破壊神の二つ名
シャーりーさんの出来事から二ヶ月が過ぎた。私は相変わらず便利屋で仕事をする傍ら、落第しないようにせっせと魔法の勉強に勤しんでいた。ちなみに足はもう治った。錬金術で作られた薬を飲んでから数日経つとあら不思議、修復力の速さに驚く。最初から頼んでおけばよかった。
額から汗がたらりと一滴床に落ちる。室内は冷房を効かせているが、やはり気温には抗えないし、室温も割と高め。シャーリーさんは冷え性なのだとか。
季節的にはもうそろそろ夏真っ盛り。開放的な季節に先立つ心を押さえつつ、研鑽する毎日なのである。
「はい、任務お疲れ様。じゃあこれが報酬ね」
渡された封筒の中身を覗き込むと、思った以上の額が入っていて驚いた。リーぺの街の清掃だけだったのだが。
「うおおお、これだから掃除はやめられませんねぇ」
「言い方、言い方だよエーフィー。乙女がそんなはしたない台詞を吐いちゃいけないんだぞ!」
「何よホッシー。これであのマッチ(ョ)売りの少女の新刊買ってあげようと思ったのにさ。 そんな事言われたら生活費だけ残してシャーリーさんに返すかもしれないのだよ」
それは不味いと感じたのか、私とシャーリーさんを挟む机の上に飛んで着地し、シャーリーさんの方を見て懇願の姿勢を取るのである。軟体で器用な星金属である。
「所でさ、最近冒険者の間で噂になってるのがあるんだけど、知ってる?」
「へ? なんの噂ですか?」
シャーリーさんはマグカップを受け皿の上に乗せると、一息葉巻を口に含んでは吐いた。
「どうもね、西の大陸から大犯罪者が密入国してきたみたいなのよ。詳細は私も知らされてないんだけどさ。コリーを呼んで聞いてみるつもり。こういう仕事柄それなりに危険な人ともやり取りはするけど、ここまで噂が広がるような相手には出会った事がないわ」
西の大陸と言えば、つい数年前まで戦争を行なっていた国々だ。
エーレで生産している魔法道具も向こうで使われてるというのを、コリーさんから聞いた事がある。
「それは1人ですか? 集団じゃなくて?」
「どうも1人らしいのよね。まだ詳細な情報は聞いてないから分からないけど、少なくともここ半年でこっちに渡ってきたって所までは分かっているわ」
「ほぇ〜。恐ろしいですね。で、何をした人なんですかね?」
「そうね、少なくとも殺人や窃盗はしているでしょうね。それよりももっとタチが悪いかもしれない」
そうしてシャーリーさんの話に耳を傾けていると、扉をノックする音が聞こえた。
声で返事を返すと、そこにはおしゃれな正装を身に纏っているコリー・シュバウツ。そして後ろにはなんとエラの姿があった。
この2人が一緒にいるなんて珍しいなんてもんじゃない、衝撃である。ついにコリーさんはお金持ちのお嬢様に手を出し始めたのか! 最低なおじ様だ!
「やぁエーフィー、今凄く偏見的な瞳で見ているど違うからね? 彼女とは一時的に仕事のパートナーとして組んでいるだけだよ」
その言い訳がなんかいやらしいのである。真っ先に否定してくるなんてまるで大きな風船を抱えているみたいじゃないか。突っつけば破裂するから隠しときたいのだ! どうなんだい! ぁあん!?
「こんにちはシャーリー様。とりあえず私はエーフィーの隣に座りますので、コリー様はシャーリーさんのお隣に、どうぞ」
おお、私を前にしてそんな優雅な佇まいが出来るなんて偉いぞ。やっぱり人前だとちゃんとするんだなぁ。
「エーフィー、2人分のコーヒーとお茶菓子を用意してくれ。コリーは砂糖なしだな? エラッソ・モイツ嬢は?」
「私はエーフィーの淹れてくれた物なら雑巾汁でも飲み干しますからお構いなく、自由にしていいですわ」
「あ、ぁあそう……」
全然ダメダメである。まともな顔と声を合わせても思考が欲望ダダ漏れでは意味がないのである。ていうかその表現怖えな。別の台詞なかったのかな。
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「コリー、で、何か情報は掴めたのかい?」
「うむ、三人共心して聞いてくれ。今回密入国してきた人物。向こうの大陸では破壊神と呼ばれていたそうだ」
「破壊神? なんとも単純な二つ名ですわね」
「ああ、だがそれに見合うだけの戦果を上げている人物らしい。数年前の戦争の時代、そいつに殺された人の累計はなんと5千人にも及ぶ出そうだ」
「へ? 5千人!? 1人で!? そんなの化け物じゃない!」
シャーリーさんが驚くのも無理はない。いくらなんでも5千人は盛り過ぎだろう。噂に尾鰭がついてるとしか思えないのだ。
「もしそれが本当ならとんでもない事態ですわね。名前も性別もまだ判明してない以上、対策の打ちようがありませんわ! せめて名前くらいは知らなければ前には進めませんわね」
「それがな……マナーカ王国と連絡は取ってはいるのだが、どうも向こうは鎖国的というかね。あまりこちらに情報を開示して来ようとしないのだよ。きっと交渉の材料と思っているのだろう。向こうの王様、中々のやり手だ」
卑怯な人達だ。
でも、もしかしたらそれが目的でその破壊神を送り込んだ可能性もある。
「結局の所何も新しい情報は無しって訳か。仕方ないね。ていうかそれならどうして2人揃ってここに来たんだよ。エーフィーに会いに来たのか? エラッソ嬢はともかく……コリー、あんたはだめだろ、倫理的に」
最初「うむ」って言った癖にコリーさん。
口癖か?
「シャーリー、からかうのはよせ。今日は君達に依頼をしに来たんだよ。もう分かるだろ?」
その一言でシャーリーさんの眉間にシワが寄り、片方の眉をクイっと上げながらソファの背もたれに重心を寄せる。
「おいコリーまじか。そんな化け物、なんのヒントも無しに探し出せる訳ないだろう? しかも下手したら殺される可能性だってある。受注するにしてももっと情報が……って、その情報が欲しいのか。困ったな」
シャーリーさんは片手を顎に乗せながら考え事に入った。こんな時は話しかけちゃダメだ。
「コリーさん、その破壊神って他に逸話みたいなの無いの?」
「う、うーん。聞いた話しだぞ? 目の前で殺した人の腕を千切って火で炙り、その片腕を食べながら他の戦場に向かって行ったりしていたそうだ」
何それヤベェなんてもんじゃないのですけど!?




