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元天才選手の俺が女子高校野球部のコーチに!  作者: 柚沙
第4章 高校1年秋
177/280

VS福岡国際⑩!




「せ、セーフ!セーーフ!!」




「かのんやったあぁ!!」



一塁塁審がオーバーにセーフコールをすると、白星ベンチは大盛り上がりしていた。


俺もセーフティバントが成功するとは思わず、かのんに声援を送っていた。




「サード!!」



大盛り上がりしている間にもプレーは終わっていなかった。


三塁ランナーの七瀬は悠々とホームインしていたが、一塁ランナーの夏実は更にもう一点を狙うために三塁を目指していた。



佐賀さんはセーフコールを聞くと、夏実が三塁を狙っているという味方からの声掛けよりも早く気づいており、すぐにサードに送球した。




「アウト!スリーアウトチェンジ!」




三塁のプレーは際どいタイミングだったが、佐賀さんの隠れた好プレイで三塁に到達することが出来ず。




「夏実にグラブ渡す時にいい判断だったって伝えておいて。」



「はい?わかりました。」



代走を出された円城寺が夏実に帽子とグラブを渡しに行くみたいなので、気落ちしたままじゃ良くないと思い伝言を伝えておいた。




「惜しかったね。さっきの当たりもランナーが三塁にいなかったら長打だったし、三塁のアウトも佐賀さんがちゃんと次のプレーを意識していたね。」




「えへへ…。ありがとう。励ましてくれてるんだね。」




「事実だからね。東奈くんもそう言ってたよ。いいプレーだったけど、惜しかったって。」




「え?ほんとに?それなら良かった…。」




「しっかりと守ってきてね!任せたよ!」




「うん!任せておいて!」




円城寺の上手いフォローで、夏実は元気よくセンターの守備へと走り出して行った。



同点に追い付くセーフティバントを成功させた、かのんの元へは凛がグラブを持って行っていた。




「かのんやるやーん。まさかもう一度セーフティバントをするなんて。」




「う、うん…。あんがと。」



「…ん?どうしたと?」



「え?なに?」



「いや、全然嬉しそうじゃないし、それバッテ(打撃用手袋)やろ?守備用に変えなくていいと?」



「ん。気分的にこのまま行くから。」



「ふーん?ま、かのんのことはよく分からんし、そういうならこれはベンチに持って帰っておくよ?」



「よろしくぅー。」




かのんと凛は何かを話しながら、凛は何やら浮かない顔をして戻ってきた。



ベンチに戻ってきても凛はかのんを方をじっと見続けていた。



「凛?どうした?」



「いや、かのんが変っていうか…。」



「変?詳しく教えてくれ。」



「いつもならドヤ顔の1つでもするやろ?やけど、しれっとしてたし、守備用やなくてバッテをそのまま着けて守備するって言い出すし。」




「うーん…。かのんなら急にそんなこと言いそうな気がするけど…。」



「凛もそう思ったんやけど、桔梗みたいに冷静すぎるっていうか…。」



そういえば、セーフティバントを成功させてあんだけベンチから声援を飛ばされていたのに、全くアピールもしてこなかった。


夏実が三塁でアウトになったってのもあるが、かのんにしては大人しすぎるっていうのは引っかかる。




「何処か怪我したのか…?」



ヘッドスライディングの時に怪我したかと思われたが、セカンドの位置で普通通りに飛んだり跳ねたり、かのん特有のウォーミングアップを変わらずにやっている。



身体に変わった様子はなく、俺と凛の思い過ごしだったのかもしれない。




代走で出た雪山がショートへ。

美咲はそのまま雪山と変わってサードへ。



出来れば守備の上手い美咲をショートで使いたかったけど、雪山のサードはあまり上手くないのと、送球難が露骨に出るのでショートを守らせることにした。



七瀬は延長戦に突入しなければ、最後のマウンドになるがまだまだ元気そうに投球練習を続けていた。



福岡国際の打順は今日まだノーヒットの多賀谷さんからで、伏兵と評価するなら最高の伏兵の佐賀さん、8番の戸部さんは守備こそ素晴らしいものがあるが、七瀬からヒットを打つのは厳しそうだ。




