巫女の守護者4
家にと着き、急ぐようにして羽黒は玄関の壁掛けにいつも掛けているバイクの鍵を取った。そしてそのまま、もう必要も無いだろうと思い、刀を玄関にとたてかけた。そして羽黒は美琴を連れ、バイクが置いてある家にある道場の裏へと向かった。するとそこには、白色と黒いラインが目立つハーレーダビッドソンのスーパーローがあった。
羽黒のバイクを美琴は関心するかのように眺め、頷きながら言った。
「羽黒、これがバイクと言う物か。変な形をしておるの。二輪の鉄の塊が本当に通行手段として使えるのか?いくらミャルクヨ様からの知識で交通手段と教えてもらっても実物を見ると不安なのじゃが・・・」
「確かにバイクに乗るのが初めての人は怖いと思うかもしれんが乗ってみるといいぞ。特にあの走行中の風に当たって吹かれる気分は最高だぞ」
羽黒はバイクで走っていることを思い浮かべながら美琴に自分が良いと思うバイクのことを語った。だが美琴にとってバイクは異物の物にしか思えなかった。何故なら、美琴が封印される前の時代には当然のようにバイクなど存在しなかった。
今の美琴の過去についての記憶はとても曖昧であり、何年前に封印されたのかも曖昧であった。神主である新海からの話では、飛鳥時代辺りかそれよりも昔なのかもしれないと推測ができたが、それでも信じ難かった。しかし、ついさっきまで抑止力団体とか言う変な宗教団体に追われ、美琴にと危害を加えようとしてきたことを目の当たりにしたため、ひとまずは美琴の言葉を信頼してみようと羽黒は考えてはいるのであった。
羽黒はバイクに掛けていた予備のヘルメットを美琴へと投げ渡し、いつも自分が装着しているヘルメットを着用しながら言った。
「バイクに乗るときはヘルメットが必要だからな。一応予備としてバイクに掛けておいた物だがそれを使え」
「この被り物みたいな物がヘルメットじゃな。して、どうやってかぶるのじゃ」
美琴はヘルメットを両手で持ち、ヘルメットのあちこちを回しながら見て言った。羽黒は美琴が手にしているヘルメットを取りあげ、美琴の頭にと被せてあご紐をしっかりと首元にと止めた。
慣れない物に美琴は渋い顔を浮かべ、羽黒にと不満を告げた。
「うぅ、なんじゃこれは。紐みたいなものに首が固定されて違和感があるのじゃが」
「ちっとばかし我慢しろ、最初は違和感があるけど慣れれば大丈夫だ。それで、バイクには自分で乗れるか?」
羽黒はバイクにと乗り、美琴を見下ろすようにして言った。すると美琴は意地になったのか、強気な口調で言った。
「乗れるに決まっておるじゃろ。多分」
羽黒は美琴がバイクにと乗れるのを待った。しかし、強気で言ったのにも関わらず、結局は自力では乗ることができず、羽黒の手を貸して貰ったことによって乗ることができた。
「美琴、発進する前に言っておくが、しっかりと僕に掴まっていろよ。お前軽そうだから吹っ飛ばされそうだからな」
「こ、怖いことを申すでない」
慌てた素振りを表にと出し、怖がってしまった美琴は羽黒の腹にと腕を回し、しっかりと掴んでしまい目を閉じてしまった。その様子に羽黒はついついと笑ってしまい、意気揚々と言った。。
「冗談だ、そんなに飛ばさないから安心しろ。それに、掴まるって言ってもそんなに強く捕まらなくていいからさ。じゃあ、行くぞ」
羽黒はバイクのエンジンをかけ、颯爽とした勢いで裏口からバイクを出して真頼の家へと向かった。
バイクを走らせて数分間の事であった。バイクは真頼の家の前にと着き「着いたぞ」との羽黒の合図によって美琴は「そうか」と返事をして目の前の建物を見た。
真頼の家は羽黒と同じ和式の家であり、羽黒の家ほど大きくはなかったが、それでもそれなりにと大きい木造建築の家であった。
バイクはそのまま真頼の家の前に停め、羽黒は真頼の家のチャイムを押して真頼が出てくるのを待った。美琴は羽黒の隣側にと、真頼の家を見上げるようにして言った。
「ここはお主の知り合いが住んでおる所なのか?お主の家とは違って少し小さいのう」
「当たり前だ。僕の家が大きいのが異常なんだよ」
羽黒が美琴にと指摘をしたその瞬間であった。閉まっていた家の扉が開き、真頼が姿を現して言った。
「悪かったわね、家が小さくて。あれ、羽黒じゃない、休日に来るなんて珍しいね。それに、そこの子は誰かしら。見た感じ小学生ってとこだけど・・・どうして巫女服なのかしら。まさか羽黒、あんたにそうゆう趣味があったとはね」
真頼のからかいに羽黒は動じることもなく、キッパリとした態度で言った。
「全然違うからな。そもそも僕がそんな趣味ある風に見えるか」
羽黒のあまりにもキッパリとした態度に真頼は何の面白味もなく、別段と美琴についても気にも留めず話を進めようとした。
「うーん、よくよく考えれば羽黒にはそんな趣味無いわね。産まれてずっと剣道尽くしの羽黒に限ってあり得ないわね。さて、その子のお名前は」
真頼は美琴と同じ視線に合わせるように屈み、彼女に笑顔を向けた
羽黒が真頼に言おうとした時であった美琴は一歩足を前に出し、真頼にと近づいて言った。
「余は白井美琴じゃ。お主が羽黒が言っておった真頼か?」
あまりにも堂々とした態度、それでいてどこか自分にと敬意を示しているようにも思える覇気。とても幼い少女からは発せられるオーラでは無いため、真頼は少し驚いたかのようにしばらくの間を置いて言った。
「そう、私が弥栄真頼。真頼って呼んでね美琴ちゃん。――ところで、なんでここに来たのか訳を話しなさい、羽黒。訳もなく無くあんたが子供を連れてくるなんてあり得ないもんね?」
若干の怒り気味な態度に羽黒は頭が上がらず、ため息を吐いた。
「流石が真頼姉ちゃんだ。実は頼みたいことがあるんだ、訳を話すと長くなるから家に入ってもいいかな?」
