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元天才選手の俺が女子高校野球部のコーチに!  作者: 柚沙
第4章 高校1年秋
178/280

VS福岡国際⑪!



最終回。



福岡国際は代走に出ていた榊原さんがライト、代打で俊足の中川さんがセンターへ。


昨日の試合と同じ起用法で、ストレートに自信にある滝本さんがマウンドに上がってきた。


梨花や七瀬と遜色のないスピードのストレートを投げられる。


それ以上に滝本さんの弱点でもあり、特徴でもあるコントロールのアバウトさが厄介になってくる。



ボールカウントが増えることを恐れずに、自分の自信のあるボールをただ真っ直ぐに投げられるメンタルの強さがよく分かる。



気持ちの強さというのは、時に大きな武器となる。



こんな7回裏の1点差で、しかも上位打線と対決するのに緊張しないなんてことはない。


滝本さんも少しは緊張してるかもしれないが、投球練習で笑顔を見せながらリラックスしているようだ。



相手の監督はその姿に少しだけ微妙な顔をしていたが、滝本さんも中々監督を困らせてる選手なようだ。



投球練習が終わると、2番の美咲が集中というよりも思い詰めたような顔で打席に向かっていた。



俺が選手たちにしてやれることは今はない。


滝本さんの投球スタイルはほぼ真っ直ぐだけで力でねじ伏せて、時折オーソドックスなスライダーとフォークを投げてくるらしい。



それでも八割以上はストレートを投げてくるし、七瀬や梨花のストレートを練習で打っている選手なら初見でもノーチャンスということはないだろう。



同点に追いついて、尚且つランナーが得点圏にいてワンアウトまでは俺がサインを出すことは無い。


基本ストレート狙いなのは誰もが分かっているし、後は選手たちが滝本さんから打てるかどうかだ。




「後は自分たちの力で勝利をもぎ取るんだ。」




ー美咲視点ー



かのんがあんなに酷い手の状態で試合に出続けていたなんて。



確かにセカンドはかのんが一番上手いし、ツッキー(月成)がライトからセカンドに変われば問題なかったはず…。



それでも凛がいなくなっちゃったから、外野が手薄になるのも考えての無茶な強行出場だったんだ。




「それでも…。あんなんじゃ無理だよ。」




滝本さんか。


愛衣の姉ちゃんよりは私が得意としてるピッチャーなはず。


西さんから特徴は聞いてたし、基本ストレートなら打てる、いや絶対にランナーに出て氷と桔梗に回すんだ。




バシッ!




「ストライクっ!」




「は、速い…。」




西さんのストレートを打撃練習で打つけど、やっぱり打たせないという意思があるストレートはどこか違う。



皐月も西さんも速いストレートを投げるけど、ストレートと言っても投げる人によって全然違う。



西さんのは鋭い切れ味のあるカミソリのようなストレート。


皐月はオーソドックスな浮き上がるような伸びのあるストレート。


滝本さんのはなんというか…迫力のあるというかストレートっていうよりも()()というイメージ。




2球目。



外野手の遠投のようなフォームで豪快さを感じる。


それが普通のピッチャーと違って打ちづらさを感じるし、威圧感のあるフォームというやつか。




けど、打てる。

これくらいなら打てる。




2球目はスライダー。

八割ストレートって聞いてたのに、ここで早くも変化球?




「ストライクツー!」




ストレート中心なのは間違いないけど、今日は抑えとして出てきてるから配球を変えて慎重にしてきてる?



東奈くんは球種のサインは出してきていない。


あくまで自分で考えて打つしかないんだ。


あと投げてくるとしたら、フォークが来る可能性があるけど、どんなボールか分からないならストレートを打つ。




3球目はストレートが低めに外れてワンボールツーストライク。



次はカウント的にはフォークが来る可能性があるけど、ここでブレてしまったらそれこそ打てる可能性が低くなる。



そして、4球目。




「きたっ。ストレート!」




キイィーン!!