七瀬にとってはそこまできつい打順ではないので、延長戦も見越してこの回は三者凡退で終わらせて欲しいところだった。




多賀谷さんに対しては、インコースが不得意なのを柳生が知っているので、執拗にインコースへのストレートにこだわって投げていた。



多賀谷さんもインコースが苦手といっても、インコースに投げ込んでくるというのが分かれば、それなりに工夫して打とうとしてくる。



コースがバレているので、空振りはとれないが、スピードのあるストレートでファールを打たせることはそんなに難しいことではないみたいだった。



最後まで優勢に勝負を進めていって、ワンボールツーストライクと追い込むと、最後は相手の得意なアウトコースで抜群のキレのスライダーに手を出させた。




「ストライク!バッターアウト!」




鋭い曲がりでワンバウンドしたスライダーを、こぼす事無くミットにきっちりとボールを収めていた。



ワンバウンドしていたので、一瞬振り逃げをしようとしたが柳生にすぐにタッチされて、何事も無かったようにボール回しを開始した。



内野は素早くボール回しをしていたが、雪山からかのんへボールを回そうとした時。




「近いッスよ!」



「うっさいなー。早くトスしてよー!」




セカンドの定位置にいるはずのかのんが二塁ベース上で、雪山からのボールを待っていた。



かのんのことなので、いつもは気にも止めないが、何かが変と凛に言われてからはかのんの動きが気になって仕方がなかった。




雪山からの緩いボールを素手で掴んで、一塁の桔梗へいいボールを放っていた。



動きにおかしいところは無いし、むしろ今の送球もセカンドへ戻る足取りも軽いようにしか見えない。




「気のせいか…?」



「気のせいだったかも…。」



そばに居た凛も俺と同じことを口走っていた。


俺は近くに置いてあったかのんの守備用の手袋を拾い上げた。


バッテは黒だが、かのんのグラブはオレンジ色でその色に合う白の守備用の手袋を愛用していた。



どれくらい使っているか分からなかったが、思ったよりも手のひら側は剥げていて、人差し指の先も少し穴が空いていた。




「穴が空いてたから使わなかっただけか?」




そう考えると全ての辻褄があう。


一塁上で喜んでなかったのは、スポットライトが当たるはずだったのに、夏実が三塁で走塁死したからなのでは?



はっきり言ってかのんのことを理解した場面の方が少ない。



今も緊張感なくグラブをいじくりながら、横目でバッテリーのサインを確認している。



俺はかのんのことは一旦忘れることにして、試合に集中することにした。




多賀谷さんを完璧な配球と素晴らしい球で三振にとって、攻守ともに目立たないながらも隙のないプレーをしている佐賀さんが打席に入った。



一打席目は一振でセンター前、二打席目はほほ為す術なく三振。



柳生や七瀬から見てどんな選手に見えているかはわからないけど、積極的に攻めすぎるのは危険な気がしていた。




ここまでというか、ほぼ配球についてはキャッチャーに任せている。


俺からサインを出すこともあるからと、毎回ベンチを確認するようにはしている。




『ボールから入れ。』



柳生は俺のサインに二度見をしたので、もう一度同じサインを出しておいた。


確認はしたようだったが、俺のサインの意図が掴めないのか、どのボールでボール球を投げさせようか迷っていた。




迷った時の空振りも取れる可能性があるスライダーを選んだようだ。



ストライクからボールになるスライダーを投げさせて、佐賀さんはこのボールに手が出かかるがどうにかバットを止めてワンボール。



この反応なら抑えられるかと思っていたが、ここから粘りに粘られられることになってしまう。



七瀬のコントロールが少し甘くなっているのもあるのか、内外にストレートも変化球も全てファールにされた。



粘っているというよりも、打ちに行ってミスショットを繰り返しているといった感じだ。



ストレートに差し込まれて詰まったり、タイミングが早すぎて思いっ切り引っ張ってしまったり。



はっきり言って七瀬のピッチングが完全に佐賀さんを上回っていた。



それでも佐賀さんは粘るでもなく、バットにボールを当ててきていた。



カウント2-2から動かずに、次に投げる球が9球目になる。




「しつこい。」




汗を拭いながら、誰にも聞こえないように七瀬は佐賀さんに悪態をついていた。



力比べでは勝っているのに、抑え込めないのは七瀬としても不本意だろう。



お互いに延長戦のことが脳裏に過ぎってくるが、まずは目の前のアウトを取らないと話にならない。




そして、9球目。



見送ればボールの高めのストレートを投げてきた。



七瀬が根負けしたというよりも、柳生が高めのストレートで勝負を終わらせようとしているように見えた。




このボール球にも佐賀さんは手を出してきた。


スイング途中でボールが高すぎると思ったのか、バットを中途半端なところで止めてしまう。




キィン!