真頼は溜息を吐き捨て、力を抜いた。どうやら羽黒が何らかの事件、厄介ごとに巻き込まれたことに自分が未然に防ぐことができなかったことを後悔、あるいは情けなく思った。
「いいわよ、ただ事ではないってことは大体予測したから」
真頼は羽黒たちを居間へと案内し、居間にあるヒノキでできた机を囲むようにして置いてある座布団にと座るように羽黒たちに勧めた。
「それで、頼み事は一体何なのかしら」
真頼は早速と本題へと移らせようと切り出した。
羽黒は真頼にと一切の隠し事をせず、事の始まりを一から説明をした。白井美琴が自分の家の前に倒れており、美琴が巫女であること。そして美琴が抑止力団体から追われており、羽黒は美琴の守護者として美琴を守ることを決意したことを。
「つまりは、美琴ちゃんを守るために守護者になったわけね。そもそも羽黒は守護者がどんな存在なのか分かっているの?」
何かを知っているような口ぶり。ことを早く運ばせたい羽黒は特に追究するようなことは今はせず、自分が分かる大まかな事を口にした。
「守護者って要は巫女を守るための役職なんだろ。それとも、違うのか?」
「そうよ、守護者というのは自分が信仰する神のために巫女を守る。そもそもだけど、羽黒はどうして巫女に守護者がいるのかは知ってる?」
「いや、よくよく考えてみれば分からない」
真頼はため息をつき右手の肘をつき手を頬に寄せ言った。
「宗教同士での争いって、あるわよね。そういった争いから巫女を守るのが守護者の役割。とは言っても、これはあくまで昔の話。じゃあ、なんで今でも守護者がいると思う?」
羽黒は顎に手を持ってきて顎に当てて考えた。それでも分からない羽黒は匙を投げ、お手上げのように言った。
「さっぱり分からん。今でも宗教同士の争いがあるってわけでもないだろ?もっとほかの理由は、なんだよ?」
真頼は一呼吸置き、真剣な眼差しで告げた。
「答えを言うと、巫女を科学者から守るためよ。巫女を科学者から守るため。守護者が本格的に動き始めたのは話によれば昭和の日本が戦争で押されていた頃よ。後がない日本は巫女の力を利用して戦争を覆そうとした。そのため政府は科学者にとここぞてとばかりに巫女の力を解読させようとさせた。でも、そのためにはだれか一人巫女が必要だった」
そこまで言われれば羽黒もすぐにそれがどう言う意味なのかが理解でき、手を打って言った。答えは明白、実験台のモルモットにとされるなどどんな人でも嫌だ。特に信仰をしている者たちにとって巫女がモルモットにされるなど黙って見過ごせるわけが無い。
「守護者はそれを拒み巫女を科学者から守る誓いを立てたってわけか」
「その通り。そして今でも科学者たちは巫女を研究材料として欲っしているの」
羽黒は感心し真頼の話を整理した。一方美琴は少し警戒しながら聞いてみた。
「お主はなぜそこまで詳しいことを知っておるのじゃ。もしや真頼殿は何らかの関係者なのか」
真頼は美琴の警戒心を笑い飛ばすようにして言った。
「全然違うわよ、森近小夜威って言う仲のいいおじさんが守護者なのよ。気になって守護者がどんな存在なのか聞いてみたら教えてくれたのよ」
それを聞いた瞬間羽黒は真剣な目つきをした。これは美琴にとっても関係のある話だ。
「真頼姉ちゃん、小夜威さんがなんの神を信仰しているのかは知っているの」
もしかしたらであった。小夜威の信仰している宗教団は抑止力団体と何らかの繋がりを持っているかもしれず、どんな宗教団体かが分かればおのずと分かる気がしたの。とは言ってもこれはあくまで羽黒の身勝手な考えであった。
「ごめん、それについては教えてもらってない。――話は戻すけど私に手伝ってもらいたことって何かしら?」
真頼は首を振り、申し訳なさそうにして応えた。分からないのならば仕方がない、それでも今後はそう言った些細なことにも注意を向けた方がよさそうだ。なぜなら、美琴の話通りであるのならば抑止力団体は様々な宗教と裏で繋がっているらしいのだからだ。
そろそろと本題に戻る頃であった。羽黒は本題である頼みごとを切り出すように、自分の体も前のめりにとして言った。
「それについてなんだが、今から僕が美琴の住民票を発行しに市役所に行っている間に美琴に現代の一般常識を教えてやってくれ」
「それくらいならいいけど、美琴ちゃんの住民票なんてどうやって発行するの?住民票を発行するには戸籍が必要よ」
最もらしい指摘に羽黒は、自分にと任せてくれとでも言わんばかりの自信気にと立ち上がり言った。
「それなら大丈夫だ。僕にいい案がある。それに戸籍を持ってき忘れましたとか言って適当に手続きをすればいいだけだろ。それと、真頼姉ちゃんが子供の頃に着ていた服を美琴に譲ってくれないか。流石に巫女服だと不自然に思われるだろ」
「・・・分かった。でも美琴ちゃんに合った服があるかどうかはわからないわよ」
羽黒は行き際に「サイズが合わなかったら裾上げしといてくれ」とだけ言い残して真頼の家を後にし、松賀原市役所へと向かった。
真頼の家から松賀原市役所への道のりは少し遠く、松賀原の都市部にとある。一方、羽黒や真頼がいる所は都会化がそこまで進んでおらず木々が当たりこちらにあり、夏の夜には蛍も見られるほど奇麗な川がある。つまり正反対の田舎なのであった。そしてそこから南西の方に松賀原都市部があるのだ。田舎とは正反対の松賀原の都市部は、それはそれは大層に都市化が進んでおり、高層ビル・マンション・バスターミナルなどがあり、今では様々な外国人労働者や社会人が集まる日本の中心とも言えるほどではあった。そして上空には車などが通る立体道路が松賀原の空を覆い、蒼い空ではなくコンクリート色の空がそこにはある。
