表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
637/639

ある夏の日の恋物語

「ふぅー……」


冷房の効いた部屋の中、飲み干したペットボトルを押し潰してゴミ箱へ投擲する。

静かだ、私しかいない室内にはエアコンの僅かな駆動音と蝉時雨のBGMだけが響いている。

しかし私の心境は決して穏やかではない。 カレンダーに刻まれたペケ印の数は私の余命を指し示している。


今年もまた、コミックマーケットの時期がやって来た。


「ふふ……進捗ないわ」


ゲーミングチェアにもたれかかった私の目前に灯るパソコンには、白紙の原稿データがこれ見よがしに表示されている。

夏コミケまで残り10日を切っている、極道入稿を前提としてもカラーは不可能。 コンビニ印刷も視野に入る。

過去イラストを再掲したとしても進捗0では圧倒的にページが足りない、私の夏はもはや終わった。


頬に流れる涙を拭う気力も湧かない、しかし謝罪文ぐらいは書かねば読者たちに申し訳ない。

残る体力を振り絞ってペンタブへ伸ばした腕は……いつの間にかマウスを動かしてお気に入りの掲示板を開いていた。


何故だ我が腕よ、どうして学習しない。 そうやって自堕落に時間を消費していった結果がこのザマだろう。

だけどこんな精神的に疲弊してもいい謝罪文は書けないか、よしちょっとだけネットの海に潜ってリフレッシュしよ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


       【夏コミケ】阿鼻叫喚の雑談スレ【北の部】


102 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

そろそろコミケの時期ですね! 皆さん進捗どうですか^^


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「んんんんんんんんんんんんんん゛ッッッ!!!!!!!!」


心無き住民からの先制攻撃に地団太を踏んで冷静さを保つ。

落ち着け私、呼吸を乱すな、心を燃やせ。 この程度はあいさつ代わりにすらならない。

ちゃんと締め切りを守って印刷所に迷惑を掛けず余裕を持ったスケジュール進行が出来たぐらいで何だというんだ、創作者の鑑か?


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


103 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

>>102

人の心ないんか?


104 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

>>102

辞めてくれ、その言葉は俺に効く


105 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

>>102

許せねえよなぁ……


106 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

北の部初参加です、対戦よろしくお願いします。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「おー、今回も新たな猛者が北に来たっと……」


コミックマーケット北の部、10年前の災厄で東京が壊滅した際に我らがビッグサイトも当然ながら吹き飛んだ。

それから多くの混乱を経て開かれたコミケは、東部・西部・北部の3か所に分かれて混沌を極めるようになったのだ。

その中でも北部、私達の安住の地は通称「裏コミケ」と呼ばれている。 なぜかと言えば……


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

113 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

今年も鬼畜ロウゼキ様本出します、解釈違いは全員掛かって来い

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


多くがナマモノ、それも魔法少女のカップリングなどを書いた危険ジャンルを取り扱っているからだ。

魔法少女の尊い活躍に情緒を破壊されたお姉さまお兄さまは少なからず存在する、私もまたその中の一人に過ぎない。


当然ながらR-18は厳禁、年齢制限をクリアしても魔法少女のイメージを著しく損なう表現も取り締まられる。

魔法少女ファンクラブメンバーの厳しい評価の目を潜り抜けた精鋭たちのみ、北部会場に本を並べることができるのだ。

なお私は過去の参加経歴からほぼ顔パスのようなものだった、しかしこの白紙(ザマ)である。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

116 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

誰かネタ……ネタを頂戴……新刊落ちちゃう……


117 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

>>116

この時期にネタ集め……? 妙だな

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


最後のあがきとして掲示板の同志たちへ助けを乞うてみた。

駄目で元々、いいネタが拾えれば万々歳。 創作意欲が湧かないこの身体へせめてものお詫びペーパーを書く気力(ガソリン)をねじ込めたなら重畳だ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

