思い出・アップデート⑥
「ううぅぅ……我頭が痛い……」
「お疲れさん、やっと正気に戻ったか」
適当に見つけた無人ビルに身を隠し、寝こけたシルヴァを膝枕すること数十分。
目を覚ましたシルヴァに水の入ったボトルを渡すと、彼女は目尻に涙を浮かべて頭を抱えた。
最悪ずっと酔っぱらったままかとも危惧していたが、時間経過で戻るなら心配はないか。
「シルヴァ、今までの事は覚えているか?」
「さっぱりぃ……常闇の底へ焼き伏せられし我が記憶……」
覚えていないと、体験から何か情報が引っ張り出せないかと考えたが甘かったか。
それに何だか俺の頭も上手く回らない、シルヴァの事ばかりで忘れていたがもしやこれは。
《……マスター、顔色赤いですが大丈夫ですか?》
「今のところは何とか……そういや俺もネズミに噛まれてたんだよな……」
頭に響くハクの声がぐわんぐわんと反響する。
シルヴァよりマシとは言え、俺もネズミの影響をしっかりと受けているらしい。
《シルヴァちゃんより解毒(?)に時間がかかりますね、いっそ酔いに身を任せてガス抜きした方が楽かもしれませんよ?》
「断る、俺は俺を信用していないんだ。 どんな醜態を晒すか分からない以上、この理性は手放さん……!」
「何だか知らぬが我ディスられてる気がする……」
「気のせいさ、それで具合はどうだ?」
黙ってシルヴァは首を振る、顔色も悪いし無理はさせない方が良いだろう。
彼女とは一度別れ、残りの捜索は俺一人で行うしかない。
「シルヴァ、お前は一度帰った方が良い。 後の事は俺に任せろ」
「うううぅ、しかし……」
「心配すんな、その状態じゃまともに戦えないだろ。 しっかり休んで早く回復してくれ」
「むぅ……分かった」
しょぼくれたシルヴァの髪をクシャクシャ撫でまわし、渾身の笑顔を作ってシルヴァと別れる。
さて、出来れば彼女が回復する前に片を付けたいな。
「……気を付けてね、七篠さん」
《えっ》
「ああ、もちろん……ん?」
何か今の会話、どこかおかしかったような?
……まあいいや、やっぱり俺も頭が回ってないな。
――――――――…………
――――……
――…
「あれはそう……今からみれば遠い遠い昔の話だった」
現場から戻った作戦室、仰々しい身振り手振りと共に局長が昔の思い出を語り始めた。
長くなりそうなのでサムライガールとドクターはメディカルチェックのために席を空けている。
観客は今の所、呆れ顔で煎餅を齧る私と縁の2人だけだ。
「昔の私はね、もっと線がシュッとした美少年だったのだよ。 自分で言っちゃ何だか結構女の子にはモテる方でね」
「すみません、美少年の定義を穢さないでくれますか?」
「酷くないかね縁クン!?」
縁の言い草は酷いが、確かに目の前のコレが美少年だったころの姿など想像つかない。
ただ局長の言葉を信じるなら、ミカちゃんとやらもその頃に出会った子なのだろうか。
「オホン、ミカちゃんと出会ったのはそんな小学生の時だった……私は彼女に大きな恩があるのだよ」
「恩ねぇ……まあそこはどうでもいいけどサ、結局それが何でブルームスターに執着することに繋がるんだヨ」
「彼女の凛々しい目つき、優しげな微笑み、どこか強い芯のある雰囲気はミカちゃんに似ている。 もしかしたら彼女のご両親はミカちゃんかもしれぬのだ」
「なーるほど……可能性は低いけど一応ブルームスターの正体を探るヒントにはなりそうですね、そのミカちゃんは同級生だったんですか?」
「分からん、彼女とは一度会ったっきりだ。 だがそれでもブルームスタークンに出会った瞬間、当時の記憶が鮮明に蘇ったのだよ!」
縁が頭を抱えて大きなため息をつく、気持ちは分かるが当てにならない情報だろう。
ブルームスターの中身なんてクイズ王だろうと分かるまい、ミカちゃんとやらも他人の空似に決まっている。
「だ、だがね! 私は一度ブルームスター君に命を救われたのだ、やはり一度会ってちゃんと礼を……」
「面白そうな話をしてるね、ボクらも混ぜてもらっていいかな?」
ヒッ、と短い悲鳴を漏らした局長の背中から、ドクターとサムライガールの2人が扉を潜って現れる。
メディカルチェックは終わったらしい、結果はどうだったのだろうか。