止めたバットに当たって力ない打球は、変わったばかりの雪山の頭上を越えそうだった。




「バックバック!!」




雪山はフライの反応が本当によくないので、美咲やかのんの指示に反応して後退している。



必死に追ったが、かのんと夏実の間にボールがポトリと落ちてしまう。



中途半端なスイングが逆に良かったのか、勢いのない打球になってショートの頭を越すセンター前ヒットになった。




「代走、榊原!」



ここまで活躍した佐賀さんに代走を出した。


佐賀さんは代走の榊原さんと軽くハイタッチしながら、明るい表情でベンチに戻って行った。



榊原さんがどんな選手かは分からないが、170cm近い身長と細身の体を見るに、足が速いことは間違いない。



佐賀さんも特に足が遅そうには見えないが、それでも代走を出してくるということは足に相当な信頼があるはず。



ノーアウト一塁で俊足のランナーを置いて、七瀬も柳生も無視する訳にはいかない。




「代打、三船!」



「ここも選手交代ねぇ。あれだけ守備の上手い戸部さんも代えられるのか。」




8番の戸部さんの代わりに出てきた選手は、福岡国際の中でも1番体格のいい三船さんが代打に出てきた。



福岡国際のベンチには更に一芸に秀でた選手も多い。



三船さんも榊原さんも多分走塁と打撃に特化した選手だろう。




足の早いランナーを警戒しつつも、明らかにパワーのありそうな三船さんにも気をつけないといけない。



バッテリーは一回牽制を挟んで、高目のボールを要求していた。


盗塁を刺すのは難しいが、盗塁を警戒して高めに要求しているバッテリーからはいくら足が速くても盗塁しづらい。




カキイィィーン!!




