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巫女の守護者 連載版  作者: 司馬田アンデルセン
巫女の守護者
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巫女の守護者3

 羽黒が時計を見てみると短い針は九時を指していた。どうやらいつもより少し遅く寝ていたいようだ。すぐに羽黒は着替え、布団を押し入れにと片付けた。その後は、朝食食べる前に新聞を取りに家の門に置いてあるポストへと向かった。

 つくづく羽黒は思った、この家は広すぎる。本来だったら父、母、自分が住むはずだった。しかし、父は事故で死んでしまい他界してしまっている。また母は会社の関係で全く家には帰って来ない。そのため羽黒一人でこの大きく、広い家に住んでいいるため、使っていない部屋が数部屋あった。

「全く、今日が学校休みでよかったよ。朝の九時頃に新聞取るなんて寝すぎだろ」

 そう言い家の門の内側からポスト中を確認し、新聞を取り出そうとした時であった。家の門の外に何かが倒れているのが見えた。目覚めたばかりの目を凝らし、はっきりとそれが人であると分かった。

 新聞などを取っているどころではない。羽黒はその場を後にし、慌ててその場にと駆け寄った。するとそこには、だいたい小学六年くらいの黒い長髪の少女が倒れていた。

 まず始めに羽黒の目に入ったのは彼女の服装であった。彼女の服装は、よく神社で見る巫女さんの着ている紅白の色の服に見たことのない家紋が入ってあった。それは、家紋の月に、蝙蝠(こうもり)の足にムカデの胴体がくっついているような家紋であった。

「とりあえずこのままじゃまずいから目が覚めるまで僕の家で寝ていてもらうか」

 そう羽黒は独り言を呟き、倒れている彼女をお姫様抱っこの形で家の中にと運び、客間にと布団を敷き、横たわらせた。

 彼女が寝ている間に羽黒は朝食を作り、彼女が目を覚ました時にパニックを起こさないように朝食を同じ客間にと運び、済ませることにした。

 朝食は冷蔵庫に冷凍してあるご飯を解凍させ、インスタントの味噌汁を作るために電気ケトルをONにして沸騰するのを待った。電気ケトルのお湯が沸騰する頃には冷凍のご飯の解凍も終わった。そして、羽黒はお湯の余りで食後のコーヒーを作ることにとした。そうしてできたのが、ご飯と味噌汁と食後のコーヒーと少しアンバランスな朝食であった。

 羽黒がご飯と味噌汁を食べ終わり、コーヒーを飲んでいる時であった。そのコーヒーの香りに誘われたのか彼女は目を覚まし、辺りをきょろきょろと見渡した。

「なぜ余はここにおるのじゃ。そこのお主、ここはどこじゃ」

「お主?・・・僕の事か。ここは僕の家だよ。お前が僕の家に倒れていたから僕が介護してやっていたんだよ。つっても数分だけどな」

「そうなのか。それはありがたかった。では余はこれ以上お主にこれ以上は迷惑をかけておれぬ。これでお暇するのじゃ」

 そう言い布団から起き上がった。しかし、立ち上がった途端に彼女はふらつき始めてしまった。どうやら彼女の体はまだ本調子ではなさそうであった。体が反射するかのように羽黒はすぐさまに彼女が倒れこまないように背中を右手で支えてあげた。

「おいおい、大丈夫か。そもそもお前の名前を教えろ、そうじゃないと会話がしづらい」

「余の名前か、名前はとりあえず白井美琴(しらいみこと)と言っておこう。余は神と会話する巫女じゃ」

 美琴と名乗る彼女は羽黒を見上げるようにして言った。

 羽黒は彼女を支えながら近場にとある椅子にと座らせて言った。

「とりあえずってなんだよ。――て、巫女だと・・・小学生が巫女だとか、ありえんな」

 羽黒は鼻で笑い飛ばし、彼女が巫女であると言うことを否定した。

「しょうがくせい?それはなに奴じゃ。そして今のどこに笑うところがあった。余は正真正銘の巫女じゃぞ」

 彼女の正面からの真っ直ぐな言葉に対して信用のできない羽黒は意地でも認めたくないかのような態度を表にと出して言った。

「いくらなんでも小学生みたいなお前が巫女はおかしいだろ。なんならこの近くの神社の神主に聞いてみてもいいけどな。お前が巫女かどうかなんてすぐわかると思うぜ、白井さん」

 羽黒はわざと彼女を名字で、さんを付けて言った。その態度に美琴は苛立ったのか、ジタバタして言った。

「くぅー、ぬかしおって。その神主に聞けばすぐに余が正真正銘の巫女だとわかるからな。その時のお主の悔しがる顔を拝むのがたのしみじゃわい」

 はい、はいと羽黒は適当に応えた。すると美琴は椅子から立ち上がり、急に落ち着いた素振りを見せ、凛々しい足取りで歩き始め羽黒にとに「ついて来い」と言い玄関に向かった。

