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何が彼を突き動かすのか ⑦

「……どこだよここは」


気色の悪い夢の中、当てもなく歩いていたらいつの間にか知らない場所へと迷い込んでしまった。

いや、仮にも長年住んでいた街だ。 ただ歩いているだけでひょんな所に迷い込むわけがない。

……まあ夢の中の世界なんて現実通りの道に繋がってるとも限らないだろうが。


「けどなんだろうな、この道……?」


周囲の景色はコンクリが敷き詰められ、高層ビルに囲まれた今までの街とはまるで違う。

鼻をくすぐる風には土の匂いがたっぷりと混ざり、辺りには群れを成すビルはなく、代わりに年季の入った民家や営業できているのかも怪しい店々が立ち並んでいる。

知らないはずの光景なのに、目につく何もかもがどこか懐かしい。


「……俺は、この風景をどこかで――――」


  ―――――ねえ、お兄ちゃん。


どこからかまた、妹の声が聞こえてくる。

だがそれはここにいる俺に向けられたものではない。

5mほど離れた店前で、ランドセルを背負って仲良く歩く兄妹がいた。


……そうか、そういえばこれは悪夢だったな。 

道理でこの風景に懐かしさを覚える訳だ、これは昔の記憶を再生しているのだろう。

俺が逃げた街、思い出さないようにしていた街を昔の俺と月夜が歩いて行く。


『……おにいちゃん、私ね。 魔法少女になれるって言われたの』


『お前それ見ず知らずの怪しいおっさんに言われたとかじゃないだろうな?』


『ちがうよ、もうっ。 ……今日ね、学校になんとか省の偉い人と魔法少女が来たの』


『その魔法少女に言われたのか? だったらあれだ、リップサービスだよ。 仮面アクターもよく言ってるだろ、君もヒーローだって』


『おーにーいーちゃーんー?』


馬鹿かお前は、変な劣等感なんざ無視して茶化さず話を聞いておけばよかったんだ。

これは取り返しのつかない映像だ、分かっているのに脚はふらふらと二人の後を追い、腕はその肩を掴もうと昔の自分へと延びる。


だが、無情にも辺りの景色がノイズに塗れて切り替わる。

一転して場面は屋内へと移った、客間と思われる部屋では高そうなテーブルを挟み、両親と黒いスーツに身を包んだ男たちが腰かけている。 懐かしい、まだ心労でやせ細る前の母さんだ。