高めのボール球を要求して、その通りのボールが来たのだが、三船さんはこのボールを思いっきり引っ張っていった。




打球はあっという間に三遊間を抜けて、あっという間にレフト前に到達した。




「危なかったな…。」




俺は今の三船さんの打球が上がらなかったことにほっとしていた。


今は痛烈なライナーだったが、もし打球に角度がついていたらもしかすると…と思うような打球だった。




ヒットで一塁に出た三船さんにもすぐに代走が出た。



そして、9番の結衣の打席が回ってきた。

ここまでヒットを1本打たれているが、七瀬の方が打者の結衣に対しては終始上手く攻められている。




「代打、中川!」



ここまで七瀬と投げ合ってきた結衣にもあっさりと代打を出してきた。



代打に送られたバッターはパッと見だと身体的に特徴はないが、結衣に代打を出してきたということは、結衣よりはすぐれたバッターなのだろう。



柳生は代打を告げられている間にマウンドに駆け寄って、七瀬となにかを話し合っていた。




「大丈夫?球数増えてきたけど。」



「て言っても90球くらいだよね?」



「そうだけど、あんたいつもこのくらいの球数だとバテバテじゃない。」



「美咲に代ったらって言いたいの?」



「そう言いたいけど、こんなピンチで代わられても美咲もきついでしょ。」




「代わるつもりもないし、この回までは投げ切るから心配しないで。」




「ふん。まだ元気そうだし大丈夫ね。代打は左バッターだし、一二塁に打たせておけばエラーは無さそうだから、インコース攻めて行くね。」



「オッケー。」



2人はライバルでありながら、仲もそこまで良くないので言い合いも度々あるが、勝つために私情を挟むタイプではない。



最初の頃はバッテリーを組ませるのもどうかと思っていたが、試合になると思ったよりは上手くいっているように見える。




一通り話が終わると、主審に頭を下げながら柳生がホームベースへと戻ってきた。


七瀬もロージンを指先で拾い上げて、自分の後ろを守ってくれている内外野を眺めていた。



柳生の声掛けで少し気持ちも落ち着いたのか、七瀬は軽く一息ついてセットポジションに入った。




代打の中川さんにはインコースへスライダーを上手く使っていた。


ストレートは内にも外にも投げ込んでいっているが、際どいコースを突いて、コース的にはスライダーを打ちやすい場所へ投げ込んだ。




初見では今日のキレているスライダーなら、火傷する可能性が少ないと思っての柳生のリードだろう。



初球のスライダーを空振りして、続くボール球のストレートも空振り。



2球で追い込むとボール球になるスライダーを使わずに、あくまでストライクゾーンにスライダー。



簡単に三振する訳にはいかない中川さんも必死でついて行く。


辛うじてファールにしたが、早いテンポで七瀬が投じた4球目はインコースに狙い済ましたようなストレート。





「ボールゥッ!」




一瞬審判の手が上がるかと思ったが、気合いの入ったボールコールがグランドに響いた。



柳生はボールを捕った位置から動かず、ボールコールを聞いて不満げにボールを投げ返していた。



ワンボールツーストライクからの5球目に選んだボールはカーブだった。



このカーブも強気のインコース付近へのストライクゾーンで勝負してきた。




中川さんはストレートかスライダーのスピードボールを意識していたのか、タイミングを外されていた。




「よしっ。」




中川さんはどうにか左手1本でボールをバットに当てたが、ボテボテのセカンドゴロになった。




かのんがいつものように素早く打球に反応して、勢いのない打球へと前進してくる。




「いや、足速っ!」



中川さんは代打に出てくるバッターにしては、あまりにも足が速かった。



左手1本で打ったのはわざとじゃないかと思うくらいに、打ってからのスタートが早かった。




かのんは間に合わないと思ったのか、ボテボテのゴロを右手で掴んで、身体を反転させながらファーストにダイビングしながらの送球になった。




かのんの身体能力なら、受身をとって華麗に起き上がると思ったがそのまま頭からグランドに滑り込んでいた。




「あ、アウト!!」




タイミングは思ったよりも余裕を持ってアウトだった。


桔梗は派手にすっ転んだかのんを気にすることなく、二塁ランナーがホームを狙っていないかをすぐに警戒していた。




二塁ランナーは三塁を大きく回って、一応ホームを伺っていたが、桔梗の無言の圧に三塁へ戻っていく。




「た、タイムお願いします!」



滑り込んでその場でうずくまっている、かのんの元へ選手たちが集まってくる。




「大丈夫…?」



「いてて…。大丈夫だからー。ほらー!帰った帰った!」



「ほんとに?大丈夫?」



かのんは心配して集まってきた選手たちを、あっちにいけというジェスチャーで、自分の周りから遠ざけた。



少し前までは少しだけ汚れていたユニホームが、全身、土で汚れきってしまっている。



少し自分のユニホームを気にしていたが、土を軽く落とすだけでそれ以上は気にする様子がない。



かのんの必死のプレーでツーアウト二、三塁まで持ってこられた。



今日4打席目の1番の牧野さんへと打順が戻ってきた。


これまでの打席内容なら比較的抑えられる打者だと思うが、4打席目まで来るとタイミングも球筋も相手のバッターはよく分かっている。



球数が増えて、コントロールも球威も落ちている七瀬と牧野さんなら、勝負はどちらに転んでもおかしくは無い。




「皐月ちゃーん!!あと一人だよ!」



「そうだよ!皐月!ひと踏ん張り!」




美咲と夏実の相変わらずの声援が七瀬の背中を押している。


振り返りはしないものの、2人の必死の声援は絶対に届いているはずだ。



チームメイトの声援を受けながら、七瀬は93球目を投げ込んでいった。



初球はインコース高めのストレートを見逃してきた。


軽く仰け反らないといけないような厳しいボールだった。



そこまで厳しいイン攻めをするつもりはなかったのだろうが、流石に七瀬もこの場面では肩に力が入っている。



厳しいボールを投げられた牧野さんは、最低限だけボールを避けていた。



少しだけ七瀬のことを睨みつけているようだった。


七瀬もその視線を感じながらも、気にしないように柳生からの返球を受け取った。




ワンボールノーストライク。




そして、2球目。



アウトコース付近へのカーブを投げ込んだ。


コースはやや甘めに入ってきたが、ボール自体はいいボールを投げてきていた。



牧野さんはスピードボールを待っているようなタイミングだったが、踏み込んでから少しだけ体重移動をせずに待ってからスイングをしにいった。




カキィーン!!