 玄関に着いた時であった。羽黒はふと思い出したかのように、素朴な疑問を投げかけた。

「そういえば美琴、靴はあるのか。運ぶときは確か履いていなかったが」

「ふむ、履物のことか。そういえば履いてなかったのう。貸してもらえんじゃろうか」

 自分よりも低い彼女は、羽黒と同じ視線にでもいるかのような軽い口振りで、ずっと前から一緒にいたかのような態度で羽黒にと接した。これに対し羽黒は不思議と違和感を覚えず、頭をかいて言った。

「あー、確か僕が小さかった時に履いていたサンダルならあった気がするが」

 そう言い羽黒は靴箱をあさりながらあるかどうかを確認した。

 なかなか見つからないためか、美琴は呆れ始めていた。

「まだ見つからんのか、余を待たせるではない。それとも今更怖気付きおったか」

「うるせぇーな。まったく、もうちょい待てよ。――お、あったぞ」

 羽黒は見つけたサンダルをそのまま美琴に投げ渡した。そのまま美琴はそのサンダルを物珍しそうに見つめ、自分の足にはめた。サイズは少しだけ大きかったが歩く分には問題なさそうであった。

 家から外を出ると、熱い猛暑が羽黒たちを襲った。八月上旬の夏の日差しは強く、それでいて体を優しく包み込んでくれるようなそんな優しさがあった。

 羽黒はしっかりと家の玄関の鍵を閉め、美琴にとついてくるように言った。美琴は羽黒の言いつけを守るかのように、隣を歩きついてきた。

 時期はまだ八月上旬だったためサンダルを履いておるのに何の問題は無かった。だが、巫女服という場違いな服装をしており度々羽黒と美琴の方にと変な視線を送られた。それが耐え難いのか、羽黒は愚痴を吐くようにして言った。

「はぁ~、なんで僕が子供のお守りをしなきゃいけないんだよ。というか美琴、お前どこに住んでいるんだよ」

「余か、それが余にもいまいちよう分からんのじゃ。なにせ余は永い間封印されておったからのう。しかも目覚めた所が山の祠の前じゃった。それに、永い間封印されていたせいか自分についての記憶が曖昧なのじゃよ」

「お前馬鹿なのか?封印されていたとか普通信じるか。それになんだ、寝言は寝てから言え」

 漫画やアニメなどの世界に影響を受けたのか、それともまだ夢でも見ている彼女にと羽黒は自分なりの正論を投げた。

「ぬぅ~、余を馬鹿にしおって。そのうち痛い目になるぞ」

 またもや羽黒は、全くもって信じる気もなく適当に美琴の言葉を受け流し、神社へと足を運んでいった。神社の距離はそんなに遠くはなかった。しかし、神社にと近づいていくにつれ坂になっていき傾斜も二十度まではないがそれなりに疲れるものであった。

 そのためか、店が多く建ち並ぶ坂道での事であった。美琴の呼吸が乱れ始めたのであった。羽黒は彼女をおちょくるようにして言った。

「どうした、こんなんでもうばてたのか」

「仕方ないじゃろ。なにせ永い間封印されており体がまだ馴染めてないのじゃよ」

 そう美琴が言うと羽黒は、早歩きで美琴の前にとかがみ、手を美琴のいる方へとさし伸ばし言った。

「ほらよ、おぶってやるから乗れよ」

「では遠慮なく乗せてもらうぞ」

 そう言と美琴は遠慮することなく、羽黒にとおぶってもらうことにした。

 羽黒にとっての救い。あるとすればそれは、美琴の重さが軽いように感じたくらいだろう。

 美琴をおぶったおかげか、美琴の歩く速度に合わせる必要はなくなりさっきよりも少し速く歩くことができた。そのためかすぐに神社の鳥居の入り口まで来ることができた。

 鳥居の先は木々が生い茂る小規模の山に一つの長い階段になっていた。そして、下からでは神社が見えないほどの距離であるとのことが一目で分かった。

 その長さに美琴は圧巻されたのか、羽黒を心配するかのようにして言った。

「おぶるのはここまででよい。流石にこの階段を余をおぶって行くのはきつかろう」

「別にいいよ。それに階段を上っている最中に疲れて倒れたら話にならないだろ」

 そう羽黒は美琴にと笑顔を見せ、大丈夫であることを示すようにして言った。

 階段の段差は一つ一つ不規則であり低かったり、高かったりすることが多々あった。そのため無駄に疲れるのだ。いくら剣道をやっていて体力のある羽黒でも美琴を背負っての階段を上るのは流石に疲れる。それでも羽黒は一言も弱音は吐かず、美琴を背負い一歩一歩と着実に神社へと近づいていた。

「お主本当に大丈夫か。呼吸が荒れておるぞ」

「大丈夫だ、もう少しで着くからな。それにしてもすっかり夏真っ盛りだな。セミの鳴き声がさっきからうるさいぜ」

 アブラゼミの鳴き声は強い猛暑の夏を更に強調した。その暑さに羽黒は汗を流していることすら忘れているほどのものであった。

 やっとの思いで羽黒は美琴を背負い階段を上り終え、美琴を降ろした。流石に口では大丈夫と言っていた羽黒は、階段を上がった瞬間の達成感による脱力感で鳥居の前でしりもちをついた。

