魔法少女強化合宿:ある魔法少女のお話 ①
お題箱で「夏合宿編(179話〜)でのモブ魔法少女視点のブルームスターが見たい」というリクエストをいただいたので、今回はそのお話です。
私は今、日本地図のどこにあるかも分からない島にいます。
別に遭難したわけではありません、ただ私は恥ずかしながら魔法少女を務めているので、強化合宿のためにこのリゾート地へやってまいりました。
非正規の魔法少女が跋扈する昨今、我々も戦力の強化が必要とのことで私も納得していましたが……地獄でした。
合宿超辛いです、ロウゼキさんマジで強いです。 「とりあえず一発でも攻撃が当たればOK」と言われた時は甘く見てました。
すでに三日目となりますが未だ指一本かすりもしません、あんなひらひらのお洋服を着ているのに。
同期の仲間たちは皆、光が消えた瞳で今日も吹っ飛ばされていきます。 それでも心が折れないのは流石です。
とはいえ、このままだとよほどのラッキーパンチが無ければこの砂浜に骨を埋める事になります。
私はまだ死にたくありませんが正直ロウゼキさんに勝てるビジョンが全然見えない、詰みです。
だからと言って逃げ回っていると、必ずと言っていいほど先回りしたロウゼキさんによってバチボコにされるのです。 あの人は本当に人間なのでしょうか。
「はぁー……」
進むも地獄、退くも地獄。 先が見えない現状についため息も出てしまいました。
だから私も周囲に気を配る余裕がなかったのだと思います、戦闘音を聞きなれてしまったのも悪かった。
なんとなくぶらぶら歩ていた海岸沿い、その脇にある雑木林が弾けたのが見えた瞬間、私の天地はひっくり返っていました。
「………………はえ?」
「―――悪い、前見てなかった! 大丈夫か!?」
灰を被ったような白い髪、照りつく太陽に照らされてたなびくマフラー。
お人形さんのような綺麗な顔に見つめられて思わず硬直、なうろーでぃんぐ。
自分がお姫様抱っこされていることに気付き、恥ずかしさから叫び出すまでそこからさらに10秒は掛かりました。
――――――――…………
――――……
――…
「白髪でマフラーを巻いた魔法少女? ああ、それならたぶんブルームスターって子だよ」
「箒ちゃんね、ラピリス様と一緒に喋っている所を見たわ!」
夜、仲の良い同期の子たちとホテルの大浴場で一日の疲れを流していると、自然と昼間の出来事の話になりました。
どうやら雑木林から飛び出してきたあの少女はブルームスターという魔法少女名のようです。
「確かツヴァイさん(姉)と組み手中なんだっけ? ちらっと見たけど2人とも凄まじくて全く近づけなったよ」
「なんというかミステリアスな子よね、いつの間にかスゥっと姿を消してまたすぐ現われたりして」
「東京事変の第一功績者なんでしょ? すごいよねぇ」
どうやら件の魔法少女はとても有名な子だったらしいです、なのに何も知らなかった私が恥ずかしい。
ぶつかりそうになった私を咄嗟に抱きかかえる手際や噂話の数々を聞くと、実力だってとってもすごい子なんだろうなぁ。
「一回お話してみたいけど、お風呂にも顔出さないよね? ご飯もどうしているんだろ、家族は来ているのかな?」
「野良の魔法少女だからそのあたりはロウゼキさんが気を遣って伏せているんじゃない?」
「でもラピリスちゃんたちと仲がいいみたいだから個室のお風呂で一緒に……ちょっと待って書き留めてくる、いいネタが降って来た」
女の子があつまるとあーだこーだと話に花が咲くものです、そして総じて長話になります。
歓談に付き合ってのぼせそうになった私は一足先にお風呂から上がり、少し夜風に当たって涼む事にしました。
「はふぅ……」
火照った体に当たる夜風はとても涼しく、気持ちがいいものでした。
ただ身体はいくら冷えても、昼間の事を思い出すと顔はかっかと火照ります。
お姫様抱っこなんて初めての経験で、今でも心臓はドキドキしていました。
「……あれ? 君、もしかして昼間の子?」
「へっ……? ひゃ、ひゃいっ!?」
心臓の高鳴りが落ち着くまでしばらくホテルの周りをぶらつくつもりで歩いていると、不意に後ろから声が掛かりました。
噂をすれば影が差すというものでしょうか、振り返るとそこには件のブルームスターさんが立っていました。
「やっぱり。 昼間はごめん、周りが見えてなくってさ……怪我はない?」
「だ、だ、大丈夫れす! えと、私の方こそお邪魔したようで……」
何故でしょう、同い年ぐらいに見えるのに彼女の立ち振る舞いは年上のような包容力がありました。
呂律も上手く回りません、ただでさえドキドキが止まらなかった心臓が今にも張り裂けそうです。
「その、私どんくさくて……その……す、すみませぇん……」
東京事変を解決した立役者である彼女を見ていると、なんだか自分が情けなくなって涙目になりました。
折角の合宿だというのに、怖くてロウゼキさんから逃げて何の成果も得られない自分。
とてもじゃないですがブルームスターさんと向き合うにはちっぽけすぎる存在です。
「わ、わぁー!? ごめん、やっぱりどこか怪我してた!? 痛むか!?」
「ち、違うんです……ごめんなさい、ブルームさんはなにも悪くないんです……!」
ぼろぼろ零れる涙は抑えることができず、気づけばブルームさんにも迷惑を掛けてしまいました。
ホテルの入り口前に設置された噴水の縁に座らされ、なんとか気持ちをなだめようと深呼吸をすること数分。
どうにか涙も収まって俯いた顔を上げると、ブルームさんが両手に持ったジュース缶を1つ、差し出してくれました。
「おがね払いま゛す゛ぅ……」
「おごりだから気にするなって、それより何で泣いていたか聞いてもいいかな?」
私がジュースを受け取ると、ブルームさんも隣に座って自分のジュースを開けます。
プルトップに掛ける指や手には、目立たないながらもかなりの数の生傷が見えました。
「……ん? ああ、これ? ツヴァイが容赦なくってさ、明日は筋肉痛かなぁ」
私の視線に気付いたのか、ブルームさんは掌を見せてけらけら笑っています。
その姿は噂で聞いたような近寄りがたいミステリアスな完璧超人美人さんではなく、なんというか近所の優しい年上のお兄さんという親しみやすさがありました。
「じ、実は……」
だから私も、後ろめたさを感じて隠していた自分の弱みを吐き出せたんだと思います。




