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巫女の守護者 連載版  作者: 司馬田アンデルセン
仙痛命酔
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巫女の守護者 仙痛命酔4

 阿知波大学の体育館で丁度練習を終わらせ、面を外した道着姿の羽黒と、その先輩である佐藤鍬田(さとうくわた)が話し合っていた。

「はっくしょん、誰か噂でもしているのかな。あ、すみません佐藤先輩話し中なのに。ちょっと鼻がむずむずしていたもので」

 羽黒は鼻をこすり、鍬田の顔を見て言った。

「相変わらずだな君は、いいよそれくらい。で、話ってなんだい。もっと重要なことがあるんだろ?」

「流石は先輩、お見通しですね。はい、重要なことがありまして」

 羽黒は今日、鍬田にと重要な話がありこうして稽古をするついでに鍬田にと事の重大を話した。

 今日は鍬田にと部を退部することを知らせに来たのであった。退部と言っても時間のある時は剣道の稽古はしてもらえるように表面的な退部との形で真頼に頼み何とかしてもらった。

 今でも普通に時間はあるとは思う。だが、美琴を守り抜くにあたりそんなに悠長な時間はあるとは思えない。だったら部がおろそかになるかもしれない。おろそかになり、他の部員の迷惑になりたくないと考えた羽黒は退部しようと考えたのだ。

「実は、退部をしようと思いまして。もちろんこのことは真頼姉ちゃんには言っています。安心してください、時間があれば稽古には参加できるようにはお願いしたので。形だけの退部とだと思ってください」

 鍬田は残念そうに顔を暗くして言った。

「そうか、それは残念だ。だが、それはお前が決めたことだ。――退部する前に一つ、お願いがあるのだがいいか?」

「なんですか、僕にできる事なら何でもやりますよ」

 羽黒は願い事を聞く前から、鍬田の願いを快く承諾するかのようにして言った。

「それは嬉しいよ。俺と本気で一本勝負を頼む」

 鍬田は竹刀の持ち手上部分を強く握りしめ、羽黒にと差し向けるかのようにして言った。

「分かりました。僕も本気の鍬田先輩と戦ってみたいですから」

 己の意気込みはまさしく本気そのものであった。最後になるかもしれない、あるいは最後ではない。そんな事などどうでもいい程に互いは自身の本気を出し切ろうと考えていた。

 両者は面を被り、面紐をしっかりと締め終えて竹刀を構えた。二人は対峙するような形で向かい合い、合図の無い勝負が始まった。

 最初の攻撃は鍬田が果敢に前へと出て羽黒にと接近してきた。すると羽黒は面を打つように構え、振りかざし前へと足を出した。すると鍬田は竹刀をおもいっきり振りかざした。羽黒は胴にと打ち込みが来ると予測し、竹刀を下して後ろに下がった。すると鍬田はそれを狙っていたのか、右足を少し上に浮かせたままの状態で左足で床を蹴り上げ一気に近づき小手を狙った。それを気づいた羽黒は焦り、自ら鍬田のふところに入り小手を打たせる前に攻撃を防いだ。これによって鍬田は竹刀を小手へと振り下ろすことができず、鍔迫り合いとの形にとなった。図体では鍬田の方が大きいため羽黒が不利に見えた。それでも羽黒には策があった。

 羽黒は鍔迫り合いとなった自分の竹刀を上に持ち上げた。それにつられるように鍬田の竹刀も持ち上がってしまった。羽黒はそれを狙っていたかの如く瞬時に竹刀を構え直し後ろにと下がった。羽黒は鍬田が竹刀を持ち上げたままの所を狙い、胴にと竹刀を打ち込んだ。この間一秒も満たない速さであった。羽黒はその場で後ろにと退き、引き胴を決めた。

 鍬田は構えていた竹刀を下すと、表情を和らげて言った。

「やっぱり凄いな、羽黒君は。特にさっきの胴の打ち込みの速さは凄かった、和徳さんの打ち込みみたいだったよ」

 すると羽黒は途端に表情を変えて興味があるように聞いた。

「鍬田先輩は父さんのことについて知っているんですか」

 羽黒は父、和徳の大会での試合様子をあまり知らなかった。そのため羽黒は少し前のめりにとして言った。一方の鍬田は少し面食らったかのような表情を浮かべた。

「まぁ、ね。ただ単によく和徳さんが出ていた試合をビデオで撮って何回も見ていたんだ。俺は初めて和徳さんの剣道を見て感激したんだ」

「感激ですか?確かに父さんの剣道は凄いですからね」

 確かに和徳は剣道の腕はとても凄いものであった。羽黒もその強さに感心して言った。

「うん、打ち込みの速さ、正確さ、とても常人にはできる技ではないよ。俺はそれに憧れた、恋焦がれたとも言ってもいい」

 あまりにもオーバーな捉えに羽黒は面の奥で苦笑いを浮かべた。

「恋焦がれたは流石に言いすぎではないですか」

「そうかな、実際に俺が今こうして剣道をやっているのは和徳さんのような剣道を目指してやっているんだからね。・・・・・でも、俺は和徳さんのような技力には到底たどり着けないよ」