真頼の家を出てバイクで三十分。羽黒を乗せたスーパーローは松賀原市役所へと着いた。松賀原市役所は空高く伸びた円柱の形をしており、なんでも有名な建築家が手掛けたらしい。
羽黒は松賀原市役所内部へと続く自動ドアをくぐり市役所内部へと足を運ばせた。市役所のロビーにはそこまで人はおらず、職員がいつものようにカウンターにおり、羽黒は受付口にと寄った。
すると受付口にいる羽黒と同じ、あるいはその下くらいの女性が羽黒を見知ったような口ぶりで言った。
「あれ、羽黒先輩じゃないですか。市役所になんか用ですか」
「代理で済まないんだが住民票発行できるか、恵梨香」
受付口で仕事をしているのは羽黒の後輩である牧瀬恵梨香であり、彼女はここで受付等のアルバイトをしているのだ。恵梨香は羽黒と同じ剣道部をやっており、真頼ほどではないが剣道は十分にと強く、並みの腕ではない。
「代理ですか。それでは、国籍など身分が証明できるものはお持ちでしょうか」
恵梨香は仕事モードにと切り替え、口調も一端のものとなった。
「あーすまない、戸籍家に忘れた。それにそいつはまだ子供だから見逃してくれよ、いまどき住民票を発行するのに戸籍の確認とかやらなくても別にいいだろ」
苦笑いを浮かべ、羽黒は恵梨香の様子を伺った。
一方の恵梨香はため息をつき、座っている回転椅子を横に回して住民票の入っている棚へと椅子を寄せた。すると引き出しから一枚の紙を取り出し、仕方なさげに言った。
「羽黒先輩だから大目に見ますけど次回からはしっかりと持ってきてくださいね。そもそも子供ってどこの誰の子供なんですか?」
当然のようで羽黒にとっては予想外だったのか、まさかそんなことが聞かれるとは思ってもおらずふと思いついたことを口走るかのように喋った。
「僕の父の親戚の子の親が死んじゃってさ、受け取り手がいないから仕方なくうちの子として預かるってことになったんだ」
恵梨香は疑惑の目で住民票を書いている羽黒を見つめた。羽黒は必死に疑惑の目にと気付かないようにしながら住民票を書いた。名前の記入欄には和徳の義理の娘ということにするため名前は『黒坂美琴』とした。そしてその他の記入にもミスがないように注意深く書き恵梨香に渡した。
「ふむふむ、羽黒美琴十二歳と。つまり小学生六年生くらいか」
「ここの市役所はプライバシーを守る気もないのかと市長に言いつけるぞ」
「分かっていますよ。ではこの番号カードをお持ちしてその番号が呼ばれるまでお待ちください」
そう言われ羽黒は雑誌入れから科学雑誌を取り、ロビーにとある長椅子に腰を掛けた。長椅子にと腰を掛けた羽黒は科学雑誌をペラペラとめくり、自分の興味のあるものはないだろうかと探していた。すると一つ、気になるページがあった。そこには二人の顔写真があり、一人はよくテレビなんかでも見る黒髪にブルーアイが印象として残るメフィスト・ガーロ=ヴァ二スフェントヴェーアことメガロヴァニア教授の愛称で知られる顔写真であった。もう一人は白髪で髪を後ろで三つ編みでまとめた、どこか幼さが残ると言うか、つかみどころが難しいレッドアイのベアリーヌ・ストロベリーという女性の顔写真が載ったページであった。そのページの題材は『脳の量子情報の暗号化――脳科学・メガロヴァニア、理工学部・ベアリーヌ』内容はどの様なものかというと。
――長年にわたり研究されてきた脳の量子情報の暗号化。そこで脳科学の教授であるメガロヴァニア教授ことメフィスト・ガーロ=ヴァ二スフェントヴェーア教授と理工学部のベアリーヌ・ストロベリー教授との合同研究で、脳の量子情報を暗号化させる機械『HUGINN』、暗号化した量子情報を解読し、閲覧することができるコンピュータープログラム『MUNINN』を開発していることを発表した。『HUGINN』によって暗号化した量子情報を『MUNINN』によって読み込ませ、人の脳の量子情報を読み解き、人の記憶を閲覧することができるだろうと考えられている。なおこの機械はまだ完成には至ってない。しかし、この機械が完成すれば我々人類にとって大きな進歩になるだろう。
との内容だった。既に神谷白野と言う一人の若手科学者によって人の意識や記憶は脳にある量子情報によって保管されていると証明されてはいたものの、その後の研究では脳の量子情報をコンピューターなどで読み解く等の方法はまだ解明されてはいなかった。羽黒はこの機械とコンピュータープログラムが何の役に立つかはよく分からないがこの研究によって『HUGINN』と『MUNINN』が完成すれば人類の大きな進歩になるのだろうとは何となく理解した。
それにしても羽黒はこの理工学部のベアリーヌ・ストロベリーと言う人物が気になった。なぜならば、脳科学であるメガロヴァニア教授は超が付くほど有名人であるが、ベアリーヌ・ストロベリーと言う人物について羽黒は聞いたことどころか、耳にしたことが無かった。
メガロヴァニア教授はヴァニスフェントヴェーア家と言う貴族柄の長男である。しかしメガロヴァニアは科学者であった母に憧れ、貴族ではなく科学者として生きることを決めた。そのため正統の後継者はメガロヴァニアから、その妹にとなったことは有名であった。とここまでの経緯があるがメガロヴァニア教授に対し、ベアリーヌについてはテレビなどでも見たこともない。そのためかなのか、気になり始めた羽黒はスマートフォンを取り出し、調べてみようとした時だ。自分の番号が呼ばれたのだ。読んでいた科学雑誌をもとのところに戻し、ベアリーヌについてはまた今度調べてみようと思い住民票発行口まで足を運ばせた。そして何事もなく羽黒は美琴の住民票を受け取り、松賀原市役所を後にし、今まで来た道を帰るようにバイクで道を辿った。
