託された願い
シャーリーさんが見ていた墓石の上に、うっすらと人影が見えた。まん丸い帽子に黒縁眼鏡をかけ、四角い市松模様をあしらったベージュ系のスラックスに、サスペンダー、白いシャツ。
その影が視線を落とし、シャーリーさんが置いて行った葉巻に触れようとするも、透けて取ることが出来ないでいる。
「ホッシー、ちょっと行ってみるね」
松葉杖で必死に側まで寄る。
すると、影は私に視線を合わしてきた。まずは気付かない振りをして、周りに誰もいない事を確認する。
「……甘い香り、これってもしかして以前言ってたエーレ・アモル・99なのかな? 触ってみようっと」
口元を手に取り、宙に掲げてみる。
さっきの影が口に運びやすい様に、吸いやすい様に。
「ほら、これでも吸えないかな?」
影は驚いた表情だ。
そりゃあね、いきなり話しかけられたら誰でもびっくりするもんさ!
「き、君は……?」
風で飛ばされそうな小さい声だ。きっともう存在するのも難しくなっていると推察。時が過ぎれば思いは摩耗する。
「私の名前はエーフィー・マグ。あなたのお名前は……テリー・エルマーね? お話は聞いてますよ」
「へぇ、不思議な子だ。一体誰から僕の話を聞いたんだい? そもそも僕が見えてるなんて」
小さな頃から、薄らとだが幽霊を見ることが出来た。大叔母様や周りの人には信じて貰えなかったからあまり話してはいない。今の所信じてくれたのはコリーさんだけである。
「そうだよエーフィー! 普通幽霊となんて話しはできないもんだよ! もうなんかびっくりだよ! マリーの時もそうだったけどさ!」
「何よ、あんただって見えてるんじゃない」
深くは突っ込まなかったが、冷静に考えればホッシーにも見えてるのもおかしな話だ。私と繋がってるから見える様になったのかな? それとも元から? 相変わらず不思議な星である。
「喋るお星様と幽霊が見える魔術師か。とっても個性的にな組み合わせだね」
テリーさんは口元に手を当て、小さく笑う。
「あれ? どうして私が魔術師って……」
「簡単さ。そのお名前はあのマーフィー・マグの血縁者なのだろう? まだ年齢も若そうだし
、もしかして魔術師だなって思ってさ」
そうだ、テリーさんは大叔母様に遺体を見つけてもらっている。でもそれを知っていると言うことは、その時から幽霊として活動していると言う事だ。
「ねぇ、小さな魔術師さん。よければ僕のお願いを聞いては貰えないだろうか?」
幽霊からの、しかもシャーリーさんの旦那さんからのご依頼だ。断る理由は無い。
「はい、私でよければお聞きします」
正直、こうなるのは予想済みであった。
幽霊とは、要は強い思念の塊なのだ。
事故にあった海は、ここエーレから北に行った所にある海面だ。
漁業が盛んな町で、波も比較的穏やかであると聞く。天候がずっと一定である為、陸路で運ぶ輸入品や輸出品は大抵ここの港に運ばれるのだ。
あまり行った憶えのない場所だ。
「僕……シャーリーに渡したい物があったんだ。とっても大切な物、夫婦の絆と言っても過言じゃない」
「夫婦の絆?」
「指輪だよ。最初に渡した結婚指輪はね、当時シャーリーが冒険者の任務で無くしちゃったんだ。とても泣いて謝ってた。僕は気にして無いよって言ったんだけど、彼女聞く耳持たなくてさ、ずっと探してたんだけど見つからなくてね」
ああ、だからシャーリーさんの指には何もなかったんだ。それで既婚者だとも気付かなかった。時折酒を飲みながら指を眺めているのって、そう言う意味か。
「それで、当時新しい物を買ってたんだ。本当は船の上で渡そうとしたんだけど……生憎、こんな結果になっちゃってね」
つまり、海の中にあると言う事だ。
「でも、流石に年数が経ってるから流されてしまってる可能性がありますよね?」
「うん、その通りなんだけどね。これは希望的観測さ。きっとまだあの海底の中に眠っている。僕の想い魔力を込めた魔石。勘が教えてくれるんだ」
「海底……ですか。何とか見つけてみます」
「ありがとう、両手で持てるくらいの宝箱に入ってる筈だから、すぐに分かる」
そう言い終わると、テリーさんはさらに影が薄くなり、下にある墓石の中へと吸い込まれて行った。
「ああ、久しぶりに喋ると疲れちゃったな。僕ももう先は長くない、もうそろそろ消えそうなんだ。最後に託せて良かった……」
最後だなんて言わせない。
絶対に指輪を見つけて、シャーリーさんに渡せたよって報告してやるんだ。
「持って来るまで、眠っていて下さい」




