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元天才選手の俺が女子高校野球部のコーチに!  作者: 柚沙
第4章 高校1年秋
145/280

お願い!



バシッ!



電光掲示板には122km/hという表示が出ている。


投球練習でも球速測定は行われていた。

1年生で122km/hを出したからか、少しだけ外野がざわざわとしている。


梨花はエースナンバーでもないし、知名度も全然ない。


そんな1年生が速いストレートを投げていることに観客達は驚いている。


梨花のスピードガンでのMAXは127km/hだった。


ちなみに今の女子プロ野球のストレートの平均スピードは126km/hくらいだ。


プロでは技巧派の投手や軟投派の投手などの幅広い選手が活躍している。


波風高校を見に来たプロのスカウトも、間違いなく梨花のことをチェックするだろう。


そんなことは梨花本人は分かっていないし、興味もないだろう。



「プレイ!」



初球は124km/hのアウトコースのボールを打つ気なしで見送った。


続く2球目、3球目は106km/h、108km/hのスプリットを微動だにせずに見逃してきた。



「柳生さんだっけー?変化球スプリットしか投げないってまじ?」



「そんなこと答えると思いますか?」



「はは。だよねー。」



伊志嶺さんは余裕があるのか、柳生に何か話しかけている。


軽いコミニュケーションみたいなもので、別に揺さぶりをかけようとかではなさそうだ。




「ボール!スリーボールワンストライク。」



1球ストライクを取ってから2球スプリットを投げて、4球目はストレートがやや高めに外れていた。


バッテリーはしっかりと勝負しに行っている。


梨花のストレートもスプリットも手が出ないようにも見えなくはない。


逆に言えば、どちらのボールも見切られているような不気味さも感じる。



5球目。



俺が意図していないボールを柳生は選んできた。


ど真ん中よりやや低いところから鋭く落ちるスプリット。


見逃せばボールかもしれないが、スプリットというボールでいえばコースも落ち方も完璧な1球。


梨花は柳生に絶対に逃げるなと伝えただろうけど、柳生は俺からの言葉をそのまま受け取らなかった。



このスプリットも確かに逃げてはいない。

見逃されたらフォアボールで、バッターの選球眼が勝ったと思えるくらいのボールではある。



俺は打たれてもいいから、梨花の全身全霊のストレートで勝負してもらいたかった。


キャッチャーと話せる時間があればそう伝えたかったが、今から登板するピッチャーに打たれてもいいからストレート投げろとは流石に言えなかった。




梨花の投げたスプリットは本当に完璧な1球過ぎた。


そのせいで監督に無理を言ってまで、伊志嶺さんとの対決が終わろうとしていた。



柳生も梨花も、ベンチから見ていた監督も俺もフォアボールで満塁だと思っていた。



「………。」




伊志嶺さんは誰にも聞こえないような声で囁いていた。


左打者の伊志嶺さんを3塁側から見ていたからこそ、彼女がなにかを呟いたのがわかった。



ストライクからボールゾーンに落ちていくスプリットと分かっていながら、このボールを狙い打ちしてきた。



低めのボール球だったので、アッパースイング気味にフルスイング。



先程の打席は少し詰まりながらも、かのんのグラブを弾き飛ばす打球を放っていた。


伊志嶺さんのバットから鳴った音は球場を一瞬で黙らせた。




「ライト!!バック!」



すぐにキャッチャーの柳生が大声で指示を出した。



最初からかなり深めに守っていた月成はすぐにバックしたが、一二歩走ったところで立ち止まった。



女子用に設置された外野フェンスを軽々と越して、従来の野球場の92mと書かれたライトフェンスも軽々と越していった。



ストライクゾーンなら桔梗でもそれくらい飛ばせるかもしれないが、ボール球のスプリットを1球で仕留めるとは思わなかった。



一塁側は衝撃の1発でお祭り騒ぎだった。


ベンチの選手もベンチ外の選手も指笛を吹きながら、パーフォーマンスと思ってしまうほど踊り狂っていた。



ベンチを飛び出して踊っていた選手は流石に注意されていたが、悪びれる様子もなくベンチの中で大騒ぎしていた。