無事に真頼の家の前まで戻ってこれた羽黒はバイクから降り、真頼の家に来た時と同じ場所にバイクを停めて真頼の家に入り真頼と美琴がいる居間にと入って行った。
羽黒が帰ってきたことに気付き、美琴は羽黒の下にと意気揚々に近づいて嬉しそうにして言った。
「何事もなく帰ってきたようじゃな羽黒。それよりこの衣装はどうじゃ?白ワンピと言う物らしいが似合うか?」
美琴は真頼から譲ってもらったと思われる白のワンピースを着ており、白いワンピースの裾をつまみ羽黒に見せた。それに見入られるように羽黒は下から上を見て、美琴の頭を撫でてやって言った。
「なるほど白ワンピか、いいんじゃないか。僕はそういったファッションについてはよく分からないけど似合っているぞ。それよりもう一時半だが、真頼姉ちゃんたちは昼飯食べたか。食べてないなら僕が作るよ。色々とお世話になっているわけだしさ」
そう言われればそうであったかもしれない。真頼は時計を今一度確認し、とっくに一時を越えていることに気付いた。
「そう言われれば食べてなかったわね。じゃあ、頼もうかしら。食材とかは適当に冷蔵庫にあるのを使ってもらって構わないから」
真頼の了承を得た羽黒は「分かった」と答え、居間の隣にとあるチッキンの部屋にと向かった。昼食が出来上がる間、真頼と美琴は居間にと座って待つことにした。
ただ待っているのも気まずいと思ったのか、美琴はふと羽黒のことについて聞いてみることにとした。
「ところで真頼殿よ。お主と羽黒はどの様な関係なのじゃ?羽黒はやけにこの家について詳しいようじゃが、それにお主のことを姉として呼んでおるが・・・」
「あぁ、それね。簡単に言っちゃうとここは羽黒のもう一つの家なのよ。話していなかったけど羽黒は小さい頃に父親を亡くして、私の家で羽黒が高校を卒業するまで預かっていたの。それもあってなのかしら、私のことを姉として呼ぶようになったのよ」
「真頼殿はそのー、違和感はないのか。血は繋がっておらんのに姉だと呼ばれて何とも思わんのか?」
真頼は少し間を置き、自分の心に問いかけるように考えた。そしてはにかんだ笑顔で言った。
「最初は違和感を感じたけど特に嫌とは思わなかったわね。それに、それで羽黒の心の支えになってあげられるならば別に構わない。美琴ちゃんも私のことを家族だって思ってお姉ちゃんと呼んでもいいのよ」
優しく美琴の頭を撫で、自分を頼ってくれても構わないと意思表示するかのようにして言った。
「なぜお主のことをお姉ちゃんだと言わなきゃならんのじゃ」
美琴は座ったままそっぽを向き、尖った口調で言った。真頼はなだめるようにして謝った。だがしばらくの間美琴はそっぽを向いていったままであった。その様子に酷く心配し、和らげた声で言った。
「もしかして美琴ちゃん昔なんかあって、私は地雷を踏んじゃったのかな」
「そ、そんなことはない。ただ――余は家族の顔、親の愛情を知らずにミャルクヨ様の巫女として育てられた。だから余はどんな思いで真頼殿を家族と思ってお姉ちゃんと呼べばいいのか分からぬのじゃ。それに――」
そこからの先の事を喋ろうとした時、美琴は黙り込んでしまった。
「それに、どうしたの、美琴ちゃん。私に相談できることなら話してくれないかな」
真頼は座ったまま体を引きずるようにして美琴の方へと近付き優しい声で聞いた。
美琴には心の支えとなる人がいた。しかし美琴の記憶はまだ曖昧である。そのため自分の名前すらも分からない。だが、それだけならばよいのだが、心の支えとなる存在となる人物の顔、名前をどうしても思い出すことができない。美琴は確かに大切な人だということは覚えている。だがどうしても思い出すことができない。そんな自分を許せず美琴は手を震わせ言った。
「余には心の支えとなってくれた大切な人がいた。でも顔も名前が思い出せぬのじゃ。大切な人の顔、名前を思い出せぬのじゃ。そんな余が真頼殿を姉として慕う事が許されるだろうか?答えは否だ。余は大切な人の名と顔を思い出すことができぬ人でなしなのじゃ」
真頼は美琴を優し抱き、頭を優しく撫でながら言った。今の彼女には支えとなるべき人が必要だ。その役割は大人である自分がなさねばならない、そう考えた真頼の咄嗟の行動であった。
「それは違う、違うよ。美琴ちゃんが大切な人を思い出せないのはただ単に目覚めたばっかりだから頭の中がまだ整理できってないのよ。それに自分でも言っていたでしょ“記憶が曖昧”って。それでも美琴ちゃんを人でなしって言う人は誰であっても私はその人を許さないんだから」
真頼の話を聞き安心したのか震えていた手が落ち着き、安堵から目から涙が零れていた。真頼は抱いていた手と撫でていた手を止め、両手を腰にと当て苦笑いで言った。
「とかっこよく喋ったのはいいけど、私は羽黒みたいに強くはないんだけどね。本当に羽黒は強いよ。だって抑止力団体とかいう強い人たちの集まりの一人と同等に遣り合ったんだから。――子供の頃とは大違いだよ」
真頼は今の羽黒と昔の羽黒を比べて言った。あんなに泣き虫であった彼が、今では一人で自立して、何かを守るために必死になっているのだ。その事をしめじめと思い、どこか寂しげな気持ちにと浸かった。
「そんなことはない真頼殿。真頼殿は羽黒とは違う強さを持っている、それは羽黒よりも強い力じゃ。その力の強さは人を励まし、人を支え、人の心を安らげる力なのじゃ。真頼殿はもう少し自分に自信を持つとよい」
真頼は自分よりも幼い子に自分の強さを見抜かれてしまった。この時理解した、美琴はきっと誰からも好かれるよう巫女なのだと。でなければ人の強さを見抜き、励ますことなんて簡単にはできるはずがない。そしていつの間にか真頼は美琴にと励まされていたのだ。その事に呆気を取られ、いつの間にか顔を和らげ、笑みを浮かべていた。
