無題
昔々、ある一人の少年が居ました。
少年はどこにでもあるような普通の家庭に生まれ、ごく一般的な人生を歩んでいました。
それでも少年は幸せでした。 両親から与えられた愛情は、彼に健やかな成長を与えていたのです。
少年は人の痛みに寄り添えるだけの優しさを持っていました。
仲睦まじい家庭の中で、愛すべき両親や妹に囲まれ、少年はこの先の人生もきっと幸せなのだと信じていました。
ですが、世界に『魔法』が溢れた日、彼のささやかな幸福というものは儚くも崩れてしまったのです。
世界は変わってしまいました。
大きな街が一つ滅び、昨日まで正しかった常識は書き換えられ、人の命は以前よりも容易く潰えてしまうようになりました。
それでも人々は希望を失いませんでした、なぜなら「魔法少女」がいたのだから。
魔法少女は人々の平和を守るため、日夜魔物と戦いました。
その中には少年の妹も入っていたのです。
そして、少年の妹が扱う魔法は……他の魔法少女よりも、強力で使いにくいものでした。
誰かを守るたびに、皆が少年の妹を忘れていきました。
感謝の言葉もなく、指折り数えて友を失い、時によっては正当な報酬も払われることも無く、命がけの戦いは少年の妹を傷つけていきました。
少年は、妹の傷にもっと早く気付くことができたはずでした。
それでも掛ける言葉が見つからず、腫れ物に触れるように逃げていたのです。
少年は、みんなが憧れるようなヒーローではありませんでした。
だから妹が死ぬ瞬間まで、何も出来なかったのです。
少年は後悔しました、自分の弱さと無能さに呆れ果てました。
自分のせいだと何度も何度も自責し、それでも自決するほどの勇気はありませんでした。
この時から、少年の運命は狂っていきました。
少年は、取り返しのつかない傷を負いました。
彼の母親は、娘の死に耐えられるほど強い人間ではなかったのです。
心が壊れてしまった母の叱責を、彼は「自分のせいだ」と飲み込みました。
少年は、行き場のない感情を誰かに押し付けられるほど強い人間ではなかったのです。
そして少年は気づいてしまいました、自分が抱えている“幸せ”という名の箱には大きな穴が開いてしまったのだと。
この先の人生でどれほどの幸せを重ねても、箱の底に空いた穴は決して埋まることがないと。
だから少年は、自分が受け取るだけの幸せを誰かに渡そうと思いました。
自分が代わりに傷つけばいい、自分が代わりに戦えばいい、自分が代わりに悲しめばいい。
幸せの渡し方が分からなかった少年は、がむしゃらに誰かが被る不幸を自分に押し付けて行ったのです。
そうして少年は、電子の中で一人の少女と出会いました。
少年は、誰かの願いを叶えるほうき星となったのです。
少年は、誰かの幸せのために自分の幸せを投げ捨てました、
少年は、誰かが傷つく戦いを自分の体でかばいました。
少年は、戦うたびに少しずつ怖くなってきました。
穴が開いたはずの箱に、少しずつ大切なものが増えて来たのです。
また失うことが怖かった。
もしもこの穴が埋まった時に、大切な妹の事を忘れてしまうのではないかと怖かった。
だから少年は何も気づかないふりをして、大切なものを見てみぬままでいたかった。
そして少年は、たった一人の相棒を失ってしまったのです。
それだけではなく、大切だった妹までも再び失ってしまった。
少年の箱には、もっと大きな穴が開いてしまいました。
少年の身体には、皆を不幸にする悪魔が宿っていました。
少年の目前には、皆を不幸にする悪魔が立っていました。
皆を幸せにしたかった少年は、覚悟を決めました。
少年は自分の命を投げ捨てました、きっとみんな幸せになることを信じて。
少年は自分の存在を焼き捨てました、きっと誰の記憶にも残らないと考えて。
少年は自分の幸福を諦めました、だってもう必要ないのだから。
少年は
少年は……
少年は―――――……
少年だって本当は、■■になりたかったのに
≪……冗談じゃ、ないってのよ――――!!≫




