バレンタイン特別短編 後編
「……しっかしどこもバレンタイン一色だなー」
《ですねー、チョコ業界の販売戦略にまんまと乗せられてますよ皆々様》
コルトに追い出され、街に繰り出してみれば右も左もハートマークとカップルだらけだ。
きっとこの時期に成立した組み合わせも多いのだろう、なんにせよ独り身にはつらい光景だ。
《いやーどこもかしこもお熱い事で、マスターは誰かと付き合うとか考えないんですか?》
「この顔のお蔭でな、相手を苦労させるほど自分の満足を優先したくねえよ」
商店街に並ぶ店のガラスに映った自分の顔、そこに刻まれた酷い火傷痕をそっと撫でる。
この顔を見て好きですり寄る異性なんていない、いたとしても一緒に歩くだけで余計な苦労を掛ける事になる。
だったら一人の方が気が楽だ、幸い好みの異性というのにも出会った事もない。
《はぁー……そういうとこですよマスター?》
「何がだよ」
取り出したスマホに写った相棒は実に呆れた顔をして見せる、まだまだ浅い付き合いのせいか、こいつはたまによく分からない事を言う。
「……おや、そこに居るのは葵のお兄さんかな?」
「ん? お、おぉ、ヴァイ……いや、確か咲ちゃんだっけ?」
あてどなく街中を歩いていると、ゲームショップの前に並ぶ列の中に、一際小さな少女を見つける。
名を古村 咲、魔法局唯一の治癒能力を持つ魔法少女兼、俺が苦手意識を持つ相手だ。
「咲“ちゃん”はむず痒いからやめてくれ、呼び捨てで良いよ」
「そうかい。 なら咲、これは一体何の列なんだ?」
「知らないのかい? 新作ゲームの発売日でね、バレンタインも近いということでチョコのオマケがついて来るのさ。 女性店員の手渡しでね」
「なるほど、道理でぎらついた目の客が並んでいる訳か」
列の先頭を見れば、確かに女性店員がリボンを付けたハート型のチョコを1つずつ袋に入れ、笑顔と共に客へと商品を売りさばいている。
遠めだがスラっとした顔立ちは美人だと思う、これだけの列を作るのも納得な人選だ。
「どうだい、葵のお兄さんとして彼女の評価は?」
「ん? ああ、かなりの美人さんだと思うよ。 なんなら俺が代わりに受け取っておこうか?」
「遠慮しておくよ、店頭でゲームを買うのが結構楽しみなんでね」
冗談交じりの会話を交わしていると、すぐに咲の順番が回って来た。
店員から袋を渡された彼女はその手を握り返すように包み、「ありがとう」と笑顔で礼の言葉を残してから受け取る。
子供らしからぬ対応に、手渡した方も顔を赤くしてしまうほどだ。 うーん、悪い子だ。
「あはは。 葵のお兄さん、近くで見ると余計に美人だったよ。 泣きボクロが実に美しい」
「そうかい、俺は君の将来が心配だよ」
「ご心配ありがとう、それじゃこれ以上心労も欠けない為にもさっさと戻……」
『―――ウキキャッ!!』
――――その瞬間、俺と咲の間にバスケットボール大の猿が走り抜ける。
何故こんな所に猿が、などと考えている間に猿は咲の腕からチョコ(とゲーム)が入った袋を引っ手繰って行った。
「………………葵のお兄さん、ちょっと用事が出来た。 ボクはここで失礼するよ」
「あ、ああ……その、なんだ、気を付けて?」
「ははははは、その言葉はあのエテ公に伝えてくれ」
笑顔を崩さないまま、咲は路地裏へと姿を消す。 数秒後に聞こえて来た微かな電子音はきっと聞き間違いじゃないだろう。
俺に出来るのはあの子ザルの未来を憐れむことくらいだ。
《マスター、さっきの猿は魔物ですよ。 どうします?》
「やっぱり? なーんかマン太郎と同じ雰囲気するんだよな……」
以前、故郷で出会った魔法少女と魔物の事を思い出す。 今までの連中に比べればチョコを盗むぐらい可愛いもんだ。
しかしあれは痛みにもがいた暴走だが、今見た限りでは猿の窃盗は故意だ、流石に見逃すわけにはいかないか。
「待てェ!! そこな猿、貴様を末代にしてやろうかッ!!!」
「サムライガァーール!! クール、クールにいこうヨ! お嫁に行けなくなっちゃうヨー!?」
どうしようか思案していると、修羅の気を帯びたラピリスと、その後ろを遅れて追いかけるゴルドロスが横切って行く。
……あの猿は自殺志願獣かなにかか?
