BANした過去がやって来た ⑥
「……もう良いヨ、とにかくお前は連れてくからナ」
『モッキュ』
一通り打ちひしがれてしまうと気持ちも大分落ち着いた、さっきのは悪い夢だ、忘れてしまおう。
私の指先を舐める魔物を抱きかかえて店への帰路につく。
「……そういえばサムライガールはまだこいつを探しているのカナ」
あれだけ必死だったんだ、早めに見つけた事を連絡した方が良い。
そう思い任務用の携帯を取り出した時、どこからか微かに魔力の気配が漂ってきた。
手元にいる魔物とはまた違う気配だ、また追加で現れたのか?
「……ちみっこいの、離れるなヨ。 死んでも知らないからナ」
『モッキュゥー……』
抱きかかえた魔物を脇に置き、注意深く周囲を見渡る。
いつもと変わらない空、いつもと変わらない街並み、いつもと変わらない通行人。
だが確実に魔物の気配は濃くなり――――次の瞬間、頭上を何かが通り過ぎた。
『モキュウウゥゥー!!?』
「Whaaaaaaaaaat's!? ち、ちっこいのぉー!?」
轟音と暴風を残して通り過ぎた何か、周囲の人々が悲鳴を上げて吹き飛ばされないように踏ん張る中、脇に置いた魔物は風に巻き込まれて吹き飛ぶ
咄嗟に腕を伸ばすがもう遅い、綿埃のような魔物は風に巻き上げられて遥か彼方へ消えて行った。
「ち、ちっこいのぉ……For real?」
「あーもー逃げられたぁ! もっとスピード出せないのロイ!?」
『無茶言わないでください、これだけ人が多いと危険です。 一度追跡は諦めましょう』
「ああ、止まると性格戻るのな……」
エンジンを吹かす音と聞き覚えのある声に振り返ると、そこには真っ赤なスポーツカーに乗り込む3人(?)の姿があった。
そのうちの一人はブルームスターだ、何故か蒼い顔をしながら助手席ごと前に座る少女に抱き着いていた。
…………何故か知らないが、本当に何故か分からないがその距離感にちょっとムっとした。
「HEYHEY、そこのガールズー。 一体なぁーにやってんのカナ?」
「ん? げっ、ゴルd……コルト!」
「へっ? 誰この子、めっちゃ可愛い! 外人さん? ちょっと抱きしめて良い!?」
『ドレッド、その子も魔法少女です。 ここで悪目立ちするのは避けた方が良いかと』
「えっ、そうなの!? いやー可愛くって魔法少女とか反則でしょ、反則じゃない?」
何が反則かは分からないが、感じる魔力からしてこの人も魔法少女なのだろうか。
聞いたことがある、車両型の杖を持つ魔法少女が居ると。
「話は後で聞くヨ、とにかく今はその悪目立ちする車を隠したほうがいいカナ」
「ああ、そうね。 ロイ、適当な所で一度変身を解くわよ」
『その適当なところが難しいんですがね……』
――――――――…………
――――……
――…
「お待たせ! 私ドレッドハート、こっちが臨時バディのブルームスター!」
「ふーーーーーーーーん、ソーナンダーーーーーー?」
「な、何だよコルト……」
場所を変え、変身を解除した2人と合流する。
何さ何さイチャイチャしちゃってさ、すーぐそうやって女の子引っ掛けるんだぁおにーさんったら。
「それで、おにー……ブルームスターはどういう経緯でドライブデートに洒落込んでいたのか、理由を聞かせてくれるカナ?」
「茶化すなよ、まあ話すと結構長いんだけどな……」
そこからかくかくしかじかと互いの情報を交換する。
話を聞くと向こうもさっきの魔物を追ってこの街まで戻ってきてしまったらしい、一体どれだけの距離を走っていたのか。
「……ソッカ、大体分かったヨ。 よくもまあ遠路はるばるこんな所まで来たもんだヨ」
「えへへ、それほどでも」
