思い出・アップデート⑨
≪Warning!! Warning!! Warning!! Warning!! Warning!!!≫
ラピリスを中心に風が逆巻く、下水道内のいやな空気ごとネズミたちを跳ね除ける様に。
惜しげなく魔力を放っている所を見るに、向こうも短期決戦を望んでいるようだ。
よく気が合う魔法少女だ、こちらも切りかかられる前にさっさと黒衣を展開して箒を構えた。
「……前と違って嫌な感じがしませんね、頭でも冷めましたか?」
「頼りになる同居人のお蔭でね。 ただ長くは持たない、早めに片付けるぞ」
「ギヒヒッ、イチャついてんじゃねえよお二人さぁん!!」
スピネが叫ぶとともに、シルヴァと局長を抱えた魔物がランプを振るう。
するとその動作を合図に、周囲のネズミが一斉に飛び掛かって来た。
風を放つラピリスを避け、俺へ殺到するネズミ、いちいち相手にしていたら3分なんてあっという間だ。
「だからちょっとズルするぜ……ラピリス!」
「へっ……? って、ちょっ! なんでこっちに来るんですか!?」
群がるネズミの一画を弾き飛ばし、ラピリスの下へすり寄ると一際出力の上がった強風がネズミだけを吹き飛ばす。
そしてネズミ達のヘイトをラピリスに擦り付けたまま、脇をすり抜けた俺は勢いそのままスピネへと距離を詰める。
「――――ブルームスタァー!!」
「スピネェ!!」
怒りを込めた互いの叫びと得物が交錯する。
スピネの鳩尾目掛けて突き放つ黒箒、その手元に寸分の狂いもなく放たれた銃弾が軌道を大きく逸らす。
空ぶった余波が下水の水を跳ね上げ、高く上がった波がネズミたちの一部を飲み込んで何処かへ運んで行く。
「キヒッ! さっきの仕返しぃ、次はドタマ行こっか?」
「させませんよッ!!」
後方から殺気を感じて反射的に横へ跳ぶと、炎を纏ったラピリスが下水道の内壁を削りながら大太刀を振るう。
一瞬前まで俺が立っていた場所ごと削り取る一撃を、スピネも大きく距離を取って躱した。
「あっぶな! ラピリス、今の俺ごと狙ったろ!?」
「擦り付けられたお返しですよ、もうあんな醜態は晒しませんからね私!!」
「だからイチャついてんじゃねえっての! やる気あんのかあんたら!?」
「「イチャついてない!!」」
互いの声が重なったところに、先ほどの攻防を逃れたネズミたちが再度群がってくる。
シルヴァたちを助け出すのが第一目標だが、それにはこのネズミたちが邪魔だ。
「だったらまずはあの魔物からだ、スピネの相手は任せた!!」
「仕方ないですね、局長もお願いしますよ!!」
大太刀を双刀に分けたラピリスがスピネへと切りかかる。
辛うじて銃で斬撃を受け止めた彼女の隙を突いて、俺は虚空から呼び出したスマホの画面を叩いた。
≪BLACK IMPALING BREAK!!≫
「チィッ! 退きなよ、ラピリス!!」
「いいえ、あなたの相手は私です!!」
黒炎を噴き上げる羽箒に乗り、狭い通路の壁を削りながら、螺旋を描いて奥の魔物へと突っ込む
ネズミを操る暇も与えない、このままぶち当たって駄目なら燃える蹴りの追撃も叩きこんでやる。
『―――――……』
「へっ、何々!? ちょっ、私をどうするつもりかね……ほぎゃっ!」
「んなっ!?」
こちらが箒で突っ込むと同時に、魔物はその手に抱えた局長をこちらへと突き飛ばす。
ネズミの入るこの場に、生身で放り出すわけにはいかない。
咄嗟に投げ出された体を掴み取るが、支えきれない重みに箒の軌道が大きくズレ、水飛沫を上げて下水の中へと落っこちた。
「ぶへっ! ぺっ、ぺっ! 大丈夫か局長さん!?」
「あ、ああ。 私は何とか……いや、それよりも君が危ないぞ!?」
「キヒッ! 良い機転だぜペスマスちゃん、ネズミ共もボケっとすんなよ!」
水に落ちた俺たちに向け、再びネズミの群れが襲い掛かってくる。