「励ましていたと思っていたら私が励まされちゃっているなんて。美琴ちゃんは本当、凄いよ」
関心を示すように、真頼は美琴を褒めたたえた。「それほどでもない」と美琴は少し、どこか嬉しげにと頬を赤くした。
真頼と美琴が喋りあっている間であった。羽黒は昼食を作り終わったのか三人分の野菜と薄く切った玉子焼きを載せた冷やし中華が盛られてあるお皿を四角いお盆にと載せて持ってきた。
「二人共なんか大切な話しをしていたか。だったら悪かった」
「いや、大丈夫だよ、羽黒。今丁度美琴ちゃんに励ましてもらったから」
真頼はいつも通りの笑顔であった。一方の美琴は羽黒が手に持っている料理をどこか興味ありげに、きょとんとした顔で見て座っていた。羽黒はため息をつき、テーブルにと冷やし中華が盛られたお皿を置きながら言った。
「噓っぽいことはよしてくれよ。真頼姉ちゃんが美琴を励ますのは分かるが、その逆は想像できないぞ。それよりさっさと食おうぜ、麺つゆで麵が伸びる前に」
そう言うと羽黒はチッキンに置いてあった箸立てから三膳持ってきた箸を配り、座った。羽黒が座ったのを見計らい、真頼は手を合わせ「いただきます」と言った。美琴は真頼のやり方を真似、同様に箸で冷やし中華を掴み口に運んだ。すると美琴は目を輝かせ、羽黒の顔を見つめて言った。
「この冷やし中華という物は美味しいな、これを羽黒が作ったのか?」
「野菜を除いて麵はインスタントだけどな。本当だったらインスタントじゃなくてもっと美味しい物を作ってやろうと思ったんだが、冷やし中華の賞味期限が危なかったからな」
「いやー、それについてはごめんなさい。昼飯作るのが面倒くさくていつもお湯で三分の便利なカップ麵ばっかりで冷やし中華の存在忘れていて」
「真頼殿、それは大丈夫なのか。ミャルクヨ様からの知識だとカップ麺だけを食べ続けていると体に悪いと教えてもらったのじゃが」
妙に変な情報をミャルクヨから教えてもらったなと羽黒は思い言った。
「美琴の言う通りだよ、真頼姉ちゃん。いくら料理するのが面倒くさいからってカップ麺ばっかりの食生活はよせ」
羽黒と美琴に心配された真頼は返す言葉もなくただ「うぅ」と声をうならすだけだった。するとその時であった。「すみませーえん」と玄関の扉の外から声が聞こえてきた。羽黒と真頼は聞き覚えのない声に目を合わせた。宅配便ならば玄関にあるチャイムを鳴らすはずだ。
「僕が見に行ってくるよ。真頼姉ちゃんと美琴はここ昼飯を食べといてよ」
羽黒は床に手をつき立ち上がり言った。羽黒はそのまま居間を出て玄関まで足を運んだ。玄関前まで来た羽黒は扉を開けて言った。
「どちら様でしょうか・・・」
玄関の扉を開け外に立っていた人物を見て羽黒は言葉を失った。そこにいるのは、見た目は幼く、白衣を着ている女性。女性の着ている白衣は袖が足りず袖余りの状態であった。だがそこまではよい、羽黒はその者の顔を知っている。白髪で後ろを三つ編みにしており、レッドアイが深く印象にと残る女性。そう、松賀原市役所で読んだ科学雑誌に載っていたベアリーヌ・ストロベリーだ。しかしここまで身長が小さいとは思わなかった。遠くから見れば子供だと言われても違和感がないくらいであった。
「もしかしてベアリーヌ・ストロベリーさんですよね」
「僕の名前を知っているとは珍しいですね。もしかしてびっくりしていますか、僕の身長とか小さいことに。それと僕のことはベアリーヌと呼んで下さい」
咄嗟の出来事、何がどうなっているのかが分からなかった。それでも羽黒は話を繋げるためにもその場しのぎにもならない質問をした。
「それもそうですけど、なぜあなたのようなお方がここにいるのですか。確か今は『HUGINN』と『MUNINN』を開発しておるのでは?」
「うん、そうだよ。物知りの君にだけ教えるけどあれはもう完成している。今回ここに来たのは別の案件だよ」
ベアリーヌは事面白げに、喜々とした様子で喋る。
羽黒はこの時真頼から聞いた言葉を思い出した。『今でも科学者たちは巫女を研究材料として欲しているの』その言葉を思い出した羽黒は固唾を呑み強張った顔で聞いた。
「別の案件ってなんですか。ここに来たのに関係があるんですか」
ベアリーヌは少し不敵な笑みを浮かべ、羽黒にと顔を近づけて尋ねた。
「土着神の巫女と呼べば分かるかな。黒坂羽黒さん?」
「ツッ、どうして僕の名を、あなたとは初対面のはずですが。まさかあなたも抑止力団体の手先なんですか」
「抑止力団体?どういった団体かは知りませんが僕たちは上からの情報と命令で動いているだけですから」
「“僕たち”とはどういうことですか。協力者がいるということですか」
ベアリーヌはその言葉に応える気など毛頭ないように、無邪気な笑みで笑い言った。
「お喋りはそこまで。で、どうする、巫女を守るのか守らないのか」
羽黒は両手を握り締め真剣な表情で言った。
「初めに言っておきますが、美琴を守るためなら女だからって容赦しませんよ」
美琴と言う名を知り、ベアリーヌは更に嬉しげな表情を見せた。
「美琴って言うんだその子、可愛い名前だね。君が本気なら僕も本気で殺るよ。科学者だからって舐めないでね」
ベアリーヌはそう言うと白衣から何らかの物を幾つか出した。それはなにやらクマのぬいぐるみらしき物であった。そのクマは片目側を包帯で巻いてあり、牙をペロッと出しているどこか愛嬌のあるぬいぐるみが五体そこから出てきたのであった。大きさは大体五十センチ位の大きさであった。そんなクマのぬいぐるみは一体一体が意識を持っているかのように二足で立っていた。
