BANした過去がやって来た エピローグ②
「ぐぬぬぬぬ……はぁー!!」
訓練室に籠り、一人唸る時間だけが無情に過ぎ行く。
気合いと共にテディの腹から引き抜いたのは何の変哲もないピコピコハンマーだ、目の前に立ち塞がる木製の的を幾ら叩いたところでピコピコと軽快な音が鳴るばかり。
「……ハァー、何だったんだヨあれは」
溜息を零して無造作にピコピコハンマーを投げ捨てる、思い出すのはつい先日の記憶。
私の力では手に余る大型の看板を吹っ飛ばしたあの瞬間、自分が握っていたのは間違いなくテディの腹から引き抜いたピコピコハンマーだった。
しかし、こうやって幾ら試したところで出てくるのは何の変哲もないただの玩具、無駄に魔石を消費するばかりだ。
「やってますね、結果はどうですか?」
『モッキュー!』
「……サムライガール、それに“バンク”。 何しにきたんだヨ」
冷たい床の上で大の字に転がり、声の聞こえた方を見上げると頭にもこもこの毛玉をのっけたサムライガールが現れた。
バンクというのは「もきゅ太郎」という名前を全力で拒否したウサギモドキに私が名付けた名前だ、縁やドクターも案を出したがこの名前が一番気に入ったらしい。
「ここに来たなら訓練しかないでしょう、まだまだ二刀は制御に難ありですからね」
「向上心逞しいネ、こちとらぜーんぜんだヨ」
「そのようですね、魔石もタダではないのでしょう?」
「ソダヨ、本格的な武器ほどじゃないけどこれだけ嵩張ると馬鹿にならない出費カナ」
辺り一面に散らばる無数のピコピコハンマーを見渡す、一個一個は魔石の欠片程度で引き出せるとはいえこれだけ数が重なれば無視できない出費だ。
オマケに初めの一振り、看板を跳ね返した謎のハンマーは随分“高く”ついた。
テディの腹に仕込んだ魔石だけではなく、ポーチに残った残高すらも根こそぎ持って行かれたのだから大変だ。 魔法少女ゴルドロス、絶賛金欠中である。
「魔法局に残る魔石も多くはないです、研究やチェンジャーの開発にも使われるのであなたのリソースにばかりは回せません」
「知ってるヨ、だからこそ早いうちに再現したいのに……あと試していないのは」
……サムライガールの頭で丸まったバンクに目を付ける。
しかし勘の良いそいつはすぐさまサムライガールの背に隠れてしまった。
「逃げんじゃないヨ! お前がテディの中に突っ込んだのがいっちばん怪しいんだからナー!!」
「まあまあ、落ち着きましょうよコルト。 もきゅ太郎も嫌がっている事ですし」
『モギュアー!!』
「お前はいい加減そのネーミングを諦めろヨ!」
名前がバンクに決まったその日、サムライガールは寝込んだという。
どれだけその名前を気に入ったか知らないが、本人がこれだけ拒否しているのにごり押す姿勢からはある種の執念を感じる。
「……それで、母親との関係はどうなったんですか。 てっきりアメリカに帰るのかと思ったのですが」
「んー、ここでやり残したことも多いからネ。 ママには悪いけど私はまだここに残るヨ」
家族と離れた絆が元に戻った、私にはそれだけで十分だ。
ママも納得してくれた以上、この地を離れる理由が私にはない。
スピネにオーキス、それと黒騎士。 まだあれらの決着はついていない、このままおめおめ逃げ出すような真似はごめんだ。
「……で、せっかく来たならスパーリングでもやろッカ?」
「いい度胸ですね、二刀の速度についてこれますか。 ……ああそれと、「局長」が帰って来たらしいですよ」
「ウゲッ、まじかヨ……」
局長、この魔法局でそんな呼び方をする人間は1人しか思い浮かばない。
東北に派遣された時、初めに顔を合わせた事はあるがあまり良い印象が浮かばない相手だ。
「なにやらまたやってくれそうな雰囲気ですよ、出来るだけ会うのは避けた方が良いかと」
「野良の魔法少女問題とか、体面を気にするあの人には頭が痛い話だろうネ。 こーりゃ面倒な事になりそうだヨ」
出会いたくないのは山々だが、招集されてしまえばそうはいかない。
局長の事だから躍起になって野良の駆逐に力を入れ始めるだろう。
……おにーさんなら大丈夫だろうけど、一応話をしておくか。
――――――――…………
――――……
――…
≪ハクちゃんタイマーのお知らせでーす! 3分経ちましたよ皆さーん!≫
《マスター、カップ麺出来ましたよ》
「とっておきの切り札をこんな風に使うとはな……」
カップ麺の上に乗せたスマホを退け、箸で解した麺を啜る。
小腹がすいたら食うものには困らない店だが、たまにこういったジャンクな食べ物が食いたくなる時がある。
《このアプリ自体は殆どただのタイマーみたいなものですからね、私の可愛い声が毎回聴けるんですからありがたく思ってくださいよ》
「へー、魔人も寝言ってほざくんだな」
カップ麺をすすりながらTVのチャンネルを適当に回すと、丁度アナウンサーがこの前のマンタ事件について語っていた。
神妙な面持ちで並んだ評論家たちは魔物の危険性、魔法少女が防衛すべき町を離れた事について小難しい言葉を述べていた。
「言うだけならタダだよなー、こっちの苦労も知らないで」
「ほんとほんと、魔物ってだけでマン太郎に偏見を向けないで欲しいわね」
……カウンター席にはいつの間にかドレッドハート、もとい鑼屋伊吹が座っていた。
はて、今日は休みで表口は鍵を掛けていたはずだけどどこから入り込んだ?
「裏口開いてたからお邪魔したわ! 今日はお店やってないの?」
「普通は表が閉まってたら休みだよ! というかなんで居るの!?」
「今日はオフの日よ、町の安全は他の子が守っているから安心して! ところで七篠さんだっけ、さっき誰かと話してなかった?」
「んーテレビの音じゃないかな? ま、まあ折角来たんだから何か注文していきなって」
「ほんと? じゃあなーにーにーしーよーおーかーなー♪」
メニュー表を楽しげに開いて心躍らせる姿は魔法少女ではなく、年相応の中学生の姿だ。
しかし今のは危なかったな、話題を逸らせて助かったけど今度から気を付けないと。
「うーん……ねえ、この前店長が作ってくれたサンドイッチは無いの?」
「自殺志願者ですかあんたは?」
そしてこの店にまた、たまに現れる騒がしい客が一人増えた。