バレンタイン特別短編 エピローグ
「……大丈夫です、立ち直りました。 今度はもっとうまく作ります」
「そーそー、私達も手伝うから頑張ろうヨ」
「ボクもちょっと責任感じているからね、なんなりと申し付けてくれ」
後日、再度調理場に立ったサムライガールが気合いと共にエプロンの紐を結び直す。
私とドクターも貸してもらったエプロンを身に着け、準備は万端だ。
三人集まれば何とやら、サムライガール独りでおにーさんに勝てないなら3人がかりで勝負すればいいんだヨ
「大変ね、私も何か手伝う事ある?」
「まーまー、サムライガールのオカーサンはちょっと向こうで座っててヨ。 ほら、丁度いい昼ドラやってるヨ?」
目下最大脅威目標をぐいぐい押しのけ、調理場から追い出す。
後ろを振り返るとサムライガールが綺麗なサムズアップを見せていた、しばらくはこのオカーサンが調理場に侵入しない様に見張っておく必要があるな。
……すると、窓の外から気まずそうに調理場の様子を覗くブルームスターの姿を見つけた。
――――――――…………
――――……
――…
「……なーにしてんだヨ、ブルームスター。 わざわざ私服モードで覗きカナ?」
「違ぇよ、いやまあ違わねえか……昨日の今日で顔を合わせにくくてなぁ」
昨日、サムライガールのケーキを台無しにしてしまった件の事を言っているのだろう。
あれは仕方がない、元を辿れば全部あの猿の魔物が原因だ。
「そういえばあの猿って結局どうなったのカナ、倒した?」
「いいや、害はないようだったからドレッドハートに預けたよ。 あいつにはマン太郎の実績もあるからな」
ドレッドハート、その名はいつか会った他所の町を守る魔法少女だったか。
確かに彼女の傍には無害と判断された魔物が1体いるが、それでも1つ懸念がある。
「昨日の今日で害はないって判断はどうカナーって思うヨ? 猿が猫被ってたらどうするのサ?」
「俺もそれを言ったけど無理矢理ひったくれられた、私が責任を持っていい子に育てるだってさ」
なるほど、それだけ断言されたらこちらから言えることは何もない。
それにドレッドハートは仮にも魔法少女だ、万が一が起きた場合に対処するだけの力はある。
「チョコ与えとけば大人しくて可愛いもんだよ、人から盗むぐらいだから相当な好物だな」
「人騒がせな甘党だネ、お蔭で私達はサムライガールを励ますのに相当苦労したヨ」
「それなぁ、はー……アオは今どうしてる?」
「気を取り直してまた1から作り直してるヨ、あの根性は見習いたいネ」
「そっか……良かった、好きな相手に渡せると良いな」
「ウンソウダネー、私もそう思うヨー……」
きっと、おにーさんは私達の“すき”は気づいてすらいないんだ。
よくて子供のあこがれくらいに受け止めて、愛し恋しなんて考えには至らない。
私たちが思っている以上に、彼との距離は相当に遠いのかもしれない。
「……そうだ、ほらこれ。 ご苦労様って事で、ハッピーバレンタイン」
「ン? 何カナこれは?」
「トリュッフェルなんとか……まあ豪勢なチョコケーキみたいなもんだ、おひとつどうぞ」
渡された紙箱を開けてみると、中からはココアパウダーを振りかけられた1ピースケーキが詰められている。
ケーキの上にはハート型に模られたチョコも乗っかっている、一目見ただけで分かる手間のかかりようだ。
「……すごいネ、こんなの何時の間に作ったのカナ?」
「仕込みは大体終わらせてたから昨日の夜にパパっと、昨日つまみ食いしたアオのケーキに触発されてね」
なんて事だ、昨日の騒動でサムライガールは超えるべきハードルを自ら上げてしまったらしい。
テディの腹からフォークを取り出し、研究のために一切れを口の中に放り込む。
当然ながら甘い。
それでも嫌味なほどではなく、振るい掛けられたココアパウダーがチョコの甘みを上品な味に仕上げる。
下に敷かれたケーキ生地もしっかりと甘さを受け止め、ふわふわの食感がとろりとしたチョコに絡んで実に旨い。 1ピースじゃ物足りないほどだ。
「……これに勝たないといけないのかぁ、サムライガールは」
「どうした、口に合わなかったか?」
「ン、いやいやとっても美味しいヨ。 文句なしの花丸」
「……そっか、そりゃよかった、 ありがとよ!」
ニッとはにかんだ彼女の笑顔は、同性としてもかなり魅力的に見えた
思わずドキリと心臓が跳ねたのは中身がおにーさんだからか、それとも……
「ンンッ! 残りは後でじっくりいただくヨ! ブルームもあとで変身解いて戻ってきなヨ、ゆっくりでいいからネ!」
「お、おう。 あと10分ぐらいしたら戻るさ」
「駄目、夕方ぐらいまでゆっくりしてなヨ!」
「なんで!?」
赤くなった顔を隠し、早足で店内へと戻る。
まったく、私は何をやっているんだろうか、サムライガールの応援ばかりなんて。
恋なんて自分から動かなければすぐに横から掻っ攫われるなんて、今どき小学生でも知っているというのに。
「HEYサムライガール! 気合い入れてチョコ作るヨ、ついでに私の分も作るからネ!」
「むっ、コルトも誰かに渡すのですか? それなら当然手伝いますけど」
「それが事実なら明日は槍が降るな、それか頭の病気かだ。 脳外科の受診を勧めよう」
「はっ倒すヨひきこもり! とにかく急ぐヨ、気合いだヨ! おにーさんに負けないチョコを作るんだからネー!」
恋は戦争、決してチョコのようには甘くない。
酸いも甘いも噛み潰して、立派なレディーになればきっとあの人も私達の“すき”に気付いてくれるだろうか?
……なんて妄想もチョコへ融かせば、女三人姦しく時は過ぎていく。
さ、出来上がったチョコと事の顛末に関しては……まあ、語らないでおこう。
願わくばホワイトデーには、とびっきり甘ったるいキャンディーが帰ってくることを。
間に……合った……!(イベント終了1時間前)