上手くカーブを捉えて、セカンド方向へ鋭いライナーを打ち返してきた。



セカンドの横を抜けそうな当たりだったが、かのんは素晴らしい反応を見せて1歩目を踏み出している。




「かのん!!捕って!!」




かのんは鋭いライナーに右後方へダイビングキャッチ。


牧野さんの捉えた当たりはかのんのグラブの中に一瞬だけ入った。



完全に捕球する前にかのんのグラブからボールが溢れていた。




「か、かのん…!?」



鋭い当たりだったので、落としてもすぐさまボールを拾い上げれば、ファーストはアウトに出来たかもしれない。



かのんはグラブを地面に落として、その場にうずくまっていた。




周りがかのんが起き上がらないことに狼狽えていた。





「かのんっ!!!ホームに投げろっ!」




怒号のようなキツい口調で指示を出したのは桔梗だった。


その場にうずくまっていたかのんは急に顔を上げて、目の前に転がっていたボールを拾い上げて、状況判断もせずにホームへ送球した。




送球するとまたその場に膝から崩れ落ちた。



かのんからのバックホームを柳生がガッチリとキャッチした。



かのんの異常を確認して、二塁ランナーはホームを狙ってきていた。



そのランナーはホームベースのだいぶ手前で柳生がタッチアウトにした。



それでも三塁ランナーはホームインして、打った牧野さんは一塁を回ったところでストップしていた。



1点追加されて、4対3と勝ち越しの点を取られてしまった。



今はそれよりも、その場にうずくまっているかのんのことが心配だ。




俺がかのんに手を貸す前に、すぐに桔梗がかのんに声をかけていた。


桔梗はかのんの脇を抱えて立ち上がらせると、かのんは自分の足でベンチまで戻ってこようとしているみたいだ。



その途中でチームメイトが心配そうにかのんの周りに集まっていた。


先程は近づくなとジェスチャーしていたが、今はそんな元気もないのか大人しくトボトボと歩いてベンチへ戻ってきた。




「かのん。どうした?大丈夫か?」




「…大丈夫じゃないかな…。」



「左手か?」



かのんは力無く左腕をぶらんと下ろしていた。


俺の問いかけにいつもなら元気よく答えるかのんも、今は元気なく頷くだけだった。



いくら体を動かしているとはいえ、かのんは大量の汗を額に滲ませていた。


夏でもここまで汗をかくことはないし、脂汗だとしたらかのんの左手の状態はよろしくない。




「うわ…。酷い腫れ…。」



「よくこれを我慢出来たな。」




かのんの左手の親指は紫色に腫れていて、多分さっきのファーストのスライディングの時に、突き指をしたんだろう。




「突き指ならいいけど、下手したら折れてるかもしれない。」




「そう…。」



「なんで交代を申し出なかった?」



「かのんが1番上手いから!試合に負けたくないならかのんが試合に出た方がいいからっ!」



「……んー…。この話はまた今度だ。今は早く病院に行かないとダメ。すぐに処置しないと簡単に悪化するから。そんな状態であのライナーを捕りにいくのは流石に無茶だ。」




「…はい。」




「とりあえず教頭先生に連れて行ってもらって。」




かのんは左手を抑えながら教頭先生に連れられて、ベンチ裏へ連れられて行った。




「かのんっ!私達は諦めないから!」



「…あとは任せたよ。」




仲のいい美咲がベンチ裏に消えていこうとするかのんに大声で声を掛けた。


かのんは少しだけ笑って、小さい声で任せたとだけ残してベンチを去って行った。




「…………。」




この点差で試合が進めているのも、かのんの打撃や守備による所も大きい。



選手たちはそれを分かっていて、自分たちの不甲斐なさに誰も声を上げない。




「…負けない。絶対に負けないっ!」




声を上げたのは夏実だった。


その声に選手たちは一瞬驚いていたが、全員がその声掛けに応えた。




「そうだね。この回で終わらせよ。」



桔梗が夏実に力強く返事をすると、チームの雰囲気も一気に引き締まった。




「この回に小細工は必要ない。勝ちたいなら自らの手で手繰り寄せるしかない。」




俺も選手たちに一声かけた。


俺の言葉が届いたのか、打席が回ってくる選手たちの目もより一層鋭いものになった。




「最終回絶対逆転するぞっ!!」




「「おおぉぉ!!」」





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