『――――月夜さんには魔法少女の素質があります、ですが強制はできません。 最終的には本人の自由意志に委ねられますので……』


『うちの娘をあんな化け物と戦わせるって言うんですか……!? いやよ! この子は私達の娘よ!!』


そうだ、ここは実家の客間だ。

ヒステリックに泣き叫ぶ母さんたちの後ろに隠れて、不安そうな月夜の手を握っていた事を思い出す。

お前もこの時、何か声を上げれば結果が変わっていたかもしれないのに。


再度視界にノイズが走って風景が切り替わる、今度は玄関先だ。

すでに外は暗い時間だというのに、腕に包帯を巻いた月夜が帰宅する。


『月夜! あなたまたそんな怪我を……』


『大丈夫だよ、ちょっと擦りむいただけ。 こんなの全然へっちゃらだから』


『そんなわけないでしょう! お願いだから、もうお願いだからこんなことやめて……っ!』


『ごめんね、お母さん……大丈夫、大丈夫だから』


奥から現れた母さんを抱きしめた後、月夜は階段を上がって二階にある兄弟部屋の扉を開く。

部屋の中には2人分の机と二段ベット、それとぎっしりと中身が詰まった本棚にもたれ掛かって漫画を読む昔の俺がいた。


『……また魔物か?』


『うん、今回はおっきいコウモリだった。 私は羽を凍らせてね、他の子が倒してくれたんだ』


『また魔法を使ったのか、分かってんのかよ。 それを使ったらお前……』


『えへへ、でもお兄ちゃんは覚えていてくれるから』


『バカ。 ……あれだけ友達いたのに、学校の皆もお前のこと忘れちまったんだろ』


『そうだね、けど魔法少女は続けるよ。 お兄ちゃんも皆も、私が守るから』


まだ月夜が魔法少女になる前、一度俺は魔物に襲われたことがある。

俺を助けるためにあいつは魔法少女としての力を振るい、その時から頑なな決意を抱いた。

家族の誰が止めようとも決して戦う事を止めない決意を。


妹に命を救われたという負い目もあったから俺は何も言えなかった。

……いや、違う。 その根底にあったのは劣等感だ。

あいつなら出来る、月夜なら問題ないと、根拠のない信頼を置いてただの一言を(つぐ)み続けた。


「……“お前はただの、普通の女の子なんだ”って」


目の前で漫画を捲る愚図の代わりに口から言葉が零れる。 

お前は何でそのひと言をあの時言えなかった。

……まるでその言葉が引鉄であったかのように周囲の景色がまた入れ替わった。


燃え上がる熱波が肌を刺す、周囲は瓦礫に埋もれた凄惨たる光景だ。

まあ、これが悪夢なら「ここ」にたどり着くのは当然か。

七篠陽彩の原点で、七篠月夜の終点。


陽炎が揺れる景色の先で、あの時と同じように獅子型の魔物が立っていた。



――――――――…………

――――……

――…



「……友達ぃ?」


「ふふふ、良いでしょ? 僕の、お願いなんだから、聞いてくれるよね?」


反射的にふざけるなと口走りそうな気持を必死になだめる。

断ることは簡単だ、だがその場合は目の前の宇宙人が何をしでかすか分からない。

まずは一つ、敵の腹を探ってみるか。


「……その前に聞きたいんですけど、この空間はあなたが作ったものですか?」


「そう、だよ? ふふ、ここは夢の世界、君も僕も、本物の体は外に置き去り、だよ」


「なーるほど、だから私もこうして生身で動けるわけですか」


宇宙人が指を鳴らすとともに目の前に現れた菓子を押しのけ、自分の掌を見つめる。

夢が醒めてしまえばこの身体ともおさらばか、それは少し残念に思う。

マスターもこの世界のどこかに居るのだろうか。


「マスター……君を飼い繋いでいた人間、だね?」


「……私の考えていることがわかるんですか?」


「ふふふ、悪夢を見せるのが僕の使命だから、だよ。 この世界に、引きずり込んだ人間の、考えていることは大体わかる、よ」


そこから思い出したくない記憶を引き出して悪夢を見せるということか。

悪趣味な能力だ、しかし私の考えていることが本当に読めるとしたら……


「君が、友達になってくれないって思ってることも分かる。 けどね、考え直してほしいな」


「お断りします、マスターはどこですか?」


「ふふふ、彼も夢の中、だよ? ほら、見せてあげる」


宇宙人が掌を叩くと、その背の空間が四角く縁取られ、こことはまた異なる場所の映像を映し出す。

見るも無残に崩れ去った街の姿を、ごうごうと燃え立つ炎が照らし出す。

その惨劇の中心にはある人物が立ち尽くしていた。


「マスター!」


「無駄、だよ。 ここからは、出られない」


映し出された惨状へと駆け寄るが、目に見えない壁に遮られて向こうの世界へ飛び込む事が出来ない。

こちらの声も届いていないのか、目の前のマスターは呆然と立ち尽くしているばかりだ。

彼が見つめる陽炎の向こうには巨大な魔物のような影が見える。


「あれは……?」


「七篠陽彩の記憶から引き上げた、悪夢の記憶、だよ。 ふふふ、君に面白いものを、見せてあげる」


マスターの記憶から作られた悪夢。

ならこれはきっと彼の妹さんが亡くなった時の……


「何が……こんなものの何が面白いって言うんですか! 早くこの壁をどけなさい!!」


「駄目だよ、これはリベンジなんだ。 一回目は失敗したけど、これならきっとうまく行く、よ」


炎に照らされた惨劇を見つめる宇宙人の瞳が細まる。

鳥肌が立つほど悍ましいその顔が笑みを浮かべていると理解するには少し時間がかかった。


「楽しみ、だなぁ。 これはどんな顔を見せてくれるんだろう、ねえ、ハクちゃん?」


「……あなたは、最低です……!」


私はただ、目の前で再現される惨劇をただ見ている事しかできなかった。

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