「はぁ、はぁ。着いたぞ。ここが神社、天海神社だぞ」

 羽黒は天海神社の鳥居にと書かれた物を見て言った。

 天海神社、松賀原では知らない人はそこまでいない神社である。しかし観光目当てに来る人はそこまでいない。それに神社の境内は手水舎と拝殿と奥に本殿があるぽつんとした神社である。それでも正月になれば松賀原に住む者は必ず参拝しに来る。そのため松賀原では知名度の高いのである。

「確かにこれは立派な神社じゃ。そんなに大規模ではないが立派だということが分かるわい。しっかりと掃除もされておるからな」

 美琴は天海神社を見渡しながら感心したかのようにして言った。

「ふぉっふぉっ。こんな老人をおだてても何も出んぞ。それにしてもお前が子供を連れて来るとは珍しのう」

 すると奥から、神主らしき長い白髭を目立たせた白い和服を身につけたご老体が姿を現した。

「珍しいとか人ごとのように言わないで下さいよ、神主さん。この白井美琴って人が自分の事を巫女とか名乗るんですよ」

 羽黒は手を肩の高さまで上げ、呆れた風にして言った。

 すると羽黒の言う神主は「ほう」と不思議そうにして眺めた。

「そうやって馬鹿にしおって。神主なら余が巫女だということが分かってくれるじゃろ」

 美琴は目をキラキラと輝かせ神主にと訴えるかのような目を向けた。

 神主である国塚(くにづか)新海(にいみ)は長年生きてきて神主をやってきたがこのような事態に遭遇したことなどない。そのためどう対処したらよいのか分からず頭を悩ませた。いや、それよりもあまりにも変な事を聞かれたので頭の理解が追いついていない方が正しいのであった。

「つまりはそのー、なんじゃ。美琴と言うお主は巫女というわけか。すまんがのう、わしは長年にわたり神主をやっておるが白井美琴と言う巫女は聞いたことが無い。――ただ、その巫女服は正真正銘の巫女さんの服じゃよ。それにしても神紋が入っておる巫女服は今じゃ見られぬはずじゃが・・・」

 新海は自分の長く伸びた白い髭を撫でながら言った。

 神紋が入っている、その意味がどう言う意味なのかが分からない羽黒は頭を傾げ、きょとんとした顔を浮かべた。

「それってどういうことだよ、神主さん」

「飛鳥時代からじゃったかどうかは忘れたが、上級巫女は信仰する神紋の入った巫女服を受け賜るのじゃよ。今じゃほとんど見られなくなったからのう。なにせ上級巫女はそこらの巫女とは違い神と会話する事が実際にでき、神の御加護も受けておる。じゃが、今じゃそんな巫女さんはほとんどいないがの」

 新海がまじめに話すその言葉に羽黒は信じ切ることができず、それでもそれが真実であることに開いた口が塞がらない状態であった。

「マジかよ。じゃあお前が言っていた話は全部本当なのかよ」

「じゃからさっきから余は巫女だと言っておったじゃろ。全く、お主は人を信じることができんのか」

 ありえないとは思いながらも美琴が言っていたことを全て思い出してみた。

 まずは美琴が正真正銘の巫女だということ。しかもそれはただの巫女ではなく、神と会話する事ができる上級巫女だと言うことだ。羽黒自身は上級巫女なんて単語は耳にはしたことが無い。それに、本当に神と会話できる巫女がいるなんてことすらも聞いたこともなかった。更には、美琴が永い間封印されていたことも最初は信じていなかったが神主である新海の話を聞き、彼女が言うことが嘘ではなく本当であることから、それに対する信憑性も濃くさせ信じざる得なくなった。

 新海は興味深そうな顔で美琴が着ている巫女服の御神紋を眺め言った。

「それにしても珍しい御神紋じゃのう。月に蝙蝠に――そしてそれはムカデかのう。すまぬが美琴殿、お主が信仰する神様の名を聞かせてはもらえんかのう」

 美琴は少し困った顔を浮かべた。

「すまぬが実は少々理由があって余が信仰する神の名は言えんのじゃよ」

「そうか。ならば仕方がない。――それはそうと今日はいいとこに来た。羽黒よ、お前さんにとある人から餞別がある。それを持って来るから少々そこで待っておいてもらえんかのう」

 羽黒は別に「構わない」と告げ、新海は本殿の裏側にある倉庫へと向かった。

 羽黒自身はなぜ自分にとプレゼントがあるのだろうかと疑問に思った。何故なら自分に餞別を貰えるような偉業をしたことなど思い当たる節が無かったからだ。そのため羽黒は必死になってプレゼントが貰える理由を深く考えていた。その様子をうかがうかのようにして美琴は羽黒の顔を見つめ上げた。

「お主いったい何を悩んでおる」

「いやなー、僕が餞別を貰えるなんて身に覚えもなからさ」

「本当にそうなのか。最近自分が偉業を果たしたことはないのか?」

 腕を組み、頭を傾かせて思い出そうとはした。しかし羽黒には自分が特に偉業を果たしたとは思ってもいないため頭を横に振った。

「それと、さっきはお前の話を信じなくてすまんな。ところでなんでさっき神主さんに信仰している神様の名を教えてやんなかったんだ。神主さんに教えてやれば何かお前のことについて少し手掛かりが得られたんじゃないのか」

