皆底に沈む ⑤
「……お兄ちゃん、ハクちゃんから連絡がこない」
「ああ、何かあったな」
ハクが東京から離れて数時間、定時連絡の時刻はとっくに過ぎている。
うっかり忘れていました、なんて可能性は低い。 ハクの身に何かが起きたと考えるべきだ。
「お兄ちゃんは動いちゃ駄目、せめて状況を把握してからだよ」
「汚染が広がるから、だろ。 嫌というほどわかってるよ」
本当は今からでも駆け出したいところだが、忌々しいことにこの身体に宿った石がそれを許さない。
闇雲探し回ればそれだけ汚染が広がってしまう、今やるべきはスノーフレイクの言う通り情報収集だ。
「索敵の範囲を広げてみる、期待は出来ないけど近辺にいるなら分かるかも……っ」
「っと、大丈夫か?」
駆けだそうとしたスノーフレイクの足がもつれ、倒れそうになる体を咄嗟に支える。
冷たく、人のものとは思えないほどに軽い体重が腕に触れるが、すぐに押しのけられて何事もなかったかのようにスノーフレイクは立ち直る。
「ご、ごめんお兄ちゃん……まだちょっと、疲労が残ってたみたい」
「…………無理するなよ、俺に任せて少し休め」
「そうは言ってられないよ、ハクちゃんに何かったら困るもん」
俺の制止を振り切って、スノーフレイクはこの場から逃げるように勢いよく飛び去る。
羽根のように舞う白い軌跡はすぐに豆粒ほどまで遠ざかる、自分は元気だとアピールしているつもりか。
「あいつ、俺が気づいていないとでも思ってるのか……」
上手く問い詰めるタイミングを外されたが、それはそれとして今はハクだ。
意識を切り替え、通話履歴から心当たりのある番号へ着信を飛ばす。
すると嫌な予感が当たったか、ワンコールも掛からずに通話は繋がった。
『Hey、ブルーム! ハクが大変なんだよ!!』
「悪い、遅れた。 状況を聞かせてくれ」
――――――――…………
――――……
――…
「うん……うん、分かったヨ。 ドクター、電話代わって!」
「なんだ、ボクだって今は忙しいんだぞ! もしもし!? ……ああ、可能だが? だが出来て数秒だぞ」
液体の増加とともに激化する侵略をRPGで爆散させ、隙を縫って携帯を投げ渡す。
文句を言いながらもしっかり受け取ったドクターはそのままブルームと二、三言の会話を交わし、人の携帯を乱暴に切電して投げ返す。
「ちょっと、買い替えたばかりなんだから丁重に扱ってよネ!?」
「ドクター! ブルームは何と?」
「ラピリスはそのまま炎剣で腫瘍の切除を続けてくれ。 内部に被害が及ばない範囲は大方読めた、ヴィーラも同じく街への進行を食い止めろ!」
「了解! でもなんかあんたに命令されるの癪に障るなぁ!?」
「ゴルドロスは後方から2人の援護、可能なら液体表面を爆撃して体面積を減らしてくれ。 シルヴァとヴィーラは重要な役割を頼む!」
「ちょっとまって私もしかして過重労働じゃね!? 就業初日なんですけど!?」
「魔法少女は実地研修かつ報酬はやりがい9割だ。 魔力は温存してくれよ、君達には最後にこの液体生物を打ち上げてもらう」
――――――――…………
――――……
――…
「いだだいだだいだだだだ!! ああもう、外の連中も容赦なくやってくれるわね!」
「やっぱり痛覚は外の肉体と繋がっているんですか?」
「そりゃもう、こっちの方がサブだもの。 全身に執拗なローキックを喰らっている気分だわ……」
時折悶えるネロちゃんを引っ張りながら、闇の中をひたすらに進む。
断続的に感じる衝撃や地鳴りはきっとゴルドロスちゃんたちの攻撃だ、巻き込まれたひとたまりもない。
「あいつら何か狙ってる感じがするわね、青いのと金髪のが私の体をどんどん削ってるわ。 銀髪と眼鏡とハンマーは後ろで何かごそごそしてる」
「外の様子が見え……って、削られて大丈夫なんですか?」
「どうせ捨てる肉体でしょ、関係ないわ。 それより何の狙いがあると思う?」
「そうですね……」
皆もただ闇雲に防衛戦を続けている訳じゃない、ネロちゃんの見た限りでは確かに何かの狙いはあると思う。
液体積の削減、これに街の防衛以上の意味があるとするなら……
「ネロちゃん、この空間の中心部へ案内してください。 恐らくそこが一番安全なはずです」
「そりゃ案内は出来るけど……何する気か分かったの?」
「ええ、おそらくは。 出来るだけ小さくしたネロちゃんの肉体をどこかへ運ぶつもりだと思います、ヴィーラちゃんの魔法なら可能です」
更に先の狙いまでは読めないが、そうでもなければ防衛に優秀な彼女の魔法を温存しておくはずがない。
指揮を執っているのは後方で戦況を見極めているヴァイオレットちゃんだろう、もしくは既にマスターたちと連絡を取り合っているか。
「とにかくラピリスちゃんたちの切断&爆弾に巻き込まれるのは絶対にダメです、早めに移動を――――」
『へえ、そりゃいいこと聞いた』
「―――――避けなさい!!」
ネロちゃんが私の体を突き飛ばした瞬間、まばゆい光が鼻先を掠める。
熱を持った小さな痛みと嫌な焦げ臭さは、直撃した場合の威力を察するには十分なものだった。
『あーあ、可愛そうに。 今ので死ねたらまだマシだったんだけどなぁ、酷いことするなぁネロは』
「ンロギ……!」
「さっさと立ちなさい、逃げるわよ! 私達じゃ創造主に勝てない!!」
今までとは逆にネロちゃんに腕を引かれ、脱兎の如くその場を走り去る。
正しい判断だろう、マスターがいない私達に戦闘力はない。 だがそれでは駄目だ。
「ネロちゃん……ネロちゃん! あの男に聞かれました、私達の話!」
「……不味いわね、中心に先回りされたら詰みよ」
ンロギは追ってくる様子がない、それは余裕の表れだ。
私達が逃げる方角に活路がないと知っている、自分はただこの狭まる空間の中央で待てばいいと。
あの男の形をした防衛システムを打破しない限り、私達の生存は絶望的なものとなった。




