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元天才選手の俺が女子高校野球部のコーチに!  作者: 柚沙
第4章 高校1年秋
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弱小だったから分かること!


光琳館に負けた次の日。



朝早く美咲に今日の予定を聞くためにメッセージを送っておいた。

学校が始まる前に病院に行ってから、学校に行くとの連絡が来ていた。



昼休みに美咲のクラスに話をしに行くことにした。



美咲は1-5組で隣のクラスだったので、昼休みが始まるとすぐに美咲のクラスへ向かった。



「おっと。」



「ごめーん!急いでるからー!」



隣のクラスに入ろうとすると、勢いよく出てきたかのんが、俺だと分かる前に廊下を走っていった。



「うっす!お疲れッス!」



続いて雪山がかのんの後を追ってどこかに行ってしまった。




「東奈くん。こんにちは。」



「月成もかのん達とお昼?」



「うぅん。西さんを連れて来て一緒にご飯食べるんだ。」



「そっかそっか。わざわざ連れてこないといけないのは大変だな。」



「ボクが勝手にやってることだから。」



月成は少し照れつつ、俺の傍を通って梨花の教室に向かっていった。



俺は教室を見渡すと窓際近くの美咲が手招きしていた。


俺は今日は弁当だったので、昼ごはんを一緒に食べることにした。



「東奈くんが弁当って珍しいね?私はご飯忘れっちゃって…。」



「まじで?ならなんか買ってきてあげるよ。何か食べたいものある?」



「んー。南蛮巻き食べたいかなぁ。いつもはお弁当なんだけど、あれ好きなんだよねー。」



「わかった。2本でいい?」



「うん!ありがとねー!」




南蛮巻きとは福岡高校の学食などにある食べ物だ。


普通の南蛮巻きではなく、チキン南蛮巻きのことをそう呼んでいる。


チキン南蛮にタルタルソールをかけたものをご飯と海苔で巻いたもので、値段も100円と安価で軽食にはいいと思う。



2本食べれば女の子なら丁度よさそうな感じもするし、美咲は足を怪我していてあんまり運動も出来ないので、今日は控えめの食事なんだろう。




「これで大丈夫?」



「うん!わざわざありがとうねー。」



「かのん達は買ってきてくれなかったの?」



「東奈くんと話があるから2人で行っててって言ったからね。」



「まぁあの二人もそんなに薄情ではないか。」



美咲は受け取った南蛮巻きを美味しそうにかぶりついていた。



美咲の足元には松葉杖が置いてあった。

怪我した右足にはギブスをしておらず、重症では無いことが分かって一安心した。



「足はね、軽度の捻挫だったよー。一週間くらい安静にしたら大丈夫らしいから、九州大会には間に合うかな?」



九州大会は2週間後に福岡で開催される。

今週の土曜日に抽選会があり、1回戦の相手が決まるようだ。



1回戦は福岡県勢との試合はない。

うちはベスト8でギリギリの出場なので、他県の優勝校と戦う可能性が高い。



他県の優勝してきた同士が1回戦から当たるのは、優勝した恩恵が無さすぎるので、九州大会進出ギリギリの順位のチームが各県の優勝校と当たる。




「まぁ、無理はさせられないからね。」




「わかってるよー。けど、動けるなら絶対に試合には出たい。」



「足が悪くなくて、試合に出せる状況ならもちろん使うけど、そこまで無理しなくても大丈夫だと思うけど?」



「聖先輩もいるしねー。桜先輩も活躍してたし、セカンドはかのんが不動のレギュラーだから出れなさそうだもんね。」



ちょっと不機嫌そうにモグモグと南蛮巻きを頬張っていた。


美咲は今はどのポジションの選手よりもどこか上回っている所がないけど、どこの守備もそのポジションを得意としている選手の次には上手い。



ショートも大湊先輩の次に上手く、セカンドもかのんの次に上手い。


その次に位置しているのは月成で、その月成は高校に入ってから打撃で結果を出し続けている。


