烈火のALIVE ③
―――――刀と衝突した箒が弾き飛ばされる。
刀に纏わりついた風の魔力、それが触れるものをみな搦め捕っては吹き飛ばす。
参ったな、昨日より扱い方が上手くなっているじゃないか、これだから子供ってのは怖い。
「あなたを倒してその無謀を止めます! 大人しく倒れなさい!!」
「嫌だよ馬鹿! しつこい女は嫌われるぞ!!」
「予定変更、私怨を込めて強めにぶっ叩きます!!!」
余計な一言で苛烈さが増したラピリスの剣戟を、後方にステップを踏みながらなんとかいなし続ける。
やはり年季の違いか、一太刀一太刀が研ぎ澄まされたラピリスに対し、こちらは受け流すだけで精いっぱいだ。
オマケにこちらは時間制限付き、状況は明らかに不利だ、だからと言って負けてやるつもりは毛頭ないが。
「足元注意だぜ、魔法少女!!」
「っ、何を――――!」
袖に仕込んだ小石を迫りくるラピリスの足元へとばら撒く。
この手から離れた小石はどれが箒に変わるか分からない、簡易的な地雷原と化した足場を前にラピリスが二の足を踏む。
だがそれはフェイクだ、意識が足元に割かれた隙に、握り込んだ拳を振り上げる。
「猪口才な真似です―――――ねっ!!」
こちらの目論見に気付いたラピリスが、反射的に左手に構えた太刀を振り抜く。
殴りつける俺の腕へ正確に吸い込まれる剣閃……を前に、俺は手のひらに隠した小石を叩きつけた。
―――――ガギィン!!!
鼓膜に響く衝突音を鳴らし、互いの得物が弧を描いて飛んで行く。
だがラピリスにはまだ右に構えた刀が残っている、また恐ろしい剣舞が始まる前に、得物を失った右手側へと回り込んだ。
「この、ちょこまかと……っ゛!」
「どうした、動きが悪いぜラピリス!!」
上体を捻った彼女の顔が苦痛に歪む。
いくら魔法少女でも昨日の怪我を今日治すような無茶は通らないらしい、腹の傷がラピリスの精細な動きを確実に鈍らせる。
「ンな怪我で東京まで辿り着けるもんかよ、さっさと帰ってベッドで寝てな!」
「こんなものかすり傷ですよ、絆創膏貼っておけば治ります!」
「嘘付け!!」
牽制として同時に放った炎が空中で衝突し、炸裂。
沸き立つ爆炎が一瞬ではあるが、互いの姿を視界から外した。
《マスター、残り1分30秒です!》
「はぁ!? まだ1分も過ぎてないだろ!!」
《こっちだって昨日の今日で万全じゃないんですよ、フルカウントは持ちませんってば!》
「なるほどなぁ、きついなぁ!!」
皮算用していた時間よりだいぶ切迫したスケジュールで、この強敵を何とかしないといけなくなった。
さて、と考える暇もない。 焦る気持ちに歩調を合わせ、地を蹴る脚はラピリスへと飛び掛かる。
――――――――…………
――――……
――…
躱す、防ぐ、外す、塞ぐ、掴む、逸らす。
目の前の魔法少女は本当に、つい最近目覚めたばかりの素人なのだろうか。
こちらが繰り出す斬撃の嵐を殆ど無傷で掻い潜る、その技量はどこで磨いた?
