見るという練習!
「三海さんは知らないと思うけど、来年白星に紫扇さんって全国大会出場ピッチャーが来るんだよね。」
「へぇ。そんなピッチャーが白星にね。けど、実績のある選手を優先したいのは分かるけど、和水ちゃんの実力は東奈くんが1番わかってると思ってたけど。」
「そもそも実績だけの投手ならA特待で、上木さんをS特待で迎えようとずっと思ってたけど、彼女にも突出した能力があったから迷ってるんだよね。」
「なるほどね。実力的には拮抗してるって感じだから勝負させて決着をつけさせようって感じ?」
「そっちの方が後腐れもないし、2人は順調に行けば2年後のチームの中心になるだろうからね。」
「東奈くんが紫扇さん?のことをそこまで買ってるなら間違いなくいい選手なんだろうね。」
「2週間後に文化祭があるよね?その時に紫扇さんが学校見学とかに来るらしいから、その時に上木さんと会ってもらうのもいいかなって思ってる。」
少しだけ三海さんは悩んでいるようだった。
対決させることにあまり乗り気では無いのだろうか?
上木さんが普通だったらと言えば語弊があるかもしれないが、話せなくても部活かクラブチームで野球をしていたら、監督が言うようにS特待でいいとは思う。
紫扇さんは義理の親に野球を続けさせてもらい、高校に入るのと同時に野球を辞めて居合道の道へ進もうとしていた。
その彼女が義理の親に無理を言って、県外の寮に入って野球をやるというのは相当な覚悟と志しを持っている。
「結局は上木さんも白星に入るなら、チームメイトと毎日のように過ごさないといけないし、俺も監督も精一杯サポートはするけど、最終的には本人に決めさせた方がいいんじゃないかな?」
「…そうね。過保護になり過ぎてもよくないね。とりあえず東奈くんの話は伝えておくよ。答えが決まったらすぐに伝えるね。」
「わかった。それじゃよろしくね。」
「あ、私はこの一年生大会が終わってから入部することにするね。サポートするのか、普通に練習するのかは東奈くんが決めていいから。」
「それは入ってから監督とかと話し合って決めよう。」
三海さんは美人でスポーツ万能でスタイルも抜群だ。
しかもとても大人っぽく、対人関係もかなり潤滑にしているようにも見える。
彼女からはいつも、何か高みを目指しているようなものを感じる。
それと同じくらいに彼女からは本心が伝わって来ない。
時折は感じることもあるが、自分の気持ちとかを隠すのが誰よりも上手いのかもしれない。
「桔梗、わざわざこっちまで来てくれてありがとう。ここにいてもいいけど…どうする?」
「梨花とツッキーが待ってるから戻るね。」
「橘先輩ありがとうございます!次は一緒に野球の練習でもしてください!」
「いえいえ。また今度ね。」
桔梗はいつも通りにあまり表情を変えず、イニングの間を見計らって梨花達の元へ戻って行った。
三海さんと桔梗は目配せして、お互いに軽く手を振って別れた。
三海さんも俺に言いたいことを伝え終わったのか、軽く背伸びをして椅子から立ち上がった。
「白星の試合は終わったし、今日はもう帰るね。」
「そっか。俺は試合見ないといけないから送ってあげられないけど、気をつけて帰ってね?」
「大丈夫だよ。自転車で来たから、何かあったら爆走して逃げるね。」
軽く冗談交じりに笑いながら、俺と穂里に手を振ってその場を後にした。
穂里は少し恐縮していたが、三海さんを見送るとホッとした表情に戻っていた。
「あれが女の怖さなのかも…?私はあんな感じになれる気がしない…。」
「穂里には穂里の良さがあるから、変に目指すのはやめた方がいいと思う…。」
俺たちは三海さんの襲来で少しだけ疲れてしまった。
美しい花には刺がある。
三海さんにはピッタリな言葉だが、そんなことを言うと冗談交じりにキツい事を言われそうな気がした。
俺は心を落ち着けて、改めて試合を観戦することにした。
普段なら選手たちを1箇所に固めて試合観戦をするのだが、今日は別の意図があって選手をバラけさせた。
「次の試合って今戦ってるチームの勝った方と準々決勝するんだよね?」
「そうやね。まだ試合は半分くらいしか進んでないけど、穂里はどう思う?」
「うーん。1年生大会だからなのか、高校生でもこんなもんなんだって感じ。」
手厳しい意見ではあるが、俺が想定していたよりもこの大会のレベルは高くないように感じた。
うちの選手を贔屓目で見ていたとしても、全体的にまとまったチームばかりで、観戦していてもやや退屈に感じる。
ここまで桔梗をスタメンで使わないでも、一応は問題なく勝ち進めている。
最近までは調子は落ちていたが、波風との試合でのホームランからは、調子が上向いていつもの桔梗の打撃が戻りつつある。
次の試合も桔梗を使わずに勝てたとしても、流石に試合に出してあげないのは可哀想だと思っていた。
「ねぇねぇ。なんでノートじゃなくて携帯に書き込んでるの?」
「あ、これ?ちょっとした試みでね。」
「えー!なになに!教えてよ!」
穂里が俺のことを揺らしたり、軽く肩をぶつけたりして邪魔をしてくるので説明してあげることにした。
「テストだよ。」
「テスト?野球の?」
「とりあえず今分かる範囲で、周りを見ずにこれ解いてみて。」
1.今の試合の両校の名前は?