羽黒はそれに驚き、気を取られていた時であった。五体のクマのぬいぐるみは羽黒の下へと近づいてきたのであった。先頭を走っていたクマのぬいぐるみは羽黒の近くまで近づいた瞬間羽黒の方へと飛び、ぬいぐるみの手が羽黒の頭目掛けて振りかざされた。瞬間的に羽黒は足で地面を蹴り後ろに下がった時だった。別の方のクマのぬいぐるみが羽黒の腹付近まで近づいており、羽黒にとパンチを食らわした。パンチの痛さはまるで鉄塊にでも殴られたかのように痛く、硬く、重い感触だった。羽黒は後ろに転がり、何とか受け身を取り地面との接触のダメージを減らして地面から起き上がった。
「受け身を取るとは流石だね。いいことを教えてあげる。そのクマちゃんたちには精鋭された兵の量子情報の入った戦闘プログラムが一体一体入っている。だからコンビネーション、戦闘力ともにそこらの凡人とは段違いなの」
「なるほど。だから無駄な動きがないあんな行動がとれるのか。僕みたいな守護者なりたてがこいつらに勝てる気がしないんだが。数減らしてくれないか、流石に一対六はきついぜ」
「殺るなら徹底的にだよ。それに、僕はほとんど傍観だからさ。さあ立って、じゃないと巫女さんを守れないよ」
「言われなくても分かっていますよ」
羽黒はボクシングがよく試合で構えるようポーズを真似て構えた。いくら剣道で強い羽黒でも素手での戦闘はしたことがない。それどころか殴り合いの喧嘩もしたこともない。そのため向かえ来る五体のクマのぬいぐるみには手も足もできず防戦一方になっていく。五体のクマのぬいぐるみは蹴りや殴りを的確に羽黒の体にと当ててきた。それはまるで五体のクマのぬいぐるみがサウンドバックを互いに殴りや蹴りを入れているかのようだ。そんな防戦一方の羽黒はスタミナも切れ始め、体もふらつき始め隙が生まれてきていた。その隙に付け入るようにクマのぬいぐるみは羽黒にと見事なアッパーをかました。羽黒はそのまま後ろにと転がり、大きな音を立て真頼の家の壁にと背中を強く当てた。壁に当たった衝撃が羽黒の背中を襲い、強い痛みが走る。
大きな音を聞き何事かと思い真頼と美琴が駆けつけてきた。
「羽黒、あんたどうしたの!?」
真頼はすぐにはその状況が理解できず慌てた。それに比べ美琴は冷静に考え、思考して大体の状況をつかんだ。
「羽黒よ、ミャルクヨ様の奇跡は必要か。必要であれば行使するが」
「見てわからないか。行使できるのならしてくれベアリーヌと言うこいつはさっきの輩とは一筋違う」
羽黒は美琴にと奇跡を行使するようにお願いをし、美琴は羽黒にミャルクヨの奇跡を行使した。一方ベアリーヌはワクワクと好奇心に満ちた顔で言った。
「いいね、いいね!今僕は巫女が起こす奇跡を目の当たりにするなんて運がいい。メガロヴァニア教授もいればよかったのに」
羽黒は聞き覚えのある名前が出てきた。メガロヴァニア教授もベアリーヌ同様に美琴の存在を探しているのかと頭の中で推測し、ベアリーヌに聞いた。
「その通り。というか僕とメガロヴァニア教授がともに土着神の巫女の存在を追っていたの。そしたらこの松賀原市にたどり着いたわけだ」
どうやら羽黒の推測通り、メガロヴァニア教授も事の一件に関与しているらしい。
ベアリーヌが自信たっぷりに説明している間に真頼はどこからか木刀を持ってきて羽黒に向けて投げた。真頼が投げた木刀は弧を描くように羽黒の方へと飛んできた。それを羽黒は片手で投げた木刀を受け取り少し自信が付いたかのようにニヤリと笑みを浮かべ言った。
「ありがとう真頼姉ちゃん。これで少しはまともに戦えそうだ」
だがクマのぬいぐるみの二体は羽黒が木刀を構えさせんとばかりにすぐに羽黒を襲った。二体のクマのぬいぐるみと羽黒との距離が五十センチくらいになった瞬間、羽黒は抜刀するかのように片手で木刀を横に振るった。すると強い風圧が生まれ、二体のクマのぬいぐるみに襲いクマのぬいぐるみは吹き飛ばされたまま動かなくなってしまった。
「やっぱりまだ試作段階だからちょっとした衝撃で動かなくなっちゃうか、でもまだ三体も居る。――“コンビネーションクロス”」
なにやらベアリーヌは残りの三体のクマのぬいぐるみに命令を出した。すると三体のクマのぬいぐるみは一斉に走り出し羽黒へと近づいた。三体のクマのぬいぐるみは羽黒の顔一点を同時に殴ろうと手を振りかざした。羽黒は反射的に木刀を両手で持ち、木刀を横にして攻撃を防ごうとした。しかしクマのぬいぐるみの手は羽黒が持っていた木刀をパンチで折り、勢いを殺さず羽黒の顔にとパンチを与えた。羽黒は木刀が割れた瞬間に少し左に避けたため右目付近にとパンチが当たるだけで済んだ。だが右目は腫れ始め、右目を開けることは難しかった。。
「噓でしょ、あの木刀は本赤樫でできているのよ。あんな簡単に壊れるはずがないわ」
真頼は驚きを隠しきれず言葉に出した。するとベアリーヌは満足げに、誇らしげに笑って言った。
「このぬいぐるみが本気を出せば鉄の塊だってへこませることができるんだぞ。あまり舐めない方いいぞ」
羽黒の体はもうすでにボロボロであり武器である木刀も半分から上は折れておりとても武器としては使えない。そして右目はもう開けることができず、バランス感覚が取れずふらふらとした状態であった。
「巫女の奇跡を頼ってこの力ですか。ちょっと期待外れだったな。じゃあ、土着神の巫女は僕が回収させてもらいますね」
ベアリーヌは羽黒がいないものと考え、らうきうきと鼻歌まじりのスキップをして美琴へと近づいた。真頼は美琴の前に出て、美琴を守るようにして手を広げた。
「なに、君。まさか次は君が巫女を守るつもりかい?止めておいた方がいいよ。彼だって僕を止めることができなかったんだよ」