「いいボールだったよー。」




「くっ…。」



伊志嶺さん自身も自画自賛できるホームランだったんだろう。


ホームインする寸前でなにやらまた一言掛けていたようだ。




「ヒューヒュー!ナイスバッチー!」


「このままコールドで試合終わらせちゃおうぜぇ!」



「「おぉぉ!!」」



伊志嶺さんのスリーランホームランで7-0になってしまった。


女子野球は4回終了時に7点差がついてるとコールドゲームになってしまう。


このあと無失点で抑えたとしても次の回点を取らないと試合終了となる。




「くそっ。」



マウンドの梨花は珍しくイラついたのかプレートを軽く蹴っていた。


雑にロージンを手に馴染ませて、その場に叩きつけた。



今日のストレートの最速は124km/hだったが、4番バッターに対して初球から127km/hと自己最速をマークした。



コントロールが急にアバウトになったが、ストレートもスプリットもどちらのボールも球のキレだけはよかった。



それ抑えられるのは、うちが戦ってきた相手のレベルがそこまで高くなかった高校だけだった。



4番には3塁線を破るツーベースを打たれ、続く5番にはスプリットを見極められてフォアボール。



ワンアウト1.2塁で6番にレフト前に弾き返されると、一気に二塁ランナーが無茶をしてホームに突っ込んできた。



肩は強い氷がバックホームをするが、やや送球が逸れて柳生がボールを捕り損ねて更に一失点。



捕り損ねたのを見て、ランナーが先の塁を狙って走り出していた。



カバーに入った梨花が素早くセカンドに送球して、打ったバッターはセカンドでアウトに出来た。



ツーアウトにしたが、ここまで3.4.5.6とどのバッターも打ち取れずにいた。


ここまで全打席ヒット中の1年の大城さんとの対決になった。



この1年生対決は梨花が意地を見せて、インコースのストレートを詰まらせてサードファールフライでスリーアウトをとった。



8-0という絶望的な点差が選手たちに重くのしかかる。



ベンチの雰囲気もかなり重たい。

この前の試合でもイラつかなかった梨花がかなりピリピリとしている。


原因はホームランを打たれたことだろうけど、これまで打ち込まれることがあっても怒ったりすることは無かった。




「かのーん!繋いでー!」



かのんは一切チームメイトの言葉を気にすることなく打席に向かう。


誰もが薄々気づいているが、この試合はまず勝てない。


かのんも試合に勝てないと割り切っているのか、後ろに繋ごうという気持ちが無くなっている。



こうなったかのんは何を言ってもやる気を出させるのは難しい。


それでも繋ごうというチームプレー精神の欠片も感じないが、自分だけでも打とういう気持ちはだけは伝わってくる。



初球から行く気満々のかのんを見て、相手バッテリーは初球からチェンジアップを投げてきた。



かのんはお構いなくチェンジアップを打ったが、捉え損ねてピッチャーの頭を高いバウンドで越して行った。



ショートのバックアップも早く、捕ってからすぐさまファーストへ送球。




「セーフ!セーフ!!」



「足速すぎ!」



ショートも特に悪いプレーではなかったが、ほんの僅かの差でかのんの足が勝った。



形はどうあれ今日の初ヒットが出て、ノーアウト一塁という形になった。


内野陣は一応ゲッツーシフトという感じの守備シフトで、あれだけ足の速さを見せたかのんをほとんど警戒していない。



最悪1点返されても、波風からすればコールド勝ちなのには変わりがない。



かのんが大きなリードを取ってピッチャーにプレッシャーを掛けている。


我那覇さんは少し気になっているみたいだが、点差のせいでほとんど効いてる様子はない。



初球からほぼ完璧なスタートを切って二塁盗塁を成功させた。


キャッチャーも一応セカンドには投げるが、警戒していてもかのんを二塁で刺すのは至難の業だ。



氷は自分の打撃を見せていた。

厳しいボールはカット気味に打ちに行って、なにやら狙っているボールがあるようだ。



多分、決め球のチェンジアップを待っているんだろう。


少し粘り、5球目のチェンジアップを狙い済ましたようにスイング。



「だめかぁ…。」



