何が彼を突き動かすのか ⑨
「……魔法少女オーキス、ですか」
隣に立って双刀を構えるラピリスが呟く。
身の丈以上の巨大なカミソリを軽々と振り回す少女の服装は端的に言えば「フード付きの黒いウエディングドレス」という所か。
端がボロボロのドレスには深いスリットが入り、細い腿が大胆に顕わとなっている。
フードで隠された下の表情は良く見えないがおどおどと落ち着きがないように見える。
……だがその構えには隙が無い、下手に間合いへ踏み込めばやられるのはこっちだ。
「こ、こここここを通りたければ私を倒してからにしてくださぁい……!」
「スピネって奴に続いてまーた邪魔ものかヨ、相手している余裕はないと思うケドどーする?」
『……邪魔をするってことは中に入られたくないってことだよね』
耳に付けた通信機から聞こえてくるのはドクターの声だ。
確かに私たちが到着した途端、慌てて顔を出すとはいかにも怪しい。
「……ゴルドロス、ここを任せても良いですか。 すぐに戻ります」
「任されタ、何か見つけたら通信機でネ」
私の了承を得ると、その場に突風を残してラピリスの姿が消え失せる。
追い風も合わせた双刀モードの最高速、その場にいる誰もが反応できずに立ち尽くした。
オーキスと名乗る少女の脇を抜け、そのまま彼女は影に落ちた街へと一歩踏み込み――――
「…………ぐぅ」
「サムライガァール!?」
あっという間に眠りに落ち、長い直線道路をだだ滑って遥か向こうのビルへと激突した。
ここからは確認できないが、直線距離で減速した分だけビルへの被害は少ないと思いたい。
「わ、わぁ……速いなぁ、ででででもあっさり引っかかってくれた」
『……ゴルドロス、何があった?』
「サムライガールが眠っちまったヨ! 影だ、あの影を踏むと皆眠るんダ!」
だからオーキスはぎりぎり影の手前で待ち構えていたのか、警戒する私達に影を踏ませるために。
テディの腸からマシンガンを取り出し、後ろへ跳んで影から距離を取る。
私が残ったのは幸いだ、間合いを取った戦いなら影も踏まない。
「ふ、ふぅん……マシンガンは止めてほしいなぁ」
オーキスはというとカミソリを振り回し……背後のアスファルトを削ぐように滑らせる。
いや、『削ぐように』ではない。 実際にカミソリが通ると薄皮を剥くようにアスファルトの表面が影ごと剃り取らされた。
「なん……だヨそれぇ!?」
「わ、私の魔法ぉ……ねねね眠っててねぇ!」
アスファルトからはぎ取った影を巻き付けたカミソリを振るい、オーキスが地を蹴る。
あの武器に触れるのは不味い、反射的にオーキスへ向けマシンガンを乱射する。
しかし、再度振るわれたカミソリが地面を剃り上げて銃弾からその身を守った。
「はい……よっ、と」
「なっ!?」
そしてのんきな掛け声と、捲り上がった地面のテクスチャを突き破ったカミソリが飛来する。
咄嗟に身を躱すが、避けきれずにカミソリに巻き付いた影が手の甲を掠る。
ただそれだけで私も耐えがたい眠りの中へと落ちて行った。
「こ、ん、のぉ……! ……ぐぅ」
「ふぅ、怖かったぁ……め、メアリーちゃんは上手くやってるかなぁ……?」
――――――――…………
――――……
――…
目の前に写されたマスターの過去に言葉が出ない。
「妹が死んだ」と話だけは聞いていた、だけどそれがこんな唐突でどうしようもないものだったとは思わなかった。
災厄のような魔物の襲来と、あっけなさ過ぎる別れ。 まだ若かった昔のマスターはそれをどんな形で呑み込んだのだろう。
……いや、呑み込めていないから今があるのか。
「おかしい、ね? 今度は、正確に、再現したのに。 なんで、泣き喚いてくれないの?」
隣に座る邪悪が喋るたびに言葉にしがたい感情が込み上げてくる。
コイツはこんなものを面白いと笑っていたのか。
「待って、待ってね。 今度はちゃんとうまく……」
「……うるさいですね」
「へっ? ――――ぶっ!!」
慣れない生身を全力で動かし、隣の宇宙人の顔をグーで殴り抜く。
肉がつぶれる嫌な感覚に鳥肌が立つ、人(?)を殴るというのはこんな気持ち悪いものなのか。
「いい加減にしなさい! こんなもの、私は何も面白くないんですよ!!」
「な、なんで……僕はこんなに、楽しいよ?」
「うるっさい!! 早くこの邪魔な壁を取り除きなさい、でないともう一度グーですよ!!」
「わ、分かった、分かったよぉ!」
