エンドロールじゃ終われない
これは、少年が幸せになるまでの話。
≪……終わったわね≫
「ああ、あっけなかったな」
最終決戦を終えた余韻の中、静寂を破ったのはネロの呟きだった。
炭化したンロギの身体はもはや塵に紛れて分からないが、もう蘇ることはないはずだ。
賢者の石ごと砕いた、もはや魔力を振り撒く妄執などはどこにもない。
「や、やったのか……盟友?」
「ああ、終わりだよ。 皆には助けられたな……それと、スピネにも」
自然と握りしめていた掌には、砕けた拳銃の欠片が遺されていた。
粉々となったシリンダーの一部、そして錆もなく輝く銀色の空薬莢がひとつ。
これで、この世界で独り消えていった彼女の未練も少しは晴れただろうか。
「喜んでいる暇もない、早く戻るぞ。 でないとボクたちが魔力汚染にやられてしまう」
「う、うむ! こっちだ盟友、我らが通って来た石板はすぐそこだ!」
「いや、俺はまだいけないよ」
「……えっ?」
俺の袖を引くシルヴァの腕を解き、一歩下がる。
ラピリス達と共に元の世界に帰りたい気持ちはある、だがこのまま帰るわけにはいかない。
「何故ですか? 理由によっては気絶させても連れて帰りますよ」
≪話を聞きなさい、こいつの身体にはまだ賢者の石が残ってるのよ。 このまま戻っても苦労が水の泡でしょ≫
逸るラピリスに向け、スマホの中のネロが俺の言葉を代弁する。
そうだ、ンロギに宿っていた分は本体ごと消滅させたが、俺の身体に賢者の石がある以上は帰る訳にはいかない。
「そんな……だったら一生この世界に残るってことかヨ!?」
≪だから私がいるってのよ、少しずつだけどこいつの中にある賢者の石を弱体化させるわ。 まあ、どれだけ時間がかかるか分からないけど……≫
「……おおまかな予測でも構わない、具体的な時間は割り出せないか?」
≪分からないって言ってるでしょこの眼鏡っ! 私だって初めてなのよこんなの、明後日かもしれないし、1ヶ月かもしれないし、1年、10年……もしかしたら100年ぐらい……≫
「100年!? そんなに過ぎたら盟友は……」
慌てるシルヴァを遮り、ラピリスが一歩前に出る。
そんなの待っていられないから実力行使で連れ帰る……なんていう訳もなく、透き通った蒼い瞳は何も言わずに俺を見つめていた。
「……必ず、帰って来るんですよね?」
「ああ、約束するよ。 今度は絶対だ」
「分かりました、帰りましょう」
「ンニ゛ャーッ!? サムライガール、いいの!?」
「ええ、信用していますから」
二、三言の短いやり取りだけで、ラピリスは踵を返して元来た道を歩いて行く。
交わした言葉こそ少ないながらも、預けられた信頼は重いものだった。
「どのみち長居は無理だ、これ以上はボクらも命が危ない。 全員撤退だ!」
「んぐぐ……ブルーム、絶対だヨ! 帰ってこなかったら絶対に許さないんだからネ!!」
「盟友、我らは忘れずに待っているぞ! また会おう!!」
「ああ、絶対に帰る……またな」
高濃度の魔力の中、活動できる限界時間に押されて4人が去っていく。
どこまでも塵しかない地平線の中、舞う砂塵の向こうに消えていく影を見送った後に残るのは、俺たち2人だけだ。
≪……馬鹿な真似したわね、帰れる保証なんて全くないわよ≫
「ああ、バカな約束したと思う。 けどな、何となく無理だって気はしないんだ」
≪私への信用だって言うのなら買いかぶられたものね、あんたの相棒を殺したのは……≫
気恥ずかしさを誤魔化すような悪態の中、ネロの台詞が途切れる。
そしてなにか言葉を選ぶように逡巡しながら、再び口を開いた。
≪……ねえ、一つ気づいた事があるのよ。 あんたが渡してくれた魔石、当たり前だけどあの中には姉の魔力が遺されていたわ≫
「ああ、だろうな。 それで?」
≪本当に……本当に気の遠くなるような話だけど、もしもあいつが死んだときに砕け散った魔力を全てサルベージできたら……どうなると思う?≫
「……ハクはあの時死んだんだ。 死んだ人間は蘇らない」
≪魔力が残っているなら完全な死ではないわ、魔石を残した仮死状態みたいなものと考えたら?≫
目を瞑り、亡くなった相棒の事を考える。
もしも彼女とまた会えるなら、それほど嬉しいことはない。 だけどそれはあり得ない話なんだ。
≪それにあんただって十分頑張ったんだもの。 奇跡の1つぐらい強請ったって罰は当たらないわよ、きっとね≫
「……そうかな」
≪ま、全部私の勝手な予想よ。 広大な世界の中から散り散りになった砂金を集めて金塊を作るような話、忘れてくれても構わないわ≫
ハクの死を見届けた時、確かに彼女を構成する要素が砕け散って霧散した感覚は感じた。