「美琴ちゃんは私のことを強いって言ってくれた。羽黒が止めることができないなら姉である私が止める」
羽黒は「止めろ」と言うが声がかすれてしまう。真頼たちに近づこうとしても体がふらつき前になかなか進めない。
「だったら試してみようか」
ベアリーヌはにっこりと笑みを浮かべ手を叩いた。すると真頼の目の前にはいつの間にかクマのぬいぐるみが現れ、真頼を殴っていた。巫女との目の間で真頼はそのまま地面へと倒れこんだ。それを遠くからなすすべなく見ていた羽黒は怒りが沸き上がった。その怒りはベアリーヌへの怒りと同時に、それを止めることができずただ見ていた自分の無力さへの怒りであった。
「待てよ・・・ベアリーヌ」
「何を待つんだい羽黒君。君はもう動けないし武器はないんだよ。これ以上何を待つ必要がある」
羽黒は体に残っている力を振り絞り言った。
「まだ体は動く。それに、武器はある」
「どこにも武器はないじゃないか」
ぼろぼろの状態の羽黒をあざ笑うかのようにベアリーヌは眺めた。
羽黒は目を瞑り美琴が奇跡を行使する時に唱えていた言葉を一つ一つ正確に思い出した。唱える言葉自体はそう複雑なものではなかった。ただ、言葉の内容から何らかの物をミャルクヨに与えることによって完成するということは分かる。それを理解できた羽黒は何をミャルクヨに与えるか物は定めていた。
「ミャルクヨ様よ、我の願いを聞き届けよ。我が寿命の五分の一をミャルクヨ様に授ける。それと引き換えに我が刀を我が手に授けよ」
そう言うとまるで羽黒の言葉をミャルクヨが聞き届けたかのように、羽黒の手にはあの時、あの場所で、天海神社で父からの餞別として渡された刀が手にとあった。羽黒はすぐに刀を鞘から抜き、ベアリーヌ目掛けて構えた。この光景を目の当たりにした美琴は目を丸くした。一方ベアリーヌは更なる好奇心に心を躍らせ、まるで子供が欲しいものを手に入れた顔で言った。
「これが巫女の力、いや、正確に言うと信仰の力なのか。興味深い」
羽黒はボロボロな体なことを忘れたかのように勇ましくそこに立っていた。もう、守れずにただ倒れ込む自分とは決別をするように。
「本当に君もしつこいよね、君の体の作りが知りたいよ。でも本当に次は気を失うかもよ」
ベアリーヌはクマのぬいぐるみに羽黒に攻撃するように命令をした。羽黒の体はボロボロである。それでも美琴によるミャルクヨの奇跡の効果はまだ継続していることは分かる。その効果を活かし、羽黒は脇構えの姿勢を取り地面を蹴った。そして三体のクマのぬいぐるみのうち自分から近いクマのぬいぐるみにと向かった。そのクマのぬいぐるみとの距離は一瞬で三十センチまで近づいた。クマのぬいぐるみはとっさのことで対応が遅れ羽黒に一歩取られた。羽黒はそのまま刀を下からの上へと切り上げた。クマのぬいぐるみは綺麗に二つに切れ、中からは綿が出た。そのまま近くにいた一体のクマのぬいぐるみを刀で突き刺した。羽黒は突き刺さったクマのぬいぐるみを振り払い、もう一体のクマのぬいぐるみにと当てて戦闘不能にと追い込んだ。
「だから言っただろ、動けるって。僕だって遊びで美琴を守っているわけじゃない。守るって心の中で決意したんだ。お前みたいにふざけている奴に僕が負けはずがない。もうお前は僕に敗北したんだよ」
羽黒は刀先をベアリーヌに向け怒鳴り付け言った。ベアリーヌは手を強く握り締め震わせながら羽黒に訴えるように言った。
「僕のぬいぐるみがただの一般人ごときに潰されるわけがないだろぉぉぉ!?僕が負けるはずがない!!」
羽黒は冷酷にベアリーヌを言葉で追い詰めるかのように更に言葉を突き刺した。
「お前はそこをはき違えているんだよ。お前は僕のことを一般人だと思っている。そこが間違いなんだよ」
「何が間違いなんだよ。君はただの一般人にほかならないだろ?」
羽黒は言葉に圧力をかけ静かな声で叫んだ。
「僕は白井美琴の守護者だ」
ベアリーヌは自分でも知らぬうちに足を一歩後ずさりしてしまっていた。更に羽黒はベアリーヌに追い打ちをかけるかのように冷酷な声で突き刺していた言葉を更に突き刺した。
「だからお前は僕に負けた。僕を一般人だと思い込んでしまい僕の力を侮っていたんだ。違うか」
「黙れぇぇぇぇ。お前なんかに僕が負けるはずがないんだ」
ベアリーヌはまるで子供が駄々をこねるかのように叫び羽黒を殴ろうと走り出し羽黒に近づこうとした。その時だった、走り出したベアリーヌに美琴が言葉を掛けた。
「そこまでにするのじゃ、ベアリーヌよ。お主は羽黒の言う通り負けたのじゃ。今のお主は理性を忘れた獣じゃよ。今しばらくは頭を冷やすがよい」
その言葉を聞きベアリーヌは不思議と走り出していた足が止まり我に返った。
「少しは落ち着いたようじゃな。お主の操る人形は羽黒の手によって壊れた、今のお主の力では羽黒には到底勝てぬ。他にも人形を持っているのならば話は別じゃがな」
我に返ったベアリーヌは冷静に考えた。今回持ってきたクマのぬいぐるみは五体だ。一般人相手との考えだったため五体で十分と考えていた。そのため他に対人戦の武器はない。それに、ベアリーヌは殴り合いなどまったくの素人だ。それなのに刀を持った人に勝つなんて普通に考えても不可能だ。そんな予測があるのにも関わらず戦うなんてベアリーヌは自分らしくないと思い恥ずかしくなってきた。
「お主は余のことを狙っている、それは許そう。だが、余の守護者羽黒と余の友達である真頼を傷つけたことに余は許すことができない。だがお前も余と同じ想い人がいることが分かる。ここでお主を殺せば其奴が悲しむ。其奴を悲しませたくなければ今すぐここから退け、今なら黙って見逃す。どうするかはお主次第じゃがな」