2.次の試合の相手となる勝った高校はどっち?
3.試合結果は何対何?
4.勝った○○高校の先発ピッチャーの名前と利き手と大まかな投球フォームは?
5.負けた○○高校で1番打点を上げた選手の名前と打席位置は右?左?
6.両校の盗塁の合計数は?
7.両校の失策数と、そのエラーのすべてを簡潔にまとめてください。
8.勝った○○高校のヒット数と四死球数はいくつ?残塁数は5より多い?少ない?
9.負けた○○高校の三振はストレート系がいくつで、変化球がいくつだった?
10.勝った○○高校のキャッチャーは何回ボールを取り損ねた?
11.○○高校の3回勝ち越しタイムリーの時の選手の名前とランナーの位置、アウトカウント、ストライクボールのカウント、ピッチャーの球種、打撃結果は?
12.両校の攻撃前の円陣で、声出しをしていたキャプテンであろう両選手の苗字と背番号とポジションと打順は?
13.両校合わせてこの試合で、打席でピッチャーに球数を稼がせた選手はどちらの高校の何番バッター?逆に1番球数を稼げなかったバッターは何番バッター?
14.両校のスタメンで右投右打、右投左打、左投左打の選手は各何人ずつ?
15.この試合で目に止まった選手の名前と理由を3人答えてください。
「あーこの試合を見てないとわからないやつね。けど、絶対に答えさせないようなやつもあるけど?」
「まぁスコアブックとりながら、注意深く見てたら時間は掛かっても答えられるよ。記憶力クイズと思うかもしれないけど、選手たちには携帯を見てもなにをしてもいいから答えてもらうよ。」
「けど、それってカンニングみたいなもんなんじゃ?」
「逆に聞くけど、この中に相手の弱点とか特徴とかが隠されてて、後から確認して気づくにはどうする?映像を見るなり、スコアブックを見るなりするよね。」
穂里は確かにという納得した表情で頷いていた。
このあとすぐに試合をするなら記憶力テストになるが、次の試合は平日を挟んで土曜日に準々決勝を行う。
そこまでに相手のデータを頭に入れておけばいいし、それを確認する手段は見ている選手たち全員が平等に出来ることなのだ。
頭が良い悪いがあったとしても、メモを取ったりすることは出来る。
だからこそ、義務感のある全員が集まっての観戦をやめて、試合を見ていなくても怒られない自由な観戦にしたのだ。
「うわぁ。えげつなーい。」
「当たり前だけど、自分を律してきつい練習を課せる選手が1番上手くはなるけど、それは正しい野球知識や野球脳がないとダメ。」
「やり方が間違ってたら、いくら練習してもダメってことだよね?」
「そういうこと。変に野球経験が無くて、俺の昔作った練習内容で、俺の真似をしてきた穂里は変な練習の仕方ではないはず。個人でやってきたから多分細かいところで間違ってるから、そこら辺を修正して自分だけで練習出来るようになろう。」
「うん!よろしくね!」
今日1番のとびっきりの笑顔でオーバーにリアクションしてくれた。
あまりに純粋で言うことを聞いてくれる穂里が可愛いと思いつつも、変な男に騙されないことを祈るばかりだ。
「試合も終わったし、ちょっとみんなの所行ってくるね。この後どういう予定なのか分からないし、先に帰ってていいよ。」
「はーい。先に帰っとくねー!」
穂里はそう言い残すとあっという間に球場を後にした。
俺と話すために来たのか、白星を応援に来たかは分からないが、まだ野球を始めて1年ちょっとなので、穂里が出来るだけ多く野球に触れることは重要な事だ。
試合が終わると、選手たちが自ずと俺の所へと集まってきた。
別に急いで集まれと言ってはいないが、真面目な選手たちは俺の所へ駆け足で集まってくる。
別に歩いてきても、走ってきても集合をかけていないので注意したりはしない。
グランドの中なら流石に注意するが、あくまでも今はグランドの外で、他校の選手たちも多いので周りの目も気にしないといけない。
「みんな集まった?」
「はい!全員います。」
