巫女の守護者 仙痛命酔2
羽黒たちが家を出た同時刻。松賀原の都市部の人通りが全くと言うほどない路地裏に白衣姿の男性と女性が一人の男性をクマのぬいぐるみのようなもので押さえつけ男にと尋問をしていた。
「それで、お前はどうやってこの薬、もしくはドラックを入手した」
白衣を着た男は数枚の写真を突き出して言った。その写真は何らかの薬名が書かれた箱であった。男はただ口と手を震わせ、目の潤んだ顔で言った。
「分かんねぇよ。俺はただ単にこの薬みたいな物をⅣとか言う男に渡されただけだ」
「その男の名前は分かるか」
「知らない。その男は俺にこの薬を渡して帰っていったんだからよ」
男の言葉はとてもではないが嘘などを付いているようには思えなかった。それどころか彼にはとても噓をつく余裕などあるようにはとても見えない。だが、彼は何かを怖れていた。それは、私たちではなく何か別のものに怖れているように。
「では聞くが、貴様は何を怖れている。見たところ私たちではなく別の何かに怖れているみたいだが」
今まで口と手を震わせていただけの男は両手で頭を抱え、俯きながら言った。
「あの後、面白半分で男から貰った薬を付与してみたんだ。そしたら――」
「そしたら、どうなったんだ」
男は急に両手で抱えていた頭をクワっと頭を上げ、泣いているのか笑っているのか分からない表情でいきなり大声をあげた。
「痛みを感じなくなったんですよ。最初はなんかの病気かとネットで調べてみて『無痛無汗症』だと思ったんだ」
無痛無汗症、確か昔の友人がそんなことを私に教えてくれた。症状としては痛みを感じず温感が消失するようだった気がする。おぼろげな記憶を頼りに白衣の男はただ続きの話を待った。
「でもそれが変なんだ。しっかりと、ちゃんと寒いとか熱いとか感じるんだ。本来、無痛無汗症だったら温感も感じるはずがないんだよ。助けてくれよ、何がなんだか分かんなくて怖いんだよ」
このままではまずかった。どうやら彼は段々と平常心を失ってしまっているようであった。あんなことを無暗に聞くのではなかった。だが、これだけはどうしても聞いておかねばならない。そのためにも白衣の男は念を押すかのようにして聞いた。
「最後にこれだけは教えてくれ。薬はどういった物だ、どうやって付与した」
「注射だ、俺は注射に液体を入れて使った。渡した男が言ったやり方通りに首に打った」
男は口を慌ただしく動かして言った。これ以上具体的なことは聞けなさそうと思い、白衣姿の男はメモ帳から紙を一切れちぎり取り、一つの病院名と医師の名を書き男に渡した。そして白衣姿の女に押さえつけるのを止めるように命じた。
「そこに書いてある病院に行きその医師のもとに行け。手荒いことをしたことを許してくれ」
男はすぐに路地裏へと出て行き、どこかに走って行ってしまった。白衣姿の女性は男が路地裏から出て行った男をの方を目で見て言った。
「どうやら今回もハズレだね、メガロヴァニア教授。きっとヤクの使いすぎだよ」
「いや、そうでもないぞ。あの感じはアタリだ。ベアリーヌ、お前が力強くクマのぬいぐるみに抑えるように命じても彼は特に痛みを感じてはいなそうだったぞ。それに、あの謎の男も気になる。前の事件でもⅣとか言う男が関与していた」
ベアリーヌはクマのぬいぐるみをカバンの中に収めながら言った。
「言われてみればそうかも。確かに僕のクマは力強く抑えていたけれど彼は痛そうだとは感じてなかったね。そもそもⅣとか言う人は誰なんだい?そもそも前の事件ってどういうこと。まさか僕に内緒で勝手に解決しようとしていたの?」
ベアリーヌはぷくぅと顔を膨らませてメガロヴァニアを睨み付けた。メガロヴァニアはやれやれいった表情で事の物語を語った。
「内緒にしていたのは謝る。Ⅳと言う男は比較的に巫女の存在に近い男だ」
巫女の存在に近い男、その言葉に彼女は反応し、眉をひそめて言った。
「比較的に巫女に近い存在、それは一体どうゆう奴なんだよ。まさか巫女の守護者じゃないだろ?」
ベアリーヌはメガロヴァニアの言った言葉が少し理解できず、メガロヴァニアの推測を聞き出そうとした。
