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勝利のための方程式 ①

実体化した肉体で感じる東京の中は、時が止まったかのように穏やかだった。


魔物の出現が無くなったわけではない、だが壁が消滅する前に比べれば目に見えて減った。

それに本能的に力の差を理解しているのか、積極的にマスターを襲おうとするものはその中でもごく稀だ。

そして襲い掛かったものの末路は語るまでもないだろう。


「……まあ、それだけ状況が悪化しているという事ですよね」


滅多に敵も寄ってこないマスターの周囲は、耳が痛いほどの静寂に包まれていた。

音や温度すら魔力に還元される氷点下の空間、マスターの意思では止められない領域は日に日に拡大している。

その身体を蝕む賢者の石の侵食速度は、ンロギに敗北した時から加速しているように思える。


「マスター、ご飯食べませんか……? ほら、インスタントですがお味噌汁作りましたよ! 私の初めての手料理です!」


「……いや、いいよ。 食べなくても死にはしないし、どうせ味なんて分からない」


「そ、そう……ですか……」


マスターは――――すでに味覚のほとんどを失っている。

視覚や聴覚はまだ無事だが、色の判断も鈍くなりつつある。 もはや痛覚すら曖昧だ。

人としての在り方を徐々に失いつつあるというのに動くことすらできない。 常人ならば気がおかしくなっても不思議ではない恐怖だ。


「ありがとうな、俺のことは気にしなくていいよ。 ハクも少し休んどけ、全然寝てないだろ」


「いやですねー、マスターを置いてなんて寝心地が悪いなんてもんじゃないですよ。 それに私が寝こけているといざという時大変でしょう?」


寝食を取らずとも問題ないのは魔人である私も同じだ、何より今のマスターを一人にしては置けない。

天の壁が消えて以降、マスターは可能な限り外の世界へ悪影響を及ぼさないよう、更地と化した東京の中心から一歩も動ていない。 まるで怒りや殺意を煮詰めているかのように。

ただ軽口を叩く話し相手程度にしかならないが……私はマスターの助けになっているだろうか。


「……壁が壊れてから何時間過ぎた? 外の世界はどうなった?」


「丁度24時間ってところです。 SNSも漁っていますが混乱は続いています、ところどころ電波障害も起きているようですね」


「魔力濃度が上がったせいか、被害状況は?」


「……情報が錯綜していて正確には把握できませんけど、0ではない事は確かです」


「そうか」


SNSを歩くだけでも無数に流れてくる行方不明者の捜索願、全てが全て生きたまま見つかる事はないはずだ。

魔物の出現報告も目に見えて増えている、魔法少女の手も足りないほどに。 中には、襲われる瞬間の映像も……


「マスター、どうか耐えてください。 あなたが動けば……」


「魔力汚染をまき散らすだけだよな、分かってる」


マスターの存在はもはや無視できない量の魔力を生成し続けている。

人前に姿を現すなんて言語道断だ、一般人はもはや近づくだけで命の危機にさらされる。


「……次にンロギが現れた時が勝負だ、今度こそけりを付ける」


「マスター、ですが……()()()()()?」


「…………」


前回の戦いは悔しいが私達の完敗だった、相手には私達に対する切り札がある。

賢者の石が持つ機能を大幅に弱体化する、ネロちゃんという存在が。


「ワイズマンじゃ勝ち目がない、ある程度の弱体化は飲み込んで灼火体で挑むしかない」


「駄目です、それじゃ勝ち目がありません!」


灼火体まで変身のレベルを落とせば、ある程度影響を免れることは実証済みだ。

しかしそれは戦いの舞台に立つため、必要最低限の体裁を整えただけに過ぎない。

ワイズマンには同じワイズマンでなければ、あの膨大な魔力の圧に阻まれて禄に攻撃も通らないのだから。


「覚えているか、ハク。 一度だけ……たった一度だけあいつの手を跳ね除けたタイミングがある」


「えっ……? そ、そういえば……」


前回の記憶を辿れば、確かに一度だけンロギが驚いたような表情を見せた瞬間があった。

ネロちゃんの力が働いた状況、灼火体の姿のままでだ。 

奇跡や偶然が通るほど甘い相手じゃない、あの瞬間に攻撃が通じる秘密があったとすれば……


「ずっと考えている、どうしてあの時だけ俺がンロギに干渉できたのか。 もしワイズマンに変身できなくとも届く手段があるなら……」


「で、でも……またンロギが現れる保証があるんですか? マスターを警戒してしばらく姿を隠す可能性だって」


「来るよ、あの最低のクズは必ずもう一度俺の前に姿を現せる。 いやがらせのためだけにな」


「そう、ですか……」


根拠のない話だが、マスターの言葉は否定できなかった。 

私もあの男はマスターを苦しめるためだけに、時間を掛けずにもう一度現れるような気がする。

それでも私の胸には嫌な予感がざわざと蠢いていた、たとえマスターが対抗策を見つけたとしてもそれは楽な戦いにはならない。


ンロギが再び現れた時、必ず誰かが犠牲になる……そんな気がしてならなかった。

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