《マスター、改めて聞きますけどどうします?》
「うぅーん、対処すべきなんだろうけど追いかけたくねえ……」
――――――――…………
――――……
――…
『ウッキャッキャー!!』
「逕溘″縺ヲ蟶ー繧後k縺ィ諤昴≧縺ェ繧育函逧ョ繧偵?縺主叙繧雁屁閧「縺ョ遶ッ縺九i譁ャ繧願誠縺ィ縺礼↓縺ォ縺九¢……」
「ヒト語! せめてヒト語を喋ろうヨ、ねぇ!?」
怒りのあまり呪詛が口から漏れていた、それにしても腹立たしい猿だ。
こうも人ごみに紛れられては小回りの利かない私では追いかけにくい、例え捕まえたとしてもボウルやケーキをひっくり返せば台無しだ。
「ゴルドロス、鳥もちとか出せませんか!?」
「出せはするけど先ずは追いつかないとネー……おっ?」
「よう、大捕り物だねお二人さん」
「ブルームスター! ここであったが……いや、今はそんな場合ではないんですよ!」
箒の上で仁王立つモノクロの姿を見つけた瞬間、反射的に刀を引き抜きかけたが、僅かに残った理性がそれを抑える。
今は彼女と争っている場合ではない、最優先事項は猿の捕獲とチョコの奪還だ。
「ブルームスター、手伝ってヨ。 私じゃこのオーガは扱えないナ」
「あいあいさ、お前も苦労してんなぁゴルドロス」
「むぅ……腑に落ちませんが背に腹はかえられませんね」
今は野良ネコの手でも借りたい、なんとしてもおにーさんへ渡すチョコを取り返さねば。
今回は特に渾身の出来だったんだ、同じレベルものがもう一度できるとも限らない。
「よく見りゃ他にもいろんなチョコ抱えてんな、全部まとめて返してもらおうか!」
≪IMPALING BREAK!!≫
虚空から取り出したスマホを押下すると、彼女が乗った箒が唐突に加速する。
牽制からトドメまで、用途が幅広い突撃技。 やはり空を飛べるのはいろいろと便利だ。
そして空からなら人ごみは関係ない、箒はあっという間に猿へと追いついて――――
『ウッキャア!?』
「こら、大人しくし――――あっ」
箒から伸ばされたブルームスターの腕が猿へ伸びた時だった。
後ろに気を取られた猿が道にできた凹凸に足を引っかけて転ぶ、そこまではまだいい。
だが抱えた荷物がどうなるかなんて火を見るよりも明らかだろう、宙を舞うチョコの群れがまるでスローモーションのように見える。
ゆっくり、ゆっくりと落下するケーキとボウルを、私はただ見ている事しかできなかった。
やがてペショリ、と気の抜けた音を立てて無残にも飛び散ったチョコは地面へと到達したのだった。
「あ……あああああああぁああぁぁあぁああぁああ!!? さ、三秒ルール! 三秒ルールです!!」
「サムライガール……気持ちは分かるけど人に食べさせるものにそのルールは使えないヨ」
「えっと……ご、ごめん?」
転げた猿を捕獲したブルームスターが気まずそうな顔で謝罪するが、今はどうでも良い。
力なく膝から崩れ落ちた私の胸中に残るのは、ひたすらな虚無感だけだ。
「ふぅ、カセットは無事か……ん? どうしたんだ君達?」
「おわっ、ドクターいつの間に現れたんだヨ。 じつはかくかくしかじかって訳で……」
「あー……しまったな、自分の分しか回収してないぞ」
横でドクターとゴルドロスが会話を交わしているがどうでも良い、私はいつもこうだ。
この無残に散ったケーキたちは私の人生そのものだ、私はいつも失敗ばかりだ、おにーさんも私を愛さない。
「ら、ラピリス? 元気出せよ。ほら無事な部分だけ回収してきたぞ!」
「もう……もう要らないですよそんなのぉ……そんなグチャグチャのケーキじゃ渡せないです……」
「んなこたないって、腹に入れば皆同じだ! 味だってうん……美味いなこれ、焼き加減もクリームの具合もかなり出来が良い」
「あ゛な゛た゛に゛食゛べ゛て゛も゛ら゛う゛た゛め゛に゛作゛っ゛た゛わ゛け゛じ゛ゃ゛な゛い゛!!」
「要らないって言ったじゃんかー!?」
こうして、私のバレンタインは今年も残念な結末に終わったのだった……
BADEND……?




