将来は旅人もありかな
☆{黒く染まりたいぜ……!
手元に小銭を渡され、頼んだよと一言添えられる。
目的地は近所の花屋さんなのだから、空いた時間に自分で行けばいいのにと言いたかったが、彼女は私の雇い主である。断るなんて持っての他だ。雇ってくれた恩義、無碍には出来ないじゃ無いか。
「ホッシーの事言いそびれちゃったけど、まぁまだ時間はあるし、後ででもいいかな」
箒に跨っていると、目的地の花屋さんに着く。
店員さんに手元に書いてある紙を見せると、笑みを零しながらいそいそと店内奥まで引っ込んで行った。何か特別な日なのだろうか。
色とりどりに綺麗の揃えられたお花達。自分の家にも飾りつけようかと一瞬だけ考えたが、自分の性格上、あまり物は置かない方が落ち着くので却下だ。
またこの前にみたいに星に置物を粉砕して掃除するのも面倒だ。
空虚を見つめ待っていると、奥の方から小包と一本の大きなお花を持って店主がやって来た。
「シャーリーさんのおつかいだね? あの人はまた飲んだくれてからに、来いって言っても来ないんだから」
「お知り合いなんですね」
「ああそうさ、ちょいと腐れ縁でね。ま、詳細は彼女の為にも話さないでおくよ、気になるならシャーリーさんに聞いてみると良い」
そう言って荷物を渡される。
いつもと違う、郷愁的な懐かしむ顔をするシャーリーさんの顔を思い浮かべる。
やはり今日は何か特別な日なのだ。気にはなるけど、あまり他人が野次馬的に首を突っ込むのは戴けない。
「あまり詮索はしないのです。それよりも、このお花珍しいですね。造花? な訳ないか」
「ああ、それはエーレにしか咲かないお花だよ。しかも、この僕が所有している農園でしか育てられない特殊なお花さ」
ふーんと、興味が無さそうな返事をしてしまった
正直お花はあまり関心が無いのだ。花より団子、花より星である。
「まぁ若い子にはまだ分からないものさ。大きくなれば理解出来る。それじゃ、その二つを無事に届けてくれよ? 落として壊したりするんじゃ無いぞ?」
店主のお見送りを背に、再び空の世界に飛翔。
大人って色々な意味を込めて物を贈り合ったりするらしいけど、今の自分には理解が出来ない。友達に贈るのとは訳が違うのかな。
「ねぇホッシー、お花って贈られたら嬉しい物なのかな?」
バッグからニョキッと鋭角が飛び出、私の質問に答えようとする。
「相手によるんじゃないかな? エーフィーくらいの年頃の子は高価な物の方が喜ばれるかもしれないけど、ある程度年季の入った人生を歩めばまた違った視点で意味を察するのだろうね!」
「うーん、そういう物なのか……じゃあホッシーは私からお花を贈られるのと、エラからステーキを贈られるのはどっちが嬉しい?」
「そんなのエラに決まってるじゃないか! 食欲には勝てないのだよ!」
キッパリと言われてしまうとちょっと傷つく。もっと遠回しに言わないと、大人の練習が出来ないじゃないか。
「じゃぁ……私と一緒にお昼寝出来る権利を剥奪されるのが追加されたら、どっちを選ぶ?」
「おお! 究極の選択だね! うーん、うーーーん……」
悩みに悩んで答えようとしない。この星はなんて白状物なのだ。
「ふーんだ! ホッシーなんてもう知らないもん!」
ムギュッと鋭角をバッグの中に突っ込み、地上に降りる。
箒を背中に背負い、事務所の階段を上り、もう一度わざと音を立てて扉を開ける。
「シャーリーさん! 戻りましたー……って、いないってまじかー。足元ふらついてるとか言ってた癖にーー!」
まるで猫である。にゃーんである。
「ふぃー……待とうかな」
店主がいつも使っているソファーに腰掛けると、まだ火が付いている葉巻が一本、飲みかけの蒸留酒が一杯そこに置かれていた。
どちらも甘美な香りを漂わせているが、自分はまだ年齢的に触れられないのでそのままにしておく。確か葉巻って一本が高いから、下手に片付けるのも忍びない。
「何か暇をつぶせる物ないかなー」
そう言えば、あまりここの事務所を物色していない。
シャーリーさんからは特に何も言われてはいないけど、常識の範囲内だったら触っても良いだろう。
「ふーむ」
とりあえず本棚を漁ってみたが、これと言ってめぼしいものは見つからなかった。
魔法学の指南書や、エーレの観光ガイドなど、自分が知っている物もちらほら混じっている。
これ以上は辺りを見回しても仕方ないので、とりあえずエーレの観光ガイドを手に取り暇を潰すことにした。年季が入った冊子だ。
ペラペラと紙を捲って行く。
だいぶ古いらしく、もう廃墟になった遊園地や、一昔前に流行ったお菓子屋さんなどが載っている。
「わー懐かしい……。ここ小さい頃連れてってもらったな––––ん?」
ある一コマが、大きな丸い円で囲ってある。
そこは、冒険者ギルドと呼ばれる建物だ。中には入ったことはないが、場所は知っているし、エーレでは有名だ。
世界各国から一旗上げようと、腕に自身のある戦士達がこの地に集結し、日々任務に勤しんでいる。
もしかしてシャーリーさんも、便利屋をする前は冒険者だったり。
「へぇー、冒険者か。魔法使いになったら冒険者になる人も多いんだよね? いいなぁ、色々な所を旅して回るのは、面白そうだ」
ホッシーが鋭角を出し、一緒に読み始めた。
確かに旅人もありかもしれない。一度はやってみたい選択技である。




