巫女の守護者2
無事に表彰式も終わり真頼たち剣道部員一行は居酒屋〈うぐいす〉の大きな部屋を丸々一つ貸し切りにとし、羽黒の全国大会優勝の打ち上げ会をしている真最中であった。その打ち上げ会には真頼の招待で小夜威も来ていた。打ち上げ会の始まりはいつも真頼の一言で始まる。
「今回の全国大会では我らの星である羽黒が全国優勝をした。まあ、このまま話し続けてもいいけど長くなるので割愛。では乾杯」
真頼の言葉と共に皆が乾杯と言い、各々が手に持っている飲み物を口にと運んだ。飲み物にはビールやソフトドリンクなどと人によって違った。とは言え大半の人がビールなどであったが、羽黒は麦茶を口にとしていた。するとそこに、小夜威が羽黒の横にと座り話しかけてきた。
「やぁ、羽黒君。確か君はここ、松賀原に住んでいるんだよね」
「はい、松賀原ですがそれがどうしたんですか?」
都市化などの勢いで田舎から街にと成長した松賀原。今では第二の日本の首都とも言われるほどある。そして、この松賀原は羽黒の故郷であった。
「僕は岐阜なんだよ。でももうお酒飲んじゃったから今日は車運転できないからホテルであともう一泊しなきゃいけなくなったんだよ」
「だったらお酒飲まなければ良かったじゃないですか」
羽黒の反す正論に小夜威は苦笑いを浮かべて言った。
「真頼ちゃんにお酒を勧められちゃったからね。流石に彼女があんな風だったら飲まなきゃまずいからね」
羽黒が疑問に思い真頼を見てみると彼女はもう既にお酒を飲んでできあがってしまっていた。酔った状態の真頼は誰にも手をつけられず、次々と剣道部部員にお酒を勧めていた。部員が断れば真頼はその度に『私の酒が飲めないのか』と笑いながらも強引に勧めていた。羽黒は流石にまずいと思い真頼を止めに行った。
「いい加減にしなよ、真頼お姉ちゃん。一回水でも飲んで落ち着こう」
羽黒は真頼の手を掴みお酒の入ったグラスを取り代わりに水を進めた。
「羽黒が私に意地悪する~。小夜威のおじさん助けて~」
「残念だけど僕はこれには羽黒君に味方するよ。なんたって僕は羽黒君には大会では負けたからね。“敗者は勝者に黙って言うことを聞く”って言うだろ」
小夜威は苦笑いで言いお酒を口に運んだ。
「どうしたどうした?そんなに部長さんを困らせてよ、羽黒」
真頼の声を聞き羽黒の友人が来た。彼の名は冨波啓明。羽黒とは同級生であり、中学からの付き合いであった。中学時代では、帰りによく一緒に遊んで帰っていたり羽黒と啓明は互いの悩みを相談したりテスト前の期間は二人で一緒に勉強することもあるくらいの仲であった。啓明は剣道部に羽黒が入っているから一緒に入るという感じに入ったため、別段強いわけではない。だからといって弱いわけでもなく、羽黒の右に出るか出ないぐらいの強さであった。
「そっかー。羽黒がそういう事をするのか。でもな、真頼先輩。嫌がっている人に強引に勧めるのはまずいっすよ。――なのでー羽黒さんに飲んでもらいましょうよ」
「なんで僕が飲まなきゃいけないんだよ。第一僕はお酒苦手なんですよ」
「わぁ~ん。羽黒が私のお酒飲んでくれない。飲んでくれてもいいのに~」
ついに真頼は泣き上戸にまでになって羽黒にと勧めようとしている。羽黒は小夜威に助けを求めるように目で促した。しかし、泣き上戸を見た小夜威はその涙に押されたのか、逆に後押しするように言った。
「飲んであげなよ、羽黒君。泣き上戸にまでになって勧めてくるんだから一杯くらいなら良いだろう」
「分かりましたよ。でも、本当に一杯だけですよ」
渋々と羽黒は真頼が手にしているグラスを手に取りグラスの中のお酒を勢いよく口の中にと注いだ。すると一杯飲んだだけの羽黒の顔は赤くなってしまい、少量でできあがってしまった。これが飲みたくない理由であった。羽黒はお酒に関しては弱いのだ。そのため一杯でも飲んだだけですぐ顔が赤くなりほろ酔い仕掛けてしまうのである。そのため羽黒は宴会などでは出来るだけお酒は避けていた。しかしこの結果である。
ふらっとした体を起こし、受け取ったグラスをテーブルにと置いてそこに倒れるようにして言った。
「これだからお酒は飲みたくないんだよ。もう酔いが回り始めてきやがった。酔いが覚めるまで少し横にさせてもらいます」
そう言い羽黒は横になり目を閉じて酔いが覚めるのを待つことにした。
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羽黒が目を覚ますと既に皆が帰る支度をしていた。どうやら羽黒は打ち上げ会がお開きになるまで横になっていたらしい。
