鳴神 葵のはじまり ③
「……魔物、沈黙しました。 戦闘行動終了です」
『ええ、こちらでも生命活動の停止を確認したわ……お疲れ様』
刀にべっとりとこびり付いた血を拭い、アスファルトの上に振り落とす。
すでに魔物の死亡に合わせて消滅しつつあるが、なんとなくそのままにしておくのも気持ちが悪い。
『…………惨い』
通話の向こうから、縁さんのものではない呟きが聞こえた。
オペレーターの誰かだろう、きっと私の状況をどこからか監視しているに違いない。
「まったく、心外ですね……」
私の足元には、大小さまざまなウサギの死体が20匹は超えて積もっている。
50㎝~2m、体格にばらつきがあるが、全員私の手により胴と頭が斬り離されている。
何が惨いものか、先に頭を断たねば私の首が食いちぎられていたかもしれない。 魔物とはそういう生き物なのだから。
『オホンッ! ラピリスも疲れたでしょう、一度魔法局に戻ってメディカルチェックを受けた方がいいわ』
「お構いなく、買い物の途中だったので」
『ええぇ……でもそんな血塗れじゃ』
「魔物はすべて処理しました、取りこぼしはありません。 血もその内消えますよ」
魔物は死亡後、魔石だけを残して血も肉も残さず消滅する。
いくら死体の山を築こうが、処理に困らないのはこの生物の唯一褒められるところだ。
「魔物が現れたらまたいつでも呼んでください、すぐに駆け付けます」
『……あなたもちゃんと休息は取りなさい、見ていられないわ』
「…………」
魔法局との通信が切れると、遠くからフラッシュと共に短いシャッター音が聞こえた。
魔物が片付いたと知って物見遊山から近寄って来た一般人だろう、音の鳴った方へ視線を向けると「ひっ」と小さな悲鳴を漏らし、一目散に逃げ去ってしまった。
「……見ていられない、か」
それでも私には休む暇なんてない、魔法少女の頭数は圧倒的に不足している。
私が休息をとっている間、誰かが被害を被れば本末転倒だ。 お父さんの時のように。
……血だまりの中に映る自分の顔は、我ながら酷い目つきをしていた。
――――――――…………
――――……
――…
「……それで、あなたは私が目を離して数十分の間に何をしているんですか?」
「いや、その……ごめん」
「うえああああああああああ!!!!!」
無事に魔物を討滅し、百貨店に戻ってみれば、七篠さんがいたいけな少女を泣かしている現場に出くわしてしまった。
辺りに少女の両親らしい人影は見当たらない、道行く人々は眼を逸らして過ぎ行くばかりだ。
「だいたい何があったのかは理解しました、迷子ですね?」
「はい……」
「うわああああああああああああああん!!!!」
見たところ幼稚園児だろうか。
人並みに呑まれて親を見失い、不安が募る中で七篠さんに声を掛けられたのだろう。
その結果、当然ながら見ての通りの始末だ。 一度泣き出してしまえば止めるのは難しい。
「うぎゃあああああああああああん!!!!」
「ああ、もう……手に負えないなら迷子センターにでも連れて行けばいいじゃないですか」
「そうなんだけど、この子が友達を落としたみたいで」
「は? 友達?」
「人形みたいなんだけど、アニメのキャラでマント着たネコっぽいやつ……」
なんとなくその特徴には覚えがある、たしか教育番組の主役キャラクターだったか。
私も何度か見た覚えがある、今でも現役なのは何となく嬉しいが、厄介ごとのタネとなった今は複雑な心境だ。
「……それも落とし物として届けられているかもしれません、とにかくスタッフの方に預ければなんとかなりますよ」
と、提案したところでで気づいてしまった。 誰がこの子を連れて行く?
七篠さんに任せるのは無理だ、余計に少女が泣き出して収拾がつかない。
かといって自分が連れていくと、彼を残すことになる。 もしまた目を離している最中に余計なトラブルを起こされても面倒だ。
「……あああ、もうっ! ほら、あなたも泣いてないで行きますよ!」
「ひううぅ……」
無駄な心労を重ねないためには、3人そろってこの子を送り届けるのが最良だった。
「な、鳴神……ちゃん? この子だってまだ泣いているんだからそんな無理に引っ張らなくても」
「ちゃん付けで呼ばれる筋合いはありません、呼び名は葵で結構です」
「……了解」
妙にイライラが募ってしまう、文句の一つぐらい言い返せばいいのに。
しかし七篠さんはそれ以上は何も言う事はなく、代わりとばかりに泣きじゃくる少女へ話しかける。
疲れていないか、喉は乾いていないか、人形はどの辺りで落としたのか、懸命に話しかけても帰って来るのはすすり泣く声ばかり。
それでも諦める事なく話しかける彼の姿は、私には無駄としか思えなかった。
「どうせセンターに預けて終わりなのに……ふぶっ!?」
よそ見していたせいか、不意に目の前に現れた何かに頭から突っ込んでしまった。
幸いにも痛みはさほどない。 後ろに下がって見てみれば、それは青々とした葉を宿した樹木だった。
「か、観葉植物……? なんでこんなところに……」
……違う、こんな通路の真ん中に置いてあるはずがない。
木の根元へ視線を落としてみれば、それはビニル床のタイルを突き破って生えていた。
「―――――葵!!」
瞬間、ざわざと蠢いた木が鋭い枝を四方へ伸ばし、七篠さんが私を突き飛ばしたのはほぼ同時だった。