外に流れていくチェンジアップを上手く捉えられずに、ショートフライに打ち取られた。



氷がうち損じる少し手前に、俺の近くで打席の用意をしていた桔梗の所に梨花が歩み寄ってきた。



「桔梗。ちょっといい?」



「ん?試合中に話しかけてくるなんて珍しいね。」



「こんなこと言いたくないんじゃけど、2点取ってきてくれんか?」



「ランナー1人だったらホームラン打たないとね。」



「こんな厳しいこと頼むなら、まずはお前が抑えろって話じゃけど、ここまま試合も勝負も終わらせたくないんじゃ!」



梨花の強い言葉に桔梗は少しだけ戸惑いを見せていた。


2人は今年の夏に急激に仲良くなってきたが、お互いにどちらかというと試合中は自分のプレーに集中するタイプで、無駄な会話をすることが無い。



今の話も無駄な話ではないが、この場面でお願いをしにくること自体、梨花に余裕が無いのが分かる。



いつもとは違う焦ったような様子の梨花を見て、桔梗も何か思うことがあるのか、すぐに返事をせずに無言で見合っていた。




「打てるか打てないかは分からないけど、なにかやり残してることがあるんだよね?」



「わからん。じゃけど、このままじゃダメな気がする。」




「梨花の為に打つことは出来ないけど、チームの為、試合に勝つ為に打ってくるから。」




「それでええわ。頼むわ。」



梨花は桔梗の背中を強めに叩いてネクストバッターズサークルに送り出した。



大湊先輩は相手バッテリーに翻弄されていた。


大湊先輩は球種をある程度絞って打ちに行くタイプなので、噛み合わないと自分バッティングが出来ないことも度々ある。



それでも狙ったボールに対してのコンタクト率はとても高いし、勘も鈍くない。


それでもこの打席はどうにかファールにしているという感じで、打てそうな雰囲気が一切感じられない。



大湊先輩もチェンジアップを狙っていたが、相手が投げて来たのは今日1番のスピードのストレート。



見逃し三振を拒否しに行くような、半ば投げやりに振ったバットにボールがたまたま当たった。



スイングもタイミングも全部合っていなかったが、運が良かったのかバットの芯で捉えていた。



サードとショートがバックして打球を捕りに行くが、どちらも落下地点までには届かず、レフト前ヒットになった。



かのんは打球が落ちたのを確認してサードに向かって、ワンアウト1.3塁のチャンスで桔梗に打席が回ってきた。




「桔梗ぉ!打て!!」



ベンチの最前列で桔梗に声援を送り続けていた。


梨花の必死なその姿にチームメイトは驚いていた。


そんなことお構いなく梨花は声を出すのを止めなかった。


桔梗はそんな梨花をちらりと見て、いい集中力で打席に入っていった。




いい集中力と強い意志とは裏腹に、桔梗はツーストライクに追い込まれるまでピクリともしなかった。



ツーシームがボール、ストライクゾーンのスライダーとカーブを見逃した。


そのまま勝負せずに高めのストレートで、様子見をしてきてカウント2-2。



2球目のスライダーは際どかったので見逃すのも分かるが、3球目のカーブはベンチから見ても甘い球に見えた。



甘いコースなら打たなくても反応くらいはする。


俺は昔から桔梗を見てきたので、緊張したりプレッシャーで固くなっている訳では無いのは分かっている。




「洋乃ー!バッタービビってるから勝負していけー。」



「伊志嶺の言う通りさー。慎重にならなくても大丈夫大丈夫ー。」




波風の内野陣からは、慎重になっているバッテリーを煽るような声掛けをしていた。



「怖くない怖くない!勝負勝負ー!」


「少し有名なだけで、バッタービビってる!」




相手のベンチからも、桔梗に対して野次のような煽りの言葉がグランド内に飛び交っていた。



急に野次が飛んできて、日頃落ち着いてる桔梗でも少し動揺が見えた。


もしかすると怒ってる?とも思ったが、打席を外すこともなくじっと構えて動かなかった。



本当に僅かに桔梗の構えから力みが伝わってきた。


男子の野球ならこれくらいの野次はよくあったが、女子でここまで露骨に野次を飛ばされたのは初めてだった。



野次というのは、中学高校くらいのプレイヤーになら相当効く場合がある。


思春期真っ盛りだし、性格的に攻撃的な選手に対しては抜群の効果があると思う。


