雪野原にて ⑥
「ブルームスタァー!!」
ああ、見られたくはなかった。 ラピリスにだけは。
きっとお前は俺が今からやろうとすることを許さないだろう、泣いて、怒って……自分を追い詰める。
だからお前にだけは何も知らないまま、全部忘れてほしかった。
「ぎ……は゛、ハァ……仲間゛かァ゛……!!」
「……近づくな、それ以上は死ぬぞ」
ンロギがこちらに走り寄るラピリスに向かい、腕を伸ばす。
まだ諦めずに何かを企んでいるようだが、魔力が練れない状況で不発に終わる。
「クソ、がァ゛……! 止め゛ろよ゛テメ゛ェ、あのガキまで巻き込――――ギへ゛ッ!!?」
わめくンロギの喉を握り潰し、傷口を焼く。
これで息の根を止められるわけではないが、しばらくはうるさい口も閉じるしかないはずだ。
そうこうしている間にも駆け寄っていたラピリスの足取りは、黒い炎によって阻まれた。
「あなたが死ぬ気じゃないですか……! あれだけ言ったのになんで相打ちみたいな真似しているんです!?」
「悪いな、これしか思いつかなかった。 後で謝るよ」
「あなたが言う“後で”なんて、いつ来るんですか!!」
ラピリスが抜き放った刀を乱暴に炎の壁に叩きつけるが、硬いものに弾かれたような音を立てて刃が止まる。
賢者の石二人分の魔力を糧にした黒炎だ、たとえラピリスがどれほどの魔力を籠めて斬ろうとも傷一つつかない。
「たとえ全部が解決したとしてもっ! あなたがいない世界じゃっ! なにもっ、楽しくはない!!」
「……その気持ちだってすぐに忘れる」
「嫌です、忘れたくない! 忘れるものか!!」
何度も我武者羅に刀を振るうが、ラピリスを阻む炎は一向に衰えない。
彼女が東京からこの場所に来るまでどれほどの苦労を重ねたのかは分からない、それでも突きつけられた現実は非常だ。
魔法少女ラピリスは、これから起きる一切の出来事に干渉できない。
「待たせたな、そろそろ焼かれるのも飽きただろ」
「ガハ……テメ゛ェ、なにを゛……」
すでに声帯が再生しはじめたンロギの反応を無視し、足元に埋もれていたスイッチを踏みつける。
初めは雪に埋もれ、今は炎に隠れて見えなかったそれは、ボイジャーの魔法で作られた収納箱。
そして踏みつけて起動された箱から展開されたのは、シルヴァが解析してくれた石板だ。
「――――待て……待て、テメ゛ェ止めろ゛……それだけはや゛め゛ろォ!!」
「大人しく聞いたところで俺に何か見返りがあるのか?」
俺たちの足元に展開された石板は、待ちわびていたかのように輝きを増していく。
時間ギリギリまでシルヴァが保護用の術を重ね掛けしてくれたおかげで、この火の海の中でも問題なく起動できる。
「ふざ、けんな゛ァ! 何を゛してる゛のか分かってん゛のか!?」
「俺たちを転送した後、この魔法陣も黒炎で焼かれて機能しなくなる。 片道切符の転移門だ」
雪の下に仕掛けを隠し、殴り合う中で少しずつこの位置へ誘導してきた。
万が一魔法陣が焼き切れなくとも、ロウゼキがいる。 彼女なら必ず俺が居なくなった後に役目を果たしてくれるはずだ。
「そん、な……」
「悪いな、ラピリス。 そういうことなんだ、話してたらお前は許さなかったろ?」
「だって、そんなことをしたら……あなたはどうやって戻って……!」
「戻る気はない、ゴミはゴミ箱へ捨てなきゃいけないんだ」
ラピリスが刀を振るう手に一層力が籠る、柄を握る腕からは血も滲みだした。
それでも根性一つで乗り越えられるほど、賢者の石は甘くない。
「退けろ! 退けろォ!! どうして……あなたばかりが報われないんですか! なぜあなたばかりが、全てを背負わなければいけない!!」
「俺が選んだ道だ、気にするな」
「嫌です! だって、私はあなたを……」
「大丈夫だ、アオ。 お前はちゃんと幸せになれる」
足元の魔法陣が輝きが最高潮に達する。
地面を踏みしめる感触が曖昧となり、石板からは冷たい風が吹き込み始めた。
「―――――許さない……私は、あなたを絶対に忘れない……!」
「……その気持ちも忘れるよ」
なおも炎の壁に縋りつくラピリスから眼を逸らし、炎に巻かれたンロギへ目を向ける。
灼熱と激痛でもはやまともに抵抗する気力も湧かないのか、両手をだらんと垂らしたまま乾いた息を喘がせていた。
「や、め……ろ゛ぉ……! 分かるだろ゛!? 魔力を゛制御できれ゛ばどれだけの力が得られる゛か゛、賢者の石なら叶゛えられる゛! 何゛が欲しい゛、金゛か゛!? 名誉゛か゛!?」
「俺が欲しかったものは、もうどこにもないんだよ」
「――――分゛かった、あの出来損ないか゛!? あ゛ん゛なものの代わ゛りなんてい゛くらでも僕が作っ゛て゛やるから゛、許゛せ゛よ゛ォ!!」
「――――――…………」
ンロギの身体を石板へ叩きつけ、大気中の魔力から生成した箒で串刺しにする。
まるで虫の標本のようになったンロギは、内側から焼かれる苦痛で声にならない絶叫をあげた。
「こ、の……悪魔ぁ……!」
最期に吐き捨てられた罵倒は、俺の心のどこにも響くことはない。
ついに魔法陣の表面が焼き切れる寸前、俺たちの身体が光に包まれる。
――――視界が暗転した瞬間、この世界と繋がる何かがプツリと焼き切れる音がした。




