こんな時に星はどこに行ったのよ〜!
「うわ……なんか鼻がむずむずする……喉が痛い……声が変だ」
翌々日の朝である。
なんだか物凄く体調が悪いぞ。羽織物着込んだら汗が出るほど暑くて、逆に薄着になったら寒くて凍えてしまいそうだ。
「へっッッっぷしょい!!」
乙女らしくないくしゃみを出すと、口の中から変な匂いがしてきた。
経験がある、この感覚は完全に風邪である。
「あちゃー……やっちまったねこりゃ。頭もぼーっとするし、ふらふらだ」
戸棚の中にある体温計を取り出し、脇に挟み込んだ。
たまにしか取り出さない道具。中の空洞が紫色に変わったら高熱、逆に青色の変われば低熱という単純な仕組み。
「ううう……紫色だよ。結構重症なのかも」
とりあえずもう一度ベッドに横になった。布団を被っても寒さを拭うことは出来ず。ひたすらに寝返りを打つだけ。
「あ……とりあえず台所に行って、お水だけでも飲まなきゃ。薬あったかなぁ……」
重たい体を起き上がらせ、床に足を置く。普段ならそこまで感じない冷たさが、さらに体温を奪ってる気がして嫌な気分になった。
「ゲホッ……ゴホッ……うぅ」
あれだけ健康が取り柄だと言っていたのにこの様である。足も怪我していて、さらに風邪まで引くなんて運が無い。満身創痍とはこのことだ。
「ホッシー……ホッシー」
せめての助けにと星の名前を呼んだが、返事がない。そもそも喉も擦り切れた声しか出ないから聞こえてない可能性の方が高いのである。
「杖……はっと」
力が入らない腕で杖を持ち、体を支えるが、足にも上手く力が入らずその場で転んでしまった。床は冷たく、避けようにも両手は体を支えるのに精一杯。
なんとか手すりに捕まり部屋を出て、一階の台所まで歩いた。いつもならここでホッシーがおはようと声を掛けてくるのだが、今日に限ってお出かけでもしているのだろうか。どこにも見当たらないのである。
「近所の野良猫にでも咥えられて連れ去られたのかしら」
台所の上の戸棚を開け、薬箱を取り出そうとしたが、上手く手が届かずに箱がもろに頭に激突。痛みと情けなさと惨めさで泣きそうになったが、必死に我慢をするのである。
薬箱を開ける。
中には消毒用のアルコールと、肌を守るガーゼ。それ以外には胃痛薬と頭痛薬が一箱ずつ並べられてるだけである。
「うわ……最悪。風邪薬切らしてたんだ。もう、本当」
どうしたもんか。まら急にエラッソが来客として来てくれる事を願うか、シーナが遊びに来てくれるのを願うばかりである。薬を買いに行こうにもこの状態じゃまともに箒に乗ることさえも出来ないし、歩く事もままならない。
「ゴホッ!!! ……痛い」
まずは何よりも体力の回復に努めなきゃ、水を飲んでとにかく寝る。んでホッシーが戻ってきてから考えるとしよう。
時間をかけて2階から掛け布団を下ろし、居間のソファーに横になった。
手元にはコップ一杯の水。ご飯も食べて栄養を取らないといけないが、食欲も無いし作る気力も湧かない。
「ホッシー早く戻ってこないかなぁ……って、星を頼りにするなんて」
こうしてぼーっとしながら天井を眺めていると、少し前の出来事を思い出し始めた。それは大叔母様が遠くに仕事で行った時の頃である。
あの時もこうやって風邪を引いてしまっていたっけ。体の自由も効かず、誰も呼ぶ事も出来ず、1人でひたすらに耐える時間を過ごしていたのだ。
体が弱っていると、幼い時を思い出すから良くない。こんな時はさっさと眠るに限るのである。
____
つい最近訪れた海底だろうか。
目を開くと青に囲まれた揺らめく太陽。段々と太陽の光は小さくなって行き、次第に全身を闇が覆った。絡みつく水の冷たさは不快感こそ無い物の、気味が悪く、心が悲しい気持ちになっていく。
沈みゆく体の目的地が知りたくて後ろを振り返ると、そこには小さな小さな手のひらの光の玉が佇んでいた。体は目的地に着いたのか、これ以上沈み込もうとせず浮遊し続ける。
不思議な玉だ。まるでずっと一緒に過ごしてきた親しみ感を強く感じさせられる。
星の知り合いはいるけど、光の玉の知り合いはいない。一体これは誰なんだ?
何度か光ったり暗くなったりと繰り返す。何かを自分に伝えたいのか、その動きに一生懸命さを感じ取れた。
「あなたはだーれ? こんな所で何をしているの?」
当然、言葉で問いを返すなど出来る筈もない。
「変な夢だね。とても変な夢だ」
すると、急に周りの水流の勢いが強くなり、力づくで引っ張られる様に海面まで引き上げられそうになる。
私は抵抗出来る訳もなく、流れに身を任せるのだが、その光の玉から離れようとするととても寂しい気持ちに駆られるのだ。
____私は、これを知っている? でも一体どこで。




