表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元天才選手の俺が女子高校野球部のコーチに!  作者: 柚沙
第4章 高校1年秋
146/280

全身全霊!



桔梗のホームランの後に続こうと、月成と進藤先輩が食いついていた。


そう簡単に追撃を許すほど我那覇さんは甘くなかった。


ホームランを打たれても崩れることなく、月成は空振り三振、進藤先輩はセカンドゴロでスリーアウトチェンジ。



「よし。行くか。」




進藤先輩がアウトになったのを見て、梨花は自分を鼓舞しながらマウンドに向かった。


投球練習が終わって、8番の許斐さんがバッターボックスへ。



「ストライク!!」



梨花はいつもよりもかなり早いテンポで投げ進めていた。


梨花のストレートは毎回125km/h前後で、ほぼ全力の投球が続いている。



伊志嶺さんにホームランを打たれてから明らかにストレートの質が上がってきている。


球速自体にそこまで変わりはないが、バッターが明らかにストレートを打ち損じる回数が増えてきた。



許斐さんをストレート押しで追い込むと、スプリットをチラつかせてアウトコースいっぱいのストレートで見逃し三振。



ラストバッターの我那覇さんもストレートを狙って初球からスイングしたが、ボールの下を叩いてキャッチャーファールフライに倒れる。



この試合初めての三者凡退を期待したが、波風の1番バッターは簡単にアウトに出来なかった。



梨花が打ち取れないようにも見えるが、逆の立場から見れば時折甘いコースに来るストレートをファールにしか出来ていない。



7球目のど真ん中のストレートを打ち損じて、ピッチャーゴロになった。



梨花はグラブを出したが、打球を弾いてしまう。


打球の方向が変わり、大湊先輩が方向転換して打球に追いついたが、ファーストに投げられずショート内野安打になった。



セットポジションに入っても投球のキレは全く変わらなかった。


相変わらずランナーを牽制したりして釘付けにする能力はないが、ツーアウトなのでこの2番を絶対に打ち取りたい。



もし2番をランナーに出してしまうと、ランナー2人背負って伊志嶺さんとの対決が待っている。



梨花の今の調子と集中力が次の回に続くかどうかは分からない。


もし続くなら次の回にランナー無しで勝負したいが、リセットされるなら最悪ここで勝負するのもありかもしれない。



そう思えるくらい今の梨花は100%に近い力を出せている。


初球から盗塁を決められたが、そんなことお構いなく2番にはストレートで押していく。



「舐めんな!」



4球連続のストレートをタイミングを合わせて打ち返してきた。



バシッ!