足を止めた瞬間これだ、息つく暇さえない。 残り時間もすでに半分を切った、このままじゃ拙い――――
「――――ドクター、今です!!」
「何ィ!?」
ラピリスが耳元の通信機に向かって、先に決めていたであろう合図を叫ぶ。
その瞬間、周囲に群がったネズミたちは踵を返して周囲へと散って行った。
「はぁ!? なんで制御が……ペスマス!!」
「無駄ですよ、ドクター曰くれみ……れみ……レミなんとかというゲームは多くのネズミを引き連れ、可能な限り数を減らさずゴールまで導いたスコアを競うものなんだとか」
ペスマスと呼ばれた魔物が何度もランプを振るう、しかし殆どのネズミは指示を聞く様子もなく何処かへと消え去り、わずかに残った連中もどうしていいか分からずに右往左往するばかりだ。
「御覧の通り、ネズミたちの制御はこちらが奪いました。 あなた達の言うことはもう聞きませんよ」
「チッ……いちいち、アタシたちの邪魔をしてくれる!」
怒りをあらわにしたスピネと、冷静に振るったラピリスの刀が交錯する。
互いの胸元へと突きつけられた得物ではあるが、こうなってしまえば引鉄を引くよりラピリスが動く方が速い。
「大人しく投降しなさい、この間合いであればあの妙なワープが来るより早くあなたを穿てます」
「っ……こんな、もので……アタシを何とかしたつもりかよ……!」
強がるスピネだが、突きつけれた刃先に渦巻く風は次の瞬間にでも彼女の胸を強かに叩くはずだ。
それでも投降の猶予を与えるのはラピリスの情、鳴神葵としての甘さだ。
「ら、ラピリスクン! 何をしている、話なら無力化した後で十分すればいいだろう!?」
「局長、少しお静かに。 彼の事は任せましたよ、ブルームスター」
同時に視線も逸らさずこちらへ釘が刺される、“手を出すな”と。
こちらと間合いの空いた魔物もこの空気に手を出せず、ただシルヴァを抱えたまま立ち尽くすばかりだ。
「……ざっけんな、このまま捕まるくらいならなァ! アタシにだって覚悟があンだよ!!」
その場の全員が作った僅かな静寂を壊したのはスピネだった。
片手の銃から手を離し、落下するよりも早く刀の刃を掴み取ると――――そのまま自分の鳩尾へと突き刺した。
「んなっ!?」
「あ、あなた一体何を……!?」
「ガフッ! ……キヒッ、ヒヒヒ……殺す度胸も無いくせにさァ、ンなもん振るうなよなぁ……!」
鮮血を吐き出し、崩れ落ちるスピネの体。
胸元からずるりと引き抜かれた刀にはべっとりと汚い赤にまみれ、その傷の深さが伺える。
ただ、彼女の目論見に気付いた時にはもう遅かった。
「ラピリス、しっかりしろ! 逃げる気だ!!」
「キヒッ……遅いよぉバァーカ……!」
ふらつく体を下水の中へ投げ出す彼女、その身体は不自然なほど水飛沫を上げずに、昏い水面へと吸い込まれる。
はっとしたラピリスが波紋を立てる水底へ手を伸ばすが、伸ばした腕を拒むかのように、水底から飛び出したカミソリのような刃がラピリスの腕をはじく。
「ぐっ……オーキス!?」
「――――退いて! よくも、よくも朱音ちゃんを!!」
下水の中から姿を現したオーキスが得物を振るう、そのたびに刀とカミソリの刃が激突し、暗闇の中に火花を散らした。
驚くのは不意打ちとはいえ、両手に刀を構えるラピリスを押し込むほどのオーキスの猛攻だ。
「な、何かヤバくないかね!? ブルームスタークン、彼女へ加勢してくれ!」
「分かってるよ! けど……!」
《マスター、残り30秒を切りました!》
相棒が無情なタイムリミットを告げる、今ラピリスの加勢に入ればシルヴァが―――
「――――ブルームスター! あなたは人質の救助を、こちらは私が何とかします!!」
「……ああもう、無茶すんなよ!!」
交戦するラピリスを背に、逃げようとする魔物の跡を追う。
残り30秒―――――間に合うか。