大事な思い出から逃げないで
「エーフィー? きついなら休んだ方がいいよ。この雨の中飛ぶなんて危険だよ」
「いいの。だってテリーさんがいつまでも存在し続けられる保証なんてどこにもないのだし」
玄関の扉を開くと、雨風の突風が全身を包み込んだ。
大事な荷物は濡れないように補強してあるが、厄介なのは風だ。だからホッシーがいてくれてとても助かる。
「じゃあいくよ、しっかりとバッグの中でお届け物を抑えててね」
風に流されないように一気に飛翔した。
本当はホッシーの言う通り大人しくするのが1番なのだ。けど、それ以上にやらなきゃいけないことがあると思うと、居ても立ってもいられなかったのである。
「うわっとっと、むむむ、前が見えにくい」
雨粒が容赦なく顔を襲ってくる。
向かい風で箒の操縦も面倒になっているし、はっきりと目も開けられないので視界は狭いのである。
「ねぇホッシー、これ渡したら、シャーリーさんどうなっちゃうかな」
「さぁね! 全く動かない事はないだろうけど、まず泣くでしょう」
「そう……だよね。想い合っていた人からの最後の手紙なんて、受け取っても悲しくなるだけだもの」
「何を言っているんだいエーフィー。君はこうして必死に前を向いて生きているじゃないか。もっと人を信じても良いんじゃないかな?」
星の一言で気付いてしまった。
そうだ、私だって同じ境遇だった。大叔母様からの最後の手紙、全うしようと頑張っているじゃないか。きっとシャーリーさんだって同じ返答をするに違いないよ。
やっぱり、この星は私が気付かない所をあたかも先走りしているみたいに示してくれる。記憶が無いのにどうしてそんな言葉が出てくるのだろう。もしかして、私との記憶を大切に想ってくれてるのかな。
「ありがとうホッシー。あ、見えてきたよ。心の準備をしなくちゃ!」
建物の屋外屋根の下まで移動し、全身水浸しになった雨具を脱ぐ。
いつもは畳んで収納するのだが、今日だけは外の手すりに投げかけてしまった。
階段を駆け上り勢いよく扉を開くと、そこにはいつもの彼女の姿。
琥珀色の蒸留酒を厚手のグラスで嗜みながら、いつもの葉巻を口に咥え、本を読んでいる。
「シャーリーさん」
いつもは挨拶から入る。が、今日は名前からだ。その異変に気付かない彼女ではなく、視線をこちらに向ける。
「おう、お疲れ様。どうしたの今日は? そんなびしょびしょになってまぁ。タオル持ってきてあげるからそこに座りなさい」
言われた通りに彼女の向かい側に座る。
「今日は店仕舞だってのにさ、可愛らしいお客さんが来たもんだ」
優しく頭にタオルを被せ、一本一本解かす様に丁寧に髪の毛の水分を取る。
細かい仕草で人間性は垣間見える。シャーリーさんはどちらかといえば触りたがりだ。それは裏を返せば、触れ合いたいという欲求なのだ。その根底の泉、寂しさから来る。
「すみませんシャーリーさん、気分を害されるかもしれませんけど、どうしても頼まれてしまった事がありまして」
「おや? 私の許可なく仕事を請け負ったって言うのかい? それで反省しながらびしょびしょになって来たと? にくい演出だねぇ」
そう言って彼女は元の席に戻り、一息葉巻を吹かす。
その表情はどこか悲しそうで、やっぱり寂しそう。
「で、依頼主は誰なんだい? 人によりけりだけど、流石に変な依頼はごめんだ____」
「依頼主はテリー・エルマーさんです」
自分の一言の後、しばらくの沈黙が続く。
シャーリーさんの顔を見ると、眉を八の字に上げ、答えにくそうな表情をしていた。
「エーフィー……からかってるのなら……流石に怒る」
「からかってなどいません。そしてこれが依頼品です。海底の沈没船で見つけてきました。テリーさんが教えてくれました」
大きな包みを解き、中を見せる。
小さな箱の中には輝いた銀の指輪、その横には防腐の魔法がかけられた一通の手紙。
「テリーが、教えてくれた? 何を言ってるの? 彼は死んだのよ? そう……死んだの、死んだのよ彼は!!!」
私の両方を掴み、真っ直ぐに瞳を捉える。
「ねぇエーフィー!! これが何かの悪戯ならすぐにやめて!! 今ならまだ許してあげるから!! 誰に仕込まれたの!? 貴女はそんな酷い事をする人間じゃ無いはずよ!? なんたってあのマーフィー・マグの甥孫なんだから!! ねぇ、答えてよ」
段々と顔を下に俯かせると、室内なのに床に丸い水痕が作られる。
「ごめんなさいシャーリーさん。私だって最初は驚きました。まさか幽霊から依頼されるなんて……。でも、それが願いなら叶えてあげなければいけないんです。私は便利屋ベクヴェームの従業員ですから」
そう語りかけ、手紙を彼女の掌に添える。
「読んで……ください。私は幽霊でしか見てませんけど、とても素敵な方だったんだなと感じました」
最後まで言えればよかったのだけど、途中で悲しくて涙が溢れてしまった。
耐えられない、私は。