「確かにそうかもしれんが抑止力団体が動いておる今はむやみに教えるのは良策とはいえんのじゃ」

 美琴は羽黒の案には賛成してはいるものの、何らかの不安からそれを拒んだ。

 抑止力団体、またもや羽黒の知らぬ単語に困惑しつつも美琴にと問いかけた。

「抑止力団体ってなんだ。なんかの宗教団体か」

 美琴は喋ってもよいのか戸惑いながらも羽黒にと教えた。

「抑止力団体とは時間と言う概念が生まれる前から存在していたものじゃ。最初は抑止の柱と呼ばれる三人と複数の猟犬だけの小規模の団体だったのじゃ。じゃが、その後人間が知性を持ち始めた頃に抑止力団体の三人のうち一人が抑止力団体を宗教団体として広めたのじゃよ」

 美琴の説明はこういうことだ。抑止力団体とは時間の概念が存在するより前から存在しており、初めのうちは創設者三人とその三人が従わせる猟犬と言う謎めいた生物だけだったらしい。創設者である三人は普段は人が行くことができない時間の概念が存在しない塔の一角で今も世界に異変が起こるかどうかを監視している。そんな抑止力団体はどの様な事をするかというと、本来この世界では起こりえない事態を事前に食い止めるという行動をするらしい。

 ここまで聞いていればこの世界を守っているように思えるが美琴曰く今の抑止力団体は信者が増えすぎ、創設者である三人も信者らをまとめることができていないらしい。

 そんな中今現代の社会に目を覚ましてはならぬ存在として美琴は抑止力団体に目をつけられしまったらしい。抑止力団体は他宗教とのパイプを複数持っており今現在全力で美琴を追っておるらしい。そのためか美琴は、その抑止力団体に一度身を襲われ羽黒の家まで逃げてきたらしい。

「なるほどなぁ。他宗教とパイプを持っているのか。それにしてもその膨大な情報はどこから手に入れたんだ?抑止力団体はいわばお前の敵なんだろ」

「手に入れたのも何も全て余が信仰しておるミャルクヨ様から聞いたのじゃよ。――あ、しまった。今のことは聞かなかったということにしてはくれんじゃろうか?」

「別に僕は構わないけどな。そもそもミャルクヨって何なんだ。聞いたこともないぞ、そんな神様の名前」

 耳にしたことのない神の名前。聞かなかったことにするのは良い。しかし、羽黒にとって知らない物をそのままにしておくのは、喉に何かが引っかかったような感じで後味が悪くついついと聞いてしまった。

「それについてはまた今度じゃ。そもそも聞かなかったことにすると言ったじゃろ。それと、ミャルクヨ様は土着神じゃから様を付けぬと祟られるぞ」

 美琴の念にと押され、羽黒はとりあえずは「おう」とだけ答えた。すると、神主である新海が倉庫から細長く灰色の絹の布で巻かれた物を持ってきた。

「お前さんの父、和徳からの餞別だそうだ。なんでもお前さんが全国優勝した時に渡してくれとお前さんが産まれた年にわしのところに持ってきたのじゃよ」

 新海はそれを確かにと羽黒にと差し出した。羽黒は差し出された物を受け取り、半場呆れたかのような顔で呟いた。

「僕が産まれた年に全国優勝を前提に渡すとか、ちょっとした呪いだぞ。そんなに僕に剣道をさせたかったのかよ」

 ちょっとした恨み、そして亡き父からのプレゼントに羽黒は心をほっこりとさせられ、その余韻を味わっていた。

 するとその余韻を壊すかのように美琴が割り込むようにして話しかけてきた。

「お主、ひょっとして高名な刀使いなのか」

「高名かどうかは分からないが、つい昨日全国優勝をしたけどな。というよりかこの父親からの餞別って一体なんなんだ?持った感じ木刀とかの重さではないが。ここで開けてしまっても構わないか」

「それはお前さんのだから構わんよ」

 新海はニッコリと笑みを向け、頷いた。

 羽黒は「では」と言い灰色の絹の布をほどいた。するとそこには黒漆の鞘で収められている刀と、一通の手紙があった。羽黒は手始めに手紙を開いてみた。するとそこには墨汁で描かれた字があった。

『この手紙を読んでいるということは見事に全国優勝をしたということだな。だがこのようなことで喜んでいるようならまだまだ未熟だな。とりあえず全国優勝をしたお前には少々荷が重いかもしれんがこの刀を渡そう。もしもお前に守るべき者ができたときお前は(これ)を使い守ってやれ。だがお前に守るべき者がいないのであればお前の身近な人を守れ。それ以外の目的でこの刀を使うことは絶対に禁ずる』

