ドーナツくらいで大袈裟だぜ
「ちょ、ちょっとコリーさん……!」
コリーさんの低くも良く通る声が店内に響き渡った。
皆何事かとこちらに視線を集めている。
「君、さっきメモをしていたのだから残っているだろう。明らかに注文ミスじゃないか。確認したまえ」
そう言うとテシンさんはエプロンのポケットからすぐにメモ帳を取り出し注文を確認した。すぐさま顔の表情が変わり、額から汗が滲み出ている。
「も、申し訳ございま____」
「君じゃ話しにならないな。責任者を呼びたまえ」
テシンさんの謝罪を遮ると、コリーさんはさらに大きくも抑圧した声で責任者はと叫びだす。明らかに老害である。注文ミスでそこまで怒らなくてもいいのにな。
すると、エラッソが私に耳元でこしょこしょ話し始めた。
どうも彼みたいな経営者は、物事の質よりも欠陥に目が行きがちな傾向があるとのことである。だから店員の細かいミスには敏感で、つい口を挟みたくなるのだとか。これは経営者あるあるらしく、性分なのだそうだ。
そんなこと言われても側から見れば害悪である。犬のうんこでも踏めばいいのに。
「は、はい! 私が責任者でございます! この度はスタッフがお客様方に不快な思いをさせてしまい、申し訳____ってエラッソお嬢様!? あ、ああ……ああ!」
責任者の店員さんはさらに深々と頭を下げ、泣きそうな顔になりながら必死に謝罪の言葉を述べてきた。
そっか、モイツ家ってシュバウツ協会と並んで巨大な商会だったっけ。そりゃあそんな大御所に粗相をしたならそうなるよね。
「あらあら、私は怒っていませんよ? それよりもこちらを頂いて良いかしら? このドーナツ屋さんは初めて来たの。どれも美味しそうよね。特に注文は変えなくて結構よ、ありがとう」
そう言ってエラッソは間違って注文されたドーナツをパクリと口に入れる。
とても幸せそうな顔だ。
申し訳ございませんでしたぁっ! 申し訳ございませんでしたぁっ! と言ってカウンターまで下がるテシンさんと責任者さん。
なんとなくだけど、テシンさんは応援したくなる気持ちになる。大人っぽくてお姉さんな感じなのに、こう……むぎゅぎゅーってしたくなるのだ。
「ま、気を取り直して……甘ーい! 雲海砂糖なんて高くて注文したことないけど、中はクリームなんだねこれっ! 乙女の最上級の極みだよ!!」
この甘さとコーヒーの苦味の絶妙な組み合わせ、これこそが幸福の瞬間なのである。
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「お腹いっぱいだね〜」
お土産用に二、三個ドーナツを包んで貰い、お店を出る。
空を見上げるも天候怪しく、頬にパラパラと雨粒が当たり始めていた。雨だ。
「おお、雨が降ってきたか。2人共、ワンニャンランドは次にお預けだな。あそこは屋外での遊び場が多い施設なんだ。雨なんかじゃ楽しさが半減だ。次にしよう」
少し残念な気持ちだが、天候が絡むのなら仕方のない。
今日は大人しく家に帰ってのんびりしよう。帰りがてらに市場に寄って分厚いお肉を買って行くんだ。ホッシーのと私のとで2枚ね。そして葡萄ジュースで乾杯なのである。
エラッソはコリーさんと、これからの対策を考えないといけないとかで、2人仲良くそのまま魔導車に乗って行った。かなり名残惜しそうにしていたが、仕事とあれば仕方がないのである。また遊ぼうね。
と、言う事で私は市場で買い物を済ませた後、沈む夕日を眺めたくて箒で来れる限界空域まで上り詰めた。
いつもは星を眺めるのだが、夕日も大好きなのである。
昼と夜が混じり合う黄昏時。私はキンキンに冷えたアイスを頬張りながらぼーっとするのだ。
「私もあのドーナツが食べたいなぁ、出来れば出来たてほやほやのが」
「アンゲルさんに頼んで作ってもらおうよ。それか私が作ってあげてもいいけど?」
「それは遠慮するよ、私はまだまだやりたい事が沢山あるからね!」
ふーんそうか、そんな暴言を吐くようになったかホッシー。
夕日も見終わり、地上に向かって箒を走らせる。
今日のお肉はどんな焼き加減で食べようかな。いつもは焼きすぎちゃうから、今日はレアで、熱々のソースの余熱を使うくらいで調理してみようかな。
「ん? あの後ろ姿は……」
ピタッと体の線を映し出すジーンズに、少し大きめのパーカー。そしてなんと言っても特徴的なのがその赤髪。
「あ、さっきの店員さんじゃないか。もうお仕事上がりなのかな?」
何故かどーしても気になるのだ。
哀愁漂う後ろ姿に見えるのは、背中を丸くしているからだろうか。
「……ゲフュール」
感情が見える魔法を唱え、再び彼女の姿を見ると、全身が悲しくも悔しいといった色が湧き出ている。
「元に戻してっと……うーん、もしかしてさっきの件かな? だとしたら心が痛いなぁ」