「問題はないよ、体内に残留していた魔力は消失していた。 ラピリスの持つ魔力に負けたんだろう、雑菌による感染症も心配したが、こちらも問題はない」
「大変お騒がせしました。 魔法少女ラピリス、いつでも再出動できます」
ぴしりと背筋を伸ばしたサムライガールが深々と頭を下げる。
そこにあるのはいつもの彼女の調子、後遺症なども特に残らなかったようで何よりだ。
「無事で何よりよ、葵ちゃん。 それじゃネズミ退治の話も進めないとね」
「そーだヨ、局長のコイバナよりずっと重要だネ」
「酷くないか君ら……いや、間違いではないが」
なにせ魔法少女なら問題ないとはいえ、ネズミの一噛みは常人にとって死に至る猛毒に等しい。
幸いな事に派手な被害報告はまだ出ていないが、局長を襲った男と同じような事件はいくつか発生している。
「……ドクター、何か秘策は無いのカナ?」
「あるといえばある、丁度都合のいいカセットがね。 だがネズミだって馬鹿じゃないさ、黙って喰らってくれるとは思えなくてね」
ドクターの右手には見慣れぬゲームカセットが握られていた。
表面に張られているラベルにはネズミの大群のようなイラストが写っているが、どういった効果があるものなのか。
「まずネズミの群れを見つけなければならない、被害者は増えても奴らの居所が分からなければ手の打ちようがないんだ。 そこさえたどればきっと魔物もすぐに見つかる」
「私が囮になります、そこからネズミの跡を追いましょう」
「どうやってだヨ、そもそも私らが顔を出したところで馬鹿みたいに食いついてくれるとは思わないけどネ。 囮なら他の誰かが……」
そこまで言いかけ、ピンと頭の中に何かが閃く。
ここにいるじゃないか、魔法少女じゃなく実に美味そうな肉を蓄えた逸材が。
「……? なんだねゴルドロスクン、私の顔に何か?」
「…………追跡手段ならボクに任せろ、局長のサイズに合う防護服は取り出せるかい?」
「可能だヨ、少し出費は嵩むけど防護オプション足したインナーも中に仕込むカナ」
「えっえっえっ? 何? 何だね? 局長だよ、私局長だよ?」
「なに、死ななければボクが治すさ。 あなたが指揮する魔法少女を少し信用してくれれば事は済む」
ジリジリと局長ににじり寄る私たちの動きを察し、縁がこの部屋唯一の出入口の前へと立ち塞がる。
市民の安全が掛かっているのだ、局長にも全面的な協力をして貰わなければ。
――――――――…………
――――……
――…
「はうあうおうえう……」
独り、無人のビルに取り残された私は割れるような頭痛にただ悶える。
二日酔いとはこういうものなのだろうか、大人になっても絶対お酒は飲まないと誓おう。
「それにしても……盟友が、なぁ……」
何となく、口から漏れた呼びかけはハッタリだった。
向こうもネズミに噛まれて調子が悪かったのかもしれない、やけにあっさりと返答を返し、それに気づかず去って行ったのだから。
やはり、あの時に見た姿は見間違いや幻などではなく、紛れもない真実だったのだ。
ブルームスターの正体は七篠陽彩その人だと。
ああ、この頭に走る痛みはネズミに噛まれたせいか。 それとも受け入れがたい真相が齎すものか。
「……何故、と聞ければどれほどよいか」
何故、魔法少女に変身できるのか。 何故、正体を隠しているのか 何故、彼は戦うのか。
お互い秘密を抱える者同士、それを聞いてしまうのはタヴーだろう。
一方的に相手の秘密を知ってしまった私には少しばかりの躊躇いもある。
「ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬぅ……我はどうすればよいのだぁー!」
秘密を知ってしまった以上、今までのような関係ではいられまい。
私がぼろを出す前に、何かいいきっかけがあれば話は早いが……
――――リ゛ィン
「……むっ?」
頭痛が遮る思考の中、耳鳴りのような音が響いた。
軽やかな鈴の音を濁らせたような不安を掻き立てるような音に、思わず背後を振り返った。
『――――――……』
「――――ハロー、シルヴァちゃぁん? ちょっくらアタシとデートでもしようぜぇ?」
「…………えっ?」
烏の様な細長い嘴を模したマスクをつけた黒づくめの魔物と、いつぞや相まみえた銃使いの魔法少女。
そこには私を見下ろす、2体の姿があった。