弾いていたんだろうか?
「夏の思い出が今も〜♪︎」
「「おおぉぉ…!!」」
「まじか。」
「…へー。」
蓮司の堂々とした佇まいと、結構本格的なギター演奏。
そして、そこまで音響の良くない体育館に響き渡る優しい歌声。
女性のフォークソングを男の蓮司が歌っているけど、音程を下げて歌っている訳では無い。
「向日葵のそのひたむきな笑顔がいつも〜♪︎」
サビに入ると高音も綺麗に出ているし、声量も相当出ていると思う。
最初はガヤガヤしていた体育館の観客達も、いつの間にか蓮司の歌声に耳を傾けていた。
友人の歌なんてこんな舞台で聞いたら、共感性羞恥と呼ばれる現象になるかと思っていたが、あまりにも堂々と歌う姿を見ていると胸が熱くなってきた。
「蓮司かっこいいぞー!!」
2番に入る前の間奏の時に思わず蓮司に声を掛けてしまった。
その声に蓮司が反応してしまった。
俺はやってしまったと思ったが、蓮司は余裕な様子で俺にウィンクをしてきた。
「蓮司くん、こんなに歌が上手いのにそんなに自慢してこなかったね。」
「そうだね。この日の為にずっと隠して来てたのかもね。」
いつの間にか俺の周りにはクラスメイトが集まっていた。
円城寺と夏実が蓮司の歌を聴きながら、素直な感想を小さい声で話していた。
興味の無さそうだった氷と柳生も蓮司をじっと見つめて、その歌に耳を傾けているようだ。
「これが君へ届ける愛の詩〜♪︎」
パチパチパチ!!
曲の終わりと同時に、体育館には蓮司への賞賛の拍手が鳴り響いていた。
桔梗はなんとも言えないような表情をしていたが、蓮司が口だけではない男と分かって嬉しそうだった。
自分の予想が外れたことと、いい意味で裏切られたことで、微妙な気持ちになっているんだろう。
俺は純粋に凄いと思ったし、蓮司の新たな一面を見ることが出来た。
「拍手ありがとうっ!この反応は皆の期待に応えられたのかな?永遠とトークしててもいいんだけど、この後にもみんな待ってるからね。早くしないと怒られちゃう。」
相変わらずの口の上手さでトークを盛り上げつつ、場を回していく。
俺は蓮司は野球を続けるべきだと思っていたが、今日のこの数分で蓮司はこういったエンターテインメントに天性の才能があるのかもしれない。
初のライブでこんなに人のことを感動させたり、笑わせたり出来るものなのか?
相手が同じ学校の生徒とはいえ、トップバッターで期待値が高まっている中でこのパフォーマンスは凄い。
「それでは名残り惜しいですが、次が最後の曲になります。LEON。聞いてください。」
蓮司は最後の曲も堂々と歌い上げて、観客を大いに湧かせた。
「ありがとうございました。」
最後に少しだけトークしていくかと思ったが、思ったよりもあっさりと舞台裏へ消えていった。
俺はエンターテインメント性なんて皆無なのでよく分からないが、多分わざと多くを語らずに後ろに下がったんだろう。
蓮司とは付き合いが長いので、そう直感的に感じた。
もう少しだけ見ていたい。
もう少しだけ聞いていたい。
そう思わせることが出来るライブをした蓮司は本当に凄いとしか言いようがなかった。
下手すると蓮司のことを好きな女子よりも俺の方がうっとりしてしまっていた。
俺がどんな表情をしていたかは分からないけど、桔梗が俺の顔を見て少し引いていたのをよく覚えている。
その後も他の軽音部のバンドの演奏を聞いていたが、良くも悪くも蓮司のあの歌が衝撃的だったのか、ライブの定番曲と呼ばれる歌でも少し盛り上がりに欠けていた。
氷はいつの間にか柳生の足に寄りかかって寝ていたし、すでに円城寺や夏実は体育館からいなくなっていた。
俺と桔梗もこれ以上聞いていてもなと思ったので、体育館を後にすることにした。
「よっ!出てくんの遅せぇよ。どうだった?俺の歌は。」
まさかライブを盛り上げた男が、俺達が会場から出てくるのを待っているとは思わなかった。
「よくこんな所にいて女子に囲まれなかったな。」
「ライブが好きな人は最後まで見るだろうし、あとから来る人は俺の事を知らないからな。」
「なるほどね。蓮司、本当によかったよ。こんな才能よくここまで隠してきたな。」
「別に隠してた訳じゃないけどな。桔梗もお前もカラオケ誘っても来なそうだから、行かなかっただけだよ。」
「私も凄いなって思った。また飽き性で軽音部に入ったと思ってたけど、ちゃんとしてたし、歌上手だったよ。」
「ううっ…。2人ともありがとな!」
蓮司は嘘泣きをしながら俺たちに感謝を述べていた。
蓮司なりの照れ隠しだろう。
俺も桔梗も当たり前のように理解していたので、蓮司のことを無視してそのまま置いて帰ろうとした。
「おいおい!泣いてる親友を置いていこうとするな。」
「「泣いてないだろ。でしょ。」」
桔梗と俺は思わず蓮司へのツッコミがハモってしまった。
「「あははっ!」」
俺達は思わず笑ってしまい、蓮司がさっきまで素晴らしいライブをしたとは思えないくらいに、いつも通りに3人で何でもない会話を楽しんだ。
「ふー。笑った笑った。そろそろ皆の元に帰んないと怒られそうだから戻るわ。」
「じゃあね。」
「また後でな。」
俺と桔梗もその場で別れて、俺は教室へ戻らずに野球部のグランドに向かった。
今日の対決を知っているのは、俺と監督と三海さんくらいなはず。
グランドに着くと、晴風と上木さんはまだ来ていなかった。
約束の時間までまだ30分もあるので、とりあえずマウンド整備をしながら待つことにした。
ちょこちょこ準備していると、監督が2番目にやってきて、その後すぐに穂里と一さんは何をしたらいいか分からずに俺の事を待っていた。
「穂里ー。キャッチャー道具一式用意してきてるから、とりあえず着替えておいて。」
「え?うーん?うん。」
穂里は何をするか分かっていないので、俺の言われるがままに穂里用のキャッチャー防具を付け始めた。
一さんも穂里の防具を付けるのを手伝っていたが、2人とも困惑した表情だった。
「…すいません。遅くなりました。」
約束の時間の10分前にはちゃんと晴風は現れた。
額には軽く汗をかいていて、ここに来るまでにウォーミングアップは済ませているみたいだ。
晴風はきっちりとユニホームを着てきたみたいだ。
「………こくり。」
校舎の方から現れたのは三海さんと上木さんだった。
上木さんはユニホーム姿ではなく、カジュアルな運動着を着ていた。
「それじゃ、2人ともこっちに来て。」
遂に新入生のトップを決める戦いが始まろうとしていた。
公式戦さながらのなんとも言えない緊張感に包まれながら、晴風は三塁ベンチ側から、上木さんは一塁ベンチからホームベースにゆっくりと歩み寄ってきた。