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巫女の守護者 連載版  作者: 司馬田アンデルセン
仙痛命酔
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巫女の守護者 仙痛命酔

 子供の頃だった。私は足に怪我を負った。よくある足がつまずいてしまい転んだことによってできるかすり傷だ。その頃の私はまだ幼く、かすり傷でも痛さに我慢できず泣きわめくほどだった。その度に母は「それくらい我慢しなさい」と強く私に叱っていた気がする。だけどその痛さは本当に痛かった。傷を負った私は痛みなんかなければいいのにと考えた。いや、痛みという概念がなくなってしまえと何かに祈りながら強く願った。だがそんなことをしたって足の痛みは無くならなかったし、痛みは続くだけであった。

 当たり前のことだ。祈りや願いだけで痛みが無くなるのであるならば人はきっと苦労なんてしないだろう。その晩私はそんな考えが頭によぎった。そんな私は自分が阿保らしくなり、願いと祈りをするのを辞めた。

 ある日のことだ。父がいつもは見せないような顔で家に帰ってきた。家に帰ってきた父は自分の部屋へと真っ先に入り、しばらくたっても出てこなかった。母に何があったのかと聞いてみると、父は仕事をクビにさせられたらしい。その日以来私の生活は綻び始めた。後から分かったことなのだが、父は会社の部下と揉め事になったらしい。頭に血が上った父は手を挙げてしまい暴行を加えてしまった。謝罪金を支払うとの形で終わった。しかし、それだけで事は終わらなかった。会社のイメージダウンを防ぐためか、社長は父をクビにさせたらしい。

 その日以来か、ほぼ毎日私が学校から家に帰ってくると家の中はビールや酒に入っているアルコールの臭いが部屋中を舞っていた。リビングには真面目であった父が、昼からなのかは分からないがビールを飲んでいた。床にはビール瓶が不規則に何本か転がっていた。私には父が父ではない見知らぬ別の誰かに見えてしまった。だが事実は変わらず私が見ているのは私の父であった。

 ある日の休日だった。リビングの椅子に座ってお酒を飲んで酔いどれた父に母は静かに離婚届を父に差し出した。母は静かな声で言った。

「もう無理、今まで我慢してきたけれどそれもこれでおしまい。私は娘を連れて実家に帰るわ――さようなら」

 そう言い母は私の手をとり玄関へと向かい歩き出した。私はただ母に連れられるままに足を動かした。

 それまで椅子に黙って座っていた父が椅子から立ち上がる足音が聞こえた。父は母のもとに近寄り母の髪を掴み壁にと叩き付けた。父は母の目の前に立ち両手を握りしめた。父は握りしめた手で母の顔を右手で殴り、左手で殴りと交互に殴り続けた。

「お前までも俺を見捨てるのか、どうなんだ。俺は必死にやったさ、必死にやったんだぞ。お前までもが俺の努力をみとめねぇのかー」

 私はただ母が父に殴られているのを見続けた。ここで言葉を挟めば私が暴力を受けるのは分かっていたからだ。暴力を受ければ体は傷つき痛みを感じるだろう。私は痛みを感じたくなかった。だから私は何も言わずそこに立ち続けることを選んだ。

 母はただ、痛い、止めてと何かに訴えるように言った。この時私は思った「母でも我慢できない痛みもあるんだな」と。

 ベアリーヌの襲撃から一日が経ち、新たな朝が来た。今日は大学に行くのと、美琴を学校に送り届けなくてはならない日であった。そのため羽黒は朝早くに起き、大学の制服にと着替えた。朝早く起きてまず初めにやることは朝食の準備だ。朝食は大抵が白米のご飯とお味噌汁だ。朝食なら大体このくらいの量が自分的には丁度いいのだ。だが、それでも物足りないときは冷蔵庫から沢庵を取り出し食べる。それが羽黒の朝食のルーティンであった。

 しばらくして朝食を食べている時であった。寝間着姿の美琴が目をこすりながら現れた。

「今日は一段と早起きじゃな、羽黒」

「今日は大学があるからな。毎日が暇って訳じゃないからな、美琴の分も朝食出来ているから早く食べろよ。じゃないと遅刻するぞ」

 美琴は目をパチクリとさせ、不思議そうに羽黒に言った。

「誰が遅刻するのじゃ。なにか余に大切な用があったじゃろうか」

 羽黒はため息をつきやれやれと思い言った。

「昨日真頼姉ちゃんから言われただろ。“日常範囲内の常識は学校に行った方が身に付きやすい”って。それだから僕が母のツテを頼って無理にでも今日から転入生として学校に通うことになっただろ。昨日の夜に話してお前も納得しただろ」