今日キャプテンの夏実が周りを見渡して、誰もかけていないことを確認して代表して返事をした。
「みんな今携帯持ってる?持ってなかったら隣の人にちょっと見せてもらって。」
俺はさっき作った今日の試合の問題を連絡用の1年生グループに送った。
選手たちは携帯を取り出してその内容を確認している。
俺の問題に対して反応は様々だった。
興味津々に内容を見ている子もいるし、面倒くさそうな顔をしている子もいる。
「これって答えられないと何かあるんですか?」
今日試合に出られなかった、柳生が不機嫌な態度を隠さずに俺に聞いてきた。
あまりの強い口調に大人しい性格の子は少し驚いた表情をしていた。
「これにどんな意味があるかって言ったら、この問題の正解率が高い上位9人を次の試合でスタメンで使うよ。」
「え?」
「聞こえなかった?問題の点数がいい選手をスタメンで使うからちゃんと思い出して慎重に答えてね。」
選手たちはこの問題さえ答えられれば、試合に出られることを知って、目の色を変えて問題を読み直していた。
スタメンで使ってもらえてる選手からすれば、この問題でスタメンを決めると言われて納得してはいなさそうだ。
それでも俺は口にしたことを選手の顔色を見て変えるつもりはない。
「さっきバラバラになる前に言ったよね?試合を観戦することも練習だって。その練習の一環の観戦をサボっておいて、スタメン落ちしそうになって文句言う人なんていないよね?」
「…はい。」
選手から文句を言わせないように強い言葉で釘を刺しておいた。
誰がどれくらい真面目に試合を見ているかが分かる。
俺は簡易的なスコアブックをつけながら、映像を撮っているので何度でも見返すことが出来る。
そもそも自分が作った問題に答えられないわけが無い。
それにどうでもいいことを質問にしてる訳ではなくて、相手の弱点になりそうなところや対戦する時に注意しないといけない部分を問題している。
1.今の試合の両校の名前は?
A.香椎浜高校と小濠高校
2.次の試合の相手となる勝った高校はどっち?
A.小濠高校
3.試合結果は何対何?
A.香椎浜高校 2-6 小濠高校
4.勝った○○高校の先発ピッチャーの名前と利き手と大まかな投球フォームは?
A.小濠高校、才川菜月。右投左打のスリークォーター。
5.負けた○○高校で1番打点を上げた選手の名前と打席位置は右?左?
A.香椎浜高校の3番レフトの丸川すみれ。
6.両校の盗塁の合計数は?
A.5個
7.両校の失策数と、そのエラーのすべてを簡潔にまとめてください。
A.3つ。小濠のショートの送球エラーと、サードフライをエラー。
香椎浜のライトの送球エラーの3つ。
8.勝った○○高校のヒット数と四死球数はいくつ?残塁数は5より多い?少ない?
A.ヒット9本と四死球3つ。残塁数は6で多い。
9.負けた○○高校の三振はストレート系がいくつで、変化球がいくつだった?
A.ストレート系で3つ、変化球で3つ。
10.勝った○○高校のキャッチャーは何回ボールを取り損ねた?
A.4回。
11.○○高校の3回勝ち越しタイムリーの時の選手の名前とランナーの位置、アウトカウント、ストライクボールのカウント、ピッチャーの球種、打撃結果は?
A.小濠高校の4番センターの柊麗子さん。
ツーアウト2.3塁で、カウントはフルカウント、球種はアウトコースのスライダーを右中間を破るツーベースヒット。
12.両校の攻撃前の円陣で、声出しをしていたキャプテンであろう両選手の苗字と背番号とポジションと打順は?
A.香椎浜高校。1番セカンドの石井貴音。
小濠高校。5番キャッチャー宮根萌来。
13.両校合わせてこの試合で、打席でピッチャーに球数を稼がせた選手はどちらの高校の何番バッター?逆に1番球数を稼げなかったバッターは何番バッター?
A.稼いだバッターは香椎浜高校の1番石井貴音さん。稼げなかったのは小濠高校の6番バッター。
14.両校のスタメンで右投右打、右投左打、左投左打の選手は各何人ずつ?