私も体調は万全とは言わない、それでもこの剣速についてくるのはただ事ではない。
「……つくづく、野良なのが惜しい」
誰に言う訳でもなく口の中で噛み殺した言葉、呟くような声はこの剣戟の中で切り刻まれて届かないだろう。
新たに身に着けた、風で武器を吹き飛ばすこの技も既に見切られ始めている。 何をやっているんだ私は、新技に浮かれてばかりでは当たる技も当たるまい。
ならば、と勇み踏み込んだ足元に、大量の石礫がばら撒かれた。
「っ、何を――――!」
ブルームスターの魔法は触れたものを皆箒へと変えるもの、故に足元の小石を警戒してしまう。
つまり足元へ意識が奪われた瞬間、風の流れが彼女の動きをつぶさに伝えてくれた。
目視しても上手く認識できない彼女の挙動、しかし「何かおかしい」程度なら私は認識できる。
故に、反射的に振り抜いた風の太刀――――が、掌に隠された小石と衝突して弾き飛ばされる。
「……っ!」
足元はフェイク、本命は掌に収めた小石を箒に変えての刺突攻撃。
げんなりするほどの戦闘センスだ、つくづく敵に回したくなかった。
加えて容赦がない、正々堂々など知った事かと得物を失った左側へ回り込むように立ち回る。
「この、ちょこまかと……っ゛!」
追いかけようと捻る上体に、腹に刻まれた傷口が開く。
卑怯な、とは思うが口にはすまい、立場が逆なら私も同じような真似をしたはずだ。
「ンな怪我で東京まで辿り着けるもんかよ、さっさと帰ってベッドで寝てな!」
「こんなものかすり傷ですよ、絆創膏貼っておけば治ります!」
「嘘付け!!」
強気な言葉を吐いては見るが、額にはじんわりと汗が浮かび始めた。
鎮痛剤も切れて来たか、無茶な運動も合わさって傷痕に血が滲む。
痛い、痛い、痛い、だけどまだ膝を折るわけにはいかない。
倒れるのは、強情なあの少女の頭を引っ叩いてからだ。
片手に残されたのは炎を吹き出す赤い刀、熱気を纏う彼女とはあからさまに相性が悪い。
だが攻めあぐねてはこちらの傷が開くばかりだ、勝負は一点、一撃で決めなければ。
相手も持久戦は望んでいないのか、焦るように地を蹴ってこちらとの距離を詰めて来た。
「……向こうも勝負を急ぐ理由があるようですね」
その理由は何故か、今は考える余裕はない。
迫る彼女を火炎で牽制しながら、背後に吹き飛んだ左太刀を拾う機会を伺う。
ブルームスターを相手に、背中を見せるような行為は自殺行為だ。
得物の数が限られるこちらに対し、向こうは周囲のものが何でも箒に変わる、まったく厄介な魔法だ。
「まったく、なんで貴女は野良なんですかねっ!」
「理由があんだよ、いい加減諦めてくれ! もう俺に関わるなよ!!」
「いやですっ!!」
大上段から振り下ろした刀で、肉薄するブルームスターの頭を叩く。
間に差し込まれた箒の柄をへし折り、火の粉を散らしながら吹き飛ばされる彼女の体。
やはり大太刀状態でなければ踏ん張りが効かないか、痛む傷をかばうせいで余計に体力を使う。
「私は……貴女を、見逃して、もし何かがあれば! 死ぬまで後悔する、そんなの死んでもごめんです!!」
「――――――……」
肩で息をしながら、鉛のようにのしかかる疲労を誤魔化すために叫ぶ。
ブルームスターをこのまま行かせてしまうのは簡単だろう、もし何かあろうともそれは彼女の自己責任にしかならない。
だけどそれは妥協だ、私は私の正義に妥協してしまう。
痛いから、疲れたから、辛いから、そんな理由で諦めてしまうなら、私は二度とこの刀を握れなくなる。
「だから……だから私の手を握ってください、ブルームスター!! 独りで何でも……」
「……ごめんな、ラピリス」
≪BLACK BURNING STAKE!!≫
電子音の宣告と共に、ガリガリと地面にこすり付けた彼女の脚が黒い炎を帯びる。
これは彼女の拒絶であり、次で決めるという意思表示に他ならない。
「…………ばか」
同じ戦場で、何度も目にしたことがある彼女の決め技。
投げつける箒で敵を縫い留めるパターンもあるが、蹴りだけで事を済ませようとするのは彼女なりの慈悲なのか。
「お前に戦ってほしくない、誰かが傷つくところを見たくない、だから俺がやるんだ。 譲ってくれ、ラピリス」
「譲れません、分かりません。 あなたの横暴な理屈など、私の知った事じゃない!」
何度目かも分からない問答を互いに繰り返す。
それだけ私達は分かり合いたくて、同じだけ譲れないものがあるんだ。
紅く燃える太刀を強く握りしめる、体調も武器も万全ではない、だが退けない。
張り詰めた空気の中、黒い炎が一筋舞い上がる。
「「―――――この分からず屋ああああああああああああああ!!!!」」
余力の限りを尽くし、黒と赤の炎が橋上で激突した。