そこそこ強い当たりのピッチャーゴロを、今回はがっちりとキャッチしてファーストへ送球。



1回以来の無失点に抑えて堂々と歩いてマウンドを降りてきた。



「西!ナイスピ!」


「ナイスボールー!」



今日はチームメイトの声に軽く頭を下げて応えていた。




「お疲れ。この回はいいボール投げてたね。」



「それでも打ち返してくるんじゃからハンパないわ。」



「次の回の先頭の伊志嶺さんの打席は梨花が投げたいボールを投げてきな。」



「投げたいボール?柳生のサイン通りでいいけど。」



「別にそれならそれでいいけど、これは課題とかじゃなくて指示だから、勝負したいボールは自分で決めて。」



「...。打たれても文句言うんじゃねぇぞ。」



「気にすんな。誰がリードされても打たれるよ。」



俺は冗談を交えながら、梨花の気持ち的な負担を取り除いてあげようとした。




「ふっ。冗談でも笑えねぇーよ。」



笑えないと言いながらも、ニッコリと笑う梨花の表情が俺の頭から離れなかった。



もう残りの攻撃は3回しか残っていなかった。


7.8.9という下位打線の攻撃でも、ランナーに出れば奇跡を起こすかもしれないかのんに打席が回る。



点差を縮められて我那覇さんのピッチングは更に力を増してきた。


横から見ていても分かる変化球のキレとストレートのノビ。


瀧上先輩も柳生も本気の実力を出し始めた我那覇さんに手も足も出なかった。



2者連続三振に打ち取られ、ツーアウトで梨花がやる気無さそうにバッターボックスで構えていた。



最初はやる気がないような構えに見えたが、珍しく集中していい感じに力が抜けている。



少し期待出来そうという思いも、2球連続のカーブをボールとバットが20cmくらい離れた空振りを見て、全員が守備の準備を始めてしまった。



相手バッテリーも打者としての梨花は怖くないと気づいたのか、全く当たる気のしないカーブを3連続で投げてきた。



カキィィーン!



