VS福岡国際④!
マウンドの結衣は口元が軽く緩んでいた。
今日の結衣の雰囲気はずっと楽しそうだった。
そして、柳生がバッターボックスに立つとその雰囲気は一層強いものとなった。
バッターボックスの柳生の表情は真剣そのもので、ピッチャーの結衣は少し微笑んでいる。
対照的な表情をしているが、2人は顔が似ているのでそれがよく分かった。
相手も柳生の弱点はよく分かっているはずだ。
基本的にはバッターの弱点を知っているピッチャー側の方が有利になるが、もし高校入学までの柳生の弱点を突いてくるなら大丈夫かもしれない。
高校に入ってからは、長所を伸ばすよりも短所を改善する方法を選んできた。
ここまで想定している訳ではないだろうが、もし柳生の弱点を突いてくるなら速いストレートで押してくるはず。
弱点というほどではないけど、柳生はストレートのスピードが上がれば上がるほど打率が悪くなっている。
そもそもそこまで打撃が良くないので、ストレートがどうのよりももっと努力は必要だと思う。
それでも速いストレートに慣れさせる為に、そういったボールを繰り返し打たせた。
いくら苦手でも半年間もマシン打撃で打たせられれば、ある程度打てるようにはなる。
柳生が何を狙っているかは分からないが、結衣はストレートを投げてくる可能性が高い。
そして、その初球。
ストレートと思っていたが、その裏をかこうとするツーシームを投げてきた。
ストレートを完全に狙った柳生はタイミングを外され、大きく三塁線側のスタンドに切れていくファールになった。
これで柳生のストレート狙いがバレたが、狙うボールを変えるのか?
柳生はまだ勘違いしている。
今勝負すべきは姉の結衣ではなく、キャッチャーの秋山さんなのだ。
そのままストレート狙いを変えなかった柳生に対して、変化球で攻められることになった。
普通ならストレートを狙っていて、パワーカーブやチェンジアップを投げられれば対応出来ない。
それでもこれまでボールを受けてきたおかげで、ギリギリの所で空振りせずにファールで逃げていた。
ボール球を1つ挟んで、3球をファールで逃げて次が6球目。
決め球はここまで一度も見せなかったストレート。
このボールを待っていたと言わんばかりのタイミングで、インコース高めのストレートを上手く打ち返した。
セカンドの多賀谷さんは高身長と手の長さを生かして、その場で垂直に飛び上がった。
ボールがグラブに入ったように見えたが、多賀谷さんのグラブのほんの数センチ上を通過して行った。
打った柳生は抜けたことを確認すると、更にスピードを上げて2塁へ向かう。
「おい!!遅せぇぞ!」
ランナーコーチの梨花が打った柳生に対して強い言葉を掛ける。
ライトの滝本さんが滑り込んで、打球を抜かせまいとしていた。
滑り込んで逆シングルでボールを抑えると、体勢をほとんど立て直さずにセカンドへ鋭い送球。
柳生も梨花の声を聞いたのか、全力でセカンドへ向かって頭からセカンドベースへ滑り込む。
「せ、セーフ!セーーフ!」
かなりギリギリのタイミングだったが、二塁塁審は良く見ていた。
滝本さんはハツラツとした全力プレーで、見ている人を夢中にさせられる選手なんだろう。
打った柳生はここまでギリギリになるとは思っていなかったのか、セカンドベース上で安堵の表情でベンチの方にアピールしていた。
7番の円城寺が打席に入った。
ノーアウトランナー二塁なので、ここは送りバントという選択肢もあるが、円城寺はヒッティングを選択した。
円城寺は結衣みたいな投手にはまだまだ力不足といった感じがする。
この打席もストレートはボール球か、打つには厳しいコースのストレートを振らされた。
かなりあっさりと追い込まれると、ストレートを意識していたのかチェンジアップに完全に体勢を崩されて空振り三振。
続く打撃の調子のいい七瀬がバッターボックスに入った。
七瀬は調子の良さが伺えるバッティングだった。
ストレートもパワーカーブもファールになったが、鋭い打球を飛ばしていた。
