思い出・アップデート⑦
『ねえ、大丈夫なんだよね!? これ大丈夫なんだよね本当に!? 万が一が起きても治るんだよね!?』
「大丈夫だとも、今まで医療ミスを起こしたというクレームは一件も入っていないんだ」
「魔法少女一同、無事の帰還を祈っております」
「まあまあ、コルトちゃん特注の防護セットを信じなヨ」
『ああ局長、せめて骨は拾いますから……』
ネズミの被害者が確認された付近、耳に小型通信機を付けた局長が人通りの少ない道のりを練り歩く。
そこから豆粒に見えるほどの距離にあるビルの上では、コルトと私とドクターの三人が待機している。
何かあった際、私の速度で駆け付けられるギリギリの距離だ。 局長はこのビルを中心とした円周上を歩き回るように伝えてある。
「喰いつきますかね、ネズミ」
「さてネ、通信機や私達の臭いに感づかれると難しいかもしれないヤ」
「ネズミの嗅覚は犬並とも聞く、もし群れの全体に情報が共有されていたら現れないかもね。 その時はその時だ、まずは目の前の作戦に集中しよう」
『うう、出来れば現れないでくれ。 チーズ上げるから……!』
『あらあら、もしかしたらブルームスターちゃんに会えるかもしれませんよ?』
局長を弄る縁さんの声は心なしか楽しげに聞こえる。
彼の行動に一番鬱憤が溜まっているのは彼女のはずだ、多少の嫌味ぐらい目を瞑ろう。
「カメラの目も少なく、被害者の発生場所を照らし合わるとこの周辺が怪しいんだ。 ここに何かあると見ているが」
「……何も起きないネ、こりゃスカったカナ」
「まだ分かりません、もう少し待ちましょうよ」
『ふ、ふぅむ……それにしてもカメラか』
恐怖をはぐらかすためか、3人の会話に局長が割り込んでくる。
ネズミの出現に関し、彼からも何か思う所があるのだろうか。
『何故ネズミがカメラの位置を知っているのか、気になるね……中には分かりにくい位置にもあるはずだろう? そこらへんどう思うかね、ドクタークン』
「……ネズミを操る者の手によって超知覚を与えられた、とかはどうかな?」
『突拍子もない、しかしそれを否定しきれないのが魔力とやらの厄介な所だよ……私にはこれが人為的なものに思えるのだ』
「人為的、ですか?」
『ああ、勘ではあるがね。 私の勘はよく当たると自分の中で評判なのだよ、そんな私が推理する限りどうも今回の……オギャァー!!?』
局長が得意げに語る持論を打ち切り、特大の悲鳴を上げる。
それを聞いた私はドクターの合図とともに、局長の下目掛けてビルの屋上を飛び降りた。
「局長、聞こえる!? ネズミはどこから現れたのカナ!?」
『あ、足元……地下だ! こやつら、マンホールの下からゾロゾロ出て来おったわぁ!!』
「マンホール……地下水道か! クソ、そりゃ街中好き勝手に移動できるわけだ!」
「後悔は後だヨ、今はとにかく局長のレスキューが先!!」
しかし通信機からの音声は短いノイズを最後に途絶えてしまう。
何かの拍子に壊れたか、それともネズミが壊したのか、局長の安否はこれで分からなくなった。
だが最後に残した情報は値千金だ、現場に駆け付けてみると不自然に蓋が開いたマンホールが見える。
「ドクター、こちら現場です。 局長の姿はなし、下水道に引き込まれたものと思われます!」
『分かってる、君はそのまま追ってくれ。 ただし慎重に進むように、噛まれれば先ほどの二の舞だ。 それに――――』
≪――――THE・レミング's!!≫
通信機の向こうからは指示を飛ばすドクターと、高らかに響く電子的な声が鳴り響いた。
『……こちらも、射程内に入った』
――――――――…………
――――……
――…
「ハク、ネットから目撃情報とか拾えないか?」