練習では美咲よりは少し打てるくらいでも、練習試合と公式戦を合わせても4割近い打率を誇っている。



美咲も昨日の試合で公式戦の打率を5割としている。


ここまであまりスタメンで使ってあげられなかったけど、公式戦で使ったら力を発揮できるタイプなのかもしれない。



「何考えてるのー?もしかして試合に使ってくれたりする?」



次はニコニコして俺の顔を覗き込んでいた。


1番最初に公園で会ってから思っていたが、美咲は人との距離が結構近い気がする。



人から嫌われる性格をしていないし、チームメイトのことを気にかけられる思いやりのある性格をしている。


それとは裏腹に異常なまでの勝利への執念を心の中に隠し持っている。



昨日の試合のゲッツー崩しも、審判団には注意をされなかったし、監督も選手たちも誰も美咲がゲッツー崩しをしに行ったとは思っていなかった。



相手のサードはステップしてファーストに投げればよかったのに、ベースを踏んだままで投げたせいで美咲に足を掬われる形になった。



確かに他人の目からは、真っ直ぐに滑り込んでサードの足があったように見える。


俺がゲッツー崩しをしたと確信したのは、いつもは足を真っ直ぐ滑り込むのだが、あの時だけ足を少しだけ倒して滑り込んでいた。


足を立てたままスライディングをすれば、もろに足を蹴りあげてしまう。


無意識になのか、足をやや倒してつま先だけを相手の踵に当てて体勢を崩した。



これは咄嗟に狙って出来るような事ではない。


ルール的にいえば、美咲のスライディングは反則にはならない。


ゲッツー崩しはベースに滑り込まずに、ランナーを避けた野手に対して滑り込んだり、両手を上げて送球の妨げになる行為が反則となる。



なので、あの3塁への滑り込みは()()()()は何も問題ない。


このことを美咲に改めて聞いてみた。




「それくらいは知ってるよ。私も今は内野手なんだし。昨日は言い訳しなかったけど、あれはルール上はセーフだよね?」



「まぁ、ルール上はセーフだけど…。」



「サードのあの人がベースを踏んだまま投げなければ、そこまで露骨には狙ったりしないよ。」



「それはわかってる。俺が言いたいことはそういうことじゃなくて、やっぱりコーチとしては怪我するようなプレーはやめて欲しい。」




「うーん。あの後考えてみたけどやっぱり無理だよ。」




こう言われると思いつつも美咲と話を続けることにした。



「あの試合は美咲もわかってると思うけど、九州大会を決めた後の試合だったから無理する必要はなかった。」




「知ってるよ。けど、試合は試合でしょ?重要度はあるんだろうけど、それは東奈くんとか監督が考えることだよね。」



「確かにそれはそうだね。だけど、俺の伝えたいことは分かるよね?」



「言いたいことは分かるよ?けど、私は指導者じゃない。1人の選手としてやるべき事がある。」



俺たちの議論は少しずつ白熱していった。


クラスの中に残っている女の子たちはあまり多くなく、少数の大人しい子達がお弁当を持参している。



俺が野球部のコーチと知らなかったら、美咲との痴話喧嘩と勘違いしてもおかしくない。



「野球が好きでやりたいなら、まずは怪我しないようなプレーを心掛けた方がいい。そうすればチャンスはいずれ来る。」



「いずれっていつ?私は今すぐにでもレギュラーを取りたい。試合に出る機会があれば、泥臭くてもチャンスを生かしたいって思うのはおかしい?」




「別にそれはおかしくないよ。けど、危険なプレーと分かっててやったスライディングを容認するのは別の話だよ。」




「東奈くんは本当に試合に勝ちたいって思ってる?」



「え?そりゃ、試合に勝ちたいと思うのは誰でも同じだと思うけど。」



「私から見た東奈くんは、試合の勝敗は二の次だと思ってるんじゃないの?」




俺は結構痛いところを突かれる形になってしまった。


確かに選手が大きく成長出来るなら、最悪勝てなくても仕方ないと思っている。


昨日の試合も選手たちが何を考えてプレーしているか、今どれくらいの実力があるかなど見極めの作業になっていた。



美咲には俺が、昨日の試合の勝ち負けを気にしていないことが分かったのだろうか?