 羽黒の母、紀子は大手貿易会社PONの若手CEOである。紀子のCEOとしての才能は素晴らしくまだ子会社であったPONを約二年半の歳月で大会社へと急激に進化させた。今ではアメリカ合衆国、EU、ロシアへと伸ばしている。そのため羽黒は紀子のツテとコネを少しばかり借りたのであった。

 美琴は「そういえばそうじゃった」と言い、昨晩の事を思い出したかのように頷き言った。

 松賀原の都市部にある学校に通わせ、日常範囲内の常識を学校で身につける、との提案は真頼が考えた提案だった。確かに学校に通った方が日常範囲内の常識は身に付きやすいだろう。それに、いくら美琴を付け狙っている抑止力団体やベアリーヌのような科学者もさすがに一般人が多くいる学校には襲撃しに来ないだろうと見て、羽黒の家にいるよりも学校に通っている方が安全だと考えた。一見いい考えだと思えるがこの考えには少しばかり穴があった。まず、通学と下校時に美琴が襲撃される可能性があることだ。これに関しては毎日羽黒が美琴をバイクに乗せ美琴が通い始める小学校に送ればよい、だがそこまでは良かった。問題はその後の羽黒であった。羽黒の通う大学は都市部の所にあるのだが、美琴が通い始める小学校は羽黒の通う大学とは反対側の方向にあるのだ。そのため美琴を送り終えた羽黒はすぐに自分が通う大学へと急いで向かわなければならなかった。そして更に、問題があった。都市側の松賀原の朝は、朝の通勤ラッシュなのか道も混む。

 この問題を解決する方法として一番手っ取り早かったのが、朝早く起きて美琴を学校に送り届けることだ。万が一に道が混んだとしても、小回りの利くバイクならば多少は大丈夫だ。そのため、いつもは六時に起きている羽黒は、今日は一時間早い五時にと目を覚ましたのだ。

「というか美琴、いつまで寝間着姿のままなんだよ。早く制服に着替えちまえ」

 美琴は「うむ」と頷きハンガーで壁に掛けていた制服を取り着替え始めた。

 美琴が通い始める学校は最近では珍しい制服制の学校であった。そのため基本的学校の日は制服を着て一日を過ごすことになりそうである。

 制服を着替え終えたのを確認した羽黒は「じゃあ行くぞ」と言い美琴を連れて家を出た。

 家を出た羽黒たちはバイクの置いてある道場裏へと行き、バイクにと乗った。

 さすがに今回は美琴も一人で、羽黒の手を借りずにバイクにと乗ることができ、しっかりとヘルメットを装着した。

「そういえばヘルメットが予備だったからあご紐カバー付いてなかったな。あご紐が痛いようなら今度いい奴を買ってやろうか?」

「うむ、その方が有り難い。カバー?と言う奴が付いていないのかあごが少々痛くて敵わん」

 羽黒は「分かった」と言いハンドルを回しエンジンを鳴らしてバイクを走らせ家を出た。バイクが走り出した瞬間美琴は羽黒の腹に腕を回していた腕にと力を入れた。前回は腹に掴まっていただけだったが、どうやら前回よりも速いバイクの速さにびっくりしたのだろう。

「美琴、聞こえるなら返事しろ」

 道を走り駆ける自分の乗るバイクのエンジン音と疾走する風を気にしながら羽黒は大きな声で言った。

「聞こえるがなんじゃ、出来るだけ手短に頼む。どうもバイクに乗っている間は会話がしにくくて困る」

「学校のことについてだが、ちゃんと分かっているな」

 真頼は少し喋りにくそうにして口を開けて言った。

「分かっておる。今日は余が転入生として通い始めるから、学校に着いたら職員室と言う場所に行って先生に挨拶するのじゃろ。『職員室』と言う漢字も真頼殿から聞いておる。それに何かあったとしてもこのスマホと言うやつでお主に電話をすればよいのじゃろ?」

 羽黒は美琴が今日学校に着いたらどうすればいいのか、もしもの時はどうすればよいのかを理解していることを確認し「うん」と頷いた。

 羽黒は左に付けている腕時計に目を配り時間を確認した。時間を確認した羽黒は、道が本格的に混み始めると思ったのかバイクのギアをチェンジし更にアクセルを捻り加速させて混みかけている道を駆けた。

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