あの世界に魔力は残っていない、存在の償却に合わせてすべて帳尻を合わせる様に門を通してこの世界へ流れ込んできた。
無数に降り積もる塵の中、あるいは大気中に漂う魔力の中からハクだったものを探しだしてサルベージする、確かに気の遠くなる話だ。
「……だけど、どうせしばらくは何の予定もないんだ。 永いヒマつぶしも必要だな」
手元に残された、空石の魔石を取り出して呟く。
どうせ探すなら2人分だ、見つかる当てなんてどこにもない。 もしかしたら黒炎に巻かれて遺失しているかもしれない。
だけどラピリスにも言われたんだ、少しぐらい我が儘を言おうじゃないか。
底の空いた箱の中に、もう一度幸せを詰めに行こう。
――――――――…………
――――……
――…
あれから一日も欠かさず、カレンダーにバツ印を増やす日々が続いた。
チャイムが鳴るたびに玄関まで駆け付け、落胆するルーティン。 流石に来客へ失礼な態度なので、お母さんにも怒られてしまった。
それでも明日こそは、明日こそはという期待は絶えず、それでも無常に時間は過ぎて行った。
雪が溶け、桜が咲き、季節が二度三度と巡って3年。
私達もとうとう、小学校を卒業する日が来てしまった。
「いやー、休み明けから中学生だネ! なんかちょっと実感も湧かないカナ」
「勉強のレベルも一気に上がりますよ、コルトは大丈夫なんですか?」
「英語ならノープロブレム!!」
「日本に馴染み過ぎて発音から怪しくなってないかい?」
「コルトちゃん……国語も怪しいよね?」
卒業式を終えた帰り、不思議な友情で結ばれた仲間と共に、私の家で卒業祝いのパーティーを開いていた。
とはいえリビングに各自お菓子や飲み物を持参し、乾杯しては駄弁るだけの簡単なものだ。
「いやー、それでもこの家がもともと飲食店だったとはネ……なんだかリビングが広いなとは思ってたけどサ」
「失礼な話だが、葵のお母さんに調理場なんて任せられないと思うが……」
「し、死人が出るよね……」
「言いたい放題ですね。 まあ、そのあたりはお兄さんが頑張って……」
……お兄さんの話題が出た途端、明るく振る舞っていた皆の顔に僅かな陰り差した。
あの人の事を忘れた日は一日もない、しかしいくら日月が過ぎようとも音沙汰がないと不安にもなる。
ブルームスターと別れた後、この世界から魔力も魔法も綺麗さっぱりなくなっていた。
覚えていたのは私やお母さんなどごく一部の人だけだ、狼狽した(元)局長から電話がかかって来た時は驚いたが、あの人もばっちり覚えていたらしい。
そして、私達も年を重ねるごとに、魔法少女としての力は確実に衰えていった。
「バンクが飼い猫になってた時は驚いたネー……それとサ、テディの容量がまた小さくなってたヨ」
「君もか、ボクも起動しないカセットが増えて来た」
「私も……魔術がうまく使えなくなってきた」
元より魔法少女は子どもの時だけにしか変身できない夢のようなもの、こればかりは仕方ないと皆覚悟はしていた。
だがこれでいいのだ、魔力が無くなった世界では私達のような存在こそ異物なのだから。
「……ジュースが無くなってしまいましたね、お代わり持ってきますよ」
「おっ、ついでに棚に隠してあったお饅頭も食べたいナ!」
「コルトにはお母さん特性ダージリンティーを振る舞って差し上げますね」
「ゴメンナサイ!!!!」
恐ろしく速い土下座を見せるコルトを残し、リビングを立つとちょうど玄関からチャイムが聞こえて来た。
そう言えばお母さんが今日は卒業祝いの荷物が届くと言っていた、サプライズも何もない話だが我が母らしいとは思う。
「はーい、ちょっと待ってくださいねー!」
玄関先に声をかけ、お母さんの部屋から印鑑を持って駆け付ける。
しかしドアベルを鳴らしながら開けた扉の向こうに立っていたのは、配達員の方などではなかった。
「――――……ぇ?」
「……ああ、もしかしてアオか? 大きくなったなぁ、一瞬分からなかった」
忘れた時は片時もなかった、見間違えるはずもない。
あの時から何も変わっていない姿のまま、玄関に立っていた彼たちの姿を見た私は、一も二も無く抱き着いていた。
「サムライガール? どうしたの…………カナ…………って」
「どうした、やりこんでたゲームがフリーズしたよう顔して……お、おお?」
「わ、わぁ……!」
「おかえりなさい……おかえりなさい……ずっと待ってました、ずっとっ!!」
災厄の日から、この世界は多くのものを失った。
魔力を忘れて震災に置き換わってもなお、死んだものが帰る事はない。
それでも、失うことばかりが全てではないのだ。
「……ああ、ただいま」
空を飛ぶドラゴンはもういない。
それでも、ようやく私の春は訪れた。
おしまい