「前回起こった事件の話をしよう。まだ私が本格的に巫女の調査を行う前のアメリカにいた頃のことだ。私のパソコンに不可解なメールが届いたのだ。その内容が――」
メガロヴァニアは自分のスマートフォンを取り出し、カメラで撮ったメールの内容を読み上げた。
「『僕の名は、とりあえずⅣと名乗っておくとするよ。君は巫女の力をどのくらい知っているのかな、僕は君たち科学者よりは知っているよ。僕はね、共通した話題を話せる人が欲しいんだよ。だから君にいいことを教えよう。日本に松賀原と言うところがあってね、そこにはとある巫女がどうやら封印されているらしい。しかも今じゃ信者もいないに等しい。その巫女を回収すればきっと君は名誉と名高い地位を手にいられるよ。せいぜい頑張ってね』と言う内容だ。数字で名乗るあたりかなり面倒くさいぞ」
ベアリーヌ首を傾げて目をぱちくりさせて聞いた。
「どこが面倒くさいの。僕からしてみればただの数字だからはなんにも面倒くさいとは思わないけどな」
「数字と言うのには様々な物を連想させる。しかも今回の場合はローマ数字のⅣだ。これが意図的にやったのかも分からないからな」
「それにしてもよくメガロヴァニア教授はこんな胡散臭い情報で松賀原に行こうなんて思いましたよね。僕だったら絶対に行かないよ」
「確かにな。だが、これで終わるようなら事件とは言わない。続きがあるんだ」
ベアリーヌは「まだ続きがあるのか」とメガロヴァニアに聞いた。メガロヴァニアは頷き、スマホの通話履歴を探しながら応えた。
「実はⅣと名乗る者からメールが届いて一ヶ月後にⅣから電話が来た。今からその時の会話を再生しよう」
そう言いメガロヴァニは通話履歴の一つをタップしベアリーヌに再生させてみた。
『おはよう。アメリカの時間帯で現時刻七時三十七分四十六秒かな?Ⅳだよ』
Ⅳと名乗る男の声が聞こえてきた。Ⅳと名乗る男の声はどこか耳に残り、ねっとりとした感じがした。だが、彼の声はなぜだろうか聴いていても不快に聞こえない。それがかえって妙に不気味だと感じてしまう。
『君がいくら経っても松賀原に来ないから待ちわびて電話をかけてみたよ』
『Ⅳ、貴様は何者だ。本当の名を名乗れ』
メガロヴァニアに呆れた声で返した。
『僕が君の質問に対して応えるとでも思っているのかな。君は僕の言葉に耳をすますだけでいいんだよ』
Ⅳは少し間をおいた。メガロヴァニアはその言葉にただ黙っていた。
『それで結構。――本題にいこうか、君が松賀原に行かないのであれば僕も対抗手段として手を打たせてもらおう。君のガールフレンドなのかな、ベアリーヌって言ったかな彼女。可愛らしくていいじゃないか。それでいて頭も良くて実にいい子だね。それに、彼女はス――』
そこで通話は終わっていた。どうやら途中でメガロヴァニアが電話を切ったらしい。
「今思えば実に自分のことが腹立たしい、感情に流されて途中で切ってしまったのだからな。心を冷やして冷静でいればもう少し情報を得られていたかもしれなかったものを。どうやら相手は、こちらの情報を知り尽くしているらしい」
メガロヴァニアは手を頭に乗せて自分が冷静さを欠いたことを呆れて言った。一方ベアリーヌは、クスッと口元に手を寄せて言った。
「相変わらずメガロヴァニア教授は自分に対して厳しいね。それに――君は知らないかもしれないけど、一見冷酷に見えるけど仲間思いの情に流されやすいね。僕はメガロヴァニアのそういうところ好きだよ」
「フッ、笑わせるな。この私が情に流されやすいだと。大間違いだろ」
ベアリーヌはいたずらめいた笑みを浮かべて言った。
「じゃあ聞くけど、なんでⅣからの電話を途中で切ったのかな。冷酷なら途中で電話なんか切らないと思うけどね」
メガロヴァニアはぐぅの字も出ずに「うぅ」と言い話題を切り替えようとベアリーヌが好きそうことを考えて言った。
「分かった、分かった。この後お前の好きなジャンク屋に行ってやるからこの話はなしだ、なし」
するとベアリーヌの目が輝き出し、無邪気な笑みを浮かべさせて言った。
「ジャック屋巡りに付き合ってくれるの。じゃあ、じゃあさぁ早く行こうよ。今からでも複数のジャンク屋に行けると思うよ」
メガロヴァニアはやれやれと思い、ため息をつきベアリーヌを連れて路地裏を後にした。