少しでもイライラさせたり、気になったりすると、段々その声が耳に入ってくる。



それで少しでも相手が崩れればこんなに楽な精神攻撃はないし、褒められることではないが戦略の1つだと思う。



打者に対してここまで野次ることは少ない。


投手にならベンチの選手が執拗に野次を飛ばして、チリツモでフラストレーションを溜めやすい。



キャッチャーがどう感じてるかは分からないが、動揺させてこのボールで勝負してくる可能性は高い。



桔梗に煽りが効いてると思えば、チェンジアップは有効かもしれない。


絶対に打つ、舐めるなと力んでしまったら変幻自在のチェンジアップを打ち損じそうなら気もする。


思ったよりも効いてないと感じるならボール気味のストレートを強引に打たせることも出来るだろう。



桔梗は4球目まで多分チェンジアップを狙っている。


氷も大湊先輩もチェンジアップ狙いで打ち取られて、バッテリーに3人連続同じボールを狙ってくるか?という意識付けをしている。



これはあくまで桔梗の思惑を読んでいるだけで、本当は狙い球を上手くバッテリーに外され続けている可能性もある。



俺の予想だが、ストレートかチェンジアップの2択だと思う。


どちらを狙っていても狙いを外された瞬間に、打つのが難しくなる2択がストレートとチェンジアップだ。


我那覇さんの場合は指からボールが離れるまで、どちらのボールが来るか全く分からない。



そして、勝負の5球目。



我那覇さんの足が上がり、その動作から少し遅れてすり足気味に桔梗もバッティングの動作を開始する。




我那覇さんの左足が地面について、スムーズに体重を移動をしてボールを指先から離そうとしている。



桔梗はすり足気味で引いた足をピッチャーの投げるタイミングに合わせて力強く踏み込む。



桔梗の始動がやや早くストレート狙いのタイミングに見えた。


我那覇さんの指先から放たれたポールには勢いがなかった。


ここまで投げてきたチェンジアップよりも更にスピードを殺して、バッターのタイミングを狂わせようとしていた。




早めに始動した桔梗は我那覇さんのチェンジアップにタイミングを外された。


それでも桔梗にはタイミングを外されても、ファールで逃げる技術がある。



桔梗は左足を踏み込んだ状態から一瞬静止していた。


80km/hくらいの右バッターの桔梗から逃げていくチェンジアップを固まったように見ていた。



桔梗のミートポイントをチェンジアップは通過しなかった。



アウトコース気味のチェンジアップを、静止した状態から強引に引っ張った。



ストレート狙いで踏み込んだ桔梗は、我那覇さんから投げられたチェンジアップに無意識に対応していた。




形は違うが、先程の回にスプリットをホームランにした伊志嶺さんがフラッシュバックした。




桔梗のバットから快音が鳴り響いた。

レフトスタンドに向かって綺麗な弧を描いて打球は伸びていく。



チェンジアップのスピードを抑えていたせいか、少しタイミングが早くなり、打球はレフト線のギリギリの打球になってしまった。



飛距離は充分。


それをわかっていて走らずに打球を眺めていたはずだった。


控えめにバットを投げて一塁へゆっくりと走り出している。


この球場で打球の行方を見ていないのは桔梗だけだろう。




それでも桔梗には確かな手応えがあった。




「ホームラーン!!」



3塁塁審が大きく指を回してホームランのジェスチャーをしている。




「「やったあぁぁ!!!」」




お通夜のようなベンチだったが、3塁塁審のジェスチャーを見た瞬間にベンチを飛び出しそうな勢いで喜んでいた。




8-3。



コールド負けギリギリのところで、桔梗の1発が飛び出したおかげで首の皮一枚繋がった。




「桔梗。ありがと。」



「はは。ホームランなんて出来すぎかな?」



桔梗を一番最初に迎えたのはもちろん梨花だった。


2人は控えめにハイタッチをすると、なだれ込むようにチームメイトに手荒い祝福を受けていた。




「絶対負けねぇ。」




梨花の瞳の先には伊志嶺さんが映っていた。


燃え上がるような梨花の闘志はどのような結果をもたらすのだろうか。



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