それは心が見える魔法
☆{黒く染まりたいぜ……
「じゃ、じゃあですね、二日ほどお時間を頂来ますので、それくらいになったらここまで来て下さい」
と、言うことなので、一旦店を出る事になった。
今から二日、どんなのが出来るのか楽しみである。どうも生身で海底に行ける代物らしいし、割と世紀の大発明ではないか。
「エーフィー、私はこれから家の用事があるからさ、今日はここでお別れだね」
シーナ、昨日の話しの詳細をもっと聞きたい。
親友として、もっと力になれればいいけど……家の事に関して、私が口出す権利もないし。
ジャスティーも勇者としての予定があるとかで、その場で解散した。
私はとりあえずシャーリーさんの所へ箒を飛ばし、昨日の続きを訊こうとする。
「ねぇホッシー、錬金術師って凄いね。下手な魔法よりも夢があるよね」
「うん、正直私もびっくりしたよ。これで海底にある指輪を取りに行けるね、報酬は0だけど」
「さぁそれはどうかな? 何も報酬はお金だけじゃないんだぜっ」
いつもの階段を上り、お店の中に入ると、シャーリーさんが昨日と同じ座席で葉巻とお酒を楽しんでいた。
その背中は寂しげで、どこか哀愁漂っている。
「シャーリーさん、こんにちは! 昨日は途中で帰りましたけど、お花は大丈夫でしたか?」
「ああエーフィー、ありがとね。あれでバッチリだよ」
寝不足なのだろうか、目の下に薄らと隈が出来ている。目元も腫れぼったいし、まるで泣きじゃくった後みたいだ。
もし、テリー・エルマーの幽霊に頼み事をされたと言えば、彼女はどんな反応をするのだろう。
一歩間違えれば死者への冒涜、残された者の心を掻き乱す最低な行為だ。
だから言葉は慎重に選ばなければならない。
報告は、全てが終わってから。
だけど、一つだけ気になる事がある。
あの受付のお姉さんの言う通り、シャーリーさんは本当に現実を受け入れているのだろうか。毎日毎日彼の好きだった葉巻と酒を帯び、思い出さないように必死に隠しているだけではないのか。
シャーリーさんの気持ちが知りたい。
私がしようとしているのは余計なお世話なのか、それとも本人の為になるのか。
「ゲフュール」
目が熱を帯び、視界が変色。魔力の流れのように様々な色が浮かび上がった後、集約するように目標であるシャーリーさんの周りをぐるぐると回り始めていた。
しまった、久しぶりだからだろうか、結構頭がクラクラする。
「エーフィー? どうしたの?」
「あ、いいえお気になさらず。今日も良い香りがしますね、エーレ・アモレ・99は」
深く、深く。
まるで本当に深海に潜ってる錯覚。深すぎて真っ黒になった青の集合体。
覚えている、これはマリーちゃんの時と同じ色だ。でも桁違い。なんたって地上にいるのに視界が遮られそうな色の密度。
まずい、気分が悪くなって来たし、なんだか色が逆流して来て私まで悲しい気持ちになる。
ひとまず魔法を解き、近くのソファーに座り込んだ。
「エーフィー、気分が悪そうね。今日は休みなさい、ってそもそも足が完治するまでは出入りするなって忠告したでしょ? 大丈夫よ、リンドの報酬もそろそろ入るから。しかも学校の勉強もしなきゃでしょ? 忙しいんだから休みなさいって……変な言葉ね」
「すみません、言われた通り帰ります」
最後に挨拶を済ませ、お店を後にして、箒に跨った。
早く、早く空に行きたかった。後少し遅れていたら、情けない顔を見せていたのだ。
「ほ、ホッシー……なんだかおかしいの……わ、私、私––––」
嗚咽が止まらない。体の内側から泉でも湧き上がってるのかと勘違いするくらい、目から涙が溢れて下に落ちるのだ。
まさか、シャーリーさんがあそこまで深い悲痛を持っていたなんて思いもしない。
だっていつも明るくて、冗談を辞めないで、笑っているあの人が。
「エーフィー、落ち着くんだ。ゲフュールの副作用かな? 感情が逆流して来たんだね」
返事をしたいけど、鼻が詰まって言葉が出ないし、頭もフラフラする。
「喋らないで、箒に集中するんだ。家のベッドまで我慢だね」
何度か落ちそうになりながら、なんとか家に帰りつくと、居間のソファーに倒れ込んだ。
気分も悪いし、呼吸もおかしい。
「ホッシー……ごめん、何か飲み物持って来てくれる?」
「了解だよ!」
ホッシーの持って来たお茶を一気に飲み干すと、少しだけ気分が楽になって来た。
嗚咽も止まり、呼吸も整って来たので視界がはっきりと映し出される。
「ホッシー、人ってこんなにも心を溜めている物なの?」
「ううん、きっとシャーリーさんは特別なのだろうさ。普通の人はね、どこかで発散するものなんだ。友達や家族に心の矛先を向けて、自分の居場所を明確にして安心する生き物なんだよ。でもね、それが出来ない人もいる。シャーリーさんは天涯孤独なんじゃないかな?」
そうだ、コリーさんから以前聞いた事がある。
シャーリーさんは孤児院出身だ。元々は別の大陸に住んでいた人で、内戦で家族を失ったと言っていた。
その孤児院も国からの援助が受けられなくなり、シャーリーさん含めた当時の子供達は路上の生活を余儀なくされたそうだ。
そのおかげか、人一倍野心を心に持つ。
「元々持っていなかった居場所が、急に理不尽に取り上げられたんだ。喪失感はとてつもなかったに違いないさ。悲しいを通り越して絶望だろうね」
普段見せない表情。
ずっと苦しんでいた。
恐くなった。
これは、本当に私なんかが首を突っ込んで良い問題なのだろうかと。
世の中には、生きるのを諦める人もいる。
テリーさんの願いが“別れ”だったら、シャーリーさんは思い出の中でさえ辛い気持ちになってしまうかもしれない。
私は……。
「エーフィー、心の赴くままに動いてごらんよ。君なら大丈夫さ、君なら絶対に出来る。君なら絶対に彼女を救える」
「でも……余計なお世話じゃないかな」
「そんなことあるもんか! 今の君は、君にしか出来ないのをやろうとしているんだよ。代わりなんて一人も居ない」
いつも読んでくれる方々、ありがとうございます。
ご感想もお待ちしてますので気軽にコメント下さいっ!
そう言えばホッシーが黒く染まりたいそうです。我儘な奴ですねっ!