それなら俺が思ったよりも美咲は人を見る目がある。




「負けてもいいとは思ったことはないよ。けど、負けて分かることだって多い。今のうちは多くの経験値を積みたいから勝ちたいとは思う。」




「んー…。やっぱり私と思ってることは違うね。どんな試合にしても野球をやってる以上負けていい試合なんてないよ。」




美咲は俺の返事を聞かずにそのまま続きを話し始めた。




「東奈くんはこれまでほとんどの試合を勝ってきたんだよね。こんなこと言いたくないけど、頑張っても試合に勝てない選手の気持ちなんて分からないよね?」




「その限定的な話で言えば分からない方かもしれないね。美咲は本当にそこを問題視してる?」



「……どうだろうね。勝ちたいって思って誰よりも泥臭くプレーすることってよくないの?」




美咲の試合に臨む姿勢は決して悪いものでは無い。


むしろそれくらい本気で臨んでいることの方が素晴らしいことだと思う。




「その気持ちは忘れたらだめだよ。多分だけど、このまま話してても平行線を辿ると思うけど…。」



俺たちは同じことを話しているが、なにか会話がすれ違っている。


それは美咲も感じていたようで、うーんという感じで外の景色に目を逸らして考えていた。




「美咲は俺に気を使ってるよね?別に気にしなくていいよ?俺が断言出来ることがあるんだけど、こうやって指導者と選手が言い合えることってなくない?」




「昨日、他の選手とも腹割って話したんだけど、同級生に教えるのも教えられるのも特殊なケースだと思うんだよね。だからこそお互いに気兼ねなく話せる関係だと思ってる。」




「そうだね。コーチとか監督にこんな口答えしてたら怒られるし、最悪干されるもんね。」




美咲は少し興奮気味で話しすぎていたと気づいたようだ。


俺的には全然問題はなかったけど、少しバツが悪そうに苦笑いしていた。




「俺がこんなことで怒ったり干したりはしないから気にしないで。だから、本当に言いたいことがあれば今伝えて欲しい。」




俺はいつになく真剣なトーンで美咲に問いかけてみた。


俺が本気だということは美咲には伝わっているだろうか?


人に本心を話す時、どうしても少しは相手によく思われたい、嫌われたくないって気持ちから本当のことを話すのは難しい。




「…難しいね。出来るだけ素直に話すなら、私は東奈くんの野球の能力を上げられるなら、負けてもいいって思ってる所は受け入れらないかも。」




「なかなか厳しいな。美咲が話してくれたから話すけど、これから勝ち上がっていくには明らかに実力が足りてない。美咲は目の前にある試合に全力を注いで勝ちに行きたいんだと思う。」




「うん。そうだね。」




「俺は白星を甲子園に連れて行きたいって思ってる。その為なら目の前の勝ちを捨ててでも、選手たちが成長出来る方を選んでるんだと思う。」




「けど、九州大会に出るんだよ?ベスト4に入れれば春の甲子園にだって…。」



「言いたくないけど無理だ。」



「そんなのやってみないと分からないやん!私たちのこと信頼してないの!?」



「信頼とかそういうことじゃない。客観的に見て勝てないって言ってるだけだよ。」




「厳しい状況でも勝たせようとするのがコーチとしての役目じゃないの?」



「美咲の言いたいことは何も間違ってない。けど、俺には俺の信念もある。」



「試合に勝つこと以外の信念ってなに?」



「選手たちを守ること。昨日の美咲のようなプレーをさせずに勝たせること。怪我をして誰かを犠牲にして得る勝利なんて俺からすれば意味が無い。」




「けど、それは仕方ないんじゃないの?私は勝つためなら自分が怪我してもいい。負けるよりはまし…。」




「そんな事ない!美咲ちゃん、やっぱり昨日のスライディングは狙ってやったんだね!」




俺たちの話はヒートアップして、昼ごはんを食べていた月成と梨花の耳に入っていた。



俺たちの話に割って入ってきたのは月成だった。




「美咲、犠牲になるのは自分だけだと思ってるかもしれないけど、もし肩を壊してもチームの為に投げ続けた梨花や、月成がチームの為に野球をできない体になっても勝ちたい?」