ベアリーヌは冷静に考え、舌打ちを打ちその場からすぐに去った。ベアリーヌが去ったのを見計らい、羽黒は地面に倒れている真頼にと近づき抱きかかえ、起き上がれる形にしてあげた。羽黒は心配そうな顔で真頼に声をかけた。
「大丈夫か、真頼姉ちゃん」
真頼は気が付いたのか、少しずつ目を開け弱った声で言った。
「うん、私は大丈夫だよ。それより羽黒の方こそ大丈夫なの、右目腫れているよ」
「大丈夫、ベアリーヌもちゃんと追っ払ったから安心してくれ」
真頼は「大丈夫」と自身の体の状態を伝え、ゆっくりと立ち上がった。
美琴はなにやら羽黒に何かを聞きたがっている素振りを見せていたためか、羽黒は「なんだ?」と美琴に喋りかけた。
「羽黒よ、お主はミャルクヨ様に何を捧げたか述べよ」
羽黒はきょとんとした目で美琴に言い返した。
「聞いていただろ・・・寿命の五分の一って。それで美琴を守れるんだ、安い捧げものだろ」
美琴は羽黒のほほを手のひらで力強く叩いた。羽黒は叩かれたほほを手で触れ、美琴の行動に理解が追いつかずただ身ことを見ていた。美琴は潤んだ目で羽黒を見つめ言った。
「なぜ余の守護者は、いつもそうなのじゃ、そのような事をするのじゃ。あの時だって余の守護者は余を守るためにいなくなった。頼むからお主だけは余の前から消えんでくれ」
美琴は羽黒の抱きつき涙を流した。そうであった、あの時も、あの頃も自分を守るために多くの守護者は身を犠牲にまでして自分を守ろうとした。
それでも羽黒ははにかんだ笑みを浮かべた。そして美琴を撫でながら言った。
「だからさ、お前はそのネガティブな考えは止めろ。それに僕は現に今ここにいるだから、誰がなんと言おうと僕は美琴、お前を守る。それに、真頼姉ちゃんは守護者のことを自分が信仰する神のために巫女を守るって言っていたよね」
確認を取るようにして聞いた。真頼はコクリと頷いた。
「だけど僕は自分が信仰する神のためじゃなく美琴のために美琴を守るよ。そうじゃないと、美琴を思ってくれる奴がいないからな」
美琴は昔のことを思い出した。昔も羽黒みたいなことを言い自分を守ってくれた大切な人の名前を。その者の名は桜花十蔵。桜の咲く丘で彼とは初めて出会った。彼は自分のことを巫女ではなく一人の女性として見てくれた。そして彼はいつも自分の近くにいた。悩んだ時は悩みを聞いてくれ、困った時は一緒に解決し、落ち込んだ時はいつも自分を励ましてくれた。黒坂羽黒はそんな桜花十蔵にどこか似ていた。そのためか、美琴はどことなく羽黒を十蔵にと重ね、大丈夫だと言うどこからの自信があふれた。
美琴は口元を和らげにっこりとした涙混じりの笑顔で言った。
「そうじゃな。羽黒は現に今ここに生きておるな。だが、無理はするではないぞ」
その言葉を聞き真頼も「美琴ちゃんの言う通り」と言い羽黒を責めた。流石の羽黒も真頼からの注意には弱、く苦笑いで「はい、はい」と応えた。しばらくしている時であった。なにやら羽黒のスマートフォンから音が鳴った。羽黒はそのまま着信をタップし、耳にと当てた。するとスマートフォンの奥からは男性の声が聞こえてきた。
『こんにちは羽黒君。さっきはベアリーヌを見逃してくれてありがとう。私の名は、メガロヴァニア教授と名乗れば分かるかな』
メガロヴァニア教授と名乗る男の声。その声は確かによくテレビなどで聞くメガロヴァニア教授の声そのものであった。
「あんたはベアリーヌと同じく美琴を狙っているのか」
『正確に言うと巫女を狙っている。だが、ベアリーヌを見逃してくれた礼として情報を提供しよう。今、抑止力団体は様々な宗教団体を動かしている。それでも君は巫女を守るのかね』
メガロヴァニアは羽黒に「巫女を守る覚悟はあるのか」確認を取るかのように言った。羽黒は少し目を瞑り、ゆっくりと心の中で決意した。そして、目を開けて覚悟を決めたかのように応えた。
「あぁ、守るよ。僕は白井美琴の守護者、巫女の守護者黒坂羽黒だ」
桜の咲き乱れる丘。そこに一人の守護者と巫女がいた。
「僕の名前は桜花十蔵です。――それにしても桜が綺麗ですね巫女さん」
守護者である彼は自分の名を名乗り、丘にある桜を眺め、季節の流れを楽しむようにして言った。
「そうじゃな。社から見る桜も綺麗じゃが、外で見る桜も綺麗じゃな」
そうしてしばらくの間、十蔵と巫女が桜に見とれている時であった。どこからか巫女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「巫女様、巫女様そちらにおりますか。そろそろ社にお戻りください」
巫女は自分が呼ばれていることに気が付き、声のする方へと向き十蔵を見た。
「どうやら巫女さん呼ばれていますよ。そろそろ戻った方がいいですよ、僕も内緒にしておきますから。その方がお互いのためですよ」
十蔵ははにかんだ笑顔を見せた。
「そうじゃな、余も社に戻ろう、お主も仕事場に戻った方がいいぞ。それと――」
巫女はなにやらもじもじしとしながら、何かを十蔵に言いたそうにしていた。十蔵は何を言いたそうな巫女をきょとんとした顔で見た。
「その、お主が嫌でなければもう一度――桜を見に行かないか」
その言葉に十蔵は巫女の頭を軽く撫で、クシャっとした笑顔を浮かばせた。
「もちろんいいですよ。その時は僕が巫女さんを社にお迎えに行きますよ。だから巫女さんは社でお待ちください」
巫女も嬉しげに、いつもなら見せない無邪気な笑顔を見せて言った。
「では社でお主を待っておるぞ。お主が早く迎えに来れるようお主の仕事場を出来るだけ社の近くにしてやるからのう。ではまた今度じゃ」
そう言い巫女は桜の咲く丘を駆け抜け、喜々とした態度で社へと戻って行った。十蔵は自分の仕事が増えることを「やれやれ」と思いながらどこか楽しげに桜の咲く丘から村を見渡した。