実力なのかまぐれなのか真芯で捉えた打球がピッチャーの横を抜ける。


セカンドの伊志嶺さんがセンターに抜けようという打球に飛びついた。



守備の上手い伊志嶺さんでも流石に追いつけず、白星はツーアウトからランナーを出すことに成功した。



先頭打者のかのんに3打席目が回ってきた。


かのんはこの試合初めてランナーがいる状態での打席だった。


うちの打線だとかのんの前にランナーが出ることの方が少ない。


どうしても下位打線が弱いので、1番のかんのは打点が少ない。



かのん自体はチャンスに強くも弱くもないし、それよりも彼女自身のテンションが重要だ。



この打席も得意の初球打ちをしてくるかと思っていたが、1、2球目に連続でチェンジアップを投げてきた。


かのんも超積極的とはいえ、狙っていないチェンジアップを無理にスイングしたりはしない。



どちらも狙い球じゃなかったのか、全く反応せずにツーストライクと簡単に追い込まれてしまう。



かのんがかなり足が速いのがわかっているので、守備シフトはやや前目で内野安打になるのを考慮している感じだ。



ツーストライク追い込んで、ボール球を3球使えるので中々厳しい打席になりそうだ。



かのんには独特の野球の感覚があり、今何を狙っているのかわからない。


普通なら三球連続でチェンジアップを投げてくるとは考えずらいが、敢えてここでチェンジアップ待ちするのがかのんだ。




3球目。


わざわざ3球目勝負をする場面ではなく、低めのボールゾーンに落ちるカーブを投げてきた。



手を出してくれたらラッキーくらいのカーブを投げてきたんだろうが、かのんは地面にワンバウンドしてきそうなカーブを振ってきた。



ゴルフ打ちのようなスイングでボールを捉えた。


守ってる選手からすればあんなボールをスイングしてくるとは思わなかっただろう。


セカンドの頭を越えて、やや前進していたライトとセンターのど真ん中を破る長打コースになった。



一塁ランナーの梨花は打った瞬間スタートをして、瞬足を飛ばしてホームを狙う。


打ったかのんも余裕で二塁打になるだろうが、隙があれば三塁を狙っていく。




「かのーん!ストップー!」



波風はホームに投げても間に合いそうになかったので、三塁を狙ってきそうなかのんを先の塁で刺そうとしている。



かのんは三塁に向かおうとしていたが、珍しく?ランナーコーチに素直に従ってセカンドベースに戻る。



「いえーい!」



2安打目のかのんはプロテクターを外しながら、ベンチにピースをしてアピールしている。




「ナイスバッチー!」


「そのままホームまで帰ってこーい!」



8-4。


とりあえずコールド負けをする心配の点数ではなくなってきた。


今の梨花ならどうにか残りの2回を2点で抑えられるだろう。


それでも少しでも油断すると簡単に三点くらいは取られるし、そんな油断をしていいような相手では無いのは選手たちも分かっているはずだ。



もう一点というところで氷の打席だったが、初球のストレートを素直に弾き返してショート真正面のゴロになった。



そう簡単に連打を許してくれない。


逆に言えば、今年の甲子園で福岡で1番強い天神女学院でも我那覇さんから2点しか取れなかった。


そのピッチャーから4点取っているのでかなり上々な気もするが、思ったよりも波風が点を取ってきた。



打撃のチームというイメージがないからこそ、ピッチャーがここまで打たれるのは誤算だった。



6回の守備へとナインがダッシュでポジションに散らばっていく。


梨花だけがゆっくりマウンドに向かっていく。


審判からたまに注意されることもあるが、梨花自身が投球練習も投球感覚も短いためギリギリ許されている。



アマチュア野球はテンポアップを重要視されている一面があるので、ピッチャーが歩いてマウンドに向かうのは審判からの印象も良くない。



相当早いペースで投球練習を行っていると、ブンブンと鋭いスイング音を鳴らしている伊志嶺さんを梨花が横目で見ていた。



良くも悪くも伊志嶺さんをかなり強く意識をしている。


これが力みとなるか、力となるかは梨花次第だろう。




「プレイ!」



梨花は初球からキャッチャーのサインに首を横に振って、次のサインには直ぐに首を縦に振った。



首を振れというサインじゃなければ、梨花がなにか意志を持って首を振っている。


先程ベンチで梨花の好きなように投げろと言ったので、梨花なりに何かを考えて投げているのだろうか?



