誰が彼女を殺すのか ②
「ドクター、成功カナ!?」
「……おそらくな、作戦は完了だ」
既に黒ずんだ空の下でも、賢者を名乗るあの白い衣装は良く見えた。
無事に目標の救助も終え、液体も爆散している。 懸念こそ多かったが、全ては杞憂で終わったようだ。
……しかし、少しブルームスターの様子がおかしかった気がする。 応答は期待できないが、あとで連絡を試みるか。
「皆お疲れ、ボクたちの勝ちだ。 一応周囲の安全を確認してから――――へぶっ!?」
「ど、ドクター!?」
胸をなでおろし、ラピリたちの方へ振り返った途端、後頭部に何かが直撃した。
痛みはさほどない、何事かと頭に張り付いたものを引っぺがしてみれば、それは我々を手こずらせてくれた黒い液体だった。
上空で爆発したものが落下してきたのだろう、スライムのような粘性を保った液体は掌で掴むことも可能だ。
「アッハハハハ! ヤッバ、美味しい真似してくれんじゃん、ちょっともう一回やってよ今の!」
「あとで覚えておけよヴィーラ……まったく、ブルームスターも後始末はしっかりとしてほしいな!」
腹を抱えて笑うヴィーラを睨み、手にした液体を投げ捨てる。
本体が爆散したからか、もはや動いたり再生するような素振りも無い。
無害なのは良いことだが、あとで清掃が面倒……
「……いや、待て」
本体は死んだ? ならばおかしい、魔物・魔人が死亡したのならその肉体は消滅する。
しかし、今足元に投げ捨てた液体は消滅する気配は一切ない。
「―――全員油断するな、まだ終わってないぞ!」
「ドクター、空!!」
ヴィーラと共に腹を抱えていたゴルドロスがいち早く何かに気付き、空を見上げる。
夕闇に染まる空には、いつかハイウェイで見た覚えのある顔がぼんやりと浮かび上がっていた。
『あーあ、ネロが壊れたか。 面倒くせえなぁ……』
「あれは……例の魔法少女か!」
たしか名前はンロギ・グ。 この世界に魔力を齎した全ての元凶だ。
映写機やスクリーンも無いまま空に投影される映像は魔力によるものか、わざわざ手の込んだ真似をしてくれる。
『まあいいか、どうせ“門”の設置は出来たんだ。 僕の予定に狂いはない』
「門……? なんだ、何を言っている?」
「ドクター、もしかしたら……足元のこれかもしれません」
ラピリスに促され、足元を見る。
すると先ほどまで動いていなかったはずの黒い液体がうぞうぞと蠢き、アメーバのように体を伸縮させて何かの形を作ろうとしている。
咄嗟に踏みつけるが、蠢く液体は私の脚を回避し、活動を止めようとはしない。
「うわぁヤッバ、気持ち悪っ! なにこれ!?」
「全員固まってください、まだ死んでいない!」
「分かったヨ! シルヴァ―ガールもこっちに……シルヴァーガール!?」
「―――――……」
「シルヴァ、どうしました!?」
「皆の者……これ、魔法陣だ」
「……なに?」
周りが臨戦態勢を構える中、一人だけ地面の液体を見つめていたシルヴァがポツリとつぶやいた。
「シルヴァ、詳しく……いや、先にこの場を離れよう。 何が起きるか分からない」
「異議ありません、シルヴァとゴルドロスは私に掴まって」
「ちょっと待って、アタシは?」
「むしろ君は僕を運んでくれ、身体能力高いのが君たち二人なんだよ」
「納得いかねーし!」
ブツブツと文句を言いながらも、襟を引っ掴んで運んでくれるのだからチョロ……根はやさしい奴だ。
そしてラピリスと並んで逃げる間、地面に走った黒い液体で作られた模様を観察するが、なるほどこれは円形の魔法陣に見える。
「なるほど、これが門か……してやられた」
『門の定着には12時間以上かかるだろうな、だが出来上がっちまえば最後だ。 僕はそちらの世界に足を踏み入れる』
現場から避難する間にも、空に映し出されたンロギの演説は、一方的に続けられる。
破壊しようとしても流動するインクで描かれた模様、つまりこれはンロギを呼び出す召喚陣だ。
『ははは、どこかで聞いてるかなぁあの石ころ! 分かってんだよ、ネロにトドメを差したのはお前だろ!? 最悪だねぇ、お前が世界滅亡のスイッチを踏みつけたんだ!』
「あいつ、好き勝手な事を言ってくれるネ……!」
「やめろゴルドロス、あれはホログラムみたいなものだ。 弾薬の無駄遣いになる」
このンロギという人物の一挙手一投足は的確に人を苛立たせてくれる。
聞く限りではあの黒い液体が現れた時点で詰みではないか、どう足掻こうと門の形成は止められない。
「……シルヴァ、魔法陣の解析を頼みたい。 止める方法を探すぞ」
「う、うむ! 我の力ならいくらでも貸すぞ!」
「助かるよ、ボクもあの元凶には一泡吹かせたくなってきたんだ」
上空に浮かんだ、耳障りな笑い声を掻き鳴らす悪意の面を目に焼き付ける。
必ずその面を屈辱で歪ませてやるために。
『ハハハハハハハ!!! お前のせいだよ、ブルームスター! お前のせいで皆死ぬんだ!』




