烈火のALIVE ④
「始まりはね、私達の両親だったんだ」
ベコベコに凹んだ空き缶を指先で器用に回しながら、眼帯の少女は語る。
外では今なお、見上げるほどの巨躯を持つ魔物たちが闊歩しているというのに、目の前の彼女は顔色一つ変えない。
このような風景はすでに彼女達にとって日常と変わりないということか。
「……魔力、漏れてンよ。 カンのいい奴は嗅ぎ付けるよぉ……隠しな、出来るだろ?」
「っ……!」
はっとして口を両手で抑え、呼吸を整える。
大丈夫だ、魔物たちは私の存在に気付いていない、落ち着け、大丈夫、大丈夫……
「……上手いなぁ、さっすが」
「はっ、ふっ……! 馬鹿に、してるのか……!?」
「いいやぁ、本心本心。 アタシらと遜色ないレベルのもん出されちゃ、ちょっと自信ってのにヒビ入るぜって話ぃ」
そうか、彼女達はきっと生まれた時からこの環境に放り込まれていたはずだ。
10年間、あんな恐ろしい魔物たちが闊歩する街で息を殺して……
「キヒッ、まあ今日は少ない方さ……来な、面白くないもん見せてあげるからさ」
「……?」
掌で転がしていた空き缶を握り潰すと、彼女は近くの階段を下り始めた。
こんな所で放置されては命がいくつあっても足りない、仕方なく私もその後をついて行く。
「さっきの話の続き、“災厄の日”っての知ってンだろ? 私らはその日のすぐ後に生まれたんだ」
大分風化が進んだ階段を踏みつける度に、甲高い靴音が周囲に反響する。
この音で見つからないかと不安になるが、目前を歩く彼女は知った事かと乱暴に歩を進めるばかりだ。
「東北の方は大分『薄い』から知らないかもしんないけどさ、濃い魔力ってのは人には毒なんだ。 壁見てみな、声は出すなよぉ」
「えっ……ひっ!?」
ふと、階段の踊り場にたどり着いたスピネが拳銃型の杖に魔力を込め、光を灯して壁面を照らし出す。
多少魔力の扱いに慣れた魔法少女ならできる初歩的な技能だ、しかし問題はそこじゃない。
……腕だ、壁面にはびっしりとまるで助けを乞うかのように人の腕が生えている。
趣味の悪い装飾か、いや違う。 だって動いている。
壁面から伸びる腕は全て、常にもがくかのように忙しなく動いているんだ。
「キヒッ、まあ絶叫しなかっただけまだマシか。 近づくなよ、あれのお仲間になりたくなければな」
「あ、れ……あれは、いったい何……!?」
「腕だよ、人間の。 魔力を浴びて壁とくっついてしまったんだ、それから助けようとした人間をどんどん取り込んでこの有様ってわけ」
絶句する、せめて魔物と言ってくれた方がまだ救いがあった。
これが人間? そんなわけがない、合っていいはずがない。
そして必死に口を押えて声を殺していると、嫌でも彼らの嘆きが聞こえてしまう。
「コロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテ」
「ひ、ぁっ……」
「真に受けるなよ、これに意識はないさ。 ただ魔力だけで動いてるだけに過ぎない」
「ま、まさか……外の魔物も元は……」
「キヒッ、違うよぉ。 人間はあんな綺麗なカタチにはなれない、この壁もまだマシな方だよ? 他のは慣れないならまだ見ない方が良い」
「これが、マシ……?」
だとすれば、東京は想像以上の地獄だ。
そして聞けば聞くほどに、なぜ彼女達がこの街で生きる事が出来たのかが分からない。
「もうすぐだ……もうすぐ全部取り戻せる、アタシたちの10年が報われる……!」
「――――魔法少女たちの命を犠牲に、か?」
そうだ、彼女は言っていた。 魔法少女たちを犠牲に悲願は為されると。
東京を取り戻したいという願いは分かる、だがそれと魔法少女の命にどういう因果関係があるのか。
「……あ゛ぁ、安心しなよ。 お前の命は取らないさ、シルヴァちゃん」
