BANした過去がやって来た ⑧
「あ、あの……」
皆が厨房へと引いた店内、静寂に耐えかねて乾いた喉からひっくり返った声を絞り出す。
大丈夫、私ならできる。 五月蠅くわめく鼓動を押さえつけ、改めて目の前に座る母親の顔を見る。
昔と変わらない、我が親ながら綺麗な人だと思う。
ただ少し頬がこけて苦労シワも増えただろうか、透き通るような金髪に混じって白髪も見える。
ママも苦悩したのだろう、あの日からずっと、きっと……
「……ママ、少しやせたネ」
「そうかしら、あなたは……昔よりずっと綺麗になったわ」
何気ないそれだけの会話を交わすため、互いにどれだけの労力を使ったのだろう。
一言だけで喉がカラカラだ、つい脇に置いたテディの腹から水の入ったペットボトルを取り出す。
「……コルト、あなた今どこからペットボトルを取り出したの?」
「へっ? ああそっか、ママは知らないんだネ。 これが私の魔法少女としての能力だヨ」
テディの腹からペットボトルの他に財布や携帯を取り出して見せる。
変身していない時でも彼の腹は異次元の小物入れに変わる、他にもいざという時の乾パンや懐中電灯なども入っている。
「……やっぱり、あなたは魔法少女になったのね」
「そうだヨ。 あの日、ショッピングモールで魔物を倒してから私は魔法少女になった」
「…………そう、間違いなんかじゃないのよね」
仇を見つけたような目でテディを見つめたママの顔が曇る。
喜んでくれないのは分かっていた、だから私達の問題はこの次にある。
「あの時のことは本当にごめんなさい、私はあなたに酷い事を言った」
「いいんだヨ、ママ。 今更振り返ったところでどうにかなるものじゃないしサ」
「ごめんね、ごめんなさいコルト……それでも私はっ――――あなたには、魔法少女になんてなってほしくなかった……!」
「……ママ、それでも私は魔法少女なんだ」
スカートの裾をぎゅうっと握りしめてでも、力強く生みの親の言葉に反発した。
あの日に置いてきた忘れ物を、私は今取り戻さなければいけない。
「自分の子供を命の危険にさらして喜ぶ親がいると思うの? 悪いことは言わないわ、今すぐそんな危険な真似は止めて頂戴」
「魔物に対して魔法少女なんて幾らいても足りないんだヨ、私が戦わなければ他の誰かに負担が増える」
「知っているわ、それでも! ……私の気持ちを分かってよ、コルト」
ぽろぽろと大粒の涙を流すママ。
私の事を心配してくれているのは分かる、だけどそれをどこか冷えた頭で見ている私がいた。
このまま話を続けてもきっとママは感情をぶつけるばかりで納得してくれない、あの時と変わらず平行線のままだ。
ならばどうするか。 私は行儀悪く椅子の上に立って、ママの顔を見下ろした。
「コルト、あなたそんなはしたない真似を……」
「――――ママ、ちょっとだけ待っててもらえるカナ?」
「……えっ?」
椅子から飛び降りて厨房の方へ歩き出す。
扉を抜けた先では全員が一つのテーブルに集まり、サンドイッチを片手に何かを話し合っていた。
「ちょっと、人をのけ者にしてなぁーに美味しそうなもの食べてるのカナ!?」
「むっ、コルト。 もう親子の談話はよろしいのですか?」
「一時中断だヨ、言い争いじゃ決着がつかないから見て分からせる。 百聞は一見にNot spreadってネ!」
「……如かずじゃねえかな」
「なんでもいいヨ、それでマンタについて何か進展はあったのカナ?」
そう聞くと縁が黙って両手を上げて見せる、まさにお手上げと言った所か。
テーブルの上に置かれた電子パッドにはこの周辺の地図が表示されている、マンタの活動範囲内がこの程度ということだろう。
「サムライガール、あのマンタを追い越すことは出来るカナ?」
「二刀を使えば可能です、ですが細かい制御は効きませんし風の結界に阻まれれば接近も出来ません」
「いや、接近する必要はないヨ。 縁、ドクターは後どれだけで到着する?」