 その時は突然であった。

「そんなことないわよ、貴方の貴方らしいやり方は貴方しかできないのだから。それに、あの人とは比べちゃダメよ」

 すると体育館の出入り口から女性の声が聞こえた。羽黒と鍬田が声の方に振り向くと、肩からカバンを下げた女性と男性が立っていた。女性の方は白いスーツを着ており眼鏡を着けた黒髪のショートであった。男性の方も眼鏡を着けており、落ち着いた藍色の着物を身につけた茶髪の男性だ。

 羽黒はその女性の方が誰なのか知っていた。なぜなら、彼女は羽黒の母、黒坂紀子(くろさかのりこ)であった。

「母さん、なんでここにいるんだよ。仕事はどうしたんだ?それに、その人は誰?」

 男の方は軽く会釈し、自身の名を名乗った。

「私の名は、烏丸文鳥亭からすまるぶんちょうていです。しがない新聞記者ですよ」

 そう言い文鳥亭は軽く一礼をした。羽黒と鍬田はそれにつられるようにと一礼をした。にしても、新聞記者なのに着物を着ていることに羽黒は不思議に思った。偏見かもしれないが新聞記者ならもっと動きやすい服装をしているのではないかと思う。それでもこの文鳥亭と言う男は着物を着ている。着物はとてもではないが動きやすい恰好ではない。そういった羽黒の視線に気づいたのか、文鳥亭は着物を広げるかのようにして言った。

「着物を着ているのは今日がオフの日だからですよ。それより、紀子さん。アレを渡さなくていいんですか?」

 そう言うと紀子はカバンから何かを取り出すようなしぐさをして羽黒に言った。

「そうだったわね。巫女を守るからには剣術をしっかりと身につけなきゃいけないからだと思って、ハイ」

 そう言い紀子はカバンから古臭く、少し縦長の書物を羽黒にと差し出した。書物の年代はパッと見では江戸時代とかそういった時代の代物かと思えるくらいの年代を感じさせ、紐によって紙がまとめられていた。

 それを受け取り、羽黒は少し険悪そうな顔を浮かべた。

「母さん、なんで僕が巫女を守ることを知っているんだよ。僕、母さんに話してないはずだけど」

 紀子はにこっとした笑顔を見せ「知られたくなかった?」と聞いて来た。

 話すのが嫌だった。それが羽黒なりの答えであった。でもそれは言っちゃいけないことだ。だから羽黒はその想いを胸にと潜めて。

「真頼さんから聞かされたのよ。なんで母さんに話してくれなかったのよ?」

 羽黒は俯き、体育館の床を見たまましばらくのあいだ声を発しなかった。それを見て紀子は理由を聞きだすのを諦めたのか、代わりにため息を吐いた。

「話す気はないのね。ねえ、羽黒。どうして巫女を守ろうとなんか思ったの?」

 羽黒は俯いていたままの顔を上げて何かを言おうと口を動かそうとする。しかし、上手く口が回らない。それを見て紀子は何を思ったのかは羽黒には分からなかった。それでも確かに分かることがある。それは、明らかに見限られたような声であった。それが羽黒にと向けられた声であった。

「もしも巫女を守ることに理由や意味が分からなかったら止めておきなさい。――それじゃあ、行きましょうか文鳥亭さん」

 紀子は羽黒たちに背を向け、体育館を出て行こうと出入口方面へと歩き出した。文鳥亭は軽く礼をして紀子の後ろを追うように歩いて行った。鍬田はそれを止めようか止めまいかをあたふたして見ていた。

 その時だった。羽黒が体育館の出入口に向かって歩いている紀子にと大きな声で言ったのであった。

「母さん。確かに僕は巫女、美琴を守る明確な理由や意味が分からない。だけど、守らなきゃいけないって思ったんだ」

 それを聞いた紀子は足を止めて振り返りはしなかったものの、羽黒の声をしっかりと聞いていた。そして羽黒は続けざまに言った。

「それにさぁ、人を守るのに理由や意味が必要なのかな」

 紀子は何も言わなかった。そして再び歩き始めて体育館を出て行ってしまった。そして、文鳥亭も紀子の後を追うようにして出て行った。

 羽黒は静かに紀子たちが体育館から出て行く様子を見送った。そして覚束ない足を動かして更衣室の扉の方にと向かった。

「鍬田先輩、今日はここらで帰ります。お先に失礼します」

 鍬田は「おう」とだけ言って羽黒が更衣室に入っていくのを静かに見届けた。それしか自分にはできなかった。なぜなら、今の自分は彼を呼び止めることも、口出しすることも許されていない。そんな気がしたのだ。

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