「やっと起きたかい。もうお開きだよ。でも、本当にここまでお酒が弱いとは思わなかったよ」
小夜威は、羽黒が横になっている隣にと胡坐をかいて座っていた。羽黒は床に手をつき、もう片方の手では頭を押さえながら起き上がった。
「まったくおっしゃる通りです。僕ってどのくらい横になっていましたか?」
腕時計を見て小夜威は言った。
「大体一時間半ってところかな。――真頼ちゃんなんだけど・・・見ての通り完全に寝ちゃっているよ」
真頼を見てみると口からよだれが垂れており、完全に寝てしまっている。あまりにも心地良さそうなので誰も起こさなかったのだろう。羽黒は仕方なく皆を先に帰らせることにした。そして羽黒はタクシーを〈うぐいす〉に来てもらうように電話をかけてタクシーを待つことにしたのであった。
皆が帰り、静かな余韻を味わっていたところであった。小夜威は突如として羽黒にと話を振った。
「羽黒君、完全に真頼ちゃんに振り回されちゃったね」
「全くですよ。――でも、僕が今こうやって全国優勝できたのは真頼姉ちゃんのおかげでもありますから恨めませんよ」
はにかんだ笑顔。普段ならこんなことを真頼にとは明かさない羽黒ではあったが、その彼女が寝ているのなら問題もないと判断したのか、素直になりそう言った。
「それはまたなんでだい?」
「真頼姉ちゃんから聞いたかもしれませんけど僕は父親が死んでから引きこもってしまったんです。でも真頼姉ちゃんが僕に救いの手を差し伸べてくれました。そのおかげで僕はこうやってまだ剣道をやっていけていけるんですよ」
羽黒たちの会話で目を覚ましたのか体を起こし、眼をかきながら言った。
「あれ、他の人たちは。というか今何時?」
あまりの情けのない姿に羽黒はため息を吐き、さっきまでの言葉を聞かせてあげるものかと思い言った。
「やっと起きた。もうとっくのとうにお開きだよ。タクシー呼んであるからそれに乗って帰るよ」
真頼は静かに、まだ酔いが完全に抜けきっていないのか「うん」と覇気の無い声で言った。
羽黒と真頼は〈うぐいす〉の外に出てタクシーを待つことにした。小夜威はホテルまで行くことにしたらしく、外に出てお別れをした。しばらくして待っていると、羽黒が呼んだタクシーがやってきて扉を開けた。先に真頼をタクシーに乗せ、その後に羽黒は真頼の後を追うようにして乗った。
タクシーが出てからしばらくした。真頼は下を俯きながらのまま、羽黒にと言った。
「もう夜も遅いのだからたまには私の家に泊まっていきなさいよ。羽黒の部屋まだそのままにしてあるんだから」
「いや、いいよ。家族の人たちにも迷惑をかけてしまうじゃないか。それにいつまでも僕は弥栄の家にはいられないよ。僕はとっくのとうに独り立ちをしている成人なんだから」
外の夜景を見ながら羽黒は答えた。自分の家は羽黒一人だけ、一人の孤独さを穴埋め、和らげるようにしてくれる真頼の想いは嬉しかった。だからこそ羽黒は独り立ちできていることを示したかった。
「分かってる。でも辛いことがあったらなんでもいいから相談してよ。最近の羽黒と剣道をやりあっていて思うんだけど何か迷いがあるわよ」
真頼の言葉をため息で返した。理解されないのは嫌だ。だからこそのため息であり、嫌みだとかそんなんでは無かった。もちろん真頼も分かっているはずである。あるいは、歳遅れの反抗期とでも思っているのかもしれない。羽黒はタクシーの窓を向き、反射で映る真頼を見て言った。
「大丈夫だよ、ただ単にあの時は少し疲れていただけだよ。その証拠に今日は調子よかっただろ」
そう話している間にタクシーは真頼の家の前に着いてしまった真頼は羽黒に、お休みとだけ告げタクシーから降り、家の中へと入って行った。羽黒は真頼が家に入って行ったことを見届けてタクシーを出すように言った。
羽黒の家は真頼の家からはそう遠くはない。そのためものの数分で羽黒の家へと着いてしまった。羽黒は運転手に代金を払い、礼を言った。
家の鍵を開け、自分の家に入って電気を点けないまま遣戸が全てしまっているのを確認した。そしてそのまま自分の部屋へと向かったのであった。外見が書院造だけあって家の内部も、ほとんどが書院造の名残があるが、一部は西洋式になっているものもある。
自分の部屋に着き電気を点けた。剣道具は床の間にと置き、押し入れから布団を引きずり出した。そしてそのまま羽黒は布団にと入り込み、疲れもあったのか数秒で寝付いてしまった。