「10分ほどかかるわ、それまでに魔物の動きと高度を割り出さないと……」
「必要ないヨ、場所が分からないならおびき出せばいい」
そこでドライブガールに抱えられた綿毛のような魔物に視線を向ける。
与えられるままにサンドイッチを齧るその姿は実にのんきなものだ、こっちの気も知らないくせに。
「……モコいの、出来るナ?」
『モッキュ!』
「えっ? なになに? どしたのもこ君?」
「違います、もきゅ太郎です」
各々に勝手な名前を付けられた魔物は、サンドイッチを差し出すドライブガールの指に軽く噛みついた。
甘噛みだから痛くはないだろう、それどころかその仕草すら可愛いと言わんばかりに当人は頬を緩ませている。
魔物が口を離すと彼女の指には赤い輪のような跡が残った。
「縁、これ見て。 この赤い跡がこいつの能力だと思うんだヨ」
「んー? 確かに赤くなってるわね、噛み跡にしては不自然な……」
「簡単に言えば噛みついた相手の縁を結ぶってとこカナ、たぶんこれでマンタも寄ってくる」
「うっそぉ、そんなわけ……あれ、マン太郎の進路が変わってる!? 真っ直ぐこっちに向かってきてるじゃない!」
GPSを辿る端末を開いたドライブガールの顔色が一転する。
相手も真っ直ぐこっちに向かってきているというなら、やっぱり予想に間違いはない。
「……コルトちゃん、その話が本当だとするとこの子って因果律とか運命とかいう類のものに干渉している訳だけど」
「縁、魔法を科学的に考えても空しいだけだヨ」
「ううぅぅぅ! そーなんだけどね! 今更なんだけどちょっと今回は受け止めるのに時間がかかるわ……!!」
考えてみれば四次元Ama○onやら風や炎を吹き出すやらとはレベルの違う話だ。
これで本人に悪用を考える頭があったら、今までの比じゃない強敵になっていたことだろう。
「ともかくマンタが襲来するまでにこっちも準備するヨ、全員外に出て出て、Hurry up!」
「そ、そうね。 このままじゃマン太郎がこのお店に突っ込むかもしれないし!」
言うや否やドライブガールは袖を捲って、手首に隠されたブレスレットを露にする。
先ほどまで共にいたロボットの顔じみたエンブレムが施されたブレスレット、その上に指を重ねた彼女が叫ぶ。
「――――変速!」
瞬間、彼女の真上に透けたタイヤのようなものが浮かび上がり、下降する。
それは彼女の体を通過したところから魔法少女としての衣装を構築し、1秒と掛からずに変身を完了させた。
「ごめん、ちょっと先に出てロイと車出してくるわ! 待ってなさいマン太郎!」
「出るなら裏口からな、表から出ると色々目立つ!」
「りょうかーい!」
おにーさんの忠告を受け、ドライブガールが裏口から飛び出す。
こちらも準備しなければ、とテディを構えた時に真後ろの扉がそっと開いた。
「……コルト、あなた何の話をしているの? また魔物が現れたって……」
すぐそばで聞き耳を立てていたのだろう、扉の向こうからはママが現れた。
マンタは危険な魔物じゃない、と言った所できっと納得はしてくれないし説得する時間も無い。
「ママ、行ってくるヨ。 魔法少女としての役目を果たしてくる」
「そんな物騒な真似はやめて! お願いよコルト、あなたがいなくなったら私……」
「大丈夫だヨ、ママ。 すぐに戻ってくるカラ、だから見てて」
さっきおにーさんがやってくれたように、泣き崩れたままの背中をぎゅっと抱き寄せる。
昔と変わらない懐かしい匂い、ずっとこうしていたいけどそれはダメだ。
「……行くヨ、サムライガール。 準備は良いカナ?」
「ええ。 ドレッドハートも待っています、早く参りましょう」
名残惜しい温もりを手放し、テディの腸に手を突っ込む。
大丈夫、おにーさんが教えてくれた。 私がやりたい事を、加名守コルトの生きざまをこの人に見せるために。
「―――SCRAMBLE!!」
――――いつもと変わらない、金色の粒子が視界を覆い尽くした。