A.右投右打が7人、右投左打9人、左投左打2人。
15.この試合で目に止まった選手の名前と理由を3人答えてください。
A.俺の目線から言えば、小濠のエースの才川さん、4番の柊さん。香椎浜の1番の石井さん。
長々と答え合わせとしたが、ここで名前を出した選手は要注意人物だ。
香椎浜は負けたのに何故気にするのかといえば、隣とまでは言えないが近隣の高校で練習試合も1度やっている。
これから2年間戦う可能性が高く、今からどんな選手がいるかくらいは頭に入れて置いた方がいい。
そういう先のことを含めて、スタメンをかけての問題を作って嫌でも覚えさせたり、他の高校の試合でも他人事ではなくちゃんと見る癖を付けさせる為だ。
香椎浜の1番の石井さんは中学の時にスカウトをした選手の1人で、私立ではなく公立の香椎浜高校に進んでいた。
いずれ彼女との対戦の時に、嫌という程思い知らされることになるだろう。
「今すぐ答えろとは言わないから、今日の24時までに俺個人にメッセージ送ってきて。誰がどれくらい合ってたとかは公表しないから、スタメン落ちた選手はダメだったんだって思っておいて。」
「「はい。」」
選手たちは動揺を隠せないのか、返事もまばらでソワソワしている。
俺の話が終わると、監督と変わって来週の予定や練習内容をざっくりと伝えていた。
その間も心ここに在らずという感じで、監督もそれを分かっていて注意をせずにざっくりとした説明をしていたんだろう。
俺たちはミーティングが終わると、すぐにバスに乗り込んで学校まで戻ってきた。
「おいっす。お疲れさん。」
「あれ?友愛はそのまま長崎に帰らずに白星のグランドに来たの?」
「そうばい。白星の2年生達には昨日と今日色々と世話になったし。」
学校に戻ると白星の2年生達と友愛の選手たちが、仲良さそうにグランドで自主練をしていた。
姉妹校なのもあるが、2年生は2回合宿をしているので俺たち1年生同士よりも親睦があるし、性格が合うのか仲の良さが伺える。
俺たち1年生も女子同士は仲良さそうにしているが、流石に友愛の選手は俺に積極的に話しかけてくる人はいない。
目の前にいる最上さんを除いては。
「この雰囲気だと聞かなくてもいいと思うけど、3回戦は勝ったんよね?」
「勝ったばい。俺は打てんかったけど、2年生達がアホみたい打ったさね。」
レギュラーの3番最上さんと6番の樹林さんはノーヒットだったが、2年生の7人で14本のヒットを打って、その内5本がツーベースで1本がホームランだったみたいだ。
3回戦も9-4で危なげない試合展開で準々決勝まで駒を進めてきた。
俺の予想通り、福岡県秋季大会準優勝校の福岡商業と友愛が準々決勝で激突する。
1年生大会がなければ、そっちの試合を見に行きたい気持ちもある。
目の前で甲子園という夢を掴むのか、それとも目前で破れてしまうのか。
「福岡商業の情報ありがとな。県大会で戦う予定やったから情報をまとめてたんやろ?かなり分かりやすかったばい。」
「交友のある友愛が甲子園に行ってくれた方が俺も嬉しいしね。俺の見立てなら友愛は7割くらいは勝てるはず。」
「まぁ任せとけや。俺の1発で粉砕するさね。」
「昨日の試合の映像みたけど、少し調子下がってるよね?ちょっと俺が打撃見てあげようか?」
「お?こんな機会そんなにねぇから聞くだけ聞いてみようかね。」
俺はこの前桔梗にやってあげたように、調子の良かった時の最上さんと今の状況の何が違うかを説明することにした。
そこからそのフォームへの戻す方法を教えながら、少しだけ修正してあげた。
1年生でも長崎県で名の知れてるスラッガーなだけはある。
俺の指導を理解して、真剣に打撃練習に取り組んでいた。
ガキイィィーン!!
ティーバッティングをしているが、男子の様な強烈な金属音が鳴り響かせている。
そのティーバッティングを白星の選手たちも友愛の選手も興味津々に見ている。
白星の選手は最上さんの打撃が気になっていて、友愛の選手は俺の指導方法に興味津々といった感じだ。
「いつもと違うやり方やったから新鮮やったさね。実感はそこまで無いけど、身体の力を使ってなくてもよかインパクトが出来とる気がするばい。」
「フリーバッテングとかティーバッティングの時もとりあえずは今のを意識してみて。」
俺は最上さんの打撃を見終えると、調子が悪いと自覚している友愛の2年生達が俺の元へ集まってきた。
俺は友愛が長崎に帰るまでの間、友愛の選手たちに囲まれながら休みなく指導をしてあげることになった。