 手紙を読み終わった羽黒はそのままズボンのポケットに入れた。その様子を見て、新海は手紙を完全に読み終わった事を確認するかのようにして言った。

「手紙の内容はどうだったかのう。なにせお前さんの親父さんからの手紙だからのう」

 羽黒は両手を肩の高さまで上げ、呆れたような顔で言った。

「詳しくは言えませんが、この手紙と刀はどうやら誰かを守るために使えってことらしいです」

「そうかそうか。――そろそろわしも仕事に戻らんとなぁ。でないと金蓮祭(こんれいさい)に間に合わないからのう」

 金蓮祭、それは八月中旬頃に天海神社周辺でやる祭りごとみたいなものである。ここら辺の者たちにとっては夏祭りみたいなものだ。元々は天海神社で信仰する神、天海ノ定海都筑(アマミノサダミヅチ)から授かった金の蓮のお礼をする祭りであった。それに目を付けたのか、一般市民にも親しんでもらうために市役所は金蓮祭の日には出店を出せとことであった。すると効果は絶大だったのか、一般市民にも親しみが沸き、夏祭りとして夏の大型イベントとなった。

 羽黒はそんな忙しいなか時間を割いてしまったことに一礼をした。

「いえ、僕こそ忙しい時に来てしまいました申し訳ありません。ほら行くぞ、美琴。ここにいたら神主の邪魔になるからな」

 そう言い羽黒はさっき来た階段を下がりだした。美琴も羽黒の後を追うかのようにして階段を下りて行った。帰りは下りであるためか、行きよりは楽であったた。そのためすぐにと階段の一番下、鳥居の出口にと来ることができた。

「で、美琴はこの後どうするんだ、行く当てでもあるのか」

 羽黒の質問に美琴は頷き、物事にと考えふけるような顔を浮かべた。

「ふむ、取敢えずは余が住んでいた神社でも探すとでもしよう。神社を探しているうちに守護者にも会えるじゃろう。この履物は貰っても構わんじゃろうか」

「別にいいぞ。だけど食い物はどうすんだ。流石に自分の食扶持なんてないだろう」

 羽黒のごもっともな指摘に「はっ」としたような顔を浮かべ、羽黒の顔を見つめて言った。

「そうであった・・・ミャルクヨ様からの知識によるとどうやら今の世界は何を買うにもお金が必要らしいな」

 美琴は困った顔で物事を考え始めた。

 ことが上手く運ばず、もどかしそうにしている美琴を眺め羽黒は、頭をかいて言った。

「ミャルクヨから物事の知識が教えてもらえるならまず最初に現代の一般知識を教えてもらえ。お前が巫女服を着ているせいで周りから変な視線を送られるだろ――いや、ちょっと待て。十時なのにこんなに人通りが少な過ぎる。いや、それどころか僕と美琴以外全くもって人がいない」

 そう羽黒と美琴以外の人気が全くもってしない事を変に思い、あたりを見渡した。

 ここは、そう。まるで真新しいゴーストタウンかのように家や店があるにも関わらず、その中には全くもって人気が無かった。

 この様子に羽黒は戸惑っている一方、美琴はどこか思い当たる節でもあるかのようにして言った。

「どうやらこれは、人避けの術式のようじゃ。抑止力団体にこうも早く見つかるとは思わなかったわい。お主はさっさと逃げろ、お主だけなら見逃してくれるじゃろ」

 逃げろとの宣告。その言葉に羽黒は慌てた感情を表にと晒し、声を大きくした。

「逃げろって美琴はどうすんだよ。何か打つ手はあるのか!?」

「打つ手など今考えておる。それよりお主はここを離れろ、抑止力団体の奴がまだ手を出さないということはまだ余裕がある。そのうちに逃げ――」

 逃げろと喋ろうとしたその時であった。羽黒は直感的な何かでこちらにと脅威が近づいて来るモノを感じた。すぐさまに羽黒は美琴をその場から離れさせるように押し倒し、何かから避けさせた。

「一般人がいたとはこれは予想外です。ですが任務の妨害にはならないでしょう」

 するとそこには、長くすらっとしたスレンダーな女性が羽黒たちの前に立ちはだかるかのようにそこに立っていた。髪の毛で片目が隠れていたが、彼女のもう一方の目からは絶対零度のような冷たさから彼女の冷酷さをひときわ目立たさせていた。そのあまりにも冷たい瞳に美琴は背後から寒さのような恐怖が襲い体が振るわせた。それを見た羽黒はなだめるように美琴の前にと出て言った。

「安心しな。僕が会話で時間を作るからその間に何か打つ手を考えろ」

 美琴は震えながらも頷き、羽黒のその言葉を信じることにした。

「そこの一般人、悪いことは言いません。直ちにそこの巫女から離れなさい。その巫女はこの世界にいてはならぬ存在です。そのためそこの巫女は私たち抑止力団体によって殺傷除去せねばならないことになったのです」

「この少女がそんな風には見えないけどな、僕には。そもそもあんたは誰だよ、出会い頭に攻撃するとか非常識だろ」

「私ですか、私は抑止力団体、佐々美野里(ささみのり)です。それと、言葉遣いには気を付けなさい」

 美野里の向ける目は、羽黒を凍らせるかのように冷たい眼差しであった。そのあまりにも冷たい眼差しに羽黒は足を一歩下げかけた。しかし後ろにいる美琴のことを思い出し踏みとどまった。