目の前の悪夢を阻む壁が消えた途端、考えるより早く私の体は向こうの世界へ飛び込んでいた。
先ほどまで炎が燃え盛っていた割には空気が嫌に冷えている、それほど広範囲のあらゆるものが“凍って”いるんだ。
……あらためて彼女が遺した魔法の凄まじさを痛感する、そしてそれだけの力を行使した代償を。
「……これがあなたの悪夢ですか、マスター」
そして私は立ち尽くすばかりのマスターへ声をかける。
「……ンだよ、これも悪夢の続きか? にしてはちょっと不格好だな」
そこから昔の出来事をマスターは恥じた、無様だと、身の丈を弁えていれば何か変わっただろうと自らを蔑んだ。
その姿があまりにもムカついたのでついマスターの横っ面を引っ叩いてしまった。
「お、お前何を……」
「何をですってぇ? まーだ分からんですかね」
呆けたマスターの胸ぐらを掴んで引き寄せる。
酷い火傷が刻まれた顔はこれほど情けないものだったろうか、いいや違う。
「マスター、折角ですし話しましょう。 時間はきっとまだまだありますから」
「は、話……?」
「そうですよ、なーにが自分のせいですか。 魔物のせいですよ全部、マスターが重荷を背負う必要なんてありません」
「違う! だって、だって俺は……あの時、“あとは任せた”って言われたんだ……」
……彼の妹が遺した言葉、本人にとってはそれほどの意味がある言葉ではなかったのかもしれない。
しかし七篠陽彩はその日、その言葉に呪われた。
「だけど俺はあいつみたいに上手く出来ない、出来なかったんだ。 だから逃げ出して……お前と会った……」
マスターの口から零れるとりとめのない言葉を私は黙って聞く。
実の親からも逃げ出した彼に、妹と同じように戦える能力を与える私が現れた。
これが運命だというのなら神様はどれだけ意地の悪い人なのだろうか。
「魔物と戦う力をもっても、駄目だったんだ。 あいつならもっと被害は出なかった、あいつならもっと多くを救えた……俺は、俺は……!」
ブルームスターとして活動する間のマスターは上手くやっていたと思う、だけどそれでも死人はゼロじゃない。
どうしたって取りこぼす命は出てきてしまう、だけどそれだってマスターが悪い訳じゃない。
「俺じゃ駄目なんだ、何も救えない、何も守れない! だけど、覚えている俺が……月夜の事を覚えている俺が代わりにならないと……」
「……人の代わりなんていませんよ、マスター」
妹が遺した言葉を彼は忠実に守ろうとし続け、そして歪んでしまったのだ。
七篠月夜の完璧な代用品でありたい、と願った彼だからこそブルームスターの力を得てしまった。
それが彼を突き動かす理由であるなら、他でもない私が否定しなければならない。
「過去は変わらない、人は生き返らない、どんな魔法でも時計の針は巻き戻りません。 今生きるあなたが守ったものを誰が貶せるというんですか」
「でも、だって俺は……」
「言いわけじみた“でも””だって”なんて言葉は要りません! 百億万歩譲ってあなたが救った命の数が劣るとしても、私はあなたに救われたんですよ!」
「っ―――――……」
「一人ぼっちだった私を拾い上げたのはマスターじゃないですか。 あなたの妹さんは優秀だったのかもしれません、だけど命は数じゃねえですよ! 妹さんが救えたはずの数字とあなたが守った命は全く別です!!」
「俺が、守った……」
胸ぐらから手を離し、代わりにマスターの肩を抱き寄せる。
細かく震える、怯えた温もり。 ……たとえこれが夢の中だとしても、私は今抱きしめているこの感覚を忘れない。
「マスターはマスターですよ、妹さんの代わりなんて無理ゲーです。 それでもあなたの痛みが晴れないというのなら、私も背負います」
「なんでだよ……お前は、関係ないだろ」
「ありますよ、だって……」
初めて変身した時の事を思い出す、瓦礫に挟まれたマスターがクモの魔物と戦うために行った変身を。
あの時は渋々だったが今は違う。
「魔人と相乗りする勇気、マスターにはありました。 相乗りですから辛さも楽しさも一緒ですよ」
「……ハク」
「行きましょう、マスター。 そろそろ出来の悪い悪夢もお終いです」
懐に仕舞っていたスマホが光る、割れた画面の中にはいつもと変わらない画面が映っていた。
ああでも、夢から覚めるとこうして触れ合えなくなるのはちょっと残念だなぁ
≪―――――Are You Ready?≫
「……いつでもどーぞ」