真芯ではないけどきっちりと捉えられた。



ストレートを三遊間に弾き返した。


サードの戸根さんは早くも捕るのを諦めて、ショートの牧野さんに任せていた。




「いや、うまっ。」




みんな私が守備が上手いって言うけど、牧野さんの守備を見ると実力が違うのがよくわかる。



今はそんなことを考えている暇はない。


レフトに抜けそうな当たりを牧野さんに捕られたけど、あの位置からならファーストまでは私の方が早い。




私はするつもりは無かったヘッドスライディングを無意識で行っていた。




「セーーーフ!!」




「うっしゃ!!!氷っ!続いてけ!」



「ナイスー。ぐっ。」




無意識でヘッドスライディングをして、セーフコールを聞くと、また無意識に次のバッターの氷にアピールしてしまった。



氷はいつも通りに気の抜けた返事と、ふわっとした動きで少しだけ気が緩んでしまう。



それでも氷はいつも結果を残している。

みんなには見せないけど、寮にいる時は毎日のように打撃練習をしているらしい。




今回は左バッターボックスに立って、いつもと何も変わらないフォームで真っ直ぐブレなく立っている。



私が氷を凄いと思うのが、あまり身体能力が高くない氷だけど、どんなボールに対しても身体の軸がブレたところを見た事がない。



泳がされてたとしても、軸が前に移動するだけで自分の軸を中心にバットを振れることは凄いと思っている。




今日もいいバッティングをしてるけど、ここまではヒットが出ていない。


それでも氷ならきっとここで繋いで、桔梗が打ってくれると信じてる。




滝本さんは一塁ランナーの私のことをあまり気にしている様子はない。


確かにここで単独スチールするリスクは大きい。


もし、勝手に走ってアウトにでもなれば逆転どころか同点ですら怪しくなってしまう。



だからといって一塁上で大人しくしている訳にもいかない。


少しでもこちらを気にさせて、氷に対して甘いボールを投げさせないと。



いつもよりも少し大きめにリードをとって、滝本さんを揺さぶった。


リードをジリジリと大きくしていっても、滝本さんはこちらを見ることなく、セットポジションに入ってから長めにボールを持っている。




多分今走れば盗塁は成功する。


滝本さんは牽制をしてこない。




行く?




行かない?




ギリギリまで迷いに迷っていると、滝本さんの左足が上がって氷への初球を投げた。





カキイィーン!!




「ナイ……。」




バシィッ!!




額から一瞬で嫌な汗が流れたような気がした。



私の左後方で氷の捉えた低いライナーを、腕を伸ばしてファーストがナイスキャッチしていた。


打った氷を褒めようと出した声が一瞬で口の中に戻って行く。




他に何も考えることが出来ず、ただこれまでやってきた練習通りに、ライナーが飛んだら一旦帰塁する。



ファーストはライナーを捕るのに体勢を崩している。


距離的には私の方が遠いけど、ここでダブルプレーを取られたら負けてしまう。



ファーストもすぐに体勢を立て直して、必死の形相でファーストベースに向かってきていた。



私もファーストのどちらも頭からベースへと突っ込んできた。




「間に合ええぇ!!」





「セーーフッ!!」




「危なかった…死ぬかと思ったよ…。」




思ったよりも間一髪のタイミングになって、ヘッドスライディングをした後にホッとした気持ちで少しの間は動けなかった。



少しだけ顔を上げてホームの方を見ると、下を向いて歯を食いしばりながら、ベンチへと戻っている氷の姿が目に映った。



そんな氷に声を掛けることもなく、桔梗が氷の横を通って打席へ向かっている。



桔梗はミスした仲間にあまり声をかけたりしない。


最初はレベルの低さに怒ってるかと思っていたけど、逆に誰よりもそういったことに対して気にしない性格だった。



それに気づくまでに時間はかかったけど、他人のミスを自分のプレーで帳消しにしようと必死になっているのを見てると、桔梗が少々言葉足らずでも気にするような仲間はいなくなった。




桔梗なら1発で決めてくれるかもしれない。

けど、今日はツーベースとホームランを打ってるし、そろそろ打てなくてもおかしくない。



むしろここまで活躍しているのにこれ以上を求めるのもどうだろうか。




いや、桔梗を信じるんだ。


逆に言えばこれだけ調子がいいならもう一本くらいは打ってくれる。




「ボール!ボールツー!」




桔梗に対しては初球ストレート、2球目スライダーとやっぱり変化球多めに投げてきている。


キャッチャーが秋山さんから代わってリードが結構変わったんだろうか。




「笑えるんだ。」




カウント的には不利になっていながらも、マウンドでは滝本さんが楽しそうに笑っていた。



バッターボックスの桔梗は、そんな余裕そうな滝本さんを見て何を思うのだろう?


いつもと変わらない表情で目線を逸らすことなくピッチャーを見ていた。



睨みつけたりすることもなく、ただじっと滝本さんの様子を観察していた。



相変わらず私のことを気にする様子もなく、3球目を桔梗に投げ込んだ。




カキィン!




