何が彼を突き動かすのか ⑩
黒炎に包まれた視界が晴れる、もう変身時の痛みはない。
ここが夢の中だからか、それとも……
「……ハク、それでもさ、俺は戦うよ。 今度は自分じゃなく誰かのために、俺の意思で戦う」
《“俺たち”ですよ、あなたの選んだ道ならお供します》
頭の中にハクの声が響く。
首に巻かれたマフラーは新雪のような白色に戻っていた。
身体が軽い、今までとは細胞の1つ1つからして違うような気分だ。
「なんだよ、お前ぇ……なんで、僕の世界に魔法少女がいるんだよぉ……!」
仄暗い空から誰かの情けない声が降り注ぐ。
周囲にそれらしい人影はない、どこから話しかけているのだろうか?
《この世界に私達を引きずり込んだ魔物ですよ、一発ぶん殴ってきましたからビビッて引っ込んでるんでしょう》
「無茶するなぁお前……」
相手が狂暴じゃなかったから良かったが、下手をすれば俺に説教をかます前に死んでいたぞ。
まあそんな無茶な相棒に助けられた以上は文句言えないが。
《ここが奴さんの世界なら全部ぶっ壊して差し上げましょうか! あの黒い姿の出番です!》
「……最高出力で脱出しようって魂胆か、けど良いのか?」
《問題ありません、このハイパーカワイイ天才電脳美少女ハクちゃんを信じてください》
「色々余計な修飾がくっついているが……分かったよ、お前に任せる!」
虚空からスマホを呼び出し、画面に浮かぶ透明……あらため黒いアプリを叩く。
脳裏に浮かぶのは体を焼き尽くすほどの激痛、だがハクが信じろと言ったなら俺はそれを信じるだけだ。
≪Warning!! Warning!! Warning!!……ハァーイ! ハクちゃんセーフティオーン!≫
「ごめんやっぱ前言撤回する!」
この前と同じ警告音、ただしそれは途中から緊張感をぶった切ったハクの軽快な声へと変わる。
不安を煽るその音声を止める暇もなく、俺の体は地面から巻き上がる炎の旋風に飲み込まれた。
《制限時間は3分です、全速で行きますよマスター!》
――――――――…………
――――……
――…
「あっけないなぁ、魔法少女……」
時間にして1分も経たずに2人の魔法少女を無力化、まるで手ごたえを感じない。
先に真横を抜けた方は多少手応えはありそうだけどこっちはまだまだ、向こうがラピリスでこっちがゴルドロスと言っていたか。
なので、目の前で悪夢にうなされる少女の首元へそっと刃を当てる。
「そ、そろそろ1体くらい収穫しても良いかなぁ……」
ラピリスと……ブルームスターだったっけ? あの二人は見込みはあるがこっちはどうだろうか。
私達の目的に沿うほどの伸びしろは残念ながら感じない。
「い、いいよねそろそろ、1体くらい……」
「――――“暴け、白日の咢! 囀る銀光、狂い咲く諸刃の花弁をもって漣を穿つ”!」
その瞬間、正面から銀色に輝く光弾が飛んでくる。
慌てることなく足元の少女を蹴り上げて射線を塞ぐと、光弾は器用に曲がって地面へと着弾。
そして地面に開いた穴を中心にまるで花弁のように大小さまざまな刃がやたらめったらに飛び出した、なんて器用な魔法だろう。
「あぁ……そうだったぁ、シル……シルなんだっけ? あ、あなたも残ってたんだぁ……」
「魔法少女ダークネスシルヴァリアⅲ世! ぎ、義勇によって助太刀いたす!」
もう一人の野良魔法少女、中々出てこないから影に呑まれたと思っていたが今更のこのこ出てきたか。
いけないなぁ、油断してると朱音ちゃんに怒られちゃう。
「わ、我等は皆魔法少女! 争う必要などはどこにもないだろう!」
「私達にはあるんだなぁそれが……で、でも良いねぇあなたの魔法……」
地面に咲いた銀の花、鋭利なその花弁に滑らせた指先には容易く傷が刻まれる。
彼女の魔法少女としての特性だろうか、ここまで複雑な形を作るとなれば非常に精緻な構築が必要なはずだ。
「や、やめろぉ! 本物の花じゃないぞ、触ると痛いぞ!」
「ふふ、ふふふふ……や、優しいね。 うん、すごくいいなぁ、簡単に脅迫聞いてくれそうだ」
標的を改めて杖を握り直す、彼女には私たちについて来てもらおうかと構えたその時だった。
『―――――――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』
天を割くほどの悲鳴が轟いた。
反射的に空を見上げると、折角のカモフラージュが解けてメアリーちゃんの姿がじわじわと現れる。
この街に影を落としていた正体、宙に浮かぶ巨大な円盤、いわゆる未確認飛行物体。
「ゆ、UFO……?」
シルヴァちゃんも同じく空を見上げて言葉を漏らした。
