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BANした過去がやって来た ①

「……なんだか随分長い夢を見ていた気がするわ」


「でしょうねぇ……」


ラピリス達を文字通り煙に巻いて店へ戻ると、寝起きといった様子の優子さんが調理場でコーヒーを啜っていた。

その目尻には涙跡のようなものも見える、やはり彼女も悪夢に呑まれていたのだろうか。


「随分寝てしまったわね……店の方は?」


「魔物のせいで皆眠りこけちまってそれどころじゃなかったですよ、まあ討伐されたようですけど」


「そう……ありがとうね」


「……なんで俺に礼なんて言うんすか、ラピリス達に言ってやってくださいよ」


「そうね、でもあなたに言いたい気分だった」


そういって彼女は砂糖をたっぷり含んだコーヒーに口を付ける。

夕日に黄昏ながら窓の外を見つめる姿は様になる、ぼさぼさの寝ぐせさえなければの話だが。


「あんたも、何か吹っ切れたような顔してるじゃない。 良い事あった?」


「はは、まぁ……それなりに」


「そう、良かったわね。 ……一杯どう?」


「遠慮しときます、優子さんが淹れるとやけに甘ったるいんで」


断りを入れると優子さんは残念そうに眉毛を下げてコーヒーを飲み干す。

見ているだけで胸やけがしそうな代物だ、毎回のことだが何かしらの病気にかからないか心配になる。


「……優子さん、少しの間休みが欲しいんですけど良いですか?」


「構わないわ」


そして完全に飲み干されたところを見計らって休みが欲しいと切り出すと、二つ返事で了承を貰えた。

これまた毎回の事だが大丈夫かこの店。


「けど急な話ね、何かあったの?」


「ええ、まぁ……ちょっとケジメをつけようと思いまして」



――――――――…………

――――……

――…



だだっ広い訓練室に銃声が響く。

部屋に投射されたホログラムへの命中を確認し、私はハンドガンのマガジンを入れ替える。

部屋中にポップアップする魔物を模したホログラム、それが攻撃モーションを構える前に撃ち抜けば「HIT」の文字を残して消えて行く仕組みだ。

1発、2発、3発、現れる敵を機械的に撃ち抜きながらたまにリロード、それをどれだけ繰り返しただろうか。


疲労が重なり、背後に現れた敵に気付くのが遅れた。

最悪だ、よりにもよってあの黒騎士のホログラム。 そいつが巨大な槍を振り下ろした瞬間、訓練終了を知らせるブザーが鳴り響いた。


「……お疲れ様、最高スコアを更新だ。 ほら、タオル」


「ゲームやってんじゃないヨこちとら! Thanks!」


変身が解け、汗だくのまま大の字で倒れ伏すと、いつから見ていたのかドクターがタオルをもってやって来た。

悪態をつきながら差し出されたタオルで汗をぬぐい、テディの腹からドリンクを取り出してあおるように飲む。

多少落ち着いたところで模擬銃の安全装置を掛けて大きく息を吐いた。


「珍しいねコルト、君が真面目に訓練するなんて。 新手の感染症なら早めの申告を頼むよ」


「喧嘩売ってんなら高値で買うヨ? ……まあちょっと、思うとこがあってサ」


脳裏に蘇るのはオーキスとの戦闘……いや、戦闘とも呼べない無様なものだった。

シルヴァの助けがなければ今頃命はなかったかもしれない、それほどまでに一方的だった。


「……ドクター、私にもサムライガールみたいな強化アイテムってないのカナ?」


「無いね、というよりも無理だ。 君はシフターだろ?」


「前から思ってたけどサ、そのシフターとかチェンジャーの違いって何なのカナ」


「君はそんな事も知らずに魔法少女をやっていたのか……」


額を抑えて大げさな溜息を零すドクター、いちいち癪に障る引きこもりだ。

『チェンジャー』と『シフター』、杖の名称に違いがあるのは知っているがそれにどんな意味があるのかまでは知らない。

ラピリスの二刀流のような強化が出来ないというのはどういう事なのか。


「まず君のもつテディシフター含む『シフター』系、これは生まれつき魔法少女としての力を持ったタイプだ」


「待っタ、私が魔法少女に目覚めたのは魔物に襲われてからだヨ。 生まれつきじゃないネ」


「赤子の時期は保有する魔力も小さくて一般人と見分けはつかないよ、それが心の成長とともに膨らみ、あるきっかけで魔法少女になる。 君は魔物に襲われたのがいいきっかけだったんだろう」


