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炎は熱く、頭は冷静に

 掌から放たれた煉獄の塊は、彼の影の魔物の煙を打ち消すのには十分な威力であった。

 黒の球体に包まれた少女の姿は現れたが、その周辺にいる人達にも炎が飛び散り、地面に体を擦り付けている人もいる。考え無しにやりすぎたかなと自分を戒めてみたが、避けないのが悪いのだと言う結論に至った。

 何もしない奴の方が悪い。


「さーって、あの女の子を助け出したのは良いものの、この後の展開は考えていなかったね。どす黒い感情の色に、仄かな赤色が混ざっているよ。ホッシー、これって?」


「明確な殺意だね。敵視をこちらに向けている証拠さ! 一旦距離を取ろうか!」


 振り返り、全速力で箒を天の空へと滑り出させる。

 後ろからとてつもない高音の雄叫びが近づいてくることから、追って来ているのは確実。捕まれば最悪脱出出来ず、命を毟り取られるだろう。


 そんな危機的状況の筈なのに、心は妙に落ち着いていた。

 先程から周りの風景がゆっくりに見える。


「エーフィー! もう一発軽く撃ち込まないと、あいつさっきよりも速くなってる! このままじゃ追いつかれちゃうよ!!」


「りょーかい。でも普通に撃っただけじゃガイストの速度を落とすのは難しい。どこかまた連絡橋がある所まで逃げ切るよ!」


 とりあえず、天から道筋を見つけ、一気に下降した。

 複雑な住宅街を利用しなければ、目的地の連絡橋まで近くことは出来そうにない。右に曲がり、さらに左に曲がりと、低空飛行でジグザグに動き、ガイストとの距離を広げる。


「エーフィー!! 上だ!! 気をつけて!!」


 天から雨を降らせるように、影の刃が自分に向かって襲いかかって来た。

 だが、ゲフュールのおかげで攻撃の瞬間はバッチリ掴んでいる。ガイストが魔法を唱える前に、直線上で速度を上げ、効果範囲から抜け出していたのだ。


「おお! 凄いよエーフィー!」


「ホッシー! もうそろそろ目的地! しっかり魔力貯めておいて!!」


 風切音とガイストの雄叫びで耳の中がビリビリ鳴っている。だがもうそろそろだ。学校の授業で習ったガイスト対策、まさかここで生きてくるなんて思いもしない。


 奴は魔法耐性はかなり高く、普通の元素の魔法を放った所で、ほとんどダメージを負わせることは出来ない。それこそ勇者の持つ聖なる光か、大魔法使いクラスにならないと太刀打ち出来ないのである。

 だが、そんな屈強な魔物にも、一つ弱点があったのだ。

 それは、圧倒的な物理!


「よし、人もいない! 絶好の状況」


 後ろから追いかけてくるガイストと視線を合わせる。距離もそれなりに遠く、準備する時間は何十秒かだ。

 その黒い影に向かって、先程と同じように掌をかざす。

 向きは少し上向き、瞬間を見逃さない。


「慌てるな自分、相手を真っ直ぐ見て、チャンスは一度きり、これでしくれば命はない」


 ホッシーの力を借り、威力を臨界点まで高める。

 座標固定、手の振れをもう片方の手で押さえ、照準を定める。


「エーフィー!!! 連絡橋の上から誰かの声が聞こえるよ!!」


 ホッシーの一言に動揺を隠せず、思わず耳を澄まして音を拾う。

 子供の鳴き声だ。怖いよ、と泣き声。きっと逃げ遅れたんだ。


「ああ––––くそ!! ホッシー助けるよ!! 一旦地面を抉って時間を作る!!」


 目的地の遥か前に向かって、ファイの魔法を投げ込んだ。

 ガイストの前で暴発したそれは、深く地面を削りとり、空中に乱舞させ奴の動きをきっちりと止めた。


 その隙に連絡橋の中に入り、声の主人を探しだした。

 隅っこの方で大きな人形を抱えた子供が、足が震えて動けなくなっていた。


「ほーら、怖いお化けはもう来ないよ? こっちに置いで」


「う、うん……」


 よっぽど怖かったのだろう。

 体全体が震えている。早く箒に乗って空に逃げなければ。


「さ、早く出よう––––」


「エーフィー!! 伏せて!!!」


 真横を見ると、どでかい真っ赤な煉獄の塊が、自分達に向かって撃ち込まれていた。

 避けようにも避けられない。子供を内側に抱き込み、必死に下にしゃがむ。

 が、ガイストの魔法の威力は留まることを知らず、本来自分が壊そうと思っていた連絡橋は、まるで砂上の楼閣の如く粉砕されるのであった。


「あ––––ぐ––––」


 圧倒的な威力で遠くに飛ばされる。

 子供は無事であった。見習い魔術師とは言え、常に衝撃吸収の魔法を展開しているからか、命に関わるほどの外傷は見当たらない。


「う––––痛ッ」


 だが、ガイストの魔法が強すぎたのか、衝撃を吸収仕切れなかった部分が青く腫れ上がっている。


「くそ、これは完全に骨折してるっぽいね」


 頭はまだ冷静だ。

 ホッシーの位置を確認する。よかった、自分の懐に潜り込んでいたみたいだ。


「エーフィーごめん、流石に二人に防御魔法を展開出来るほど魔力が集まらなかったよ」


 辺りを見回すと、すぐ近くの場所でガイストが真っ直ぐにこちらを見つめていた。

 目なんて無いのに、黒い布を被った魔物の視線が手に取るように分かってしまう。


「……青? どうして? この感情……」


 ガイストはゆっくりとこちらに近づき、自分の真前で止まり、


「ア——ト––––ア……様」


 意味不明な言葉を、喋り出したのだった。

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