「なぜそこで踏みとどまるのです。あなたはそこの巫女とは何の関係もないのですよ。ここから速やかに離れさえすればあなたには害を与えません。抑止力団体は一般人を殺生することは絶対にしませんからね」

「じゃあ、もし僕が抵抗したらどうなるんだ。抑止力団体は殺生できないんだろ」

「抵抗するようであれば死なない程度に痛めつければよいのです」

「それをしたとしても考えが変わらない。ただ立ってお前の前に立ちはだかるまでだ」

 美野里は一度目を閉じて再び目を開けさっきよりも冷たく、まるで物を凍らせるかのように冷たい瞳で言った。

「どうやらそんなにも痛みを味わいたいらしいようですね。――破ッ‼」

 そう言い美野里一瞬として羽黒との距離を詰め、拳を堅く握り気を溜め羽黒へと振りかぶった。拳は腹部とに当たり、羽黒は後ろへと吹き飛ばされた。吹き飛ばされた羽黒は何としてでも立ち上がらんとし、父からの餞別である刀の鞘を抜き取り構えた。

「手を抜きはしましたがしばらくはたてないはずですが」

「僕が立てているってことは力が足りてないってことなんだよ」

「まずはその減らず口からなくして差し上げましょう」

 美野里の拳にはさっきよりも強い気が溜められていった。その気はどんどんと強くなっていき、風を引き起こすほど強くなっていく。その拳に溜められた気を美野里は羽黒に向かって解き放った。

青龍破丸(せいりゅうはがん)――」

 清流破丸、そう美野里が叫ぶと拳にと溜め込まれていた気は蒼い波動となり羽黒を襲った。羽黒は刀で抑えるようにして身を守った。しかしそんな行動も虚しく、耐え切れることができず天海神社へと続く階段へと当たり、口からは血が出てしまった。それでもなお羽黒は立ち上がった。

「理解できませんね。なぜあなたはそこの巫女を助けようとするのですか。見たところ守護者ではないようですが、なぜ見ず知らずの者を助けようとするのですか」

 羽黒は口から垂れ落ちる血など気にせず、少し怒った口調で口を荒わらにしながら啖呵を切った。

「見ず知らずだって、ふざけんじゃねぇよ。だったらあんたは今にも泣きそうな子供を救わないのか、任務だからって子供をも殺すのかあんたは!?」

「えぇ、そうですね。任務ならば子供でも私は容赦なく殺します」

 美野里は目の冷たさを変えず迷いもためらいもなく言い切った。美野里の心の中には抑止力団体が正義だと信じ切っている。そのため抑止力団体がやっていることに対して何の疑心感も生まれて来ない。だからこそ彼女の冷酷なる性格は彼女の迷いやためらいを消し、どんな人に対しても躊躇(ちゅうちょ)なく牙をむくのであった。

「そろそろ黙ってください。はっきり言って目障りです」

 そう美野里は瞬時にと羽黒へと近付き、その勢いで右手の指の第一、第二関節を曲げた手のひらで羽黒の胸をえぐった。

 そうされたことによって羽黒はわけもわからずその場に膝をつき倒れてしまい何故だか立ち上がれなくなってしまい刀を手から離してしまった。何故だか体には力が入らない。体が動かない、そしてどんどんと意識が落ちていくかのように遠のいていく。

「あなたの『気』にちょっとだけ衝撃を与えてみました。『気』というのは生物や植物等に流れているエネルギーみたいなものです。それに衝撃を与えたのですからいくらあなたのようなタフな人でもちょっとした衝撃だけで体の動きを封じることができます、ですがもしも衝撃が強すぎた場合は死にも繋がります」

 美琴は羽黒が痛められていくのを見て思考が段々とマイナスな考えへと働き、考えたくもない思考までもが頭に浮かんできてしまった。

「そもそも、もうこの世界にミャルクヨという神の信仰者はもしかしたら巫女一人だけかもしれないのですよ、これ以上守る必要がどこにあるのですか」

 羽黒を冷たい眼差しで見降ろす美野里の会話を遮るかのように泣きかけた顔で美琴は叫んだ。

「これ以上其奴(そやつ)を痛い目に合わせるのは、やめるのじゃ」

 美琴は泣きじゃくった顔を俯かせ呟いた。

「確かにそうかもしれない、お主の言った通り信者などもういないのかもしれん。それに信者がいないとなれば守護者もいない。じゃから、余が死んでも誰も悲しまない、だったら余が死んでも構わないじゃないか。羽黒にはきっと多くの知人がおるじゃろう。どうやら余はそんな奴を殺そうとしておるようじゃな」