そう、UFO型の魔物。 あれこそがメアリー・スーと名付けた魔物の正体だ、あれを隠していた次元のテクスチャが剥がれたということは……
『アアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!! ヤダ、ヤダ、ヤダ、モウヤダアアアアアアアアアア!!!!!』
「め、めめめめメアリーちゃん! 落ち着いて、あなたが起きると皆も……」
「……微睡より目覚める、ということか!」
こちらの動揺をつき、ゴルドロスを抱えたシルヴァちゃんがラピリスの方へ向けて走り出す。
隙だらけのその背へ杖を振りかぶるが、このまま斬り伏せて彼女を殺すわけにはいかない。
気絶させるために刃を峰へと操り返たその隙に、彼女は私の眼前へ一枚の紙を投げつけた。
「“影濃ゆる者へ果て無き光を!!”」
「えっ……ふぎゃっ、眩し!!?」
彼女の詠唱によって紙は激しい輝きを放ち、こちらの目を晦ませる。
やられた、一体いつの間にこんなものを仕込んでいたのか。
「あ、あううぅぅぅうぅ……め、眼が……めめめメアリーちゃんはぁ……!?」
仕方ない、彼女の誘拐はまた次の機会だ。
メアリーちゃん……はたぶんもう駄目かな、それでも魔石は回収しておかないと……
――――――――…………
――――……
――…
目が覚めると意識が落ちた時と変わらぬ店内が迎えてくれた。
硬い床で寝ていたせいか背中が痛い、自分の姿を確認するとブルームスターのままだ。
全身黒づくめの格好はあの激痛を覚悟するものだが、不思議と前回のようなえも言えぬ不快感はない。
《マスター、ボケっとしないでください。 そのセーフティは3分しか持たないんですから急いで!》
「セーフティ……ってことはお前のおかげか」
《ええ、過剰な出力をこちらで無理矢理調整してます。 敵は上空です、さっさと倒しましょう!》
手元のスマホを見ると画面には「2:48」と表示されたカウントが刻々と減っている。
こんなもの準備してやがったとは、タイマーの横にくっついているデフォルメされたハクのイラストがなければ完璧だった。
「3分過ぎたらここら一帯全焼しちまうな、カウントが危なくなったら教えてくれ!」
「あいあいさ、その前に余裕で倒せば問題ないですよ!」
調理場から捨てようと思っていた菜箸を拝借し、箒に変えて裏口を飛び出す。
スケボーのように箒を踏みつけると穂先の炎がバーナーのように吹き出し、俺の体を乗せたまま上空へ跳びあがって行った。
≪BLACK IMPALING BREAK!!≫
アプリを押下し、さらに加速した箒ごとぶつかって天に蓋をするUFOに風穴を開ける。
だが手応えがない、このUFO自体が魔物という訳じゃないのか。
『な、何だよお前ェ……僕の邪魔をするなぁ!!』
ぶち抜いたUFOへ振り返ると、空を飛ぶその機体の中心に本体と思わしき魔物の姿を見つけた。
銀色の光沢を帯びた肌に黒くでかい瞳、一昔前の宇宙人と思えるような魔物が、UFOに下半身を埋めながら何事かを喚く。
『ぼ、僕は強いんだぞ……夢の中じゃ負けないんだぁ! なのに、なのに僕の夢を覚ますな!!』
「ンな夢は夜に見ろ! ハク!!」
《合点しょーちのすけです!》
虚空から呼び出したスマホの中、ハクが構えたアプリを押下する。
身体を奔る熱量はいつも以上だ、だがこの力にこの前のような嫌な感じは微塵も感じない。
『ま、待て……待ってよぉ! そうだ、お前! お前の妹を生き返らせてやるから! 僕ならできる、夢の中なら僕は、無敵なんだぁ!』
「……ああそうかい。 今の言葉で決めたよ、お前はッ!!」
《――――火炙りですよ!!》
≪BLACK BURNING STAKE!!≫
箒を飛び降り、UFO目掛けて落下する。
マフラーの端から燃え上がった炎が後方に噴射され、俺の体は加速しながら身動きの取れない魔物目掛けて飛んで行く。
『――――僕を許せよ、ヒーローオオオオオオオオオオ!!!』
そのまま蹴りによって風穴をあけられた魔物の体はUFOごと黒い炎へと呑まれる。
懐から取り出した羽箒に飛び乗り、見上げた先ではすでにその身体は燃え尽きていた。
ハクちゃんタイマー
黒化体に新たに備え付けられたハク自作のセーフティーアプリ。
身に余るその出力に制限を掛け、抑えきれない分はハクが半分負担。
3分という限界があるものの黒化体による負担を大幅に軽減することに成功した。
なおアプリ名は製作者自ら命名、これ単体でもただのタイマーアプリとして使用可能。
ハク曰くA〇p sto〇eでの販売を目論んでいる、なおすぐ阻止された。




