ありえねえ、この世界
転生したら普通さ、異能とかに目覚めるじゃん?
それで人よりずば抜けるじゃん?
ヒロイン的な可愛い子があらわれるじゃん?
何より、名前が横文字になるじゃん?
「ありえねぇーわ。この現実があり得ない」
田中 太郎。
それが元の俺の名前だった。このどこにも居そうな平凡な名前が、あまり好きではなかった。
しかし、現在の名前に比べればマシだと思えてきた。
「蟹紅丸兄さん、やはりあの事で気を病んでいたのですね」
頼むから俺をその名で呼ばないでくれ弟よ。
何処かの世界の何処とも正確には知らない土地の家の庭で、寝そべり空を眺めていた俺の視界に入り込んできた弟。
どうやら、俺の心情を一ミリも理解していない様だった。
「……あの事?あんなの別にどうだって良いよ。それよりも風、この世界はどうして……」
一度弟の顔を見るが、すぐにクマさんの形をしていた雲に視線を移し弟に問いかける。
が、弟は不満そうに俺の視界の八割程度を奪いながら口を開く。
「もう!どうして蟹紅丸兄さんは、僕を風って呼ぶんですか!?ちゃんと海老風雷と呼んでくれないのですか!?」
「……ありえねぇーわ」
俺は弟を呆れた顔をして見る。
どうしてコイツは海老風雷と呼ばれたいのか。この世界にはエビフライはないのだろうか。
どうして、この世界には姓がないのだろうか。
名前とは、個人を特定させるためのもの。しかし、人口が増えれば同名の者は必ずとして現れる。
本来ならば、姓と名の二つで組み合わせが増える。
なのにこの世界はどうしてか、名を小難しくする事で同名を回避しようとしているのだ。
「なあ、風」
「海老風雷」
「……エビフライ、お前は……いや何でもない」
「蟹紅丸兄さん?」
俺の齢は十程度だが、前世の記憶がはっきりとある。
それに比べて弟はただの齢八程度の子供だ。
海老風雷、これが弟の名で自分だけの特別な名。それに何の疑問も持たないだろう。
「エビフライ、今日は何する?」
この世界の人々からしたら当たり前な事で、変える必要のない問題なのかもしれない。
「えっとね、魔法の練習!」
この問題は今は置いておこう。
「次は……魔法か」
でないとここから先、話がややこしくなる。
「兄さんはいくつ身につけた?」
「……ふっ、聞いて驚け!二つだ!!」
この世界には魔法も存在した。それも俺はセンスがある方だった。
「……その歳で二つも!?僕はまだ一つも使えないのに」
「俺の弟なんだエビフライ!すぐ使えるようになるさエビフライ!!」
その名を愛している海老風雷にならな。だって、この世界の魔法は……はぁ。
「兄さん!参考にしたいから見せてよ!!」
「え、いや。……てか、兄さんって呼び方ズルくないか?俺もお前の事を弟さんと呼ぼうか」
「話を逸らさないでよ!」
「……」
キラキラした目で見つめられても兄さん、嫌なものは嫌なんだよな。
「仕方ない。……一つだけだぞ?」
「わぁい!」
俺は一本指を立てて弟のお願いを聞くことにした。
先週ぐらいにも見せたし、この魔法なら大丈夫な筈だ。
「いくぞ、弟さん!一度しか使わないから良く見て良く聞くが良い!!」
「勿論!僕だって早くみんなに自慢したいんだ!」
……心を鎮めろ。感情を捨てろ。理性を捨てろ。取り敢えず色々と捨てろ。
俺は今からマッチ棒一本程度の火を指に灯すだけだ。
何、簡単な事さ。
「神様!我名は蟹紅丸!真名は田中太郎!この嘘偽りを語らぬ正直者に火を!!」
オリジナル詠唱を唱えるだけなのだから。
ぽっ!と俺の指に火が灯った。
「ありえねぇーわ、この世界」
この世界の魔法は、センスという名の魔力とオリジナル詠唱によって構成される。
センスは先天性のものも後天性のものも存在する。
オリジナル詠唱に関しては、そのままの意味で誰でもない自分だけの詠唱だ。
どうやらオリジナルかどうかは神様かそれに近しい存在が判断しているらしい。
これまでの歴史で同じ詠唱は一つも存在しなかったと習った。これはもう、そうとしか考えられないからだ。
センスがあってもオリジナル詠唱で無ければ魔法は使えない。逆にどれだけ優れて美しいオリジナル詠唱でもセンスが無ければ意味がない。
そして何より厄介なのが、一度オリジナル詠唱で唱えてしまった魔法の詠唱は変えることが出来ないという事だった。
「この魔法はいくら真面目に詠唱を考えても使えなくてな、諦め気味に適当に叫んだら出たんだ。二度と変えれないから適当に叫ぶのはオススメしないぞ!」
「べ、勉強になります兄さん!!」
なんせ、もう一つの魔法の詠唱は誰かに聞かれると心が折れるレベルだからね。