「その通りです。あなたが死んでも誰も悲しみません、だったらあなたは死んでそこの少年を救うべきです。それに、死んだ方がよっぽどあなたにとって楽だと思いますよ」

「やめろ、や、めろ」

 美琴にと手を指し伸ばしたくても伸ばせない。無力で、みじめだ。

 羽黒の遠のく意識の脳裏にある一つの記憶が浮かび上がる。その記憶は羽黒が父、和徳が死んで間もない日であった。まだ羽黒が真頼の家に預かってもらう前の日のこと。

 羽黒は目の前で実の父が死んだことが真に受けることが出来ず和徳の部屋に引きこもっていた。羽黒はきっと、和徳の部屋に居ればもう一度父に会えると思っていたのだろう。だが、実際には和徳は死んでいる。そのため会うことなんてできない。だったらいっそのこと死んでしまえば楽になれるだろう。そう考え、和徳の部屋にあったカッターを使い自殺をしようとした。その時であった和徳の部屋の扉を開き、羽黒の様子を見に来た真頼が急いで羽黒の手を掴んで止めにかかった。

『なんで僕を止めるんだよ、離せよ。僕が死んでも誰も悲しまない、その証拠に母は僕の事を何も心配せず仕事じゃないか。だったら死んで楽になった方がよっぽどいいよ』

 そう叫ぶ羽黒に対し真頼は手のひらで羽黒の顔を叩いた。

 真頼が初めて羽黒にと手を上げたのもこの時であった。

『死んでも誰も悲しまないなんて言わないで。あなたがそう思っているだけそう決めつけないで。もしあなたがそんな風に思っているなら私が、羽黒が死んだら悲しむ人になる。だから――死んで楽になろうとなんて考えないで』

 その後、羽黒の母である紀子の考えによって弥栄家へと預かられことになった。そんな遠く古びた記憶が浮かび上がったのだ。その瞬間羽黒の心の中で彼女を守ってやらねばとの使命感と自分が味わった思いを味わって欲しくないとの想いが強く沸き上がった。気の衝撃により動かない体に鞭を撃ち、刀の鞘を杖代わりとして使い無理やりにでも立ち上がらせ言った。

「だったら僕が美琴の守護者になってやる。誰も悲しまないから死んでもいいなんて言わせない。守護者がいればお前が死ねば悲しむ人がいる。それに死ねば楽になれるなんて決して考えるんじゃねぇ」

 美野里は呆れかえった声を羽黒にと投げた。

「まったく、あなたは一体何者ですか。気に衝撃を与えてもなお立てるなんて始めて見ました」

「そうだなぁ、僕もなんで立っていられるのかが分からないくらいびっくりだよ。――おい、美琴。いつまでネガティブな思考をしているんだ。いい加減ネガティブな考えは止めろ、お前には守護者が目の前にいるんだからな」

 美琴は思った。きっと羽黒は本気で自分のことを守ってくれるのだと。そう、それはまるであの人のように。

 美琴は泣きかけの顔を、両手で涙を拭い、泣き後が残っていながらも、凛とした顔を上げ羽黒を見つめて言った。

「そうじゃ、余には守護者が今、目の前におったわい。ならば守護者であるお主にミャルクヨ様からの奇跡を与えねばならんな」

 そう言い美琴は何やらまじないのようなものを唱えた。すると羽黒の体はさっきまでの傷などが嘘かのように治っていき羽黒の体はなにやら力が宿ったかのように強いオーラが漂う。

「なんか体が軽いぞ。それにさっきまでの傷が治っている。これがミャルクヨの奇跡なのか・・・」

「正式には余がミャルクヨ様からの力をお借りしお主に受け流したのじゃ」

 巫女の力を受けた羽黒を目の前にしても美野里は態度を変えず、別段驚いた表情も見せず、それどころか肩の重荷でも取れたかのようにして言った。

「巫女の力をお受けになったということは巫女の関係した重要危険人物ですね。これで心置きなくあなたを殺せそうです」

 羽黒は地面に落としてしまった刀を拾い上げ自信満々に言った。

「そうだな。僕も美琴の力のおかげだが。あんたに一発かませそうだぜ」

 力を込めて地を蹴る、それだけで充分であった。一瞬で美野里のところまで近づくことができた羽黒は刀を振りかぶった。美野里は間一髪も避けることができたが、羽黒の刀はコンクリートをも砕き、空をも舞う程にまで威力が高くなっていた。これには美野里も予想外で目を丸くしたがすぐに考えをまとめて言った。

「なるほど、奇跡を起こした人の精神力によって力が増幅するわけですか。そうであればあなたのような精神力が高い一般人でも威力が上がるわけですね」

 羽黒はすぐに刀を構え、右側に寄せた八相の構えで立ち構えていた。八相の構えは、余計な力を使わず攻守に優れている構えだ。その事が分かる美野里はうかつに羽黒にと近づかず目でにらみ合い、しばらくの間その状態が続いた。そうこうしていると美野里がしびれを切らしたのか低い姿勢で羽黒の懐へと近づいた。あまりにも近すぎ、低い姿勢のため羽黒は刀を美野里へと振り下ろすことができず、拳が腹部にと当たった。しかし、当たる瞬間に下がり間合いを取ったため拳の当たりは浅かった。それでもダメージとして大きかった。