《駄目ですね、情報が錯綜しています。 向こうにも陽動とか考える頭があるようですね》
箒に乗り、空の上から見慣れた街を見下ろす。
だがどれほど街を俯瞰しようとも、目新しい情報入ってこない。
ネズミ共の動きはとても狡猾だ、今はまだ被害は小さいもので済んではいるが、いつこの燻ぶっている火が燃え上がってもおかしくはない。
地上は嘗める様に見渡しているはずだ、幾ら1匹1匹が小さかろうとあの群れを見逃すものとは思えない。
「……地表に隠れていないのなら」
《ネズミが飛ぶとは思えませんし、地下……ありえるのは下水道ってとこですかね?》
「ああ、これだけ探してもいないんだ。 潜ってみるのも悪かない」
そして適当に見つけたマンホールの近くに着陸し、羽に戻した箒を仕舞った時だった。
虚空から現れたスマホが着信音を鳴らす、画面に表示されているのはシルヴァの名前だ。
向こうで何かあったのだろうか、すぐさま手に取り着信を受ける。
「シルヴァ? どうした、なにかあったのか」
『……キヒッ! 駄目だよぉブルームスターちゃぁん? 大事なお仲間から目を離しちゃったらサァ?』
――――スマホの向こうから聞こえた声に、一瞬血の気が引いた。
何故シルヴァがもつ携帯から奴の声が聞こえるのか、その理由は一つだろう。
「……久々だな、スピネ。 シルヴァは無事か?」
『察しが良くて助かるねぇ、今のところは無事だよ。 お前の心がけ次第でなぁ?』
「御託は良いよ、何が目的だ?」
『キヒハッ、本当に話が早くて助かるねぇ。 すぐそこに案内役がいるだろ、黙ってついて来な』
言われて辺りを見渡すと、すぐそばにあるマンホールの下から一匹のネズミが這い出てくる。
案内役とはこいつの事か、それに下水道という予想も間違ってはいないらしい。
『10分以内に来い、仲間も呼ぶなよォ? キヒヒッ、一度こういう台詞言ってみたかったんだぁ!』
「5分で良い、待ってろ」
一方的に通話を打ち切り、マンホールの蓋を引き剥がしてその中へと体を滑りこませる。
すえた臭いが漂う薄暗い世界、ハクが照らす光だけが頼りとなる道のりを、チョロチョロと走るネズミが先導する。
《今更ですが明らかに罠臭いですよマスター、それでも行くんですか?》
「シルヴァが危ない、俺に選択肢はないよ。 悪いが付き合ってくれ」
俺は馬鹿か、あんな状態のシルヴァを放置したらどうなるかなんて分かり切っていただろう。
判断力が鈍っていたなんてただの言い訳だ、罠だと分かっていても今はとにかく先を急ぐしかない。
「気を抜くなよハク、何か見つけたらすぐに教えてくれ」
《ええ、マスター。 そして早速ですが後ろをご覧ください》
前を走るネズミを追いかけながら、ちらりを後ろを振り返る。
見えるのは暗闇に光る多数のネズミの目。 目の前を奔る案内役とは別に、ネズミの群れが後ろから追ってくる。
早速仕掛けて来たか、と思ったがどうも様子が違う。 ネズミの一団は俺たちの脇をすり抜けて追い越して行った。
……その背に、見覚えのあるふくよかな体格の男を乗せたまま。
「た、助けてぇー! ヘルプミー、メーデーメーデー!! あっ、そこに居るのはブルームスタークウウウゥゥゥゥゥン……」
ドップラー効果を残し、局長さんを乗せた群れが道の先へと消えて行く。
……何だったんだ今の?
《……局長さんも攫われたんですかね、随分とメルヘンな輸送方法でしたが》
「いや洒落になってないだろ、ちゃんと見張ってろっての!」
魔法局のトップも攫われたとあれば、ラピリス達も黙ってはいないだろう。
最悪三つ巴の混戦にもなりかねない、そうなる前にシルヴァを助け出さなければ。
しかし一体どこの誰だ、魔法局のトップをこんな危険にさらすような真似をした奴は……