高めの今日一番スピードが出ていそうなストレートを桔梗はフルスイング。



滝本さんは被っていた帽子が脱げるほどの全力投球だった。



打球は打った瞬間にワンバウンドして、サードの真正面に高く跳ね上がった。



桔梗はストレートを打ち損じた。

高く跳ね上がってはいるけど、サードの頭を越えたりはしないだろう。




戸根さんは高く跳ね上がったサードゴロを、難なく顔の前で捕球するとゲッツーを取りにセカンドへ送球しようとしていた。




どうする?



二塁のタイミングは絶対にアウトだけど、ゲッツー崩しをすればもしかしたら、桔梗はセーフになるかも?




東奈くんが危険なプレーはダメだと、あれだけ怒ってきたのも初めてだった。


もしかすると、これからあんなに怒られることもないかもしれない。



私はあのプレーで怪我をしたし、下手したらあの時のサードの選手も怪我させてしまっていたかもしれない。




自分だけ怪我するなら私は構わずゲッツー崩しをする。



けど、セカンドの多賀谷さんは氷達の元チームメイト…。



引き抜きがなければチームメイトになっていた子。




それでも自分の勝たないといけないという信念の為なら、危険と分かっていてもやらないといけない。




『東奈くんが気づかなければこんなことにはならなかったのに!』




私は自分の心の中で東奈くんのことを逆恨みしながら、セカンドベースへ滑り込んで行った。




結局ゲッツー崩しはしなかった。

このタイミングでゲッツー崩しをしても、故意にやったと判断されると思ったのだ。



守備妨害を取られると、桔梗がファーストでセーフになってもダブルプレーで試合終了になる。



それなら、桔梗が全力疾走で一塁を駆け抜けてくれることを祈るだけだ。




「美咲!!三塁狙えるっ!」




多賀谷さんはサードの戸根からのショートバウンドの送球を後ろに逸らしていた。



ゲッツーを取ろうと焦ったのか、ボールを捕るというプレーと投げるというプレーを流れでやってしまったんだ。



送球は右中間方向に転々と転がっていた。


無理なスライディングをしてなかったので、すぐさま立ち上がり三塁へ走り出した。




送球は返ってこず、私は悠々と三塁へ到達した。



打った桔梗は流石に二塁には行けずに、一塁でストップしていた。



試合終了かと半分諦めていたけど、思いがけない相手のミスでワンアウト一、三塁のチャンスが訪れた。




「ツッキー打てぇ!!」




ツッキーに声を掛けると、一瞬だけこちらを見て力強く頷いた。


私とツッキーはポジションも被ってるし、基本的にどんなことでも出来るオールラウンダーとしても、打力も足の速さもとても似通った選手だ。



それでも唯一違うところがあるとすれば、私はベンチでツッキーがスタメンということだけだ。



下手すると能力的には私とツッキーなら私の方が野球が上手いと思う。



軟式出身で、硬式に慣れているのも私のはずなのに、試合で結果を出し続けているのはツッキーの方だった。



試合に出るのは実力ではなく、試合で結果を出せる人なんだと思った。




結果でレギュラーを掴んだツッキーなら打ってくれる。



ピンチを背負ってからは滝本さんのピッチングが変わった。


変わったと言うよりも、元のスタイルに近づいたと言った方がいいのかもしれない。




「ファール!ツーボールツーストライク!」




4球連続でストレートを投げ込んでいた。


ツッキーもストレートを狙ってそうなのに、かなり押し込まれているように見える。




「打てる打てる!気合い入れていこ!」




ツッキーに私の声が届いたか分からないけど、かなり集中していて打つことしか頭にないと言った感じだ。




5球目もストレート?


流石にここはフォークで三振を狙いに行く?



ランナーの私が悩むんだから、打席で構えているツッキーは尚更決めかねてるはず。



ここはバッテリーも慎重にサイン交換して、滝本さんも二度首を振ってからの5球目。



5球目もストレート。

高めのパワーのありそうなストレート。



私もそこそこ捉えたと思っていたけど、三遊間を抜けなかった。


スピードにはついていけたけど、球威に負けたのかもしれない。




カキィン!




ドキッ!




ツッキーの打った打球を見た瞬間、自分の心臓が高鳴った。



打球はすぐにワンバウンドして、セカンド方向に少し緩い打球になっていた。



ワンバウンドした時点で私はホームへと向かっていた。



ホームに滑り込むまでセーフになるかアウトになるかは分からない。


ただ私がコンマ何秒でも早くホームへ辿り着ければ同点になる。



多分多賀谷さんがいまボールをキャッチして、ホームへ送球している頃だろうか?