118 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

推しの子教えて、好きなシチュを綴って、食指が動けば書く


117 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

>>118

ド修羅場のオタクとして尊大すぎる態度で草

僕はスポーティな汗を流すチャンピョンが好きです


119 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

>>118

印刷所激怒不可避

ブルームスターはいいぞ。

http://xxxxxxxxxxx

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……ブルームスター?」


聞き覚えのない魔法少女名と共に動画サイトのURLが張り出される。

先に検索サイトで名前を調べてみると、どうやら最近頭角を現してきた魔法少女らしい。 しかも野良。


確かに私もアウトローとお堅い委員長系のカップリングは好みだが、目の肥えた夢女子のお眼鏡に適うとは到底思えない。

まあせっかく好意で勧めてもらったからには動画に目を通してわ゜あ゛顔が良い一生推すちっちゃいね細いね産まれて来てくれてありがとうポッキー食べる?食べるところみせてポリポリ齧ってるとこ見せて。


作者の熱意が伝わる切り抜きで構成されたMAD動画は、一瞬にして私の心をブルームスター沼へと突き落とした。

気が付けば私は画面に向かって拝んでいた、夢女子の理想が形となったようなイケ幼女がそこにいたのだから。

死ぬんだ、私は今からこの子に大やけどして死んじゃうんだ。

死んでブルームスター様のマフラーに転生したいけどあまりにもおこがましい願いが過ぎるので箒の先っちょの毛の部分でいいです折れて捨てられても構わないですむしろ投げ捨てられて最期にゴミを見るような眼で一瞥されたブ゛ル゛ー゛ム゛ス゛タ゛ー゛は゛そ゛ん゛な゛顔゛し゛な゛い゛も゛ん゛!!!


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

121 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

ブルームスターならやっぱり王道を行くぅ……箒×蒼刀ですかねぇ……

お前は? オタク


122 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

>>121

蒼刀×箒でしか摂取出来ない栄養素があるんだが?????

にわかは黙ってくださるかしら???????


123 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

動くな、金犬×箒警察だ!!

あの二人のラフな距離感が大好きなんですよねぇ


124 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

お前ら野良時代からの付き合いがある箒×銀嘗めてんの?

一生仲良ししてほしい姉妹のような安心感があそこにはある


125 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

刀は刀×紫医なんだよなぁ!!!!!!!!!!???

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


スレッドでは投下された火種に燃料をなみなみと注いだ大論争が始まる。

だがそんな事は問題ではない、デュアルモニターに移されたスレッドの動きを片目で追いかけながら、もう一つのモニターで情報を集める。

ブルーム様の主力カップリング、小説、イラスト、動画などを漁りながら非公式ブロマイド(\1000)を購入。

そしてカレンダーの日付を再確認し、頭の中でスケジュールを組み直す。 


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

135 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

私は社長×箒が好きです


136 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

>>136

ウワーッ! 原作で接点がない!!


137 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

ブルームスターいいよね……可愛いしカッコいいし女の子になっちゃう……


138 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

>>136

あるもん! 私の中ではあ゛る゛も゛ん゛!!


139 名無しの魔法少女スキー[sage] 投稿日:20xx/xx/xx(日) ID:xxxxx

紫医×箒本出すからなテメェら、会場でけり付けようぜ

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


勢いの止まらないスレッドを一度閉じ、改めてペンタブと向き直る。

極道入稿は前提、印刷所から配送ではなく自分で受け取りに行くとして残り使えるのは何時間ほどか。

関係ない、筆に籠った情熱はもはや止まらないんだ。 ペーパーも詫び文も書く暇はない。


その後、私は入稿済みの友人たちの手を借り、懇意にしてる印刷所に土下座してコミケ開始5分前の滑り込みでブルームスター崇拝本を刷りあげたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 思い出は灰に。
[気になる点] やはりロウゼキ×箒なのでは? [一言] コミケの話の続きが見たいです!
[一言] こう、結末を知った上でこういったお話を読ませていただくと、この人も、あの人からも、その思い出が燃え尽きてしまったのかと思うととても心がキュッとしてしまいます、でもそこがまた……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