「うっ…。その言い方はずるいよ!だってそんなの認めれるわけないのに…。」




「確かに今の例えはずるかったね。今は厳しいかもしれないけど、その為に勝ったり負けたりして成長するしかない。今すぐ勝てるチームにしろって言われても俺の力じゃ無理なんだよ。」




俺は弱音を言いたくなかったけど、このままだと喧嘩になるだけと思い、自分の力のなさを吐露した。


美咲も諦めたような俺を見てなのか、ギュッと握った手から力が抜けていく。




「中田も龍も譲れない部分があるんじゃろ。ワシは龍にスカウトされて福岡に来ると決めた時から何があっても信じることに決めたんじゃ。」



俺に気を使って梨花も話に割り込んできた。



「中田は龍のことを信じられないなら、監督に指導を仰げばええんじゃないんか?龍も前に言っとったが、納得出来ないことがあれば聞かなくてもええって。」




「…信じてない訳じゃないよ。半年で野球自体は上手くなってるし。でも…。」




「でももくそも無いわ!見返したいなら九州大会勝てばええんじゃろうが。言い訳してんじゃねぇぞ。」




「梨花。美咲が悪いわけじゃないから言い過ぎだよ。」



「ふぅ。まぁ好きにしたらええわ。」



昨日の梨花よりも何倍も不機嫌になって、その場に唾でも吐き捨てていきそうな勢いだった。




「月成、悪いけど梨花のことお願いしてもいい?」



「う、うん!行ってくるね!」



月成にお願いすると嫌そうな顔1つせずに、すぐに梨花の後を追って行った。




「俺達もとりあえず落ち着こうか。」



「西さんがあんなに強い口調で言い寄ってきたの初めてでビックリした。」



「俺たちのことを思ってだから気にしないであげて。」



美咲は梨花に凄まれて呆気に取られて、冷静になったようだ。




「なんか話が終始すれ違っちゃったけど、わざと負けにいくようなことはしないよ。九州大会も勝ちに行くし、出られるなら春の甲子園にも出たい。」




「けど、今は俺が出来ることが少ない。あと少しだけ俺のことを信じてくれとしか言えないかな。」




「試合に対することはすんなりは受け入れらないけど、東奈くんのことを疑ってる訳じゃないよ。」




「今はそれでもいいよ。俺も美咲の勝ちへの執念はわかってるつもり。だけど、勝つにはそれだけじゃだめだってことも覚えておいて。」




俺は最後にこれだけを言い残すと、美咲の肩を軽く叩いて席を立った。




「ごめんね…。」




感情的になったことを後悔したのか小声で俺に謝ってきた。




「怪我はちゃんと治さないとだめだよ。」




謝られて無視するのもどうかと思ったので、最後に美咲の身体を心配してクラスへ戻った。




「盗み聞きしてたな。」



「えー?なんのことー?」



俺から見えないように廊下の外でしゃがんで隠れていた、かのんと雪山が俺に見つかってシラを切っている。




「別に聞かれて悪いことなんてないけどね。」



「かのんは、ししょーのこと信じるけどなぁ。みんな考えてることもやりたいことも違うでしょ?ならそれを叶えてくれそうな人を利用しないとね!」




「まぁそれも一理あるね。かのんは俺との約束忘れてないよな?」




「もちもちのろんろん!」




「気の抜ける返事だけどいいか。雪山も今は我慢して着いてきて。本気でダメだと思ったらその時は俺の言うこと聞かなくてもいいから。」




「梨花さんと約束したからついて行くッスよ!多分…。」




2人のイマイチ信用出来ない返事を聞いて、頷くだけでそれ以上はなにも答えなかった。



2人はすぐに美咲の元へ駆け寄って話を聞いているようだ。


あの二人が付いていれば美咲はすぐに元気を取り戻すだろう。



それにしても俺はどうしてこうも話ベタなんだろうか?


美咲のことを終始否定してしまったような気がする。


コーチだからとか関係なく、もう少しどうにかしないといずれ痛い目を見るかもしれない。



美咲には練習の時に改めて謝ることにした。


梨花との話は上手くいっただけに、美咲なら簡単に話しをつけられると思った。




「上手く行かないもんだな。」




俺は今日のことを教訓にしようと思ったが、思い出せば出すほど情けなくなってしまった。




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