褒めてるつもりはないんだけどネ、しかしこの街に来た以上は放っておくわけにもいかない。
厄介だがそのマンタの案件も片付けなければいけなくなった。
「けどそのマンタってまだこの近くにいるノ? もうとっくに別の場所に飛んでいてもおかしくないケド」
「大丈夫、前にあの子のお腹にGPSをくっつけた時があってね。 それを辿ると今この街の上空を飛び回っているわ」
無害な魔物でも監視は必要、それゆえのGPSという訳か。
監視……
「……あぁー、そうだ。 私も一体変な魔物を探しているんだよネ」
さっき吹き飛ばされた魔物の事を思い出し、2人に話す。
風で吹き飛ばされたぐらいじゃ死ぬことはないと思うが、どうも今の私はあの魔物を探す気にはなれない。
「……あー、ごめんなさい。 完っ全にうちのマン太郎のせいだ!」
「いいヨ、気にしなくて。 それに優先度はあのマンタのほうが高そうだネ、何か作戦は?」
「ドレッドが限界まで肉薄して俺が槍を引っこ抜く」
「それは作戦とは呼ばないヨ、はぁー……一度サムライガール達と合流した方がいいかもネ」
「他にも魔法少女が居るの? はー、さっすが都会ねぇー」
とりあえずドレッドハートには縁が(生きているなら)待機しているであろう店の情報を伝え、そちらに向かって貰うように頼んだ。
そして彼女が去った後には私とブルームスターの2人が残った。
「……良かったネー、ブルームスター。 あんな可愛い子と一緒にドライブ出来て」
「まったくだよ、そこらの絶叫マシンよりずっと楽しめた。 ……なんか今日調子悪そうだな、どうした?」
精一杯強がって隠していたつもりだが、分かってしまうものか。
少し話そうか迷ったが、いっそ吐き出して楽になりたかった。
「……実はネ、ママと会ったんだ。 ついさっき、偶然にネ」
「……それはこのまま聞いていい話か?」
「うん、ブルームスターに聞いてほしいナ。 おにーさんには恥ずかしくて言えないヤ」
同じ人間だということは分かっている、けどどうしてもこの悩みはおにーさんに打ち明ける事は出来ない。
あの日、河原で怪物を女の子にしてくれたブルームスターにだけ話す秘密。
「私、酷いことした……何も言えずにママから逃げ出した」
「うん」
「怖かった、またあんな眼で見られるんじゃないかって……また、化け物って……」
「うん、そっか。 辛いよな」
「だから、私……わた、し……っ」
気が付けば目尻からは涙が溢れ、抑えきれない嗚咽のせいで上手く言葉が出てこない。
そして涙でグチャグチャの顔を隠すように、私はブルームスターにそっと抱き寄せられた。
「わたっ、わたし……逃げてるだけだっ、振り切ったつもりでいたのに、なんで今更……!」
「うん、難しいよな、分かるよ。 一度逃げたもんに立ち向かうのってすげぇ勇気がいる、簡単には出来ないよ」
「でも、でもおにーさんはすぐ出来たぁ……っ!」
「俺だって滅茶苦茶悩んだしすごく怖かったさ、ただ運が良かっただけ。 本当は家の前までついた時には死ぬほど逃げ出したかった」
だけど彼は逃げなかった、それは運だけじゃない。
過去のトラウマに立ち向かう勇気を知っていた彼だから出来た事だ。
私には何もない、取りこぼしたあの日を掬う術が、なにも……
「コルト、お前はどうしたい? お前の親に会って文句の一つでも言いたいのか?」
「ぐずっ……分かんない、何も分からないヨ……!」
「そっか。 じゃあ悩め、そうやって出した答えはきっと間違いじゃないさ。 ……もう少しこうしてるかい?」
「うぅ……10分コース延長で」
「どこで覚えたンな言葉……」
そして結局、30分ほど泣きはらしてから私達は店へと戻った。
……その間、ブルームスターは何も言わずに私を抱きしめてくれたんだ。