ピッチャーでなければ間違いなく6番を打たせたが、今日は投げることに専念してもらいたかったので8番にした。
それがよかったのか、チャンスの場面で七瀬に回ってきたが、いい当たりをしながらも追い込まれて、最後はパワーカーブを豪快にフルスイングして空振り三振。
新しく覚えたであろうツーシームは、かのんに打たれた後はあまり使ってこなかった。
狙いを外したツーシームをあれだけ完璧に打たれると、バッテリーとしては簡単に放れなくなる。
凛も多分同じことを思っていたのか、初球の甘めのストレートを打ちに行ったがそれがツーシーム、打ち損じのセカンドゴロに倒れてしまった。
この回は先頭バッターがツーベースで出塁して、勝ち越しのチャンスだったが、ランナーを1つも進めることが出来ずにスリーアウトチェンジ。
「チャンスは作れてるよ!まだまだ試合はこれから!」
夏実が少し暗くなったベンチの中で選手たちに声を掛けている。
「江波の言う通りじゃ。相手は強いんじゃろ?その相手に少し押してるのに何が不満なんじゃ。」
ベンチに戻ってきた梨花も夏実を援護するようにチームに檄を飛ばした。
夏実は少し驚いていたけど、その機を逃さずに更に声を掛けて選手たちを守備に送り出した。
「西さんありがとね。」
「ん?ワシは何もしとらんわ。」
「えへへ。でもありがと。」
素直な夏実に少しだけ押され気味の梨花だったが、照れ隠しに夏実の帽子を上から押し込んでその場を去っていった。
夏実は帽子を1度脱いでしっかりと被り直していた。
その一連の動きを見て、ベンチの選手たちもリラックス出来たようだ。
その雰囲気とは対照的に、マウンド上の七瀬とキャッチャーの柳生の表情は真剣そのものだった。
3回の先頭バッターは9番の結衣からの打順だった。
彼女は一言で表すと、フリースインガーだ。
自分が打ちたいと思ったボールをストライク、ボール関係なくガンガンフルスイングしていく。
当たれば大きいというバッターだけど、率が残せるタイプではないので、攻め方を間違えなければ大火傷する可能性は低い。
それでも不意の1発があるのは間違いないので、逆転の場面など長打を打たれたくない時は嫌なバッターではある。
「いい球よろしく。」
「はいはい。得意の高めのストレートがいいのね。」
「そうそう。それよろしく!」
「OK。」
結衣は柳生に対して話しかけていた。
柳生とは違って、構いたがりなところがあるのでどうでもいいような事を話しているんだろう。
柳生の冷たそうな表情でなにを話しているのか想像がついた。
結衣が1番得意なコースはとにかく高めで、逆に落ちる変化球を低めに投げていれば、長打は防げるとミーティングの時に話していた。
そう聞いていたので、柳生が高めに構えていたのが理解が出来なかった。
今日1番速い速度の出ているストレートを、構えている所にきっちりと投げ込んでいった。
結衣は高めのストレートに反応が明らかに遅れていた。
弱点である低めの変化球を投げられると意識しすぎたのか、得意なはずのコースへのスイングに迷いを感じた。
その分、差し込まれて力のないファーストファールフライに倒れた。
ベンチに戻る結衣の表情は完全にやってしまったという感じだった。
普通なら見逃せばいいのだが、自分の1番打ちたいコースに来たから準備していなかったのに、手が出ずという感じなんだろう。
1球で結衣を抑えた七瀬は勢いづいた。
県外勢の実力のある1.2番を、力のあるストレートで押し込んで、どちらも外野フライに打ち取った。
「皐月ちゃんナイスピッチ!!」
「もしかしたら登板するかなと思ったけど、このままなら私はショートで良さそうだね!」
Wキャプテンがベンチに戻ってきた七瀬に明るい声を掛けていた。
今日の七瀬のピッチングはいつもと違うことを、選手たちは少しずつ感じているみたいだった。
そうなるとリードしてしまいたいと思うのは当たり前の事だった。
かのんはそんなこと考えていないかもしれないが、あれだけいいバッティングをした次の打席は期待していいだろう。
本人もホームランを打つと豪語していた。
カキィーン!!