 間合いを取った羽黒はすかさず体を右斜めに向け刀を右脇に取り、剣先を後ろにと下げた脇構えを取った。その姿勢を維持した状態で地面を勢い良く蹴り、直立に飛び、美野里のもとへと近付いた。後ろにと下げていた剣先を美野里の顔にめがけて剣先を上げた。剣先はそのまま後ろへと下がった美野里の頬をかすめ、頬からは血が垂れ流れた。美野里は垂れ流れた血を右手の親指でふき取り言った。

「ただの一般人が巫女の力を頼るだけでこの力とは、出会った時はまったく話になりませんでしたけどなぜ巫女の力を借りただけで戦闘が上手くなっているのですか」

「巫女の力だけを頼っているわけじゃない。言い忘れていたが僕は剣道をやっていてね、結構僕は人を見て行動パターンとかその人の癖とかもわかるんだよ。――あんたの技はまず初めに相手をノックバックさせて体制を崩させるんだよ。そして体制を崩している相手を確実に強い技で決めようとする。だったら対処方法は簡単――初めの一撃を出来るだけ受けずに切り込めばいい」

 とは羽黒は自信ありげには言ったものの、ほぼはったりなのである。いくら剣道が上手く、長くやっている羽黒でも完全に相手の行動を読めるわけではない。羽黒がはったりをかけたのは、はったりの一個や二個で美野里との時間を少しでも稼がねばならないと思ったからだ。

 美野里は構えていた拳を下げ殺気立っていた気配を少しだけ和らげ言った。

「このままではいくら一般人でも迂闊に戦うのは得策ではありませんね。今回は一時撤退しましょう。見逃したわけではありませんからね」

 羽黒が「待て」と言おうとする前に美野里は既に空中を高く飛び屋根の上に飛び乗りながら次の屋根へと行きその場から離れて行った。羽黒は緊張感が抜け、その場にと尻込みをした。美琴はそれを見て羽黒のもとへと急いで駆け込んだ。

「大丈夫か、お主。こんなにも無茶をしおって」

 羽黒ははにかんだ顔で右手を左右に振り言った。

「大丈夫、大丈夫。言っただろ、剣道やっているって。これくらい平気、平気。それに、美琴のおかげで傷だって無いようなもんだよ」

 羽黒は右手を美琴の頭にのっけて頭を撫でた。

「なぜ余は撫でられておるのじゃ。それよりお主、守護者になってくれるのか?まさか、あんなにかっこいい台詞まで喋って無しって言うのは流石の余も引くぞ」

 羽黒は今さっきまで自分がなんて言ったのかを思い出してみた。するとさっきまでの事が恥ずかしくなりそっぽを向き、顔を赤くして言った。

「ノリで言っちまったが仕方ねえーな。守護者になってやるよ」

 その表情としぐさが面白く、美琴はそれに付け込むかのようにして言った。

「お主まさか今更になって恥ずかしくなったのか。ならば余がもう一度言ってやろう。“だったら僕が美琴の守護者になってやる――”」

 美琴は羽黒の口調をまねしながら言うのを羽黒は慌てめいて言った。

「それ以上は言うな、僕がもっと恥ずかしくなる。僕は白井美琴の守護者になる、美琴を守る。これでいいだろ、だからこれ以上は止めてくれ。本当に恥ずかしいんだから、それと前から思ってたんだが僕のことは羽黒と呼べ。僕には黒坂羽黒と言う名前がある」

「分かった、分かった。それにしても格好良かったのうお主のあの決めセリフ」

 羽黒は頭を掻きながら立ち上がった。すぐにでもこの混沌とした状態から抜け出したかったのだ。

「気にしていても仕方ない。ほらさっさと帰るぞ」

「?どこへ帰るのじゃ」

「決まっているだろ、僕の家だよ。今日からお前の家だと思ってくれ。お前の神社を探すとしても住む場所があった方が良いだろ。というかお前はどこに住むつもりだったんだよ」

「そうじゃったな。ではお主の家に上がらせてもらうぞ」

 どうやら美琴はあまり先の物事を考えていないのか神社が見つかるまでどこに住むのかも考えてなかったらしい。羽黒は手を頭に当てこれから先大丈夫なのか不安になり溜息を吐いた。

「あ、言い忘れていたが、家に帰ったらすぐに出かけるぞ」

 美琴は目を丸くしてびっくりしたような顔で言った。

「家に帰ったら休憩もせずにどこに行くのじゃ」

「あぁ、取り敢えず家に帰ってバイクに乗って真頼姉ちゃんの家に行って、市役所行ってお前の住民票発行する」

 美琴は首をかしげ、羽黒が何を言っているのか分からず住民票について聞いてみた。

「住民票って言うのは、簡単に言うと。国籍の都市版だ。国籍についてはミャルクヨの知識を使って自分で理解しろ。いちいち説明していると日が暮れちまう、さっさと行くぞ」

 羽黒は歩き出した。そしてそれを追いかけるかのようにして美琴も羽黒の後ろを歩いた。人避けの術式の効果がまだ続いていたのか家まで戻るのにだれ一人とも人を見かけることはなかったのであった。

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