「そういう事を聞いているのではない、答えろ! 何故魔法少女の命を狙う!?」
「キヒッ! そっか、知らないのかぁ……ねえ、魔法少女が死んだら何が残ると思う?」
こちらを憐れむような笑みを浮かべ、唐突に彼女はそんな事を問うてきた。
「……骨?」
「ざぁんねん、かすりもしない大外れ。 答えはね、魔物と同じさ」
そして彼女は、いつの間にか掌に隠し持っていた小さな魔石を見せる。
細く白い指に挟まれ、紫色の輝きを不気味に放つ魔石。
魔法少女が死んだら魔物と同じ、その言葉の意味はつまり……
「魔法少女は人間らしく死ぬこともできないんだよ、そしてアタシらはそれが欲しい……あの人が、そう言ったんだ」
――――――――…………
――――……
――…
互いの全力を掛けた衝突、当然その衝撃は計り知れないものになる。
衝突点を中心としてコンクリに亀裂が走り、燃え盛る炎が天へと昇る。
一瞬だったかもしれない、もしくは数十秒、数分は鍔ぜりあっていたかもしれない。
とても永い瞬きはすぐに過ぎ、気づけば私の体は弾き飛ばされ、橋の上に叩きつけられていた。
「あぐっ! っ……です、がぁ!」
魔力の余波を帯びた地面は、何度か転がる体に相応のダメージを刻む。
だが下手に打ち消さず、大きい距離を転がったのは僥倖だ。 お蔭でブルームスターに吹き飛ばされた左太刀に手が届いた。
すぐさま体を起こし、もうもうと立ち込める煙の向こうへ向けて刀を構える。
「はっ……今のを真正面から受け止めるのかよ」
次第に煙が晴れると、何事も無かったかの如くそこに立つブルームスターの姿があった。
ただし姿はあの黒衣ではない、いつも見慣れたモノクロの衣装へと変わっている。
今の衝突でパワーアップが解けたのだろうか、あの黒い姿には制限がある……?
「当たり前ですよ、舐めないでください。 ……それに、貴女手加減していたでしょう?」
「そりゃな、万が一にもこんな揉め事で大怪我されるわけにもいかないだろ」
「馬鹿にしてくれますね、その結果がこれですが状況は理解してますか?」
「何言ってんだ、俺はまだまだ戦え――――かふっ」
相変わらず飄々とした態度のブルームスターが、突然咳き込むと口から赤いものを吐き出した。
そして膝から崩れ落ちた彼女は、自分の掌に付着したそれを見てぽかんとした表情をしてみせた。
「あ、れ……クソ、なん……で……?」
「――――ブルームスター!?」
そのまま完全に倒れ伏すブルームスター、その身体はビクリと一度痙攣するともう動くことはなかった。
思わず武器を投げ捨てて駆け寄り、うつ伏せに倒れた彼女の腕を取る。
大丈夫だ、脈はある、生きている。 一体なぜ、さっきの衝突で? いや違う、でも何で……
「くっ……考えるのはあと! 待っててくださいブルームスター、今助けを呼んで――――」
―――――ふと、血塗れの彼女を腕を肩に回した時、その違和感に気付いた。
遠目で見た限りでは分からなかったが、これは血じゃない。 血液よりもべた付いて、トマトのような匂いが漂うこれは……
「……随分と、古典的な手段を使いますね。」
「引っかかる方も引っかかる方だろ、お互い様だ」
武器を投げ捨て、相手に肩を貸すほどの至近距離。
気づけばブルームスターの空いた片腕が、私の腹部へと添えられていた。
逃げ場はない、次の瞬間には私の意識を刈り取る一撃が突き出されるはずだ。
「卑怯です、最低です、最悪です。 私、ケチャップが嫌いになりそうです」
「俺も結構ギリギリだったよ、制限時間が切れたのは本当だ……ってなわけで、ごめんな?」
「次に会った時は覚えておきなさいよ、ブルームスター……!」
負け惜しみじみた台詞を吐くと、痛烈な痛みを最後に私の意識は落とされた。