鳴神 葵のはじまり ⑧
これより繰り出すのは奥の手も奥の手だ、ひとたび使えば私の魔力を根こそぎ持っていく。
実践レベルにも至らない稚拙な技だが、ここで成功させなければ魔力が尽きた私も含め、皆死ぬだけだ。
「摂理反転――――!」
武器を収める隙だらけの私に対し、これ幸いとばかりに飛び掛かる枝々が四肢へ突き刺さる。
だが一本一本の威力は弱い、肉が抉られようが耐えられる。 痛みに集中力を切らしてはならない。
これでいいんだ、全員救うという事は私も相応の覚悟を示さねばいけないのだから。
「私は――――あなたの犠牲を認めない!!」
刀を完全に鞘へ納めた瞬間、圧縮された魔力が凛とした音となり周囲へ拡散する。
そして不可視かつ音速の刃は人質2人をすり抜け、魔物の核だけを正確に切り裂いた。
「成功、です……ね……」
膝から力が抜け落ちる、今までの疲労と魔力の枯渇が倦怠感となって現れた。
やはりこの技は強力だが非常に燃費が悪い、元々貯蔵量が少ない私にとっては諸刃の刃だ。
だがそれでも……賭けには勝った。 核を失った木々は急速に枯死し、取り込まれた二人も排出される。
「無事、ですか……!」
重たい体を引きずり、2人の元へ駆け寄る。
女性の方は気を失っているが顔色も良好、外傷も少なく呼吸もはっきりしている。
だが問題は七篠さんの方だ、もはや土気色に近い顔には生気が感じられない。
「っ……取り込まれた、人は……?」
「無事です! それより七し……いえ、お兄さんの方が重症ですよ!」
魔法少女衣装の端を千切り、腹部の傷口を縛り付ける。 どうせ変身すれば元に戻る服だ。
しかし傷口の具合はとても悪い、止血しようにももはや出血するだけの血液も残っていない様子だ。
これはもはや応急処置でどうにかなるレベルじゃない、すぐにでもドクターを呼ばなければ。
「君は……」
「喋らないでください、すぐに救助を呼びます。 安静にしていてください」
「君は……大丈夫か……?」
ダメもとで傷口を縛り上げる手が止まった。
この期に及んで何を言っているんだ、この人は。
「傷……血が出てる……手当てを、早く……」
「バカ、言わないでくださいよ……あなたの方がよっぽど重傷じゃないですか、なんでそんな……!」
「ごめんな……ごめん……」
もはや意識も虚ろなのだろう、彼は誰かに向けた謝罪の言葉を繰り返し、私の体を抱き寄せる。
これまでの疲労と魔力切れの虚脱感で抵抗出来ない私は、そのまま彼の懐へ倒れ込んでしまった。
「ごめんな……次は……ちゃんと守るから……」
「お、お兄さ……」
「駄目な兄貴で……ごめんな……」
――――――――…………
――――……
――…
「……うぐぅ」
いつの間にか失っていた意識を取り戻すと、そこは病院のベッドだった。
身体の倦怠感は相変わらず、窓の外は夕焼けのオレンジに染まっている。
たしか百貨店で魔物が現れたのがお昼前だったはずだが、どうやらあの後すぐに気を失ってしまっていたようだ。
「おはよう、葵ちゃん。 気分はどうかしら」
「縁さん……私、なんで寝て……そうだ、お兄さんは!?」
「大丈夫、あなたと一緒に寝てるわよ」
「へっ?」
反射的に起こそうとした体が何かにホールドされているのか、まったく動かない。
何とか頭だけ動かしてみれば、なんと件のお兄さんが私の体をがっちり捕まえたまま寝息を立てているではないか。
「な、な、な……!?」
「すごいわねー、意識がないけどあなたを掴んで離さなかったのよ。 まるで守ってるみたいに」
「だからって一緒に寝かせる必要はないんじゃないですか!? というか、大丈夫なんですか彼は!」
「無事よ無事、ドクターの腕を信じなさい。 それでももう少し助けが遅かったら危なかったけどね」
縁さんが言うなら間違いはないだろう、それにお兄さんの顔色も良好だ。
「ごめんね葵ちゃん、こんな状況だけど事後報告をさせてもらうわね」
「問題ないです、続けてください」
「重軽傷者多数、そして死者0名。 これは誇るべき記録よ、ただ一つの問題に眼を瞑れば」
「どういうことですか、何かトラブルが?」
「うん、トラブルというかなんというか……多分だけど葵ちゃん、正体ばれてない?」
「えっ?」
……改めて現状を確認する。 今の私は変身前の私服を着た状態だ。
まあお兄さんに抱えられたままじゃろくに着替えも出来ない、むしろこの状態でよく手当てできたものだ。
だが問題はそこではなく、私の変身がいつ解除されてしまったのかという点だ。
「葵ちゃん、残念ながら……正体がばれた場合はその子を保護施設に入れる訳にはいかなくなったわ」
「で、ですよね……」
もしお兄さんに変身解除の瞬間を見られた場合は、私は魔法少女としてのタブーを犯したことになるのだから。