「……良くはなかったけどね」


「そうだったな、失言だ。 すまない、今のはボクが悪い」


それは忘れもしない忘れたい記憶、実の母親に化け物と罵られた日だ。

先日の魔物が見せた悪夢のせいで余計鮮明に思い出してしまう。


「……それに比べてボクらみたいな『チェンジャー』は後天的に魔法少女として戦う力を()()()されている、元から持つ魔力が弱いから杖の力をアップデートしているのさ」


「ふーん、それがドクターのゲームカセットやサムライガールのペンダントって事?」


「その通り。 君は鍛えるだけLvが上がる、だがボクらは元のステータスがお粗末すぎて装備品の質で戦うしかないのさ」


「ゲームチックな説明ドーモ、つまり私は楽して強くはなれないってことだネ」


「ボクたちだって楽をしている訳じゃないからな、むしろ伸びしろはシフターの方が大きいくらいだよ」


分かってる、むしろ元の出力が弱いなら苦労しているのは彼女達の方だ。

焦りからつい口に出た妬みに過ぎない、だがそれを素直に謝れるほど自分に心の余裕はなかった。


「……魔法少女の強さは心の強さ、それはどの魔法少女でも変わらない。 君の心に何か大きな変化があれば何かしらのブレイクスルーが起きるかもしれないな」


「ご忠告ドーモ、ありがたく受け取っておくヨ」


シフターとチェンジャーか、そういえばおにーさんのスマホはどっちだっけ?

……まあ先天性ではないだろうしチェンジャーかな、多分。



――――――――…………

――――……

――…



《マスター、随分長いこと乗ってますがこれってどこに向かっているんですか?》


乗客の疎らな電車内で心地よい揺れに微睡んでいると、スマホの中の相棒が音量を絞った声で話しかけてきた。

さっと周囲を見渡してみても(いぶか)しまれた様子はない。


「……そういや言ってなかったっけ、俺の実家だよ」


《へっ!? 実kむぐぐぐっ!》


急にボリュームが上がったハクの口を咄嗟に塞ぎ、周囲から集まった視線は愛想笑いで誤魔化す。

行き先については昨日の晩に話したはずだが、さては聞いてなかったなコイツ。


『えー○○~、○○に到着です。 お降りのお客様は……』


丁度目的地に着いたのでスマホをポケットに突っ込んでそそくさと電車を降りる。

改札機に切符を滑りこませ、駅を抜けるとそこにはどこか懐かしい景色が広がっていた。


《はえー、これがマスターの故郷ですか。 何だかのどかですねー》


「……昔とだいぶ変わってるはずなんだけどなー」


ロータリー式の駅前には知らない店がいくつか立ち並び、駅の脇にある駐輪所には自転車止めの器具が備え付けられていたり昔に比べて変化が大きい。

だというのにどこからか懐かしさを覚えてしまうのは何故だろうか。


「……さ、ここから少し歩くぞ。 ハク、地図開いてくれ」


《はいはい、わー田んぼだらけ。 目的地の住所はこのメモの通りですか、今ナビ出しますねー》


ハクのナビ通りに変化の大きい街並みを歩く。

途中で昔なじみの店が潰れていたり、逆に昔と変わらない建物を見つけてハクと共に一喜一憂しながら歩くと時間はあっという間だった。


やがて目的地、昔の実家があった場所へたどり着いて俺は脚を止める。


「……ハク、地図に間違いはないよな?」


《ええ、マスターが指示した住所に間違いがなければここで会っているかと》


そこに昔と同じ実家はなかった、あるのは雑草が茂る更地と売地であることを示す立て看板のみ。

月夜に俺に父さんと母さん、家族の思い出が詰まった家はもうどこにもない。


「……どこかに引っ越したのかな、それともこれも月夜が消えた影響か」


《わ、悪い方向に発想を飛ばすのは止めましょうよマスター! ちょっとそこらのお店で昼食にしましょうよ、ねっ?》


「そうだな……そうするか」


月夜と俺が居なくなれば2人暮らしには広すぎた家だ、辛い記憶が残っているなら引っ越してもおかしくはない。

そう自分に言い聞かせて来た道へと振り返ったその時だった。


「……陽彩? ちょっと待て、陽彩じゃないか!?」


背後から掛けられた懐かしい声に思わず振り向く。

昔と変わって白髪に染まった頭、フチの太い眼鏡、苦労が多かったのかシワの増えた顔、しかし見間違えるはずがない。 そうだ、その顔は、その声は……


「…………父さん?」


七篠秀夫(ななしのひでお)、俺と月夜を育ててくれた父親その人だった。

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