「ボール!」



初球からスプリットを投げ、伊志嶺さんも少し予想外だったのか反応を見せた。


梨花もこのボールで抑えようと思っている訳では無い。



続く2球目も2度首を振ってからのスプリットでストライクをとった。



コースは甘かったが、伊志嶺さんの頭にはスプリットが無かったのか悠然と見逃した。



カウントは1-1。



ここまで連続でスプリットを投げている。


1つの可能性として、梨花はあれだけ完璧なスプリットを投げながら特大のホームランを打たれたからスプリットで抑えたいのかもしれない。



俺は梨花の理想とするピッチャー像を掴みかねていた。


ストレートで押しまくって、その補助にスプリットを使っている思っていた。


今の梨花はストレートで抑えたいという気持ちよりも、スプリットも使って抑えようという様にも見える。



まだまだ知らないことばかりだなと思いながら、梨花のピッチングを見守ることにした。




「おぉー。凄いなあのピッチャー。」




力が入ってストレートが高めに浮いてしまったが、電光掲示板に表示されているスピードは128km/hで、梨花の自己最高球速を更新した。



128km/hというボールは簡単には打てないだろう。


ボールが女子用とはいえ、このスピードとキレのストレートは普通の男子高校生に対しても通用するレベルだろう。



それと同じくらいに女子用の金属バットの性能が高い。


男子顔負けのスイングスピードを持った伊志嶺さんは、少々詰まってもバットのセンターラインで捉えたら、ライトスタンドくらいなら余裕で越えてくるだろう。



これまでの2球連続のスプリットはこれから投げるストレートの布石だったようだ。



3球目から6球目までオールストレート。


4球の平均球速は127.5km/hで、これから2回を投げるスタミナのことなんて考えてないようなパワーピッチングだった。



4球目のストレートをスイングしてきたが、今日初めて3塁方向への打球が飛んだ。


コースは確かにアウトコース気味だったが、梨花のストレートは伊志嶺さんに通用していた。



スプリットが無理なら、ストレートでねじ伏せる気なんだろう。



それでも段々と投げていくうちにタイミングが合ってきた。




「ファール!ツーボールツーストライク。」




「ふぅ。しぶといわ。」



「いいねー、流石は福岡!こんな選手がいるなんて。」




伊志嶺さんはニコニコして打席の中で楽しそうにしている。


その笑顔を見て梨花も表情を隠しながら口元が緩んでる気がした。



このカウントでのスプリットは有効的な球なんだろうが、先程の打席のホームランがチラつくと中々勝負球に選びづらいところはある。



それでも投げられないと勝負にならない。


完璧に打たれたボールを投げられなくなるなら、そのボールはそもそも投げない方がいいと思う。



自分の中で勝負できると思って使っているのに、1回打たれただけで投げられなくなること自体が、その打者との勝負をする前に決着がついている。



俺個人の意見で言えばストレートを投げて欲しかったが、梨花がもし自分で考えて投げているならスプリットを投げて欲しい。



敢えて打たれたスプリットで打ち取りにいくことが見たいと思う一方で、梨花の1番自信のあるストレートでねじ伏せに行くところも見てみたかった。



梨花や柳生には伝えていなかったが、伊志嶺さんはストレートイーターと呼ばれるほど、速いストレートを打つのが上手い。



だから本当は梨花はスプリットで打ち取るのがいいのだが、それを伝えることはしなかった。



ここで打たれても打たれなくても梨花は色々と思うこともあるはずだ。



ここもサイン交換で梨花が何回か首を横に降っていた。



梨花の球種では駆け引き出来ない。


それでも直感的に首を振って、少しでも相手を惑わそうとしているはずだ。



梨花が足を上げ、いつもよりも力感があるフォームで投げたのはストレートだった。


投げた終わった後に反動で少しだけファースト側に体が流れていた。



電光掲示板には129km/hを計測。

伊志嶺さんの打席だけで最速を2km/hも更新していた。



インコース寄りの高めのボールになった。


決して厳しいコースではなかった。

それでも今日一番の速さと気合いの乗ったストレートなら抑えられる。





カキィィーン!!




伊志嶺さんの代名詞でもある弾丸ライナーがライト線を襲う。


かなり深めに守っていた月成が打球を追っているが、打球が速すぎて追いつけない。




「凄いわ。」



ファースト側に体が流れて、そのまま弾き返された打球から一切目を反らずに、最後まで目に焼き付けるように打球を眺めていた。




弾丸ライナーでライト線に飛んだ打球は中々落ちてこず、いつ落ちてくるんだと思っている内にそのままスタンドイン。



打球を眺めていた梨花の表情は3塁側ベンチからではわからなかった。


それでもなんとなく表情を想像することは出来た。




「上に上がいるんじゃな。」



スタンドでボールが勢いを無くすまで梨花は打球を見つめていた。


この打席で梨花と伊志嶺さんの格付けが完全に着いた。



梨花のコースも落ち方も完璧なスプリットと、梨花の自己最速のストレートをどちらもスタンドに叩き込まれた。



心が折れたようには見えない。


それでも最高のピッチングを披露していたのは、守っている選手が1番分かっている。



それと同じくらい打った伊志嶺さんも、梨花の今投げられる最高のボールを打ったことを実感しているだろう。



一塁側は大盛り上がりだったが、打った本人は至って冷静にグランドをゆっくりと回っている。



梨花は打球の方を永遠と眺めていて、打った伊志嶺さんが梨花の方を気にして見ていた。



グランドにいる選手にしか分からないことがある。


俺が打った伊志嶺さんの立場なら梨花の方を見ることは無い。


完璧に格付けが済んでしまったら、もうピッチャーには興味が無くなってしまうタイプだからだ。



ホームランインする頃にはグランドを回っていた伊志嶺さんの方に振り返っていた。


梨花は柳生からボールを投げ返されると、ホームランを打たれたことを気にする様子もなく、直ぐに柳生からのサインを待っていた。



伊志嶺さんとの今日最後の対決が終わり、ここまで燃え上がっていた闘志が急に感じられなくなった。



良くも悪くもいつもの梨花に戻り、淡々と投げていた。




「ストライクバッターアウト!!ゲームセット!!」




結局、あの後梨花は6回に四球とエラー絡みで1失点してしまった。


打線も本気を出した我那覇さんを捉えることが出来ずに、6回、7回もランナーを出せずにラストバッターの柳生がチェンジアップで空振り三振。




10-4。



この点差が九州最強の琉球波風に通用としたと思うのか、力を突きつけられて負けたと思うのかは微妙な結果になった。



女子野球関係者からの白星高校の評判は上がった。



それと同時にホームランを2本打たれつつも、波風に1歩も引けをとらなかった西梨花というピッチャーが世間に広く知られることになった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