私はただ全力でホームへと走っていた。


ホームでは愛衣が懸命に私に何かを伝えようと声を上げている。




「滑り込んでっ!!」




私は一直線にホームベースと滑り込んだ。


滑り込むと同時にキャッチャーがボールを捕って、そのまま私にタッチにしに来た。



一直線に滑り込んでいる私のスライディングに一切臆することなく、激しくタッチしにきた。



私のスライディングをそこまで恐れていないなら、キャッチャーミットを蹴り飛ばされても文句ないよね?



相手を怪我させるのは確かに申し訳ないけど、相手が引かないなら私が遠慮することはない。




タイミングはギリギリアウトっぽい。


それでもそんなに激しいタッチして、後悔しないでよね。



私は故意ではなく、そのままキャッチャーのミットをスライディングで蹴っ飛ばした。





「アウトおぉ!!!」




「くっそ!!」



周りからの目線を気にせず地面を思いっきり叩いた。


キャッチャーはタッチしたと同時に私のスライディングを確かに受けていたけど、その勢いを止めようとせずに、その場に転がることで衝撃を逃がして、ボールをがっちりとキャッチしていた。



キャッチャーが怪我していないことを確認して、ホッとした気持ちもあったけど、すぐに点を入れられなかったことへの罪悪が襲ってきた。



今のプレーでホームに突っ込まないという選択肢はなかったし、アウトにもなっても責められたりすることはない。



それでもあと少し足が早ければ…。




「どんまい。」



「ごめん…。」




東奈くんが私の肩を優しく叩いて慰めてくれた。


慰めてくれたというよりも、気にするなといった意味合いが大きいの分かっていた。



後はベンチから応援するしかない。


ツーアウトでランナー一二塁で、同点のチャンスもサヨナラのチャンスもまだまだある。



後は愛衣が打ってくれるかどうか。

本当なら7番は緒花だったけど、今は交代して沙依に交代している。



沙依が期待できないとは言わないけど、流石に分が悪い。




「ストライクッ!」




「打てるよー!まだまだ行けるよー!」



「愛衣っー!打ってけ!」




ワンボールツーストライクと愛衣は追い込まれた。


ここもリードもなにもなくストレートしか投げていない。


ストレートしか投げないことが逆にバッターを惑わせている?



みんなが打席に立っている時に、ランナーから相手のリードを読んでいて、ストレートだけ狙っていても大丈夫かと不安になることがあった。



スライダーやフォークを投げられるからこそ惑わされる。


西さんのように、ストレートとスプリットを武器にしていたらそれを踏まえての対策を練る。



けど、滝本さんはストレートしか基本投げないのに、変化球を変なタイミングで投げてくるから迷ってしまう。




カキィン!





打球はほぼファースト定位置に打ち上がった。


最後の最後までストレートで勝負してきて、それを愛衣も読み切ってのスイングだったと思うけど、速いストレートに差し込まれていた。




「負けちゃったか。」




バシッ!




「やったー!勝った!!」


「このまま優勝するぞぉ!」




愛衣の最後の打球をファーストががっちりと掴むと、福岡国際の選手たちが喜びを爆発させていた。


1年大会とはいっても、今日の試合が相手にとっても厳しい試合だったことがよく分かる喜び方だった。



相手の厳しそうな監督も、勝ったことをホッとした表情で選手達を見つめていた。



うちのベンチもこの厳しい試合に勝てなかったこともそうだけど、試合が終わって疲れがドッと出ている気がする。



みんな悲しそうというよりも、この激戦が終わったんだと息を吐いていた。



名残惜しさとも違う他の何か。





「みんな。試合終わったよ。挨拶いくよ!ほら!早くっ!」




「う、うん!みんな!いこっ!」




夏実もすぐにハッとして選手たちに声を掛けてくれた。


みんなはすぐさま立ち上がり、ホームベースまでベンチを飛び出して行った。




「4ー3で福岡国際高校の勝ち!ゲーム!」




「「ありがとうございました!」」




試合が終わった。


私たちは1年生大会を準決勝進出という素晴らしい成績を残した。



それでも、今日の試合は勝てる試合だったと誰もが思っていた。



それを後悔しないために私達は努力して野球を上手くならないといけない。



東奈くんが連れていってくれる。


いや、東奈くんを私たちが連れていく。



きっとそのために私たちは白星に来たんだよね。




「また1からのスタートだね。」





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