「あれ?」
かのんは1打席目に打ったツーシームによって芯を外された。
ツーシームはないと思って、完全にストレートにヤマを張って強振した。
結衣もそうだが、秋山さんも打たれたボールをわざと初球からもう一度勝負するという強気のリードだった。
元チームメイトに考えを完全に読まれたかのんは、ある程度捉えていてもセカンドの多賀谷さんへの真正面のゴロに打ち取られた。
今のバッティングを見ると、1打席目ストレートを狙ってよくツーシームが打てたなと思って見ていた。
2番の美咲は1打席目にストレートに差し込まれていた。
その様子をキャッチャーの秋山さんが見逃す訳もなく、初球からストレートで勝負してきた。
タイミングはさっきよりはマシに見えるが、ファールになった打球に勢いがない。
舐められているのか、3球連続で似たようなコースにストレートを投げられていた。
それを完全に打ち損じているんだから、舐められたようなリードでも美咲には有効なのだ。
ツーストライクからの4球目もストレートと思われたが、ここでタイミングを外すパワーカーブ。
美咲は俺が投げるパワーカーブにはいい反応をしていた。
ならここもと期待したが、ストレートに張っていたのかタイミングが合わず、ど真ん中付近の甘いコースのパワーカーブを呆然と見逃した。
「ストライクッ!バッターアウト!」
美咲は手が出ずに天を仰いで、足早にベンチに戻ってきた。
「くぅ…。打てない訳じゃなさそうなのに打てなかった…。」
「いつもなら考えろって言うけど、今日は試合に勝ちたいし、教えてあげるよ。」
「それってストレートにタイミングが合わせられない以外にってこと?」
「そう。氷が打席に入るから教えてあげるよ。」
氷の打席なら間違いなく説明出来ると思っていた。
俺が試合中に説明するのは珍しいので、気になる選手も多かったのか、いつの間にか俺は女の子に囲まれていた。
「今のは普通だね。」
「え?普通?」
氷に対しての初球は1打席目とほぼ同じで、胸元を突いてくるストレートだった。
このボールで打ち取ろうなんて考えている訳では無い。
「分かった?」
「???」
2球目もインコースの厳しいボールをストライクコール。
俺には美咲がここまで悩まされた原因が、明らかに出ていたのでそれを全員に伝えた。
それを誰もピンと来ていない。
氷に投げたストレートの事ばっかりに目がいっていて、もっと違うところを見ていないと気づけない。
「投げるのが…いつもより早い…?」
「お、マネージャー正解。」
選手よりも一番最初に気付いたのが、マネージャーだった。
「足を上げてから踏み込むまでのスピードをわざと変えてる。」
「え!?まじ?」
選手たちは氷への3球目を食い入るように見ている。
打席に立っている氷は気にしていないだろうが、他の選手たちがその違いに気づくまで粘っていた。
たまたま氷が粘って、自分の打ちたいボールを待っているおかげで、ベンチにいる全員がその違いに気づくことが出来た。
「美咲に使ってきたのは、1打席目はかのんが三塁で盗塁警戒しなくて良かったのと、いまさっきはランナーがなくて、気にせずに投げることが出来たから。」
「なるほど…。そのタイミングさえ掴めれば!」
「美咲はそれもそうだけど、ストレート自体にも合わせられてないから、ベンチの中でタイミング合わせないとね。」
「あ、はい。」
この一連の話を聞いた選手たちは、こういうちょっとした技術を使っているピッチャーを知ることが出来た。
柳生はこのことを説明していなかった。
多分、高校に入ってそこまで難しくない技術だし、そういった細かいことをしっかりと練習で身につけさせたんだろう。
うちの選手たちも、絶対に勝ちたい試合にこういったことを教えられると、絶対に頭に残るので、これからはそういったことにも目を向けてくれるだろう。
「ストライク!!バッターアウト!」
「あー!氷が見逃し三振かぁ…。」
アウトコースのチェンジアップを完璧に見逃したが、審判のコールはストライクスリーというコールだった。
「むぅー。あれはボールだって。プンプン。」
「公式戦初三振だったね。まぁ、こういったこともあるから切り替えていこう。」
「審判は判断のプロだよね?なら、ちゃんと判断してくれないと…。うー…。」
いつもは大人しくて怒ったりすることが無いので、ここまで怒るということは明確に外れていたんだろう。
怒っていても怖くは無いので、ベンチの選手たちが氷のことを宥めていた。
それでも怒りが収まらず、怒ったままレフトの守備へと走っていった。
それにしても気になるのが、結衣のピッチングの調子がいいとしても、3回で三振5つは少し多い気がする。
強いスイングで長打を狙っている感じではなく、普通に振りにいって空振りしている。
2回戦、3回戦、準々決勝の3試合で、合わせたように各試合三振が3つずつだ。
俺は何故ここまで三振するんだと思いながらも、試合は中盤戦へと突入していった。
豆知識?
「ストライク!バッターアウト!」
と書いていますが、見逃し三振や空振り三振はストライクスリーとしかコールしません。
例外として、ランナーが一塁にいる盤面でワンバウンドしたボールを見逃し三振した時は、振り逃げ出来ないよと教えるためにバッターアウトとコールします。
他にはスリーバント失敗の時だけバッターアウトとコールします。
ならなぜストライクスリーとコールさせないかというと、バッターアウト!と言った方が映像が思い浮かびやすいと思ってそうしております!