その名はテシン・マサーカー!
早速目的地のドーナツ屋さんに辿り着く。相変わらずメルヘンチックな外装であるが、その景観をぶち壊すいかつい魔導車が一台駐車場に置かれているのだ。これでは世界観が台無しである。
「まぁ、なんて可愛らしいのでしょう!」
エラッソは内なる好奇心に耐えられなかったのか、先にお店の中に入ってしまった。
良いタイミングだ、その隙にどうして2人一緒にいるか探って見ようか。
「コリーさん、エラとはどんなお仕事で一緒になってるんですか? 相引き?」
「彼女とは、先程の大犯罪者を捕まえるという名目でコンビを組まされる事となったんだよ。王様からの命令でね。いくら俺でも国王の依頼とあれば断る訳にもいかないのさ」
資金力のある彼ら2人に頼むとは、よっぽどの人がエーレに紛れ込んだみたいだ。それでまず便利屋に来たって訳ね。
むむぅ、かなりやばい人なんだろうなぁ。怖いなぁ。もし見つかったとしても、口封じに捕まって殺される方の確率が高めだ。シャーリーさん断ってくれないかなぁ。でも2人の頼みならかなりの額の報酬が約束される訳で……! あ! もしかして借金返せるんじゃねこれ!? だって街のゴミ拾いだけで昨日は50万デル稼げた訳だし、それが指名手配されてる犯罪者となれば1000万デルは堅いのじゃないかな! プラス、その中でも最上級の奴となれば……! ふふふ、キタキタ来た! 私の時代が遂に到来だ!
中に入る。
この時間帯はお客さんが少ないのか、空席が目立つ。エラッソは中央の丸テーブルに座り、メニュー表と睨めっこをしているのだ。
「どう? どれも美味しそうでしょ?」
「ええ! 迷いますわね……全部は食べきれませんし、取捨選択はしたくありませんし……」
「それならさ、私と2人で半分こにしながら食べようよ! 沢山の味が楽しめるよ!」
「流石はエーフィーですわっ! じゃあ早速ここからここまで注文してしまいましょう! 店員さーん、ご注文をお願いしますわっ!」
小さな頃から来ているけど、ここの店員さんとはそこまで話しをした事がない。
人の入れ替わりもそれなりに激しいし、学生さんも働いてたりするから、同じ人がずっと働く事は殆ど無いのである。
「はい、ただいま」
この人も最近新しく入ったのだろう。
身長は大きめ、赤黒いサラサラとした光沢のある髪の毛、うなじから背中にかけて一本の編み込んだ長い結び髪をしている。珍しい。
(うわ……この人めちゃくちゃセクシー……。シャーリーさんに負けず劣らずの美貌だね)
真っ白な雪のような白い肌に、明るめの血色の良い唇。化粧ではなく元からだろう。すらりと伸びた脚は長く、体つきの良さをこれでもかと見せつけている。
気になったのでチラリと名札を見た。
名前は「テシン・マサーカー」と言うみたいだ。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、ううんと……じゃあこの卵砂糖の粉雪掛けと、コーヒーパイのドーナツくださいっ!」
小さな犬の絵が描かれてあるメモ帳を取り出し、これまた犬の肉球が付いたペンを取り出し紙に注文を書き始めた。犬好きなのかな。
「かしこまりました、少々お待ち下さい。お茶関係はお客様自身で淹れて頂いておりますのでご自由にどうぞ。では失礼致します」
くるりとカウンターに向かっていくテシンさん。後ろ姿からでもくっきりと綺麗な体の線、もしかしてシャーリーさん以上かもしれないね。
「じゃあエラ、コーヒーでも取りに行こうか! 私がこのドーナツ屋さん特製のお茶の淹れ方を教えてあげるっ!」
どこへでも着いて行きますわ〜とテンション高めなエラッソ。たかだかコーヒーを淹れるのにはしゃぎすぎだと思うけど、普段友達と遊ぶ暇なんてないからだろうと推察する。
そう、彼女は友達なのだ。友達は友達といると楽しいものなのである。普段押さえつけてる抑圧を少しでも開放させてあげないと可哀想なのである。
るんるん気分でコーヒーコーナーに行くと、横にある従業員扉から大きくも押さえつけられた声が聞こえた。このお店にしては珍しい。ま、新人は何かとミスをやらかしがちだ。私だってこの前間違ってシャーリーさんの葉巻に水を溢して二の腕噛み噛みの刑に処せられたのである。
「テシンさん!! これで何回目ですかお皿を割ったのは!! 流石に看過出来ませんっ!! お給料から差し引かせてもらいますからね!!!」
「うぅ……すみません……ぐすん」
あちゃー、お皿を割る系はまずいよ。だって一枚一枚がお店の資産に当たるんだもの。だからといって雇われ従業員に弁償させるのはどうかと思うけどね。
「はー、全くもう! これで今月100枚目ですよ!? 倉庫に沢山の予備があったからいいものを!」
「ぅう……はい……はい……ごめんなさい」
100枚とかまじか。おっちょこちょいも度が過ぎるってもんだ。
「ふぅ、はい、これさっきのお客様の所へ持っていって頂戴。次は落とさないようにね!!」
カシャンカシャンと食器を運ぶ音と共に声は静まり返った。
「エーフィー! この豆をどこに入れれば良いのでしょうか?」
「ああ、それはそのミルの中に入れてねー……っと、これは量を半分にしてーっと」
沢山の豆を少しずつ使い、エーフィー特製スペシャルコーヒーを完成させた。
フルーティな香りを醸し出しながら、いざ口に含むと大人の苦味が舌を覆う。そして最後に吹き抜ける鼻の中には甘美な焙煎された豆の香りが残るのが特徴だ。
「うむ、エーフィーが淹れたコーヒーか。どれどれ……っっ!! 絶品だな」
コリーさんには大好評みたいだ。これであのドーナツが来れば完璧である。
コツコツコツと後ろから足音が鳴る。振り向くと先程怒られていた従業員さんだ。若干表情が暗くなっているのはきっとお説教のせいだろう。
「お待たせ……しました。こちらが雲海砂糖の粉雪と、紅茶パイのドーナツです……ではごゆっく___」
「おい、注文した物と全然違うじゃないか。どうなっている」




